最終兵器姉貴

第一話 ロスト・ヴァージン

 その時までは、普段通りの平穏な夜だった。
 神原俊之は夕食の後、妹の真由花の勉強を見てやっていて。
 テレビには巨人―広島のナイター中継が映し出されていて。
 そして隣の部屋からは、一つ歳上の姉、美梨花が怒鳴る声が聞こえてくる。相手は多分父親だろう。この父娘ゲンカも、いつものことといってもいい。
 父の神原俊明が、性格にかなり『難アリ』の人物であることは、子供たち三人も揃って認めるところだ。
 母親がいればまた状況は違ったのかもしれないが、真由花を生んで間もなく病死している。真由花は中学二年なので、もうじき十四年になるだろうか。
「……またやってるな、姉さん」
「お父さんもねぇ……。もう少し、なんとかならないのかしら」
 神原家の『良識派』二名は、顔を見合わせて肩をすくめた。
 突然の『非日常』が訪れたのはそんな時だ。
「いっぺん死んでこいっ! このクソおやじ!」
 姉の叫び声と同時に、壁が崩壊した。
 隣室との間の壁が粉々に砕け散って、父が転がり込んでくる。
 ぽっかりと大穴が開いた壁の向こうには、鬼の形相をした美梨花が仁王立ちしている。
 愛娘に殴り飛ばされたらしい父は、気を失って大の字に伸びていた。
「…………」
 美梨花が父親に手を上げるのは、神原家では『日常』の範疇だ。が、さすがに素手で壁をぶち破るところは初めて見る。
 俊之と真由花は、もう一度お互いの顔を見た。



 数日後の夕方。
 やや長引いた授業が終わると、俊之はすぐに帰り支度を始めた。
 廊下を歩いている途中、背後から名前を呼ぶ声に振り返る。ソフトボール部のユニフォームを着た、小柄な女の子が手を振っていた。
 隣のクラスの柏木真緒。
 家が近所で。幼稚園時代からの幼なじみ。今年の春から、一応恋人として付き合いはじめた女の子だ。
「トシくん。今日はもう帰るんだ?」
「ああ。ちょっと、用事があってね。真緒は部活か?」
「もうじき夏の予選が始まるからね。ボクもレギュラー獲れそうだし」
 笑顔で応えると、担いでいたバットをぶんぶんと振る。
 小柄で一見華奢な真緒だが、運動神経はかなりいい。ミートの巧さと俊足を武器に、小学校時代はずっと少年野球チームで一番を打っていた。
 今は髪をショートにしているせいもあって、お下げにしていた小学生当時よりもよほど男の子っぽく見える。一人称も「ボク」だし、胸の発育もあまりいい方ではない……というか、服の上からではその存在はほとんどわからない。
 そのためか、恋人とはいっても友達付き合いの延長のような感覚だった。しかし俊之にとっては、むしろその方が付き合いやすい。
 そのまま廊下で二、三分、他愛のない話をしてから二手に別れた。
「じゃ、がんばれよ」
「うん。それじゃ、また明日」
 片手を上げて、真緒はグラウンドの方へと走っていく。彼女が、廊下を「歩いている」ところを見たことがない。寝ている時と食べている時以外はじっとしていない、ハツカネズミのような性格だ。
 俊之は校舎裏の駐輪場へ向かう。
 バイク通学が禁じられていないところが、この学校のいいところだった。
 一応は屋根のついている駐輪場に、自転車やバイクがずらりと並んでいる。その屋根の柱に寄りかかるようにして、一人の女生徒が立っていた。
 遠目にもはっきりわかるほどの美少女だ。知らない人なら、モデルかアイドルだと言われても当然のように信じるだろう。
 身長はあまり高くなく、かなり細身である。しかし胸の膨らみはかなり目立つ。清純さと色っぽさを兼ね備えたプロポーションだった。
 二年A組、出席番号五番、神原美梨花。
 俊之の姉であり、学校中の男子生徒のアイドルだ。校内に「公認」ファンクラブまであるという。もちろん俊之は入っていない。
 軽く肩をすくめた。
 このような姉と十六年も一緒に暮らしていると、かえって真緒のような「普通の女の子っぽくない」女の子の方が良く思えるのだろうか。
 まあ、そんなものかもしれない。外見が普通に「女らしく」て「美人」ということであれば、美梨花に勝てる女の子は身の回りにいない。
「姉さ……」
「遅い!」
 こちらから声をかけるより早く、問答無用で脛を蹴られた。その反動で、背中まで届く美梨花の髪が大きく揺れる。
 痛かった。かなり、洒落にならないくらい痛い。
 それは待ちぼうけをくわされた女の子の、拗ねたような可愛らしい蹴りではない。骨の髄まで響くような、本格的なローキックだった。
 身長で約二十センチ、体重は二十五キロ以上違う男相手にたいした威力だが、それも当然だ。なにしろ可憐な外見に似合わず、美梨花は空手黒帯である。
「授業が終わったらすぐに来いって言ったっしょ。何やってたのよ? どーせ真緒とちちくり合ってたんでしょ」
「ごめんごめん。じゃ、行こうか」
 言い訳も反論もせず、俊之は大人しく頭を下げた。しょせん弟なんて姉の下僕、何を言っても無駄なのだ。
 よその姉弟がどうかは知らないが、神原家ではそういうことになっている。誰もこの姉に逆らってはいけない、特に弟は。
 まったく、ファンクラブの連中に見せてやりたいものだ。この姉の凶暴さを。しかし美梨花はやたらと外面がいい。人前では見事に「可憐な学園のアイドル」を演じている。素手で父親を病院送りにしたなどと言っても、誰も信用するまい。
 溜息混じりにポケットからバイクの鍵を取り出したところで、背後から俊之を呼ぶ声が聞こえてきた。
 今度は真緒ではない、男の声だ。
 振り返ると、クラスメイトの高橋直也が走ってくる。
「借りてた本、返そうと思って」
 なるほど。昼休みに俊之が貸した、バイクの雑誌を手に持っている。
「授業が終わったら返そうと思ってたのに。お前すぐに教室を出ていくから、慌てて追ってきたんだ」
 これは嘘だ。だったら、真緒と話していた時に追いつくはず。ちょうど駐輪場で追いつくように、綿密な計画を練ってきたのだろう。
 その証拠に。
「いやー美梨花先輩、いつもお美しい」
 借りてた本をぞんざいに投げて寄越すと、美梨花に向き直って鼻の下を伸ばしている。
 美梨花の熱烈なファンである高橋は、当然、俊之と美梨花が一緒に帰ることを知っているのだ。
「ありがとう。高橋くんもいつも素直でいい子ねね」
 美梨花もにっこりと、甘くとろけるような笑顔で応える。俊之を除く全男子生徒を騙している必殺技だ。
「けっ」
 という俊之の声は、外には漏れないほどの小さなものだったはずなのに、すかさず足を踏まれた。もちろん、高橋は気付いていない。
「美梨花先輩、今日は部活はないんですか? よかったら一緒にカラオケでも……」
「ごめんね。今日は病院に行かなきゃなんないの。父のお見舞いに」
「お父さん、どうかしたんですか?」
「ちょっと、不幸な事故で怪我をして」
「なにが不幸な事故だ。ありゃ人災……」
 言い終わらないうちに、踵で向こう脛を蹴られた。



「それにしても姉さん、いったい何があったんだ?」
 高橋が立ち去った後で、俊之は訊いた。
 父娘ゲンカはいつものこととはいえ、病院送りというのは尋常ではない。
「……別に、言うほどのことじゃない。いつものことよ」
「なるほど」
 なんとなく、納得してしまった。
 二人の父、神原俊明は科学者である。
 それも、かなり優秀な科学者だ。若い頃にノーベル賞の候補に挙がったこともあると自慢していたが、それが本当かどうかはともかく、優秀なのは間違いない。
 どのくらい優秀かというと、科学者の前に「マッド」という接頭辞がつくほどだ。古今東西、映画にしろ小説にしろ、マッドサイエンティストは優秀なものと相場が決まっている。
 しかしまた、周りの人間に迷惑をかけるものというのもマッドサイエンティストの決まり事である。
 具体的に言うと、自分の子を「その時たまたま近くにいたから」という理由で新しい発明の実験台にするような性格だ。俊之もこれまで何度犠牲になったことか。
 父親の発明・発見による無数の特許のおかげで、日本の平均的家庭よりはずいぶん裕福な生活を送っているとはいえ、素直に歓迎できることではない。
 特に、性格のきつい美梨花は、スチャラカな父親に反発することが多かった。穏健派の俊之と真由花も、内心は姉の味方である。
 また何か、美梨花を怒らせるようなことをしでかしたのだろう。それが何かは知らないが、きっとろくでもないことに決まっている。
「親父も珍しく最近は、大人しく研究に没頭していたと思ったら……って、ちょっと待て。姉さん、いったいどうやったんだ?」
「何が?」
「いくら姉さんがスポーツ万能で空手黒帯だからって、親父を殴り飛ばして壁をぶち壊すなんて……」
 身長百五十七センチ、体重四十キロちょっとの女の子にできることだろうか。
 否、できるわけがない。
 神原家の建物は、そんじょそこらの安普請ではないのだ。
 しかし美梨花は、何故か不機嫌そうに答える。
「怒りのパワーに身をまかせれば、あのくらい誰でもできるわよ」
「できるかっ!」
 一応はそう突っ込んだものの、すぐに、この姉ならやりかねない、と考え直した。
 なにしろ相手は、俊之のこれまでの人生十六年の中で、一番の「怒らせてはいけない相手」である。
 俊之はそれ以上深くは追求せず、ヘルメットをかぶってバイクにまたがった。
 後ろに、美梨花が座る。腕が俊之の腹に回され、背中に柔らかなものが押し付けられるのを感じた。
 かなり発育の良い、美梨花の胸の感触である。なんの恥じらいもなしに押し付けられる、柔らかなゴムボールのような弾力に、俊之は赤面した。。
 微かに漂ってくる、コロンの香りが鼻をくすぐる。
 健康な高校一年の男子としては、いくら相手が怖い姉とはいえ、意識せずにはいられない。そこにいるのは、年頃の、少なくとも外見だけは魅力的な女の子なのだ。
 奔放な美梨花はまるで気にしている様子もないが、俊之は平静ではいられない。女の子と密着して胸を押し付けられているというのは、確かに気持ちのいいものだ。
 フルフェイスのヘルメットをかぶって前を向いているため、赤面した顔を美梨花に見られる心配がないのが救いだった。



 父が入院している病院へと、バイクを走らせる。
 街中だし二人乗りだから……と、あまりスピードは出さないように気を付けた。もちろん、背中に当たる感触を少しでも長く楽しんでいたかったという、無意識の想いが働いたことは否めない。
 バイクに乗っているときは美梨花の毒舌を聞くこともないし、殴られたり蹴られたりする心配もない。もっとも安全に、美梨花の傍にいられるひとときだった。
 それでも間もなく、市立病院の建物が視界に入ってくる。
 二人が病院の前に着く直前、一台の黒いワゴン車が、けたたましくタイヤを鳴らして急発進していった。
 いったい何事だろう、と訝しみながらバイクを降りてヘルメットを取ったところで、病院の建物の中から十人近い医師や看護婦がわらわらと駆け出してくる。
 そのうちの一人は、父の主治医を務めている医師だった。俊之と美梨花に気付いて駆け寄ってくる。
「いったい、なんの騒ぎですか? まさか……父がまた何か問題を?」
 あの父のことだ、入院しているからといって大人しく寝ている保証はない。
「ああ……、いや、とにかく大変だ。君らのお父さんが、何者かに誘拐されたんだ!」
「誘拐……?」
 状況がいまいち飲み込めずに、ぼんやりと訊き返す。と、いきなり背中を叩かれた。
「トシ! なにぼんやりしてンの! 今の車よっ!」
 美梨花が叫び声で、はっと気がついた。
 耳を澄ませば、まだ微かにアクセル全開の排気音が聞こえている。
「バイク! 出して!」
「ああ!」
 二人は同時にバイクに飛び乗った。手に持っていたヘルメットは、歩道の上に放り出す。かぶり直すわずかな時間も惜しい。
 走り去った車を追って、俊之はバイクを発進させた。今度は、美梨花の胸の感触など楽しんでいる余裕はない。
 街中では、小回りの利くバイクの方が断然有利なはず。すぐに追いつけるだろうとたかをくくっていたのだが、どうやら考えが甘かったようだ。
 逃走する黒のワゴン車はすべての赤信号を無視し、時には対向車線を走って郊外へと向かっていく。もっともその騒ぎのせいで、数百メートル引き離されているにも関わらず、相手を見失う心配はなさそうだった。
 車はやがて街の中心部を抜け、郊外の空いた道路に入る。
 一気に追いつこうと加速したところで、横道から出てきた大型のRV車が、俊之のバイクと逃げるワゴンの間に割り込んできた。
 悪態をつきながらその横をすり抜けようとした俊之の目に、助手席の窓が開くのが見えた。そこから、ごつい拳銃を握った腕が突き出される。
 慌ててブレーキを握った。
 耳元の風のうなりをかき消すほどの轟音が響く。
 目の前のアスファルトに、ぱっと火花が散った。
「な……なんなんだよっ! これはっ!」
 急減速して、相手との距離を開ける。走る車からの拳銃の射撃など、少し離れればそうそう当たるものではないはずだ。
 前を走るワゴンが、見る間に遠ざかっていく。
「トシ! もっと距離を詰めて!」
 耳元で美梨花が叫ぶ。しかしいくら姉の命令とはいえ、命が懸かっている状況では、はいそうですかと聞くわけにはいかない。
「無理だよ、そんなの」
「いいから!」
 美梨花が後ろから手を伸ばして、勝手にアクセルを握った。バイクがぐんと加速する。
 RV車との距離が十メートルほどに迫ったとこで、再び銃声が轟く。
 耳障りな金属音と同時に、バイクがぐらりと揺れた。フレームかエンジンのどこかに被弾したらしい。
 その瞬間――
 美梨花が、跳んでいた。
 一瞬、バイクが揺れた拍子に振り落とされたのかと思った。
 しかし違う。
 いくらスピードを出していたとはいえ、平らな道を走っていたバイクから落ちて、あんな、棒高跳びのような高さまで跳べるはずがない。
 驚愕と、美梨花が飛び出したときの反動でバランスを崩した俊之は、大きくよろけながらもなんとかバイクを立て直して急停止した。
 美梨花の姿を目で追う。
 いた。
 俊之はそこで、信じられないものを見た。
 十メートル近い距離を飛び越えた美梨花は、RV車のボンネットの上に着地し、そのまま拳を叩きつける。
 拳は、あっさりとボンネットを貫いた。
 金属板がひしゃげ、中から白い煙が上がる。
 さらにもう一発、今度はフロントガラスを殴りつける。
 本来、女の子の力で殴ったところで傷ひとつ付くはずのない強化ガラスが、粉々に砕け散った。
 RV車が急ブレーキを踏む。
 美梨花は慣性で前に放り出され、アスファルトに叩きつけられるはずだった。
 しかし実際には、美梨花の身体はゆるやかな放物線を描き、十メートルほど先にふわりと着地した。
 その背中に、翼が生えていた。
 金属的な光沢のある黒い翼だった。未来的なデザインの鋭く長い翼が、左右に二枚ずつ、横長のXの字を描いている。
 それはどう見ても生物的な特徴を持ってはおらず、アニメやSF映画に登場する、未来の人型兵器を彷彿とさせる姿だった。それだけに、セーラー服の背中を破って突き出している翼は、異様としかいいようがなかった。
 俊之はただ茫然と、その光景に目を奪われていた。
 美梨花はゆっくりと、RV車の方を振り返る。口元に微かな笑みが浮かんでいた。
 車の助手席から、男が降りてくる。体格のいい、白人系の外国人だ。
 もちろん見知らぬ相手だ。しかし、なんの紹介がなくても男の職業とこれまでの経歴がわかるような、いかにもな外見だった。
 男が右腕を上げる。
 同時に、美梨花が男に向かって走り出す。
「姉さん! 危ないっ!」
 俊之は思わず叫んだ。なにしろ、真っ直ぐに美梨花に向けられた男の手が、小型のサブマシンガンを握っている。
 一秒ちょっと続いた破裂音。硝煙が男の上半身を包み込む。
 俊之は悲鳴を上げていた。
 美梨花は、全身血まみれで倒れるはずだった。九ミリの拳銃弾とはいえ、近距離から三十発も撃ち込めば、人間一人を肉片に変えるには十分な威力を持つ。
 しかし――
 何事もなかったように残りの数メートルを駆け抜けた美梨花は、男の顔面に跳び蹴りを叩き込んでいた。
 体重百キロほどはありそうな巨体が、アスファルトの上を十メートル以上も転がっていく。
 同時に、轟音が響いた。
 一瞬、美梨花の身体がびくっと震える。
 運転席から身を乗り出したもう一人の男が、大型のリボルバーを構えている。
「このっ! 化物がっ!」
 二発、三発。
 凶悪なほどに大きな拳銃が、続けざまに火を噴く。
 その度に、美梨花の身体が微かに震える。
 ぼろぼろになった制服の切れ端が、千切れて風に舞う。
 しかし、それだけだった。
 美梨花は血を流すことも倒れることもなく、ゆっくりと車に向かって歩いていく。
 目の前の異常な光景に顔を引きつらせた男は、弾倉が空になるまで銃爪を引き続ける。
 大型獣すら即死させるほどの運動エネルギーを持って撃ち込まれる弾丸を無視して、美梨花は手を伸ばした。
 銃身を握る。
 それはまるで、バーナーで炙ったプラスチック製のおもちゃのように、ぐにゃりと曲がった。
「――っっ!」
 意味不明の叫び声を上げて、男は役に立たなくなった武器の残骸を放り投げた。そのままアクセルを踏み込む。
 タイヤを焦げ付かせて急発進する車を、美梨花の視線が追った。
 遠ざかっていく車に向かって、まっすぐに右腕を伸ばす。肘から手の甲にかけて、皮膚が不自然に盛り上がった。手の甲の皮膚を突き破って、背中に生えた翼と同じ黒い物体が顔を覗かせる。
 それは鋭い棒状に伸びて、長さは三十センチほどの、槍の穂先のような形状になった。
「ね……姉さん……」
 一瞬、その『槍』がフラッシュのような閃光を発した。
 俊之は反射的に目を閉じる。それでも視界が真っ白になった。
 次の瞬間襲ってきたのは、鼓膜を麻痺させるほどの轟音と、全身に叩きつけられる熱い空気の塊だった。
 両腕で顔を庇いながら、その方向を見る。
 数十メートル先を走っていたはずの、全速で逃げ去ろうとしていた車の姿が消えていた。
 代わりにその場所は、紅蓮の炎に包まれていた。ガソリン特有の、黒い煙がもうもうと上がっている。
「っ、……っ、な……」
 俊之は、呆然とその光景を見つめていた。何も言葉が出てこなかった。
 疑いようはない。美梨花がこれをやったのだ。
 まったく理解不可能な方法で。
 炎上する車を見つめている美梨花に視線を移した。
 炎に照らされて朱く染まった顔は、不自然なほどに無表情で、無機的だった。
 感情豊かな普段の美梨花とは、まるっきり別人のようだった。
 着ている制服は何十発もの銃弾を浴びてぼろぼろで、なのにその下から覗く白い肌は一滴の血も流していない。
 そして、背中から生えている黒い翼と、右腕から突き出ているおそらくは翼と同じ材質の槍。
 人間の姿とは思えなかった。少なくとも、俊之が知る美梨花の姿ではない。
 何も言えなかった。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、病院の前からここまで、いったい何が起こったのかまるで理解できなかった。
 ただ黙って、姉の横顔を見つめていた。
 やがて、翼が短くなり始めた。体内に吸収されていくかのように、その大きさを減じていく。
 同時に、右腕の槍も。
 翼が完全に消え去ったところで、美梨花がゆっくりとこちらを向いて、ぽつりとつぶやいた。
「……逃げられちゃった」
「え?」
「父さんをさらった車。逃げられちゃったね」
「え? あ、ああ……」
 そう言われて気付いた。あのRV車の男たちとの闘いの間に、父をさらったワゴン車はいずこかへ走り去っていた。
「そ、それより、姉さん……」
 訊きたいことは山ほどある。
 どうして父がさらわれたのか。
 誰がさらったのか。
 そしてなにより、美梨花はいったいどうしてしまったのか。
 翼が生えて空を飛んだり。
 車のボンネットを素手で突き破ったり。
 銃で撃たれても平気だったり。
 謎の光線兵器で車を爆破したり。
「えっと、その……」
 こんな非常識なことが山盛りで、いったい何をどう訊けばいいのだろう。
 もしかしてすべては幻覚で、おかしいのは自分の頭の方ではないか、とすら思えた。しかし何度頭を振っても、何度目を擦っても、炎と黒煙を上げている車の残骸はそのままだ。
「ここから、離れた方がいいと思う」
 俊之が口ごもっていると、先に美梨花が、相変わらず感情のこもらない声で言った。
「え?」
「警察とか来たら、いろいろ面倒なことになると思うから」
「あ、ああ……。そうか」
 確かにそうだ。
 激しい炎と煙を上げて、車が炎上している。銃声も何度も響いた。
 いくらここが郊外の、周囲に民家も少ない道路とはいえ、遠からず通報を受けたパトカーが来るに違いない。
 もちろん、父親が誘拐されたのだからすぐに警察に通報するべきだ。が、今の状況を説明するのは難しそうだ。
 俊之自身、何が起こったのかよくわかっていない。事情聴取とかされた場合、かなり困ったことになるだろう。
 車が炎上していて。
 美梨花の服はぼろぼろになっていて、なのに本人は傷ひとつなくて。
 多分これは、普通に警察に話して解決する問題ではないのだ。
 事情はわからないが、本能的にそう感じた。
 美梨花に詳しい話を訊くのは後にして、とりあえずここを離れよう。そう思ったのだが、しかしバイクのエンジンがかからない。見ると、エンジンが銃弾を受けている。
「くそっ!」
 俊之は舌打ちした。
 バイクを残していくわけにはいかないし、重いバイクを押しながらではそう遠くへは行けない。なにより、今の美梨花はひどく人目を引く格好だ。
 さて、困った。
 美梨花は相変わらず無表情だが、微かに汗ばんでいるようだ。顔も赤い。やはり緊張しているのだろうか。硬い表情で唇を噛んでいる。
 炎上する車をじっと見つめて、何か考え込んでいるようだ。
「姉さん……どうする?」
「……仕方ないな。あそこ」
 しばらく黙っていた美梨花は、ふっと小さく息を吐いてこちらを向いた。
 手を上げて、数百メートル先にある建物を指さす。
「な、なるほど……」
 それは、道路沿いに建てられたラブホテルだった。確かに、人目に付かずにしばらく身を潜めていられるかもしれない。
 ホテルの部屋から、携帯電話で家に連絡をつければいい。
 二人はバイクを押して、そのホテルへと急いだ。



 ホテルは空いていて、八割以上が空室だった。
 平日の夕方、街の中心部から離れた郊外のラブホテルというのはこんなものなのだろうか。
 フロントも無人で、二人は誰にも見咎められずに部屋に入ることができた。
「なんか、緊張するな……。初めてだし」
 俊之は、自分の表情が強張るのを感じていた。なにしろ、ラブホテルに入るのは初めての経験だ。
 一応、真緒という彼女はいるが、恋人として付き合いはじめたのはこの春からだし、まだプラトニックな関係だった。しかも、幼稚園時代からの幼なじみで『友達』としての付き合いが長すぎる上、真緒は小学生の男の子みたいな容姿と性格で、二人きりでいてもなかなか色っぽい雰囲気にはならない。
「あたしだって、初めてだよ」
 そう言う美梨花の口調は意外なほどに落ち着いている。緊張している様子はほとんど感じられない。
 男子にはかなり人気のある美梨花だが、俊之が知る限り、これまで特定の彼氏がいたことはない。本人は「あたしにつり合う男なんて、そうそういない」と言っていたが。
 だとすると、まだ男性経験はないのだろうか。ならばラブホテルに入るのも初めてだろう。
「ふぅん、ラブホの中ってこんな風になってるんだ」
 興味深げにきょろきょろと室内を見回しながら、美梨花はぼろぼろに破れたセーラー服を無造作に脱ぎ捨てていく。同じようにぼろぼろになっている下着姿で、バスルームへと向かっていった。
「あたし、シャワー浴びてくる。汚れちゃったし。その間にトシは家に電話して。真由が無事かどうか確認して、それから菜穂美さんに連絡して迎えに来てもらって」
「あ、ああ……」
 実の姉と一緒にラブホテルに入るという異常な体験に戸惑っていた俊之は、曖昧にうなずいた。
 美梨花はどうして、こんな異常な状況で落ち着いていられるのだろう。年上とはいえ、歳はひとつしか違わないのに。
 しばらくぼんやりとしていたが、シャワーの水音ではっと我に返った。制服のポケットから携帯電話を取り出して、家に連絡する。
『はい、神原です』
 電話の向こうから聞こえてきたのは妹の真由花ではなく、もっと大人っぽい女性の声だった。
「あ、菜穂美さん。俺、俊之です」
 電話に出たのは、父の助手を務めている狭山菜穂美だった。二十代後半の理知的な美人で、大学にいた頃から将来を嘱望されていた、極めて有能な研究者だという。
 それなのにどうして、あの変人の父の助手など務めているのか。それは世界の七不思議のひとつだ。それはともかく、神原家の姉弟妹にとっては頼りになる、歳の離れた姉のような存在である。
 俊之は、菜穂美に事情を話した。父が誘拐されたことについては既に病院から連絡が行っていたようで、話は早かった。その車を追ってきたこと。誘拐犯を取り逃がして、バイクが壊れたことなどを簡単に説明する。
 美梨花のことについては、今は何も言わなかった。どう説明していいものか、まだ自分の中でも整理できていなかったのだ。
 詳しい話は後ということにして、車で迎えに来てくれるように頼む。 
『で、今どちらにいるんですか?』
「あ、新道沿いの……」
 そこで、一瞬口ごもった。
「エンペラーって……その、ラブホテル……」
『ラブホテル?』
 不思議そうに訊き返してくる。
「い、いや、仕方なかったんだ。バイクは壊れるし、姉さんの服はぼろぼろだし、近くで隠れられる場所というと、ここしか……」
 慌てふためいて弁解していると、電話の向こうでくすっと笑ったような声が聞こえた。
『わかりました。では由貴に頼んで、バイクを回収できる車で迎えに行きます。美梨花さんの着替えもいりますね』
「あ、ああ。お願いします……」
 電話を切った俊之は、ふぅっと大きく息をついた。
 どうにも仕方がない事情があるとはいえ、美梨花と二人でラブホテルにいるなんて、菜穂美はどう思っただろう。とはいえ他に選択肢がなかったのも事実だ。後で、もっとちゃんと弁解しておかなければ。変な誤解をされてはたまらない。
 緊張のせいか、ひどく喉が渇いていた。冷蔵庫を開け、冷えた烏龍茶を取り出した。
 缶を開け、烏龍茶を勢いよく喉に流し込む。それからもう一度、大きく深呼吸した。
 大きなベッドに腰を下ろす。
 ようやく、息をつくことができた。
 落ち着いたところで、今日起こったことを整理して考えてみよう。そう思ったのだが、俊之の思考はすぐに中断させられた。
 シャワーを浴びた美梨花が、身体にバスタオル一枚巻いただけの姿で出てきたからだ。身体を洗った後で、破れて汚れた下着なんて着けたくないのだろう。あるいは、下着よりもバスタオルの方が隠す面積が広いということだろうか。
 しかし美梨花の胸が大きいために、バスタオルは上に引きずり上げられて、下半身をぎりぎりまでしか隠していない。
 なにかの拍子に中が見えてしまいそうだ。そのことに気付いた俊之は、慌てて視線を逸らした。
「あ……っと、その……車で迎えに来てくれるって」
「そう」
 美梨花は小さくうなずくと、俊之のすぐ隣に座った。反動でベッドが小さく揺れる。
 妙に距離が近いのではないか……と思う間もなく、手の中から烏龍茶の缶が奪われた。
 美梨花はそれを口に運んでごくごくと喉を鳴らすと、わずかに残った分を返して寄越す。つまり、冷蔵庫から新しい缶を取り出すのも、飲み終わった缶をゴミ箱に捨てるのも面倒だということだろう。所詮、弟は姉の下僕である。
「じゃあ、まだ三十分以上はかかるね」
「あ、ああ……そうだね」
 俊之はぎこちなく応えた。
 相手の方を見ずに会話をするのはどうも不自然だ。かといってすぐ隣に座っている美梨花の方を見れば、否応なしにバスタオルからはみ出した胸の谷間が目に入ってしまう。
 頬が熱くなるのを感じた。
 心臓の鼓動が速くなる。
 実の姉のことをこんな風に意識するなんて、あってはならないことだと思う。思うが、なにしろ美梨花は美人でスタイルも良く、それがバスタオル一枚という姿で寄り添うように座っているのだ。
 しかもシャワーを浴びた直後のせいか、色白の肌がほんのり赤みを増して、頬も上気しているようで、ひどく色っぽい。
 ボディソープの芳香が鼻をくすぐる。
 健全な男子高校生にとっては、拷問にも等しい状況だった。どうして美梨花は、こんな不自然なほど近くに座っているのだろう。それともこの場合、俊之の方が動いて場所を空けるべきなのだろうか。
「……ねえ、トシ」
 美梨花の大きな黒い瞳が、こちらに向けられる。
「……ん?」
「トシも、シャワー浴びてくる?」
「あ……いや、俺はいいよ、別に」
「そう。じゃあ…………」
 美梨花はそこで言葉を切った。
 続きを待ちながら、俊之は缶の底に残った烏龍茶を喉に流し込む。その間も、美梨花の視線を痛いほどに感じていた。
 不自然な数秒間の沈黙の後。
「……じゃあ、しよっか」
「――っ!」
 いきなり、烏龍茶が気管に入った。
 ガハガハ、ゲホゲホと苦しむ俊之の背中を、美梨花の手がぽんぽんと叩く。
「何やってンのよ。慌てて飲むから」
「いや、そーゆーんじゃなくって……」
 お前の台詞に驚いたんだ、と言いかけて止めた。
 今の台詞はいったい、どんな意図で発したものなのだろう。単に、俊之のことをからかっただけだろうか。
 しかし美梨花はこれまで、俊之相手にあんな冗談を口にしたことはない。それとも場所が場所だから、この場に相応しいジョークということだろうか。
 無邪気に笑っている美梨花の真意が読みとれず、俊之はひどく不安な気持ちになった。
「落ち着いた? じゃ、しよう」
「しししししようって、ななななにを?」
 平静を装うと思っても、声が震えてしまう。
「健康な若い男女が、ホテルで二人きりなんだよ? やることなんて一つしかないじゃない」
 それはもちろん、俊之もわかっている。しかしそれは、美梨花が決して言うはずのない台詞だ。
「ななななに言ってんだよ。き、き、姉弟で」
 声が震えが大きくなった。冗談だと思っても、潤んだ瞳で身体をすり寄せてくる美梨花を見ていると、理性のタガが外れそうになる。
 変だ。
 なにか変だ。
 今日は山ほど変なことがあったが、これが一番変だった。
 あの姉が、こんなことを言い出すなんて。
 美梨花に、近親相姦の趣味があったとは思えない。俊之に対して特別な感情を抱いている素振りなど、生まれてから十六年間一緒に暮らしていて、一度も見せたことない。
 家で二人きりになる機会もしょっちゅうだが、こんな風に迫ってきたことなど一度もない。
 これまでずっと、普通の姉弟だった。仲のいい姉弟と言えないこともないだろうが、美梨花にとって弟とは、なんでも言うことをきく便利な下僕でしかないはずだ。
 その弟に迫ってくるとは、いったいどうしたことだろう。
 男と見れば誰彼かまわずセックスするような性格であるはずがない。美梨花の男遊びが激しいなんて聞いたことはないし、俊之が知る限りまだバージンのはずだ。
「どうしたの、トシ。したくないの?」
 首に腕を回して、抱きついてくる。
 身体を擦り付けてくるため、バスタオルが引っ掛かって下に落ちた。
「ねねねねねね姉さん、どどどどどうしたんだ急に……俺たち姉弟だし……」
「姉弟でセックスしちゃいけないなんて法律はないよ。あたし今、トシと……したい」
 美梨花の顔が近付いてくる。今にも唇が触れそうな距離だ。
 甘い吐息が顔にかかる。
 微かに潤んだ大きな瞳が、甘えるように、縋るように、こちらをまっすぐ見つめていた。
「いや? あたしとしたくない? あたしって、そんな魅力ないかな?」
 美梨花は小さく首を傾げると、俊之の首に回した腕をほどいた。ベッドの脇に立って、両腕を軽く広げてみせる。
 俊之の目の前に、すべてが露わになっていた。
 やや小柄な身体。
 真白い肌。
 すらりと伸びた長い手足。
 力一杯抱きしめたら、折れてしまいそうな細いウェスト。
 胸の上の二つの膨らみは、他の部分の細さを考えればずいぶんと大きい。
 そして、両脚の間で小さな逆三角形を描いている黒い茂み。
 ゴク……。
 俊之は唾を飲み込んだ。
 成人向けのビデオや雑誌ならともかく、こうして直に同世代の女の子の裸を直視するのは初めてだった。目が釘付けになって、意志の力では視線を逸らすことができない。
 全裸の美梨花を目にするのは、一緒に風呂に入っていた小学生以来のこと。あれからまだ五年と経っていないが、女の子の身体とは数年でこんなにも変わるものなのだろうか。
 あの頃とはまるで違う。目の前に立っている美梨花は、紛れもなく『女』だった。
 美梨花がふっと、小悪魔めいた笑みを浮かべる。
「あたしの身体、どうかな?」
「……きれいだ……すごく……」
 まるで催眠術にでもかかったかのように、俊之は本心を口にしていた。
 美梨花が、また傍に来る。
「でしょ? ね、触ってみたくない? エッチなこと、してみたくない?」
 美梨花の両手が、顔に触れる。ゆっくりと、しかし確実に、顔が近付いてくる。
「それともトシって、女の子に興味ないのかな? 実はやおい趣味とか? あたし、そーゆー小説は読むけど、実の弟が本物ってのはヤダな」
「ンなこと、あるわけないだろ! ちゃんと、彼女もいるの知ってるだろ?」
「でもあんた、真緒と付き合いはじめてから、一部で『実はショタコン』疑惑が持ち上がってるよ? けっこうモテるのに、選んだ相手が男の子みたいな真緒ちゃんじゃねぇ……」
「あのなぁっ!」
 思わず声が大きくなる。
 その『ショタコン疑惑』の噂は、俊之の耳にも届いていた。他でもない、真緒自身が聞きつけてきて、笑いながら教えてくれたのだ。
「人の女の趣味に口を出すな!」
「おやおや、本気で怒っちゃって。ラブラブなんだねー。そりゃ真緒はいい子だけど、色気はないよね。それともトシって実はロリコン?」
「同い年の女の子と付き合って、なんでロリコンだっ!」
「戸籍上はともかく、外見はねぇ……」
 真緒はかなり子供っぽく、俊之は実際の年齢よりも上に見える。
「どーせ俺はフケ顔だよ。いいじゃんか別に。第一、普通の意味で美人で色っぽいっていうんなら、姉さんに勝てる女なんかうちの学校には……」
 そこで自分の失言に気付いて、はっと口をつぐんだ。美梨花が、「にぃっ」とチェシャー猫のような笑みを浮かべている。
「でしょ? その美人で色っぽい学園一の美少女が誘ってるんだよ? これを断ったりしたら、今度は『インポ疑惑』が学校中に広まることになるわね」
「って、広めるのは姉さんだろ!」
「女の子に恥をかかせたんだから、そのくらいの仕打ちは当然」
「……あのなぁ」
 俊之は大きな溜息をついた。
 この姉には何を言っても無駄だ。どうせ、口では勝てないのだ。十六年間負け続けてきたものを、この土壇場でいきなり逆転できるはずもない。
「……どうして、って。訊いてもいいか?」
 せめて、どうして美梨花がこんなことを言いだしたのか、はっきりとした理由を知りたかった。性格的に、理由がわからずにうやむやのままでいることは好まないのだ。
 こちらからの質問に、美梨花は少しだけ口ごもった。一瞬、考えるような素振りを見せる。
「……そうね。いいわ、はっきり言う」
 急に真面目な表情になって、真っ直ぐに俊之の目を見つめた。
「あたし、小さい頃からずっと、トシのことが好きだったの」
「嘘だな」
 間髪入れずに断言する。
 胸の前で手を組み合わせ、瞳を潤ませたその姿は、あまりにもわざとらしい。表情は真剣なのに、目が笑っている。
 美梨花が俊之をからかう時の目だ。案の定、微かな舌打ちが聞こえた。
「ばれたか。最近、簡単には騙されなくなったわね」
「当たり前だ。長い付き合いなんだから」
 やや困ったような表情をした美梨花が、ぽりぽりと頭を掻く。
「まぁ、ね。ちゃんとした理由はあるんだけど」
「じゃあ、言えよ」
「後で……じゃ、ダメかなぁ?」
 甘えるような、縋るような。そして少し困ったような瞳をして、また顔を近づけてくる。
「あと、って……いやでも、そんな……」
「……あたし、もう……我慢できない」
 避ける間もなく、いきなり抱きつかれた。不意をつかれて、バランスを崩してベッドの上に仰向けに押し倒されてしまう。美梨花がその上に、ぴったりと身体を重ねてきた。
 飼い主に甘えるペットのように、身体を擦りつけてくる。
「……どうしても、したくない? 真緒のことが気になるの? 初めては真緒じゃなきゃ絶対にイヤ?」
「いや、別にそういうわけでは……」
 これまで、そんなことを真面目に考えたことはなかった。付き合っていれば、いずれはそういう関係になるかもしれないと漠然と思ってはいたが、あの発育不全の真緒が相手では、まだまだ現実味のある話ではない。
 俊之だって健康な高校男子だ。セックスにはもちろん興味はあるし、チャンスがあればしてみたいと思う。
 相手が真緒であればそれが一番いいのだろうが、たとえ他の相手でも、向こうから積極的に言い寄られた場合にそれを拒むのは困難だろう。
 とはいえ、血のつながった実の姉が相手となるとまったく事情が違う。
(いや、待てよ……)
 これはかえって、いいチャンスではないだろうか――ふと、そんな考えが頭をよぎった。
 もちろん、他の女の子とセックスするなんて、真緒に対する裏切りだ。しかし相手が美梨花ならば、それは姉弟のスキンシップの延長であって、浮気とはいえないのではないだろうか。
 美梨花の女性としての魅力は認めるが、決して道ならぬ恋愛感情を抱いているわけではないのだから。
 無意識のうちに、口実を探していた。
 何か、美梨花と関係を持つことを正当化できる理由さえあれば。
(そりゃあ本命は真緒だけど……。まだまだそーゆー雰囲気じゃないしなぁ。あいつの未熟な身体を考えれば、俺が経験値上げておいた方が、初めての時にうまくできるかも……)
 どんどん、美梨花と「する」方向に心が傾いていく。全裸の美少女に体重を預けられた状態でいつまでも抵抗できるほど、免疫があるわけではない。
「トシ……」
 そんな心の揺れを感じ取ったのか、美梨花の顔が近付いてくる。
 頬に、唇が触れる。
 唇はそのまま頬の上を滑り、俊之の唇と重なった。
 それまで軽く触れていただけの唇が、強く押し付けられる。
(……キス、しちまった……姉さんと)
 女の子とのキスなんて、何年ぶりだろう。
 一応、ファーストキスではない。とはいえ小学生の時に、まだ単なる仲のいい幼なじみでしかなかった真緒とふざけてしたキスを「ファーストキス」と呼んでもいいものかどうか。
 いくら遊びだったとはいえ、あの時の真緒とのキスより、実の姉とのキスの方がドキドキするというのは問題かもしれない。
「ねぇ」
 唇を離した美梨花がつぶやく。
 その手が、俊之の手をそっと掴んだ。
「……ここ、触ってみて」
「……っ、あ……」
 手を、自分の下腹部へと導いていく。
 初めて、触れた場所。
 小さな茂みの向こうにある、女の子だけの秘密の場所。
 そこは柔らかくて。
 熱くて。
 そして――
「……濡れてるの、わかる?」
「あ、ああ……」
 濡れている、なんてものじゃない。コップに入れたお湯でもこぼしたみたいにぐっしょりだ。しかし単なるお湯なら、こんなにぬるぬるしてはいない。
 女の子は感じてくるとその部分が濡れる……ということは、知識では知っている。とはいえ、こんな流れ出すほどの量だとは思わなかった。友達から借りた裏ビデオでは、そんなことはなかったはずだ。
 美梨花が特に濡れやすい体質なのだろうか。
 それとも――
「すごく、濡れてるでしょ?」
 恥ずかしいのか、それとも興奮しているのか、美梨花の頬が赤く染まっている。
「自分でも恥ずかしいくらい。こんなになるくらい……ねえ、わかるでしょ? 女の子がこんな風になるっていうのが、どういうことか……。ねぇ、トシ……お願い」
 美梨花は甘えるようにささやきながら、腰を前後に揺すっている。俊之の手を両手で押さえて、その部分に押し付けるようにして。
 大きな掌全体が、美梨花が溢れさせている蜜でべっとりと濡れていく。
「あ……はぁ……、んっ……くっ……」
 すすり泣くような、微かな喘ぎ声。
 手を濡らす、熱い蜜。
 潤んで艶やかに光っている大きな瞳。
 それらすべてが、俊之の理性に修復不可能な亀裂を入れるための鑿だった。
 我に返った時には、自由な方の腕が美梨花をしっかりと抱きしめていた。
「トシ……」
「……本当に、やっちまうぞ。姉さんの方から誘惑してきたんだからな」
「うん……して」
 細い指が、ワイシャツのボタンをひとつずつ外していく。露わになった胸板から腹へと、掌を滑らせていく。
 手は、学生服のズボンにぶつかっても動きを止めず、そのまま下へと移動を続ける。
「……ここ、なんだか膨らんで、熱くなってる。興奮、してるんだ?」
 上目遣いに、美梨花が悪戯っぽく訊いてくる。俊之は照れ隠しにそっぽを向いた。
「と、当然だろ。健康な男子なんだから。女の子に触られて、大きくならない方が問題だろ」
 そこは、これから起きることへの期待が詰まっているかのように、ズボンの中に押し込んでいるのが難しいほどに大きく膨らんでいた。
 美梨花の手がファスナーを下ろし、中へともぐり込んだ。俊之の身体がびくっと震える。
「……す、ごぉい……こんなになるんだ……。ね、出してみてもいい?」
 返事を待たずに、美梨花はボタンを外してズボンの前を大きく開き、トランクスと一緒に下ろしていった。
 驚きの混じった嬌声が上がる。
「えぇー、……こんなに大きいの? こんなの、ホントに入るの? 信じらンない。ね、男の子ってこれが普通なの? それとも、トシのって大きいの?」
 美梨花が疑問符を連発する。
「ん……まあ、大きい方、かな」
 俊之はやや謙遜して答えた。友達と実際に比べたことなどないが、男性向け雑誌に書いてあることが事実ならば、体格がいいこともあって、俊之のそれは長さ、太さともに日本人男性の平均をかなり上回っている。
 この反応を見る限り、やはり美梨花も男のものを実際に目にするのは初めて、つまりまだバージンなのだろう。
 美梨花の目に、微かに怯えたような色が浮かんでいた。長身の弟とは違い、高校女子の平均よりはやや小柄で痩せている美梨花である。初めて目にする男性器に不安になったとしても無理はない。女の子にとってセックスとは、異物を自分の胎内に受け入れる行為なのだ。
 恐る恐る、といった雰囲気で、美梨花は手を伸ばした。俊之のものを掌で包み込むようにそっと握る。
「うわぁ……固ぁい。それにすっごく熱い。なんか、ビクビク脈打ってる……」
「んっ……くっ」
 小刻みに手を動かされて、思わず声が漏れた。握っている手に、少しだけ力が込められる。
「やっぱり、大きい……な」
 改めて、感心したようにつぶやいている。ぎゅっと握った手の、親指と人差し指は届いていなかった。
「経験済みの子たちって、みんなホントにこんなの入れてるのかな? こんな大きなもの入れるのが気持ちイイなんて、すごいよねぇ、トシ?」
「あっ、……んっ!」
 握った手をゆっくりと上下に動かしながら話しかけられても、答える余裕はない。俊之は、初めて感じる女の子の柔らかな手の感触に意識を集中していた。
「気持ち、いいんだ?」
「んっ……い、いい……」
「ふぅん……ホントだ、もっと固くなってくる」
 何が楽しいのか、くすくすと笑いながら手の動きを大きくしていく。俊之は目を閉じて、ぐっと奥歯を噛みしめて押し寄せてくる快感に堪えていた。
「ね、姉さん……そんなにしたら……」
「これ、面白ーい。おもちゃみたい」
 顔を傍に寄せて、まじまじと観察している。暖かい吐息を感じるほどの距離だ。
 しばらくそうして、手を動かしていて。
 もうこれ以上は耐えられない、と思ったところで、美梨花は不意に手を止めて顔を上げた。
 俊之が目を開けると、美梨花の顔がすぐ目の前にあった。
「……すごいよねぇ。これ……あたしの中に……、ね?」
「う、うん!」
 実の姉弟だからとか、恋人の真緒に悪いとか。そんな考えはとうに霧散していた。
 心も身体も、ただ男の欲望に支配されていた。
 美梨花を犯したい。
 この熱くたぎるものを、美梨花の中に放ちたい。
 なにしろ、手で触られただけでこんなに気持ちがいいのだ。それができたらどれほどすばらしい快感が得られることだろう。
「今度は、トシが触ってみて」
 身体を離した美梨花が、ベッドの上に仰向けになる。
 脚を大きく開いて、自らの手で女の子の部分を広げて見せた。
 白い肌の中に咲いた、鮮やかなピンク色の花。露に濡れた花弁が俊之を誘っている。
 無防備に晒された姉の身体を、俊之はまじまじと見つめた。
 滑らかな曲線を描いている細い身体。
 横になっても形の崩れない、大きな二つの膨らみ。
 真白い肌。
 本当に、綺麗な身体だ。
 実の姉だけれど、心底そう思う。
 俊之はそっと手を伸ばした。
 指先で、怖々と触れてみる。
「あんっ!」
 美梨花が、甲高い声を上げた。
 思わず、反射的に指を引っ込める。
 それから、もう一度。今度はもう少ししっかりと、指を押し付ける。
「あっ……ぅん。ん……くぅん」
 濡れた花弁の上で、指先を滑らせる。そのたびに美梨花はオクターブの高い声を上げて身体をよじらせた。
 熱い蜜は後から後から湧き出してきて、俊之の指を濡らしていく。
「指……入れてみて、いい?」
「うん……うん」
 ぷちゅ。
 そんな音とともに、人差し指の先が入り口にもぐり込む。
 つるつる、ぬるぬるに濡れた柔らかい粘膜が、指先に絡みついてくる。
 中に満ちていた蜜が、隙間から溢れ出してきた。
「あっ、あぁっ、あぁぁん!」
 美梨花が脚を閉じる。指に圧迫感を感じる。
 中は思っていたよりも狭い。人差し指一本なのに、少しずつ奥へ進めていくと、周囲の粘膜がきゅっきゅっと締め付けてくるようだった。
 そして、すごく熱い。熱で蝋が溶けるように、ぐっしょりと濡れてとろけている。
 これまで体験したことのない、不思議な感触だった。まるで、内臓を直に触っているような気がする。
「あぁっ! あんっ! ふっ、うん!」
 ミリ単位で指を進めていく。その微かな動きに、美梨花は敏感に反応している。
 第二関節近くまで指を入れたところで、中がさらに狭くなって抵抗が強くなった。これが、処女の証だろうか。
 それ以上先へ進むことは止め、入り口からそこまでの範囲で指を抜き差しする。
「あっ、あぁぁっ! あんっ……あぁんっ!」
 指の動きに同調するように、美梨花の身体が弾む。爪が引っ掛からないように気を付けながら、中をかき混ぜた。
「気持ち、いいの?」
「うん、うん……い、イイ!」
 半分泣いたような声で美梨花はうなずく。
 潤んだ瞳が俊之を見つめ、次のステップへ進むことを懇願していた。
「ね……ちょうだい。トシ……最後まで……」
「あ、ああ……」
 俊之も、もう我慢できなかった。
 この、熱くそそり立った欲望を、美梨花の体内に打ち込みたい。自分の男の部分で、美梨花を貫きたい。
 指だけでこれだけ悶えている美梨花は、その時どんな反応をするのだろう。
 美梨花が、脚をM字型に開く。俊之はその間に身体を入れた。
「ここ……かな」
 初めてだから、加減がわからない。固く上を向いたペニスを無理やり押さえつけ、先端をあてがった。美梨花も自ら手を伸ばしてそれを握り、位置を微調整する。
「ん……そう……そこ……、んんっ」
「こ……こう?」
 ぐい、と腰を突き出すが、なかなかうまく入らない。一度も男性を受け入れたことのない入り口が、異物の侵入に頑なに抵抗している。
 指を入れた時の感触を考えてみれば、美梨花のそこはかなり狭い。指と男性器のサイズの違いを考えると、本当に挿入できるのかどうか怪しくなってくる。
「だ、大丈夫。もうちょっと濡らしてから……」
「……うん」
 美梨花の割れ目にペニスを擦りつけ、溢れ出している潤滑油をたっぷりと塗りつけた。
 もう一度、侵入を試みる。
 両腕で美梨花の脚を抱え、動けないようにして体重を前に押し出していく。
「あぁっ! ん……んん……くっ、ん!」
 入り口が、ゆっくりと開き始めた。
 ぬるり……という感触とともに、先端部が飲み込まれていく。
「ん、く……」
 亀頭を締め付けられる感覚に、俊之は喘いだ。
 狭い。ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
 美梨花は眉間にしわを寄せて、くいしばった歯の隙間から熱い息を漏らしている。
「は……入ってる……すごい……ふ、太い……」
「い……痛くない?」
「だ、いじょう……ぶ。そのまま……きて……」
「ん……あ」
 ここまで来たら、もう躊躇していられない。
 毒を喰らわば皿まで。最後まで突き進むしかない。
「あっ! あぁっ! あぁぁ――――っ!」
 最後の抵抗を見せる処女の証を、体重を乗せて一気に突き破った。
 美梨花の身体が仰け反る。
 先端が行き止まりに達したのを感じた。それでもまだ、完全に根元までは中に飲み込まれていない。
 胎内を満たしていた愛液が、行き場を失って隙間から噴き出してくる。
「あぁっ……はぁ……あっ、は、いってる……奥に、届いて……はぁん、すご……い……」
 荒い息をして喘ぐ美梨花の目元が濡れていた。やや苦しそうに眉間にしわを寄せているが、口元には引きつった笑みが浮かんでいた。
「入ってる……入ってるの、わかる?」
「う、うん……す、すごいよ」
「うン……ホント……すご、い……。い、いっぱいに……広がって、おっきい……の」
 熱い吐息混じりの切ない声。それで、今の状態が美梨花にとって決して不快なものではないと確信した。
 俊之はもちろん、かつてない快感を覚えていた。
 熱い粘膜がペニス全体に絡みつき、締め付けてくる。美梨花がほんの少し体を動かすだけで、脊髄を貫くような快感が走る。
(これが……女の子の、感触……)
 とんでもなく気持ちがいい。自分の手でするのなんて、比べものにならない。
 結合部に目をやった。
 太い杭のような物体が、姉の身体を深々と貫いている。
 それはどこか不思議な、そしてある意味グロテスクな光景だった。
 ゆっくりと、半分くらい引き抜くと、絡みついた襞が少しめくれ上がった。
 白濁した粘液がまとわりついている。その中に少し混じっている赤い色彩は、破瓜の血だ。
 やっぱり、美梨花は初めてだったのだ。
 背筋がぞくぞくした。
 自分が、姉のバージンを奪ったのだと実感する。
 バージンだった美梨花が、どうしてあんなに積極的に誘ってきたのかなんて、疑問に思う余裕もなかった。
 もう一度、思い切り奥まで打ち込む。
 美梨花が悲鳴を上げる。
 今度は先端だけ残して大きく引き抜いて。
 また腰を打ちつけて。
 無意識のうちに動きが大きく、そして速くなっていく。
「あぁっ! うぅ……、あぁぁんっ!」
 下半身を押さえつけられ、深々と貫かれて、美梨花は上半身だけで激しく暴れた。飛び散った汗が、シーツに点々と小さな染みを作る。
「あぁぁっ! あぁ――っ! あぁぁ――っ!」
 鼻にかかったような、甘酸っぱい悲鳴。
 俊之は無我夢中で腰を振った。
 どうすればより気持ちよくできるか、なんて考える余裕もない。ただがむしゃらに、一番深い部分をめちゃくちゃに突きまくる。
 そのたびに、白く濁った粘液が溢れ出してぐちゅぐちゅと水音を立てていた。
「あぁぁ――っ! あぁん! あぁんっ! あんっ! あぁっ、あぁぁっ!」
 絶え間ない美梨花の嬌声が部屋中に響く。
「き、気持ちいい? 姉さんっ」
「あぁぁっ! いいっ! いいのっ! トシ……トシぃっ!」
 髪を振り乱して悶えながら、美梨花が両腕をまっすぐに差し伸べてくる。俊之が上体を覆いかぶせると、腕がしっかりと絡みついてきた。
 力一杯しがみついて、唇を押し付けてくる。俊之もそれに応える。
「ん……ぅんん……む……んっ!」
 大きく開いた口を乱暴に重ねて、相手の口中深くに舌を差し入れる。
 舌を絡め合い、唾液を貪りあう。
「あぁっ! す……ごいっ! あぁぁっ!」
 美梨花の脚が俊之の腰に絡みつき、ぎゅっと締め付ける。両腕、両脚でしがみつかれて自由に動けない態勢になっても、俊之は腰の動きを止めなかった。
 自分も、美梨花の身体に腕を回す。
 細い身体をしっかりと抱きしめて、そのまま身体を起こした。
「――っ! やっ、あぁぁぁ――――っっ!」
 結合したまま向かい合って座るような態勢にされ、美梨花は悲鳴を上げた。自分自身の体重で、今までよりも深い部分まで貫かれてしまったのだ。
 上体を仰け反らせ、俊之の背中に爪を立てる。
 全身をぶるぶると震わせている。
「あぁっ! はぁぁぁ――――っ!」
「んっ……ねえ……さん」
「あっ! んっ! あぁぁっ!」
 ユーカリの樹にしがみつくコアラのような態勢のまま、美梨花は自分から動き始めた。
 複雑に重なり合った円を描くような軌跡で、擦りつけるように腰をくねらせる。
 俊之はその細い腰に腕を回して、しっかりと支えてやった。これで美梨花は動くことだけに専念できるようになる。
 美梨花は俊之の胸を抱えるように腕を回して、身体を密着させた。二人の身体の間で大きな乳房が潰れ、動きに合わせてパン生地のようにこね回されている。
 俊之も、腰を下から突き上げるように動かした。
 そのたびに小さな美梨花の身体が弾む。
 美梨花の腰のくねりによって、硬くそそり立った俊之の分身が、美梨花の胎内を激しくかき回している。一ミリも余さず胎内に呑み込まれたペニスに、熱い粘膜が絡みつく。
 ベッドのスプリングの軋み。
 結合部が立てる、じゅぶじゅぶという濡れた音。
 荒い息。
 甲高い悲鳴のような、美梨花の悶え泣く声。
 様々な音の中で、二人は深くつながっていた。
「あぁんっ! ぁんっ! あぁぁんっ! トシっ……トシっ! あぁっ!」
 しっかりと抱き合った姿勢だから、鼻にかかった甘い声が耳元で聞こえる。鼓膜が痛いほどに響いてくる。それが、俊之をよりいっそう興奮させる。
 挿入してから、実際にはまだそれほど時間は経っていないはずだったが、限界は目前に迫っていた。これは、あまりにも気持ちよすぎる行為だった。
「姉さん! ……俺っ……もう!」
「あぁんっ! あぁっ! あぁぁ――っ!」
 背中に回された腕に力が込められて、美梨花の腰の動きがさらに加速する。小刻みな、震えるような動きになった。
「あぁっ!」
 新たな刺激で、俊之の快感は頂点を迎えた。
 美梨花の胎内の一番深い部分で、俊之が大きく弾けた。熱い精が爆発するように噴き出し、美梨花の中を満たしていく。
 ドクン、ドクン。
 脈を打ちながら、何度も何度も射精する。
 同時に、美梨花の身体がびくっ、びくんと痙攣した。
 背中に、爪が立てられる。
「あぁっ、はぁぁっ! あぁぁ――――っっ!」
 美梨花はがくがくと頭を前後に振った。
 ぐいぐいと腰を擦りつけて、まだ深い部分で脈打っている俊之を締め付けてくる。
 そんな状態がしばらく続いた。
 数秒か、数十秒か。
 不意に、美梨花の全身から力が抜けていった。
 俊之を抱きしめる腕はそのままで、抱き合った姿勢のまま、美梨花のはぐったりと俊之に体重を預けてくる。俊之の肩に頭を乗せて、荒い息を繰り返している。
 俊之も同じだった。
 美梨花をしっかりと抱きしめて、肩で息をしながら、汗ばんだ肌が触れ合う感触を味わっていた。
 二人の身体は、まだ深くつながったままだった。あれだけ大量の精を放出したのに、大きさも固さもほとんど失われていない。
 それでも俊之は十二分に満たされ、えもいわれぬ満足感に包まれていた。この様子を見る限り、美梨花もきっと、満足してくれたのだろう。
 二人とも何も言わず、ただじっと、つながったまま抱き合っていた。
 密着する汗ばんだ身体。
 火照った身体のぬくもり。
 少しずつ落ち着いてくる呼吸。
 そして、絡み合ったままの熱い粘膜。
 とても、心地よい。
 ただ黙って、ずっとこうして感じていたかった。
 二人は離れるきっかけを失って、いつまでも余韻に浸っていた。
「…………姉さん」
「……トシ」
 数分後、二人がほとんど同時に口を開いた時。
 まるでタイミングを見計らったかのように、俊之の携帯電話が鳴った。
 反射的に二人はバネが弾けるように離れて、はっと我に返った。
 二人同時に、顔がかぁっと赤くなる。
 美梨花は落ちていたバスタオルをひったくるように掴むと、何も言わずにバスルームへ駆け出していった。
 俊之は狼狽えつつも電話に出る。
『おーい、迎えに来たよ』
 そんな陽気な女性の声で、一瞬、身体が硬直した。慌てて時計を見る。
 もう、家からの迎えが来る時刻だった。
『今、下の駐車場。すぐ行くから、部屋の鍵開けておいて』
「あ、は……はい!」
 電話を切った俊之は、今の自分の姿を思い出して慌てて服を着た。
 ベルトを締めて、乱れた髪を手ぐしで直したところで、部屋の扉がノックされる。
 壁の大きな鏡でもう一度全身をチェック。大丈夫、おかしなところはない……はずだ。
「……由貴さん?」
 扉のところへ行って、念のため訊いてみる。
「うん。鍵開けて」
 鍵を外して扉を開ける。そこには百七十センチを超える長身の、肉感的な体育会系美女が立っていた。
 御堂由貴。とても理系人間には見えないが、菜穂美同様に父の助手を務める二十代半ばの女性だ。
「お待たせ。迎えに来たよ。これ、みーちゃんの着替え」
 恥ずかしそうににバスルームから顔を出した美梨花に、持ってきたバッグを渡す。
「ありがとう」
 バッグを受け取って、美梨花はまた脱衣所に戻った。
 由貴は無造作に冷蔵庫を開け、スポーツドリンクを取り出す。一息で半分以上飲み干し、ふぅっと息をついて悪戯っぽく笑った。
「それにしても、よりによってラブホとはね」
「わ、わかってますよ。でも仕方ないじゃないですか。近くに、他に隠れられる場所もなかったし……」
 俊之は真っ赤になって弁明する。
「……で、せっかくだから本来の用途で使った、と? 仲のいい姉弟だよね、君たち」
 その台詞に俊之と、ちょうど脱衣所から出てきた美梨花が同時に固まった。
「な、な、な、なにを……」
 とぼけようとする声が裏返ってしまう。二人揃ってこれでは、もう誤魔化しようはない。
「服を直してシャワーを浴びて、何もなかったふり? 君たち、まだまだ若いねー」
「な、な、なんのことですか?」
「何もなかったなら、どうしてベッドが一つだけ、こんなに乱れてるのかな?」
「――っ!」
「あ……」
 俊之と美梨花は思わず、同時に声を上げた。
 はっと顔を見合わせ、また真っ赤になって同時に俯く。
 そんな二人の様子を見て、由貴は腹を抱えて笑っていた。



「では、全員揃ったところで事情を説明しましょう」
 父の助手である狭山菜穂美が、中指の先で眼鏡の位置を直しながら言った。
 まだ三十前だが、実際の年齢以上に落ち着いた雰囲気の、知的なスレンダー美人だ。由貴とはまるでタイプは違うが、どちらも美女であるあたりは雇い主の趣味かもしれない。
 菜穂美の周囲には、由貴と、赤い顔で黙っている俊之と美梨花、そして不安そうな顔をした妹の真由花がいる。
「……で、いったい何があったんですか?」
 最初に訊いたのは真由花だ。俊之と美梨花は、まだ口がきけるほどには精神的ダメージから回復していない。帰りの車の中もほとんど無言だった。
「世界的に有名で優秀な科学者が誘拐される理由なんて、一つしかないでしょう」
 菜穂美は静かに微笑んで、あまり緊張感の感じられない口調で続ける。
「身代金目当てなら、大企業のトップでも狙った方がよっぽど効率がいいですからね」
「じゃあやっぱり、お父さんの研究が目当て?」
「そうです。数年前、ある発見がありました。それこそ、世界に産業革命以来の大変化をもたらしかねない大発見です。世界中の科学者が密かに研究していたそれを、先生がいち早く実用化に成功したのです」
「その発見って……」
 真由花が首を傾げている。
 しかし俊之には心当たりがあった。ちらりと横目で見た美梨花が怒ったような表情をしているところをみると、間違いないだろう。
「それって、姉さんの……あの能力と関係が?」
 十六年間一緒に暮らしてきたが、美梨花が空を飛んだり、素手で車を破壊できるなんて聞いたことがない。つまりあれは、最近になって得た能力のはずだった。父の研究と無関係とは思えない。
「そうですね。美梨花さんが実用化サンプル第一号ということになります」
「それは……」
「『バイオアーム』です」
「……人工的に匂いや味を付けた人造釣り餌?」
 真由花がさりげなくボケた。何故か妙な知識を持っている。
「それはバイオワーム。『バイオアーム』は人類の科学を超えた、分子サイズの生体超兵器です」
「――っ!」
 俊之と真由花は、小さく声を上げた。しかし美梨花は驚いていない。既に事情を知っていたのだろうか。
「バイオアーム、それは……」
 菜穂美が詳しい説明を始める。
 それは、オーストラリアの砂漠に落ちた隕石から見つかったのだそうだ。
 細胞よりも小さな、しかし恐るべき能力を持った一種のマイクロマシン。
 必要があれば信じられない速度で増殖し、膨大な、しかし原理はまだ解明されていないエネルギーを放出することができる。
 生物のようでもあり、鉱物でできた機械のようでもある。
 人類のアーキテクチャを遙かに超越した存在。
 それは明らかに、地球外の存在だった。
 これ自体が地球外生命体なのか、それとも高度に進化した異星人の機械なのか、それはまだわからない。
 世界中の科学者、研究機関が密かに、しかし全力で解析を進めたが、現在の人類の科学ではその行動を制御することもできなかった。
 その唯一の例外は、ただ一人の天才――ただし限りなく紙一重の――である。
「ある日の昼下がり、先生は、この未知の鉱物細胞の制御に成功しました。それをたまたま近くで昼寝していた美梨花さんで人体実験して……」
「じゃあ……姉さんは……」
「……そう」
 縁なしの眼鏡がキラリと光る。
「無数のバイオアーム細胞を移植された超兵器、無敵の改造人間なのです!」
 ババーン!
 菜穂美の背後に、大きな太ゴシック体の文字が見えたような気がした。
 一見、知的な美人。しかしあの父の助手だけあって、やっぱりどこか感性が変だ。
「……ったく! どこの世界に、こんな訳のわからないものを自分の娘で試す父親がいるのよ!」
 怒りを爆発させた美梨花が、拳をテーブルに叩きつけた。一撃でテーブルは真っ二つになり、美梨花の能力を初めて見た真由花が目を丸くする。
「力は鉄腕アトムよりも強く、鉄人二十八号よりも強靱な身体。人智を超えた重力制御システムによる超音速飛行も可能。核兵器以上のエネルギーを内に秘めながら、コンパクトな女子高生サイズ。まさに究極の最終兵器といえます」
「……って、何を自慢げに!」
「もちろん、知っていれば先生を止めましたよ。だけどあの日は私、休暇をいただいてましたから。運が悪かったですね。いや、むしろ幸運だったのかも」
「どこが! 純情可憐な女子高生が、いきなり改造されて喜ぶとでもっ? たとえ百万馬力だろうとマッハ三だろうと、今どきのギャルにとってなんの役に立つのよっ!」
「いろいろ便利そうな気がする……」
「真由は黙ってなさい!」
「それ以外の役得もあるでしょう。ねぇ?」
 菜穂美が意味深な笑みを浮かべて言う。美梨花の表情が強張った。
「な、菜穂美さん!」
「まあ、そういうことですから、世界中の軍や秘密結社が目を付けるのも当然ですね。バイオアームの秘密を横取りしようと、先生をさらったのでしょう。相手の見当はついています。警察に訴えてどうにかなる相手ではありませんけど、心配無用。私たちが何とかしますから。すぐに命に関わることにはならないでしょう」
 一番不安そうな顔をしている真由花を安心させるように言う。
「どうしてそう言い切れるんです?」
「先生は、抵抗しませんから。きっと、最高の設備と研究資金が与えられるでしょう。あの先生なら、何も気にせずにそこで研究を続けるはずです。自分の懐を痛めずに研究を続けられるなんて、むしろ天国じゃないですか」
 真由花に限らず、俊之も美梨花もこれには呆れた。しかしあの父であれば、ありそうな話だった。
「ですからこちらとしては、ゆっくりと慎重に奪還計画を練ります。慌てず騒がず、研究が完成したところを見計らって先生を奪い返した方が得ですから。向こうは、美梨花さんという実用化サンプルの存在を知りませんし」
「得って……まあ……そうかも」
 あまりにも堂々とした菜穂美の口振りに、つい納得させられてしまう。由貴は最初から最後まで、楽しそうに笑っていた。大人たちの間ではすべて承知のことなのだろう。
 どうやら『神原生体工学研究所』というところは、子供たちが思っていた以上にとんでもないところらしい。
 とりあえず、話はそれで終わりになった。
 しかし部屋に戻ろうとした俊之を、菜穂美が呼び止めた。美梨花もぎこちなく立ち止まる。
 なんの用かは見当がついていた。
 菜穂美は意地の悪い笑みを浮かべて、俊之と美梨花を交互に見ている。
「……で、いかがでした、美梨花さん?」
 美梨花は何も応えず、真っ赤になって菜穂美を睨んでいた。握りしめた拳が、小刻みに震えている。
「あ、あの……」
 俊之が口を挟む。どうも「あのこと」を言っているような気がするが、菜穂美はどうして知っているのだろう。他に知っているのは由貴だけだし、家に着いてからはずっと全員がここにいた。由貴がこっそりと告げ口することはできなかったはずだ。
「俊之さんは、まだ事情を知りませんよね。今のところ、バイオアームを人間に移植した場合には、ちょっとした副作用があるんですよ」
「副作用?」
 それって、まさか……。
 聞かなくても、続きがわかるような気がした。
「美梨花さん、普段と違っていたでしょう?」
「いや、違うところは山ほどあったけど。それって……あの……」
 美梨花は耳まで真っ赤になって俯いている。
「バイオアーム細胞が出力を上げた際に排出される老廃物が、人間にはいわゆる、催淫剤のように作用するんです。それも、極めて強力な……ね」
「――っ!」
 すべての謎が解けた。
 どうして美梨花が、いきなりあんな行動に出たのか。
 初めてのはずの美梨花が、どうしてあんなに感じて、自分から激しく動いていたのか。
 それにしても、なんというふざけた副作用だろう。せっかくの超能力も、これでは気軽に使うこともできない。
「今回は、俊之さんが側にいてよかったですね」
「よかったって、姉弟で、そんな……。おかげで近親相姦ですよっ?」
「まったく見ず知らずの、通りすがりの男性を誘うよりはよかったのでは? 美梨花さん、今後もバイオアームの力を使う時は気を付けてくださいね」
 菜穂美はにっこりと、まったく悪意のない笑みを浮かべている。
 俊之はこの時になってようやく理解した。
 菜穂美さんも、結局のところあの父の同類なのだ、と。



 それぞれ、自分の部屋へ戻る途中。
 俊之も美梨花も、ずっと無言だった。
 ひどく気まずい、と俊之は思った。
 ひょっとして、とんでもないことをしでかしてしまったのではないだろうか。
 つい一時間ほど前、実の姉とセックスしてしまったのだ。それも、いってみれば美梨花は薬物で正気を失っている状態だったわけで。
「……トシ」
 背後から、美梨花の声がした。
 感情を押し殺した低い声だ。
「は、はいぃっ?」
 思わず、振り返って気を付けの姿勢を取った。鬼軍曹の前に立った新兵の心境だ。
「……ちょっと、話さない?」
 美梨花は鋭い目でこちらを見ている。
 自分の部屋の扉を開けて、中へ入るようにと促した。
 声音が怖い。
「は、はいぃっ!」
 こんな時は、逆らわない方がいい。
 別にこちらに非があったわけではないと思うが、土下座でもなんでもして、謝ってしまった方がいい。
 美梨花は先に部屋に入ると、ベッドの縁に腰掛けた。俊之は居心地悪そうに、部屋の真ん中で気を付けの姿勢を崩さない。
 しばらく、無言のまま時が過ぎた。
 背中に冷たい汗が流れる。
「……ね、姉さん」
 緊張に耐えかねて口を開こうとしたその時。
「……あたし、初めてだったんだよ」
 ぽつりと、美梨花が言った。
「そ、それは……お、俺だって……」
「男と女じゃ、初めての重みは全然違うの! 男の初物なんて一銭にもならないんだから!」
「は、はいっ!」
「ずっと、初めてはちゃんと好きな人と……って思ってたのに」
「…………、ごめん」
「こんな、変な身体のせいで。おかしくなっちゃって。全然、我慢できなくて」
「……ごめん」
 俊之が悪いわけではない。が、自然と謝罪の言葉が口をついて出た。
 美梨花はきっと傷ついている。なんだかんだいっても女の子なのだから。女の子にとって初めてがどれほど大切なものか、男の俊之にだって想像することはできる。
 涙は流していない。むしろ怒っているような表情だが、しかし実は泣いているのではないか、という気がした。
 泣きたくなるのも当然だろう。自分で望んでいたわけではないのに、こんな形でバージンを失ってしまったのだから。実の弟相手に、しかも形の上では美梨花の方から誘ったのだ。
「その……姉さん……」
「責任、取ってよね」
「え?」
 責任?
 この場合、どう責任を取ればいいのだろう。
 普通、こういった状況での「責任」とは、つまり「責任を取って結婚」ということだ。
 しかし美梨花は実の姉。二十一世紀になって十年以上が過ぎ、日本でも近い将来同性での結婚が認められそうな雰囲気はあるが、肉親となるとまるで話が違う。
「協力してよ。父さんを取り返すのに」
「え? あ、ああ」
 自分の考えすぎを可笑しく思いながら、俊之はうなずいた。そんなことであれば、協力するのは当然だ。
 しかし。
「そしてあたしの手で、あのクソ親父に思い知らせてやる!」
 そう宣言する美梨花の目が据わっていた。
 危険な光を帯びている。
「……う」
 こんな時は、逆らわない方がいい。
「そ、そうだね。少しは痛い目みたほうが……いいだろうね」
 痛い目、で済めばいいのだが。多分、地獄を見ることになるだろう。
「じゃあ、協力してくれる?」
 急に、美梨花が表情を変えた。にっこりと極上の笑みを浮かべる。
「も、もちろん!」
「じゃ……」
 その笑みが微妙に変化する。
 小悪魔的というのだろうか、なにか含むところのある笑顔だった。
「これからも、あたしの『クールダウン』お願いね」
「え? クールダウン……って……」
「父さんを連れ去った連中と戦うには、バイオアームの力が必要でしょ?」
「――っ!」
 愛想笑いを浮かべた俊之の顔が、そのまま凍り付いた。
 クールダウンとは、つまり、そういう意味だ。
「で、でも。姉弟で、そんな……」
 既に一度してしまったとはいえ、あれは状況もわからずにその場の雰囲気に流されてのこと。理性の戻った頭で冷静に考えれば、またするというわけにはいかない。
「姉弟でエッチしちゃいけないなんて法律、日本にはないわよ! 一度したんだから二度も三度も一緒!」
「そんな大雑把な……」
「いいじゃん。毎回毎回、行きずりの見知らぬ男を逆ナンパするよりマシでしょ! いつかちゃんと彼氏ができた時、たとえ初めてじゃなくたって「あなたで二人目なの」ってのと「あなたで八十六人目なの」って言うの、どっちがいいと思ってんの! あたしのバージン奪った以上、彼氏ができるまではあんたが責任取って相手してくれなきゃ」
「いや……まあ……そうかもしれないけど……」
 確かに、無闇やたらと通りすがりの男を誘惑する美梨花の姿など見たくはないが、だからといって。
「なに、イヤなの? ……ふぅん。トシって、女の子は一度やったらもう飽きて、ポイしちゃうような男だったんだ?」
「ち、違う!」
「じゃあ何? あたしの身体にはもう魅力を感じないって?」
「い、いや! そんなことない!」
「じゃあいいでしょ! イヤって言うなら……」
 美梨花はここで、切り札を開いて見せた。
「真緒に言いつける」
「――っ! そ、それだけはっ!」
 いくら、細かいことを気にしない性格の真緒とはいえ、彼氏の初体験の相手が実の姉と知っていい気はしまい。
 一般的な意味での女らしさには欠けるし、あまりラブラブな雰囲気でもない。が、それでも真緒のことは好きだった。小学校に入る前から、傍にいるのが当たり前だった幼なじみだ。こんなことで嫌われたくない。
 だからといって今後も美梨花と肉体関係を重ねるということは、つまり俊之にとっては一種の浮気であり、真緒に対する負い目と、美梨花に対する弱みを増やすことになる。
 結局のところ、どっちに転んでも救われない。だったらせめて、少しでもいい思いができる道を選ぶべきだろう。
「……わかったよ。姉さんの身体のことは、俺が責任持つよ」
 俊之は全面降伏した。
 美梨花が勝ち誇ったように笑う。
「わかったら、今後あたしの言うことは無条件で聞くことね。じゃ、そゆことで」
 今までだって無条件で――というか力ずくで言うことを聞かせてきただろう、という反論をする暇も与えられず、美梨花は、話は終わったから出ていけという仕草をした。
 肩を落として部屋を出ようとした俊之が、ドアのノブに手をかけた時。
 背中に触れるものがあった。
 美梨花の手だった。
「ところで……さ。どう、だった?」
「ど、どうって?」
 質問の意味が理解できずに訊き返す。振り返ろうとしたが、美梨花の手がそれを押し止めた。
「あたし、記憶が曖昧で、よく憶えてないの。どんな風だったの? あたしたちの……その、初体験って」
「いや……その……」
 俊之は口ごもった。
 そんなこと恥ずかしくて、口に出して説明するなんてできない。しかし美梨花は、俊之が黙っている理由を曲解したようだった。
「どうして答えないの? まさかあんた……あ、あたしがぼーっとなってるのをいいことに、変なことしなかったでしょうね?」
「へ、変なことって?」
 実の姉弟で初体験というのは、それだけで十分に「変なこと」の範疇に含まれる気がする。
「へ……変なことは変なことよ。例えば、その……縛ったり、とか……お、お尻……とか、そーゆーの!」
「す、するわけないだろ! ちゃんと、その……普通に、抱き合って……キスして……その……」
 誤解を解くためには、克明に一部始終を説明しなきゃならないか、と覚悟しかけた時。
「あ、いいや。変なことしなかったんなら」
 美梨花の手が、ぽんと背中を叩いた。
 多分、美梨花もそれ以上聞くのが恥ずかしくなったのだろう。自分が正気を失って弟を誘惑した話など、詳しく聞きたいはずがない。
「……あたしもね」
「え?」
「あたしも、一つだけはっきりと憶えていることがあるよ」
 思わず振り返ると、美梨花ははにかみながら、目を細めて猫のように笑っていた。
 一歩、傍に寄ってくる。
「トシってば、激しかったよね」
「あ、いや……その……」
 その時の光景が頭に甦って、思わず赤面する。最初は美梨花から誘ってきたとはいえ、いつしか俊之も夢中になっていたのだ。
「あのね」
 ほとんど密着するくらいに近寄ってきた美梨花が背伸びをして、耳元で小さくささやいた。
「……すっごく、気持ちよかった」
 離れ際に一瞬、美梨花の唇が頬に触れていった。

〈第一話・終わり〉


あとがき>>
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