smell ‐2‐


 仲のいい友達がいる。
 中学からの付き合いで、高校も大学も一緒だった。
 どちらかといえば小柄で華奢で、すっごく可愛くて。
 ちょっと天然で。
 趣味は読書と演劇で、友達と小さな劇団を作って活動している。
 好きな食べ物はシュークリームとプリン。
 怒った時も、お菓子を与えればたちまち幸せいっぱいの笑顔になる。
 そんな女の子。
 鷺沢由梨。
 アタシの、一番の親友。
 そう思っていた。
 だけど――
 最近、由梨が傍にいると、あの幸せそうな笑顔を向けられると、鼓動が速くなってしまう。季節は真冬だというのに、胸の奥がぽっと暖かくなってくる。
 由梨がアタシに対して、単なる『友達』以上の気持ちを抱いているらしい――そう気がついた時から、なにかが変わり始めていた。



 今日は二月十四日、ヴァレンタインデー。
 年に一度、女の子たちが必要以上に盛り上がるイベントの日。
 アタシってば、朝からすごく緊張してる。いや、昨日から。ううん、何日も前から。
 自分がチョコをあげることに関してはどうでもいい。特に本命の男の子はいないから、大学で仲のいい男友達と、試験の点数をオマケして欲しい教授数人に義理チョコを渡すだけだ。
 問題は、もらう方。
 ひょっとしたら、由梨から本命チョコをもらうことになるのかもしれない。
 ひょっとしたら、今日こそちゃんと告白されるのかもしれない。
 そう思うと、心臓が破裂しそうだった。
 由梨が、アタシのことを「恋愛対象として」好きなのかもしれない――そう気がついたのは昨年末のこと。だけど、二人の関係は以前と変わっていない。これまでのところ、告白してくる様子はない。相変わらず仲良くはしているけれど、それはあくまでも「親友」の範疇だ。
 だから今日はチャンスだと思う。由梨が告白してくる絶好のチャンス。
 由梨が恥ずかしそうに本命チョコを差し出してきたら、なんて応えよう。なんて応えたらいいんだろう。
 ずっと考えていた。朝から。いや、昨日から。ううん、何日も前から。
 今も考えている。大学の男友達や教授に義理チョコを配っている由梨を見ながら。
 さて、いつアタシのところに来るんだろう。それまでに答えを用意しておかないと。
 幸か不幸か、なかなかアタシの番は巡ってこない。由梨は可愛くて人気があるから、配る義理チョコもそれなりの数になる。
 多分、学校じゃないんだろう。ちゃんと告白するなら、やっぱり邪魔が入らず二人きりになれるところに違いない。
 だから。
「由梨ぃ。帰り、ウチに寄ってかない?」
 学校帰り、アタシの方から由梨を誘ってみた。告白しやすい舞台を用意してあげたつもりだった。
 もちろん乗ってくるだろう。部屋で二人きりになって、そして……
 ところが。
「んー、ゴメン。帰りは、劇団の友達にも義理チョコ持っていかなきゃなんないから」
 まったく予想外の反応とともに、由梨はアタシの家とは反対方向に駆け出していった。
 アタシは結局、毎年もらっていた義理チョコすら当たらなかったのだ。



「ねー、これってどういうこと? どーしてだと思う?」
 高いシャンパンをビールのようにあおりながら、アタシは訊いた。
 目の前で迷惑そうな表情を浮かべているのは友達の岬。由梨を別にすれば、一番仲のいい友達だ。
 せっかく、由梨とのヴァレンタインのためにシャンパンやワインも用意していたのに肩すかしを喰らわされて、岬を呼び出してヤケ酒に付き合わせているというわけ。
「勝手に期待してアテが外れたからって、私にからむなよ」
 岬は呆れ顔でグラスを口に運ぶ。
「そもそも、勘違いなんじゃないの? 由梨があきらに惚れてるなんて」
「そ、そんなわけない!」
 そりゃあ、はっきりと言われたわけじゃないけれど、そんなはずはない。その大前提が崩れてしまったら、どうしていいのかわからない。
「……そんなはず、ないよ」
「まあ、ね」
 岬は小さく肩をすくめた。
「確かに、普段の由梨の様子見てたら、らぶらぶオーラ出まくりなのは一目瞭然だけどね」
「でしょでしょ♪」
「でも、なにも言わないってことはやっぱり勘違いかもね」
「そんなぁ……」
「そりゃあ、あんたと一緒にいる時の由梨は、すごく幸せそうだけど」
「うんうん! やっぱりそう思うよね?」
「だけど、オトメ回路装備のあの由梨が、本命とのヴァレンタインをすっぽかすかなぁ。やっぱり違うんじゃ?」
「えぇぇ〜、でもぉ……」
「まー、単に照れてるだけ、って可能性もあるけど」
「そうだよね! そーゆのって由梨らしくて可愛いよね!」
「でもまぁ、やっぱり勘違いって可能性の方が高いかな?」
「うぅぅ…………って、岬あんた、アタシをいじめて遊んでるっしょ?」
 こいつってば絶対、アタシの浮き沈みを見て楽しんでる。
「うん、面白いから」
 岬も酔いが回ってきたのか、赤みを帯びた顔でにこにこと笑って言った。
「そんなにジタバタするくらいなら、自分から言ったら?」
「え? 自分から……って」
「だから、なにも待つばかりが能じゃないでしょ。あきらから告白したら?」
「えぇっ、そ、そんなの言えないよっ」
「じゃあ由梨も言えないね」
「どうして?」
「あきらが付き合ってきたのって、これまで男ばかりでしょ?」
「もちろん?」
 アタシはノーマルだ。少なくとも、これまではそう思っていた。今回の由梨のことがあるまで、同性との恋愛なんて真剣に考えたことはない。
「普通は、同性に恋愛感情を抱くなんて例外的だよね? 世の中、そんなの気持ち悪いって毛嫌いする人だっている。由梨の立場としては、もしもあきらがそうだったら……って考えるよね? なにも言わなければ今まで通りの親友でいられるのに、告白したせいで友達ですらいられなくなるかもしれない」
 それは……そう、かもしれない。でも。
「でもアタシ、別に女同士だって……気持ち悪いなんて思わないよ?」
「由梨はそのことを知ってる? あの子はあきらのこと、ノーマルだと思ってるんじゃない? 一○○パーセントOKしてもらえる自信がなけりゃ、同性への告白なんてなかなかできるものじゃないって思うよ、私は。あきらは由梨のこと、どう思ってるの? 恋愛対象として好きって言える?」
「そ、そんなの……」
 正直なところ、よくわからない。由梨は仲のいい友達だし、ずっと一緒にいたし、向こうがアタシに恋愛感情を抱いていると知った時には、それも悪くないかななんて思ったけれど。
 由梨に対するアタシの気持ちが恋愛感情かどうかなんて。
 ……自分でもわからない。
「……同性に対する気持ちって、友情か愛情かの判断が難しくない? どうしたらわかるのかな?」
「……相手に生クリームを塗りたくなったら愛情」
 岬が独り言のようにつぶやく。
「は?」
「いや、それは冗談だけど。あきらさぁ、由梨と、エッチしてもいいと思う? なら、それは恋愛感情じゃない?」
「えぇぇっ?」
 予想外の台詞に、アタシは力いっぱい驚いた。
 確かに、一理あるかもしれない。エッチしてもいいと思う相手が、単なる友達のはずがない。
 でも。
「でも……さ、女同士で、その、エッチって……」
「そーゆーことに嫌悪感を覚える? それとも、してみたいと思う?」
「えっと……その、どうなんだろう」
 よくわからない。正直なところ、嫌悪感は……ない。少なくとも、頭で考えている限りは。
 だけど、してみたいかというと、それもよくわからない。
「うーん……」
 なにしろ、自分が同性とエッチするなんて、これまで一度も現実問題として考えたことがない。頭の中でイメージしてみようにも、いまいち現実味が感じられないのだ。実際にその場面になった時に自分がどんな反応をするのか、シミュレーションしてみることもできやしない。
「ふむ」
 なにか面白いことを思いついたような顔で、岬がうなずく。
「じゃ、試してみる?」
「え?」
「ちょっと試しに、私としてみようか? それで大丈夫なようなら、由梨とはもっと大丈夫でしょ?」
「え……えぇぇぇっ?」
 話がどんどん予想外の方向に展開して狼狽しているアタシをよそに、岬が、テーブルを挟んだ向かいから隣に移動してきた。ほとんど密着するような位置に腰を下ろす。
「あ……あの?」
「んふ」
 にぃっと、含みのある笑みをアタシに向ける岬。トレードマークの縁なし眼鏡を外してテーブルに置く。
 腕が、首に回される。笑みを浮かべた顔が近づいてくる。
「ちょ……っ」
 キス、されてしまった。
 なんら反応する余裕もなく、唇を重ねられてしまっていた。
 久しぶりに味わう、柔らかな唇の感触。考えてみれば、もう一年以上も彼氏のいない生活を続けていたのだ。
 生まれて初めての、女の子とのキス。ほっぺになら、高校時代に友達とふざけてしたこともあるけれど、唇は初めてだ。
 男の唇よりも柔らかいかな、というのが第一印象だった。思っていたよりも、ずっと気持ちよかった。
 そのせいだろうか、文句を言うこともできない。抵抗しようにも、腕に力が入らない。
 熱でもあるかのように、頭がかぁっと熱くなっている。
 とろけてしまいそうだ。
 気がつくと、舌が絡み合っていた。岬の舌が唇を割って入ってくる。それに応えるように、アタシも無意識のうちに舌を伸ばしていた。
 岬の前髪が顔をくすぐる。
 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 甘くて心地よい、女の子の匂い。
 ちょっと意外だった。岬は美人だけれど、クールでどちらかといえば無表情で、口が悪くて、一般的な「女らしさ」には欠ける性格なのに。
 こうして今までなかったくらいに接近してみると、由梨に負けず劣らず、甘い砂糖菓子のような女の子だった。
「み……さきぃ、……あっ!」
 軽く胸を触られただけで、声が出てしまった。部屋着に着替える時にブラを外してしまっていたので、敏感な先端を直に刺激されてしまう。
 二度、三度。反応を確かめるように、岬の指が胸の先端を弾く。そのたびに喉の奥から声が漏れる。
「ふっ……ぅ、んっ、……あ、あぁんっ!」
 服の上から身体を撫で回される。その手はやがて、シャツの中に潜り込んでくる。
 お腹から胸へ、胸から首筋へ、そしてまた胸へと指が滑っていく。
 身体が震えてしまう。くすぐったくて、そして気持ちがいい。
「っ……そ、こは……そこ……だ、あっ、んんっ」
「ここは……なに? ここが気持ちいいからもっとしてって?」
 からかうように言う岬の手は、ついにジーンズのファスナーを下ろして、その中へと潜り込んできた。
「ふっ……ん、あっ……はぁっ」
「熱くなって、湿ってる。気持ちイイんだ?」
 耳たぶを噛みながら、ささやいてくる。
「……っ、……」
 甘ったるい声をあげることに抵抗があって、自分の両手で口を塞いで、声を抑える。
 息が苦しくなるくらいに、気持ちよかった。
 相手は恋人じゃないのに。
 女同士なのに。
 指が入ってきた時には、失神しそうなほどだった。
「……っ、や……あ、やめ…………あっ」
 気持ち、イイ。
 これまでに感じたことのない快感。
 過去、肉体関係を持った彼氏は何人かいたけれど、こんな快感、知らなかった。
 どうして?
 相手は由梨じゃないのに。
 恋人でもなんでもない、岬相手なのに。
 小さな指の動きのひとつひとつに、反応してしまう。
 アタシってば、信じられないくらいに感じてしまっている。
 岬ってば、見かけによらずすごく上手……なのかな。
 まずい。
 マズイ。
 こんなに気持ちよかったら……
 ……いっちゃう……よ、最後まで。
 それは、だめだと思う。それだけは。
 もう、冗談ではすまなくなってしまう。
 ちょっと抱きついたり触ったりキスしたり……くらいなら、おふざけで済ませられるかもしれない。
 だけど、それだけはダメ。
 そう思うのに……。
 耳たぶをくすぐるようにささやかれる。
「……実はね、私も、あきらのこと好きだったんだ」
「――――っ」
 それが、最後の一押しになった。
 一瞬、視界が真っ白になる。
 そして。
 アタシが達してしまうのと同時に、部屋の扉が開かれたのだった。



 由梨、だった。
 一番の親友だから、しょっちゅう遊びに来ているから、この部屋の合鍵を持っている。
 用事があるから来られない、と言っていた由梨が、なぜかそこに立っていた。驚きに目を見開いて、凍り付いたように固まっている。突然の出来事に固まってしまったのはアタシも同じだ。
「……あ、の……えっと……」
 復活したのは、由梨の方が少し早かった。ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きではあったが。
「えっと……その、ご、ごめんっ!」
 スローモーションから早送りへ。由梨はいきなり回れ右して、脱兎のごとく駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って! 由梨……っ」
 慌てて立ち上がりかけたところで、アタシはいきなり転んでしまう。ジーンズが膝まで下ろされていたのだから当然だ。
 急いでジーンズを履きなおして、胸までまくり上げられたシャツの裾を下ろして、外に飛び出した。
 外はかなり冷え込んで、雪が降っていた。コートもなにも羽織らずに飛び出してきてしまったけれど、そんなことに構っている暇はない。
 積もったばかりの真白い雪の上に、由梨の足跡だけが残っていた。全力疾走で後を追う。
 スタートでかなり出遅れたとはいえ、追いつくまでにさほど時間はかからなかった。アタシはこれでも元陸上部。どちらかといえばトロい由梨とでは、脚の速さはまるで違う。
 由梨は、近くの公園にいた。こちらに背を向けて、降りしきる雪の中に立っている。
「由梨……」
 声をかけると、肩がぴくっと小さく動いた。
「……あ、あのね」
 由梨は振り返らずに応える。
 アタシの目には、その肩が微かに震えているように見えた。まるで、泣いているみたいに。
「ご、ごめん……邪魔する気なんてなかったの。知らなかったんだ……あきらと岬が、そんな関係だなんて知らなくて……」
「ち、違うって!」
「ううん、隠さなくてもいいの」
 ゆっくりと振り返る由梨。微かに笑っている。だけどそれは、どこか寂しげな、悲しげな笑み。
「……あたし別に、女同士とか、そういうのヘンだなんて思わないから。気にしないで」
 由梨は、アタシに嘘がつけない。考えていることがすぐ顔に出てしまう。
 だから。
 無理に笑顔を作ろうとしているのが見え見えだった。痛々しささえ感じる笑顔だった。
 目の端に、涙が滲んでいる。
 こんなの……
 こんなの、我慢できない。耐えられない。
 由梨に、こんな顔をさせるなんて。
 由梨に、こんな思いをさせるなんて。
 今、はっきりわかった。
 アタシ、由梨のことが好きだ。誰よりも大切な人だ。
 悲しませたりしちゃいけない。
 だから。
 気がついた時には、目の前の小さな身体を力いっぱい抱きしめていた。
「違う、違うんだって! あれは岬がふざけただけで……アタシが、アタシが一番好きなのは由梨なんだから!」
「え……」
 一瞬、息を呑む声。
「ほん……と、に?」
 アタシはゆっくりと、だけど力強くうなずいた。
「……本当。アタシ、由梨のことが好き。だから、そんな顔しないで」
 頬に手を添えて、上を向かせる。
 二人の顔が近づいていく。
 まだ戸惑いの表情を浮かべている由梨の唇に、自分の唇を重ねる。
 岬よりも小振りで、柔らかい唇。
 長い時間をかけて、その感触を楽しんだ。
 数分後、唇を離した時、由梨はやっぱり泣きそうな顔だったけれど、それは先刻までとはまったく意味の違う泣き顔だ。
 幸せ、だった。
 由梨も幸せかもしれないけれど、アタシも幸せだった。
 真っ赤な顔で、どうしていいのかわからないといった風に自分の鞄を抱きしめている由梨。
 その中身がなんなのか、もうわかっている。
「ね、由梨、チョコレート頂戴よ。それ、わざわざ持ってきてくれたんでしょう? アタシのための本命チョコ」
 間違いない。抱きしめた時に感じた、四角い箱の感触。
 きっと、学校ではわざとなにも知らないふりをして、急に部屋に押し掛けてアタシを脅かそうとしていたに違いない。そのせいで、ちょっとしたハプニングが起きてしまったけれど。
「あ、う、うんっ!」
 呆けていた由梨がはっと我に返る。慌てて鞄を漁る。あんまり慌てていたせいだろう、綺麗にラッピングされたチョコの箱を取り出した時、ホチキスで留めた数枚の紙が鞄から落ちた。雪の上に落ちる寸前、アタシは素速く手を伸ばして、それを空中でキャッチする。
「……あっ!」
 黙っていればなんとも思わないただのコピー用紙なのに、由梨が急に大声を出すものだから、返す前に手の中の紙に視線を落とした。
 ト書きと台詞と……お芝居の脚本みたいな体裁。由梨がいる劇団の脚本だろうか、と一瞬だけ思った。
 だけど、違う。
 妙に馴染みのある、登場人物の名前。
 あきら、由梨、そして岬。
 表紙に書いてある作者名は……岬?
 これって……
「……由梨?」
 自然と、声が低くなる。笑みを浮かべたつもりだったが、それは決して、向けられた者が心和むような笑顔ではない。
「ゆ〜り〜ぃ?」
「あっ、あのねっ、別に、騙そうとかそーゆーんじゃなくてっ! でもでもっ、そのっ、岬に相談したら、あきらの方から告白させてくれるっていうから……だから……」
 今日は気温が低くて雪も降っているのに、由梨ってば妙に汗ばんだ顔。
 じりじりと後退りながら、引きつった愛想笑いを浮かべている。
 由梨が下がった分、アタシがじりじりと前に出る。
 由梨は、アタシに嘘がつけない。考えていることがすぐ顔に出てしまう。
 だけどそれは「普段の」由梨の場合。お芝居となると話は違う。普段は天然気味の由梨も、脚本さえ与えられれば北島マヤにもひけを取らない名女優なのだ。
「ね〜ぇ〜、由梨ぃ?」
 最高の笑顔を向ける。
 由梨の表情は、ヘビに睨まれたカエル。
「……あ……あ、あきらっ、愛してるっ!」
 必死に叫ぶ由梨。
「うんうん、アタシも由梨のこと愛してる。だから……」
「ゆ、許してくれるの?」
「うんと可愛がってあげる。……ロープとムチとロウソクと、どれがイイ?」
 言い終わる前に脱兎の如く逃げ出した由梨を、雪の上に押し倒した。
 怯えたような目で、アタシを見ている由梨。
 潤んだ、大きな瞳。
 アタシってば、ちょっと変かも。
 つい先刻、由梨の泣き顔があんなに辛かったはずなのに。
 今は、まったく逆のことを考えている。
 この顔、すごく可愛い。
 この顔、すごくそそられる。
 苛めてやりたい。また泣かせたい。
 好きだからこそ。愛しているからこそ。
 アタシの腕の中で泣くのだけはアリかな、なんて。
 恋愛の形なんて人それぞれだし。
 こーゆー愛情表現があったっていい……よね?
「ね、由梨?」
「……知らない!」
 ぷぃっと横を向く由梨。そんな仕草もやっぱり可愛くて。
 もう我慢できなくて。
 そのまま雪の上で、由梨と……してしまった。



 ……で。
「もー、あきらってば、莫迦?」
 お粥の鍋を持ってきた由梨が、可愛らしく怒っている。
 冬の屋外であんなことをしたせいで、アタシは風邪をひいて寝込んでしまったのだ。
 何日も熱が下がらなくて、けっこう辛い思いもしたんだけど。
 でも。
 可愛い彼女が看病してくれるんだから、これはこれで幸せかなぁ……なんて思っているんだ、アタシは。



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