カーテンコール2 炎のたからもの


 マイカラス王国の騎士ケイウェリ・ライ・ダイアンは、夜の城内をぶらぶらと歩いていた。
 一応、城内の警備という意味もある。国王ハルティとダルジィの結婚式からまだほんの数日、城中、いや王都中にお祭り騒ぎの余韻が残っている。こんな時こそ、警備は厳重にしなければならない。
 城の中庭を歩いていて、池の辺にひとつの人影を見つけた。しゃがみ込んで、水面を見つめている。
 ケイウェリは、足音を立てずにそっと近付いて声をかけた。
「こんなところでどうしました? 姫様」
 一瞬びくっと身体を震わせて、その人影が顔を上げる。ハルティの妹のアイミィだ。もちろん、ケイウェリには最初からわかっていた。
「ケイウェリ様……」
 アイミィは、幾分うろたえている様子だった。まずいところを見られた、と思っているのかもしれない。
「元気ないですね」
「そ、そんなことないですわ……」
 なにげない口調で誤魔化そうとしているが、その頬に微かな涙の痕があることを、ケイウェリは見逃さなかった。
 ここ数日、彼女はずっとこんな調子だ。
 まあ、無理もないかもしれない。想いを寄せていた奈子が、突然この国を去ってしまったのだから。
 それ以来、アイミィの笑顔を見た記憶がなかった。
 あの、咲き誇る花のような笑顔を。
「そういえば……」
 ケイウェリは、意図的に話題を変えた。
「姫様と初めてお会いしたのは、ここでしたね」
 きょとんとした表情で、アイミィはこの大柄な騎士を見上げた。



 それは、ケイウェリがまだ少年と呼ばれる年齢だった頃のことだった。
 当時から歳の割には大きな体格をしていたが、その外見に似合わず、園芸を趣味としていた。美しい花を育てることは、剣術や馬術の稽古と同じくらい楽しいことだったのだ。
 だから、騎士見習いとしての仕事の合間に、城の庭師に頼み込んでこの中庭の花壇の手入れをさせてもらっていた。
 そんなある日、ケイウェリがいつものように花壇の手入れをしていた時のこと。
「きれいなお花ね」
 突然の声に顔を上げると、いつの間にか、小さな女の子が傍に立っていた。彼女自身が満開の花のような笑顔で、今が盛りの花壇を見つめている。
「ひとつ、あげようか?」
「いいの?」
 瞳を輝かせて訊き返してくる女の子に、ケイウェリも笑ってうなずいた。
「いいに決まってるさ。ここの花はみんな、君と、君のお母さんのものなんだから」
 そう言って、一番きれいに咲いていた花を一輪切り取ると、美しく編まれた金髪に飾ってやった。
「……ありがとう!」
 池の辺に屈んで、花を飾られた自分の顔を水面に映していた女の子は、やがて満面の笑みを浮かべてぱっと立ち上がると、子供らしい突然の動作で駆け出していく。
「お母様、お母様、見て!」
 ぴょこぴょこと走り去る少女の後ろ姿を、ケイウェリは静かに微笑んで見送っていた。



「……そんなこともありましたっけ? ごめんなさい、憶えてないです……」
「姫様はまだ小さかったから、無理もないですよ。それはそうと……」
 ケイウェリはアイミィの顔の前に、大きな拳を差し出した。外からは何も持っていないように見えたのに、手を開くとその中に一輪の花がぽんっと現れる。
「どうぞ」
 驚いて目を見開いたアイミィは、おずおずと花を受け取った。その茎に細い紐が結ばれている。ケイウェリの手の中からするすると伸びていくその紐には、マイカラス王国の小さな旗がずらりと結びつけられていた。
「今はこれが精一杯ですが……」
「……なんですの、これ?」
 不思議そうにアイミィが訊く。ケイウェリは微かに肩をすくめて苦笑した。
「ナコに教わった、おまじない……でしょうかね。彼女の故郷では、悲しみに沈んでいる女の子を慰める時にはこうするんだそうで」
「ナコ様が?」
 効果てきめんだった。アイミィの顔にぱっと光が差す。
「旅立つ直前にね。姫様とゆっくり話をする時間もないので、よろしく伝えてくれ、と」
「そう、ナコ様が……」
 うっとりとした表情で微笑んで、アイミィは手の中の花に頬を寄せた。



 その頃――

「……っ、くしゅんっ!」
 奈子は、大きなくしゃみをしていた。
「……誰か、噂してるかな?」
 鼻の下を指で擦りながらつぶやく。
「そうですね。昼食を食べた店の女の子かな。それとも昨日泊まった宿の娘かも」
 由維が面白くなさそうに言った。その言葉には妙に刺がある。
「私がちょっと目を離すと、すぐ女の子に色目使うんだから」
「い、いや、アタシは別にそんな……。これは、ほら、あれだよ。レイナの性格が……」
 しどろもどろに弁解する奈子だが、由維はつんと横を向いてしまう。
「ふーんだ、毎回毎回それで誤魔化されませんからね」
「由維ぃ〜、誤解だって」
 始まったばかりの二人の旅は、早くも前途多難のようである。


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