話は、ヴァレンタインデーの少し前にさかのぼる……。
放課後の教室。
まだ十人ちょっとの女生徒が残っていて、いくつかのグループに分かれて他愛のない話をしている。
試験が近いため、今日は部活はない。奈子は話の輪には加わらず、自分の席でぼんやりとしていた。
そこへ、陽気な声が飛び込んでくる。
「ごきげんよう、奈子いる〜? ……って、いるのわかっているから来たんだけど」
声の主は亜依だ。
楽しくて仕方がないって表情をしている。それに気付いて、奈子は思わず身構えた。
なにか、よくないことが起こりそうな気がする。
「……いったい、何を企んでンの?」
警戒心も露わに、奈子は訊いた。だって亜依ってば、いつかのクリスマスパーティの話を振ってきた時と、同じような表情をしていたから。
「単刀直入ね。いいわ、それじゃ奈子にお願い。二月十四日は是非とも、新聞部のためにスケジュールを空けてちょうだい」
「は?」
どこかで聞いたような台詞。
そう言えば、亜依は新聞部に入っているんだったっけ。
「新聞部のヴァレンタイン企画に協力して欲しいんだ。中等部と高等部の合同企画なんだけど」
亜依は、ポケットから取り出した書類のコピーを奈子に手渡した。
真っ先に目に入った文字は……。
「『宝探し、松宮奈子のヴァレンタインカードはどこだ?』……?」
思わず声に出して読む。
「奈子の手書きのヴァレンタインカードを校内に隠して、それを見つけだした人が貰えるってイベントなわけ」
という説明で、奈子もすべての事情を悟った。
これは、白岩学園の女生徒の間で妙に人気がある『マリア様がみてる』という少女小説のパロディなのだ。
「え、宝探し? ……てことは原作と同じく副賞もアリ?」
いつから聞いていたのか、教室にいたクラスメイトたちが二人の周りに集まってくる。
「もちろん!」
亜依は胸を張って答えた。
「副賞は、奈子との『一晩デート券』!」
周囲から「きゃあ!」と歓声が上がる。
「ちょっと待てい!」
奈子は亜依に詰め寄った。
「なんだ、その『一晩』ってのは? 原作と違うじゃん!」
原作での副賞は『半日デート券』だったはずだ。微妙に似てはいるが、言葉の持つニュアンスはまるで違う。
「そのくらい、誤差の範疇よ」
亜依はきっぱりと言い切った。
「それに、この副賞のおかげで参加希望者が殺到してるんだから」
「参加希望者って、どのくらい?」
「二、三百人は堅いんじゃないかな。中等部にも奈子のファンは多いってことで、中高合同にしたからね」
「それで宝が一つだけってのは、確率低すぎない?」
「そうそう、せっかくだからもっと増やそうよ!」
「じゃあさ、カードは一等と二等の二種類用意して、一等は一枚だけ、二等は三〜五枚くらいってのはどう?」
「いいね、それで行こう!」
クラスメイトたちは、当事者を無視して盛り上がっている。
「で、二等の副賞は?」
「もちろん、奈子との『平日三時間デート券』」
「なによ、その細かさは?」
呆然となりゆき見つめていた奈子だったが、引っかかる台詞につい口を挟んでしまう。
「だって土、日だと、割引券が使えないんだもの」
「なんとなく聞くのが怖いけど、割引券って何の?」
「ホテルエンペラー、ご休憩千円割引券」
どうしてそんなものを持っているのか、亜依は近所にあるラブホテルの割引券を数枚、ポケットから取り出して見せた。
「やっぱりそ〜ゆ〜意味か! 三時間って!」
「当然!」
「そんな企画、乗れるわけないっしょ! もしも由維に知られたら……」
「それって、由維ちゃんに知られなければオーケーってこと?」
クラスメイトの一人がさりげなく突っ込む。
「あ、いや、その……」
自分の失言に気付いて、奈子は口を押さえた。
「その点は抜かりないって。ちゃんと、由維ちゃんの許可はもらったから」
「まさか!」
心底、驚いた。
由維が、奈子の浮気を助長するようなこんな企画に乗るとは思えない。自分が優勝する自信があるのかもしれないが、週の半分以上を奈子の家で過ごしている由維にとって、副賞の一晩デート券なんてなんの意味がない。
「みそさざいのスペシャルパフェ、一週間分でOKしてくれたよ」
「なにそれっ? アタシってば、チョコパフェで売られたの?」
「知らないところで浮気されるより、目の届くところでの浮気の方がマシ、とも言ってた」
「信用ないね〜、奈子ってば」
周囲で笑い声が上がる。
「当然、一等、二等になった人たちには、デートのレポートを提出してもらうの。克明に……ね」
これで、校内新聞の読者が大幅に増えること間違いなし……と、亜依は嬉しそうに言った。
「よ〜し、私も頑張ってカードを捜さなくちゃ」
クラスメイトたちは妙に張り切っている。
「ちょっと、なんであんたたちまで?」
今まで、ただのクラスメイトだと思っていたのに。やっぱり……?
「え? だって……ねぇ?」
「そ〜だよね〜。由維ちゃんが了承してるなら、一度くらい奈子と……してみたいよね〜」
「あ〜、それ、あたしも思ってた」
全員揃って、うんうんとうなずき合う。
今さらながら、奈子は校内での自分の立場というものを思い知らされる。
すなわち、『総受』。
「奈子も嬉しいっしょ? 今回だけは由維ちゃん公認で浮気できるんだよ?」
「それはちょっと嬉しいかも……って、あぁっ! うそうそっ! 今のナシ!」
つい、ぽろりと本音が出てしまった。慌てて両手を振る。
「ふっふっふ……」
亜依は制服のポケットから、MDレコーダーを取り出した。なんでも入っているポケットだ。実は四次元ポケットなのかもしれない。
「今の台詞、由維ちゃんに聞かれたくなければ協力してよね」
勝ち誇った表情で、亜依が言った。
妙に疲れた顔で奈子が教室から出ていった後も、残った女子はこの話題で盛り上がっていた。
「でも、亜依も偉いわ。よくこんなアイディア思いついたね」
「そうだよね〜、やっぱり一度くらい、奈子のたくましい胸に抱かれて見たいもんね。しかもそれが由維ちゃん公認なんだから」
「そう言えば、よく由維ちゃんもOKしたね?」
「ん? そりゃあ……ね。もともと、私と由維ちゃんで思いついたネタなんだから」
「え?」
「最近……ていうか去年の終わり頃から、奈子ってばなんだか元気ないじゃない?」
「そういえば、去年の十月だったか十一月だったか……見てて痛々しいくらいに落ち込んでたよね」
「最近いくらかマシになったけど……、先刻も一人で物思いにふけってたっけ」
そこにいる全員がうなずいた。
みんな、奈子の様子がおかしいことには気付いていたのだ。しかし誰もその理由を知らない。
「でしょ? だから、楽しいイベントで元気づけようってわけ。落ち込む暇も与えずに、振り回しちゃうの」
「亜依ってば……ホントに偉い! それでこそ奈子の一番の親友だわ」
「落ち込んでる奈子なんて、見たくないもんね」
「よ〜し! じゃあ思いっきり盛り上げよう!」
こうして、白岩学園内中の奈子ファンが一致団結しての宝探し大会が開催されることになった。
もちろん、奈子はその真の意図を知らない。
ところで――。
残念ながら、この宝探しの顛末は伝えられていない。
何故なら、副賞デートの『克明な』レポートを掲載した校内新聞が、生徒会の検閲により発禁処分となったからである。
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