21


 その日――
 朝の電車では、またいつものように公美さんに痴漢されてしまった。
 もっとも、あの日以来公美さんも少しは反省したのか、行為は幾分ソフトなものになっているようだ。
 ローターを入れられたりとか、トイレに連れ込まれたりとかはない。大抵の場合、下着の上から優しく触られるだけだった。
 もっとひどいことを色々とされてきたものだから、つい「このくらいならいいか」なんて黙認してしまう。きっと、公美さんの狙いもそこにあるのだろう。このくらいならあたしは文句を言わない、と。
 しかし、これはこれでひとつ問題があった。
 大きな声で言うのははばかられるのだけど、つまり、ちょっとだけ物足りないのだ。
 最近のソフトなタッチでは、気持ちいいことは間違いないんだけど、あの、気が遠くなるようなエクスタシーを迎えることはない。「もうほんのちょっと激しくしてくれたらイケそうなのに」という状態を毎日続けられたら、欲求不満になってしまう。
 だけどもう二度と、公美さんに「ちゃんと最後までいかせて」なんて言う気はなかった。今度それを口にしてしまったら、あたしの負けだという気がする。きっと、公美さんに最後まで奪われてしまう。
 だから、それがどんなに気持ちのいいものかわかっていても、公美さんにしてもらうわけにはいかない。自分でなんとかするしかないだろう。
 学校に着くと、あたしは疼く身体をなだめながら、またシャワー室へと向かった。
 予鈴が鳴った後なら、そこは大抵無人になる。こっそりひとりエッチをしていても、見つかる心配はない。水音でごまかせて、しかも終わった後に身体を洗える分、トイレよりも適した場所だろう。
 あたしは手早く制服を脱いでロッカーに入れ、個室の一つに入った。全開にしたシャワーを、火照った下腹部に当てる。
「ん……ふっ、ぅん……くぅん」
 指で触るのとはまた違った、シャワーの感覚。無数の水滴がクリトリスを刺激する。
 シャワーをゆっくりと前後に動かして、その感覚を楽しんだ。これも、それだけでいけるような刺激ではないが、焦らすように少しずつ気分を高めていくのも悪くない。指で直に触れるのはそれからだ。
「あぁっ、んっ……んっ……」
 そこはもう、熱くとろけていた。シャワーを壁のフックに戻して指を伸ばす。とろとろ、ぬるぬるの粘液が指の間に透明な糸を引いた。
「んっ……んっ……あっ……あぁっ」
 気持ちいい。
 すごく、気持ちいい。
 前後に滑る指の動きが、どんどん速くなっていく。喉の奥から漏れる切ない声が、どんどん高くなっていく。
「はぁっ……あっ、あぁっ! あぁぁんっ!」
 程なく、あたしは達してしまった。
 一瞬大きく仰け反った身体が、ぶるぶると痙攣する。ふぅっと大きく息を吐くと、身体から力が抜けてその場にぺたんと座り込んでしまった。髪が濡れるので、慌ててシャワーを止める。
「は……ぁ……」
 すごく、よかった。
 もちろん、公美さんに色々される方が気持ちいいのは事実だけれど、自分でするのも以前よりずっとよくなってきている。ひとりエッチの経験を積んで、指使いが上手になってきたのだろうか。それとも、あたしの身体が感じやすくなっているのだろうか。
 あたしはタイルの上に座り込んだまま、壁に寄りかかって余韻に浸っていた。
 この、達した後の気怠さがたまらない。
「……ん」
 もう一度、あの部分に手を伸ばしてみた。
 濡れそぼったヘアの奥に、とろとろにとろけた割れ目が開いている。
「ふぁ……、んっ」
 指先をもぐり込ませてみる。濡れて、柔らかくほぐれた粘膜が絡みついてくる。
 そこにはまだ、数分前まで激しく燃えさかっていた炎の残り火があった。新鮮な空気を送り込まれた炭のように、かぁっと熱を帯びてくる。
 気持ちいい。
 膣の奥の方から、じんわりと全身に広がっていくような快感。
 一度達した後だから、比較的落ち着いてその感覚を楽しむことができた。
 指先を小刻みに動かして、どこが感じるのか、そこがどんな構造になっているのか、丹念に調べていく。
「ふ……ぅん……あ、んぁ……くぅ……くぅん!」
 あたしの気持ちが、どんどん昂っていく。
 もう少しだけ。もうちょっとだけ。
 だんだんエスカレートしてしまう。
 中指を中に入れていった。恐る恐る、ゆっくりと少しずつ。
 経験はないあたしでも、中指の一本くらいなら入れられないこともない。ややきつくはあるけれど、どんどん滲み出てくるぬめった蜜のおかげでほとんど痛みは感じなかった。
 今まで経験したことのない深い部分まで、指が埋まっていく。やがてあたしの中指は、根元まで胎内に飲み込まれてしまった。
「あ……ん、ぅ……くぅん……ふ……ぅ」
 中は、すごく熱い。本当に身体の中、内臓の領域という気がした。ぬめった粘膜が、あたしの指をぴったりと包み込んでいる。
 それ以上、指を動かすことはできなかった。やっぱり動くと少し痛かった。
 だけど、まったく動きがないというのも少し物足りない。あたしは挿入した指をそのままに、もう一方の手もそこへ伸ばした。
 溢れ出している蜜をたっぷりと塗った指先で、クリトリスをつつく。
「ひゃっ……あぁんっ!」
 指先で微かに触れただけで、びりっと電流のような衝撃が伝わってきた。びくっと身体が震えて、奥に入っている指が膣壁を刺激してしまう。
「は……ぁぁ……ぁ、うぅ……」
 大きく息をして、心の準備をして。
「はっ……あぁうっ!」
 もう一度、触れた。また、剥き出しの神経を直に触っているような、痛いほどの快感が身体を貫いた。
「あぁうっ! はぁぁ…………あぅんっ! は……ひゃぁぁんっ!」
 一度。
 二度。
 指先が小さなスイッチに触れるたびに、あたしの身体は電気仕掛けのおもちゃのように小さく弾んだ。
 だんだん、触れる感覚が短くなっていって。
 そして、より強く触れてしまう。
「はぅあっ! いい……い、あぁぁんっ!」
 五回、六回……。
「あぁぁ……あぁっ! はっ、ぅあぁぁんっ!」
 七回、八回……。
 だらしなく開いた口から涎がこぼれ、ぽたぽたと胸の上に落ちる。
 あたしは他のことを何も考えられずに、ただ自分の指が与えてくれる快楽を貪っていた。
 そして十回目。
「だっ……めぇ……っ!」
 あたしの指は、その小さな突起をきゅっとつまんでいた。普段だったら、痛いと感じるほどに強く。
 だけど充血したその部分は、それすら快感と受け止めてしまう。
「あぁっ……あんっ、あぁぁ――――っっ!」
 あたしは、今日二回目の絶頂を迎えてしまった。


「……あ……、ぁ……、ふぅ……ん」
 多分、何分間か朦朧としていたんだと思う。
 あたしは冷たいタイルの床に座り込んで、ぐったりと壁にもたれかかっていた。
 あの嵐のような快楽は去って、とろりとした水飴のような倦怠感が身体を包み込んでいる。
「はぁ……ん……」
 信じられないくらい、気持ちよかった。あんなの初めてだ。
「……いいのかなぁ」
 どんどん、エッチなことが気持ちよくなってしまう。「今までで一番気持ちいい」って思っても、その何日か後にはもっと気持ちのいいことを経験してしまう。
 まだ高校一年生なのに、まだバージンなのに、身体はどんどんエッチなことを憶えてしまっている。
「はぁぁ……ぁん……」
 その時になってようやく、あたしはまだ指が入ったままなのに気が付いた。自分の中指が根元まで身体の中に埋まっているというのは、ひどく奇妙な光景だった。
「……ぁ……ゃ」
 冷静になってそこを触るというのは、精神的にあまり気持ちのいいものではない。あたしは恐る恐る指を引き抜いた。幸い、中はまだ充分すぎるほどのぬめりが残っていて、ほとんど痛みもなく指は引き抜かれたけれど、その時の排泄感にも似た奇妙な感覚は当分忘れられそうにない。
 本当のセックスでは、指よりもずっと大きなものがそこに入って激しく動かされるのだと思うと、なんだか怖くなってきた。
「……教室に戻ろ」
 あたしは立ち上がった。
 身体が冷えてしまったし、一部分まだぬるぬるしているしで、最後にもう一度、さっとシャワーを浴びた方がいいと考えて手を伸ばす。
 ところが――
『ラッキー、誰もいませんよ』
 誰かが突然、シャワー室に入ってきた。
 それも一人じゃない。足音や声から察するに、どうやら二人いるらしい。
 あたしは一番奥の個室にいて、シャワーも止めていたから気付かれなかったようだ。見つかったところで、サボりはお互い様だから気にすることでもないんだけれど。
 個室の扉が開き、そして閉められる。シャワーの水音がタイルを叩きはじめる。
 ところか、入ってきたのは二人のはずなのに、そうした音は何故か一つしか聞こえてこない。
 そして。
『ん……あ……ぁん』
 微かに、甘く切ない声が聞こえてきた。
 その声の正体がわからないほど子供ではない。つい先刻まで、自分でも同じような、だけどもっと激しい声を発していた。
 これは、もしかすると……。
『どうしたの、由維。もうこんなに感じてるの?』
『あっ……ん、だって……先ぱぁい……』
 甘ったるい声が、だんだん大きくなってくる。
 もう間違いない。
 どくん!
 急に、心臓の鼓動が大きくなった。
 すぐ側で、誰かがエッチしている。うちは女子校だから、もちろん女の子同士で……だ。
 由維と呼ばれていた女の子の声には聞き覚えがあった。あれは確か宮本さん、隣のクラスの子だ。そういえば彼女には、すごく仲のいい幼なじみの先輩がいたはずだ。
 だけど、まさかこんな関係だったなんて。その上、校内でこんな事をしているなんて。
 女子校のことだから、こうした噂は時折聞こえてくる。だけど実際に目の当たりにするのは初めてだった。
 信じられない。学校でこんな事。
 そう思ってから、先刻自分がしていたことを思い出した。あんまり人のことは言えない。
 それにしても困った。これでは、出ていこうにもいけないではないか。
 かといって、こんな悩ましげな声を間近で聞かされ続けていたら、またまた変な気持ちになってしまいかねない。あたしを狂わせていた灼熱の炎は、まだ完全に鎮火したわけではないのだ。
『あぁんっ、あぁんっ、あぁっ、あぁっ!』
 宮本さんの声が甲高くなって、間隔がどんどん短くなっていく。
 いったい、どんなことをしているんだろう。先輩の声がまったく聞こえないところから考えると、指ではなくて舌で舐められているのかもしれない。
 以前、駅のトイレで公美さんにされたことを思い出して赤面した。あそこを舐められるのは、指で触れられるのとはまるで違う、そしてすごく気持ちのいいことだった。宮本さんがこれだけ悶えているのも納得できる。
 舐めながら、指を入れたりもしているのだろうか。公美さんのように、お尻を犯したりもするのだろうか。
 声しか聞こえないから、妄想ばかりがどんどん膨らんでいく。
『あぁっ、あぁ――っ! せっ……んぱぁいっ! あぁんっ!』
 宮本さんの声がどんどん大きくなっていく。この調子では、間もなく達してしまいそうだ。
 早く終わって出ていってくれないだろうか、とあたしは切実に願っていた。
 シャワーを浴びた後ずっと裸でいて、しかもまた汗をかくようなことをしていたので、いくら夏のこととはいえなんだか肌寒くなってきた。
 だから……。
「……っくしゃんっ!」
 口を押さえる余裕すらなく、あたしは大きなくしゃみをしてしまった。
 向こうの個室で、ガタン! と大きな音がして、続いてがたがたと慌ててている様子がうかがえる。
 これはまずい。
 あたしは慌てて逃げ出そうとして――
「……あ」
 個室から出たところで、あの二人とばったり出くわしてしまった。
 宮本さんと、三年の松宮先輩。
 気まずい沈黙が流れる。
 三人とも全裸で。
 真っ赤な顔をして固まっている。
「あ……あ……あ、あのっ」
 なにか言わなきゃ、と思っても、なかなか言葉が出てこない。
「あ、あのっ、別に覗きとか盗み聞きとかする気はなくて! えと、その、シャワーを使った後で休んでたら二人が入ってきて、出るに出られなくてっ! だから、その、ごめんなさい!」
 頭を下げて、逃げだそうとする。しかし一瞬遅く、松宮先輩に腕を掴まれてしまった。スポーツマンで背も高い先輩はそれだけ腕の力も強くて、逃げようにもふりほどけない。
「さぁて、困ったなぁ」
 年の功か、どうやら一番先に冷静さを取り戻したらしい先輩が、苦笑しながら頭を掻いている。
「由維のエッチな声、全部聞かれちゃってたんだ。どうする?」
 先輩がそう言うと、後ろで宮本さんが真っ赤になって俯いた。
「あ、あのっ……」
「こーゆー場合はアレかね、口止めのために二人がかりでこの子を犯すってのが定番だっけ?」
「――っ!」
 にやりといやらしい笑みを浮かべた先輩の顔を見て、思わず悲鳴を上げそうになった。だけどそこに宮本さんの声が割り込んでくる。
「先輩、パソコンでエッチなゲームのやりすぎですよ。あと、成人向けコミックとか」
 なんだか呆れたような口調。
「私の見ている前で、他の子を犯すんですか?」
「あ、やっぱり怒る?」
「当然じゃないですかぁ」
「そっか、じゃあ仕方がない。諦めよう。でも……」
 先輩は何故か、掴まえているあたしの手に顔を近づけた。
「口外無用だよ? シャワー室でひとりエッチしていたって言いふらされたくなければ、ね」
「――っ!」
 あたしは飛び上がりそうになるほど驚いた。どうしてばれたのだろう……と考えたが、すぐに答えを見つけた。
 二回目をした後、シャワーで洗い流す前に二人が入ってきてしまったのだ。指にはまだ、女の子の匂いがほのかに残っている。
「あっ、あのっ! 絶対、誰にも言いませんから!」
「よろしい」
 ようやく、手を放してくれる。あたしはぴょこんと頭を下げて、逃げるようにシャワー室から出ていく。
「じゃあ由維、続きしようか? 先刻はもうちょっとってところで邪魔が入ったから、欲求不満でしょ?」
 背後から、そんな台詞が聞こえてきた。



 服を着ていると、またシャワーの水音が聞こえてきた。
 息を潜めて耳を澄ませると、それに混じって微かに女の子の甘酸っぱい声も。
 つい、ドアに張付くようにして聞き耳を立ててしまう。いけないと思いつつも、エッチなことには興味ありありの年頃だ。
「女の子同士って、案外普通のことなのかなぁ」
 宮本さんの喘ぎ声に意識を集中しながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 公美さんばかりじゃなくて、宮本さんとか、笙子とか。ひょっとしたら聖さんだって本物かもしれないし。
 これまで「特別なこと」と思っていた同性愛って、実は、けっこうありふれていることなのかもしれない。
「女の子同士で愛し合うのも、エッチするのも、それで気持ちよくなってしまうのも普通のこと? だったらあれかなぁ……公美さんとちゃんと普通にお付き合いすれば、もう痴漢はしなくなるかなぁ……って! なに言ってんのよバカッ! あいつは、あたしの身体だけが目当ての変態なんだからね!」
 あたしはぶんぶんと頭を振って、その危険な考えを振り払った。



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