その日は結局、夜になっても精神的ダメージが残っていた。
 ずっと、朝のことを引きずっていて。
 お気に入りのハーブの入浴剤を入れたお風呂にゆっくりと浸かっても、気分はなんだかもやもやしたまま、全然すっきりしない。
 お風呂から上がって、バスタオル一枚で自分の部屋に戻る。
 ふと、壁に掛けた大きな姿見が目に入った。
 なんとなく、鏡の前でバスタオルを取ってみる。
 一糸まとわぬ姿のあたしが、鏡に映っている。
 長湯したせいで、肌がほんのりと赤みを増していた。自分で言うのもなんだけど、ちょっぴり色っぽい。
 背はやや低めだけど、きゅっと締まったウェストと細い脚はあたしの自慢。
 そして、細身の割には大きめの胸。
(これのせい、なのかな……)
 痴漢に遭いやすいのは。
 そっと、手で触れてみた。
 柔らかくて、弾力があって。
 指先に少し力を込めると、ふにふにと軟体動物のように形を変える。
(うーん……)
 この触り心地は、確かに楽しいかもしれない。
 聖さんでなくても、触りたくなる気持ちもわかるような気がする。つい、自分でも楽しんでしまう。
(あ、でも……)
 今朝の女の人は、胸には触れてこなかった。
 触っていたのは、スカートの中ばかり。身体をぴったりと密着させていたから、胸は触るに触れなかったのかもしれないけれど。
(そう……ここ)
 自分の指で触れてみる。今朝、さんざん弄ばれていた部分に。
「あ……」
 その前に胸を触っていたからだろうか。それとも、今朝のことを思い出していたからだろうか。
 そこは、熱い潤いを帯びていた。
「濡れて……る……」
 そのことを意識すると、どんどん、変な気持ちになってくる。
 身体の奥が、火照っているみたい。
 あたしの中の、エッチのスイッチが入ってしまう。
「ん……、ふ……ぅん」
 中指を前後に滑らせる。あの部分から滲み出てくるぬめりを帯びた液体が、周囲に塗り広げられていく。
 摩擦係数が減って、指がよりスムーズに滑るようになって、どんどん気持ちよくなってくる。
 左手で、胸を掴んだ。興奮してくると、少し力を入れた方が感じてしまう。
「……や……ぁ」
 顔を上げると、目の前の鏡に自分の姿が映っている。
 あそこと胸に手をやって、赤い顔をしているあたしがいる。
「……ヤダ、もう!」
 自分がひとりエッチしているところなんて、恥ずかしくて見ていられない。
 立ったままというのも辛くなってきたので、あたしはベッドに身体を投げ出した。
 本格的に、自分への愛撫を開始する。
「んっ……」
 指先で、乳首を摘む。そこはすぐに固くなって、つんと突き出てきた。
 下の方からは、くちゅくちゅという湿った音が響いてくる。
「や……だ……、もう……」
 すごく、感じちゃってる。
 いつもより敏感に反応してるみたい。
 手の動きが止まらなくなってしまう。
「は……ぁ……。ん……くぅん」
 右手を、顔の前に持ってきてみた。ぬるぬるに濡れて、指の間で透明な糸を引いている。
「やぁ……こんなに濡れちゃってる」
 こんなこと初めてだ。まだ、始めてからそんなに時間も経っていないのに。
 自分がすごくいやらしい女の子になったみたいで、恥ずかしくなる。
 それでも、もう止められない。
 右手はすぐに下半身へと戻り、あたしの女の子の部分への愛撫を再開する。
「あ……は……ぁ、気持ち……イイ」
 思わず、うっとりとつぶやいた。
 こうした行為を意識してするようになったのは、確か中学二年生の後半だったと思う。
 それまで痩せっぽちだったあたしの胸が、急に成長を始めた頃。
 膨らみはじめた胸がなんだか不思議で、鏡で見ながら触ったりしているうちに、だんだんとそれが気持ちよくなってきて。
 それで『性』というものをはっきりと意識するようになったのだ。
 やがて、触るのは胸だけではなくなって。
 今ではだいたい週に一回くらい、この背徳的で魅惑的な行為に耽っている。
 雑誌に、エッチな記事が載っていた時とか。
 兄弟のいる友達がこっそり持ってきたアダルトビデオを、みんなで観た日とか。
 すごくハードなボーイズラブ小説を読んだ後とか。
 そんな日の夜はベッドの中で、なんだかもやもやした気分になってしまって。
 つい、手がパジャマの中にもぐり込んでしまう。
 恥ずかしいけれど。
 でも口には出さないだけで、きっとみんなやっていることだと思う。
 とはいえ――
「んっ……ふぅ、んっ……」
 今日は、いつもよりずっと気持ちよくて。
 あそこも、いつもよりずっと濡れている。
 どうしてだろう。
 やっぱり、今朝のあれのせいだろうか。
(……気持ち、よかったもんなぁ)
 認めるのは癪だけれど。
 あの人の指が与えてくれる刺激は、自分の指でするよりも気持ちよかった。
 すごく、ドキドキした。
 あの人が大人で、まだ高一でバージンのあたしよりもずっと経験豊富で、その分いろんなテクニックを知っているからだろうか。
「こ、こう……だったっけ?」
 今朝、電車の中でされたことを真似てみる。
「うっ、……くっ」
 親指と人差し指で、クリトリスを摘むようにして。
「んん……あ、んっ……あっ」
 中指の先を、ほんのちょっとだけ中に入れて。
「や……だぁ、こんな……あんっ!」
 そこはちょっと抵抗があったけれど、お風呂に入った後だからと自分に言い聞かせて、小指の先でお尻の穴を刺激する。
「あっ……ふ、んっ……くぅ……ぅん、あ……」
 びりびりと、背筋が痺れるような快感が走る。
 これまでやっていたような、単純な指の動きで得られる刺激とはまるで違う。これに比べたら、あんなのは本当に子供の遊びだ。
 何倍も気持ちイイ。
(でも……)
 今朝の方が、もっと気持ちよかったような気がする。
(……そんなこと、あるはずない!)
 あたしは頭を振って、その考えを追い払った。
 痴漢に触られるのが、そんなに気持ちいいなんて。
 そんなこと、あっていいはずがない。
 気を紛らわせるように、指の動きを激しくする。
「あっ……あっ、はぁっ! あぁぁっ!」
 痛みすら感じるほどの強い刺激に、思いがけず大きな声が出てしまった。反射的に、手で口を押さえる。
 だけど、大丈夫。
 いま家にいるのはあたし一人。どんなに大きな声を出しても、人に聞かれる心配はない。
(そっか……。声、出してもいいんだ……)
 今さらのように、そのことに気付く。これまで、部屋の外に聞こえるほどの声なんて出したことなかったから。
「あ……あぁっ……。あぁっ……あぁんっ!」
 意識して、声のボリュームを上げてみた。
 なんだか、アダルトビデオみたいな感じがして、すごくエッチだった。
 そのことで、さらに興奮をかき立てられてしまう。
「あぁっ……あんっ、あんっ……はっ……ぁん」
 最初は演技半分で出していた声が、だんだんと無意識のものに変わっていく。
 右手が、びちゃびちゃに濡れている。
 手だけじゃなくて、腰もくねるように動いていた。
「イイ……あぁっ、い……イ……イイッ!」
 ベッドの上で身体が弾む。
 頭が真っ白になる。
 脚がぶるぶる震えて、すぐにふぅっと力が抜けていった。
「あ…………はぁ……はぁ、はぁ……」
 あたしは荒い呼吸を繰り返し、それに合わせて胸が上下する。
(これって、もしかして……)
 イっちゃった……のだろうか。
 今まで感じたことがない、身体を貫くような快感。
 これが、エクスタシーっていうものなのだろうか。
 初めての体験だった。
 脱力感に襲われて、しばらくぼんやりとベッドに横になっていた。
 だんだん落ち着いてくる。
 濡れたあそこが、ひんやりとしてくる。
 身体を支配していた興奮が醒めてきて、なんだか急に虚しくなってきた。
 いつも、終わった後に少しは感じることだけど、今日は快感が強かった分、その後の反動も大きいみたいだ。
「あたしってば、何やってるんだろ……」
 痴漢に触られたことを思い出して、それで興奮してひとりエッチ。
 ぴちぴち食べ頃の女子高生。自惚れ抜きに充分可愛いと思っているのに、彼氏もいなくてオナニーに耽っているなんて。
「……ばかみたい」
 虚しくて。
 悲しくて。
 あたしは立ち上がると、気分を紛らわせるために、シャワーを浴びにバスルームへと戻った。



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