その日――
うちに遊びに来た翠は、大きなケーキの箱を持っていた。
「ほら」
箱を開ける。
と、大きな「777777」の文字が目に飛び込んできた。
「777777ヒットおめでとう、理音ちゃん」
翠がにっこりと笑って言ってくれるけれど、それはあたしにとって、むしろ恥ずかしい現実だった。
あたしの……あんなシーンが、七十七万人もの読者に読まれているのだと考えると、顔から火が出そうになってしまう。
七十七万人なんて、首都圏以外では大都市の人口に匹敵するだろう。のべ人数だから、実際にそれだけの人が読んだわけではないと頭ではわかっているけれど、それでもやっぱり恥ずかしい。
のべ七十七万人。エジプトのピラミッドが建設できそうな人数に、あたしと北原くんのあんなことやこんなことが読まれてしまったのだと思うと、これはもう「恥ずかしい」なんて簡単な言葉で表現できるようなものではない。
ベッドの縁に腰掛けていたあたしは、耳まで真っ赤にして俯いた。
「でね」
隣に翠が座る。
「もっと読者を増やす方法、思いついちゃった」
「え?」
驚いて、翠の顔を見る。
翠は悪戯な笑みを浮かべて、大きな瞳であたしを見つめていた。
「教えてあげる。ちょっと耳貸して」
「でも……」
あたしとしては、あまり増えない方がいいんだけど。
だけど翠は純粋に好意で言ってくれているみたいだし、あまり邪険にするのも悪い気がする。
ほんの少し、身体を翠の方へ傾けた。翠が口を寄せてくる。
「あのね……」
「うん?」
「ふっ」
「ひゃんっ!」
いきなり耳に息を吹きかけられて、あたしはびっくりして跳び上がった。身体が弾んでバランスを崩したところに翠が覆いかぶさってきて、ベッドの上に押し倒されてしまう。
「え……、あの……え? 翠……?」
何が起こったのか理解できずに、あたしは目を瞬いた。翠の顔が近付いてくる。
「これが、答え」
「え? え? ちょっ……ん……」
問いかけの台詞は、途中で遮られてしまった。翠の唇が、あたしの唇にしっかりと重ねられていた。
さらに、手が胸の上に置かれている。
「……『P.I.』は確かに、高校生男女モノの最高傑作よ。でもね理音ちゃん、男の子って『女の子ど〜し』のエッチを見るのも大好きなの」
「え? でも、え? あの……」
「だからね、『P.I.』にもう少し百合要素があったら、読者数は当社比三割増くらいになると思うんだけど、どうかな?」
どうかな、って……そんなこと言われても。
女の子同士って、女の子同士って……。
ここに至ってようやく、あたしは自分が置かれている危機的状況を理解した。
「やっ……ちょっと、翠……」
じたばたと暴れて、なんとか翠の下から逃れようとするんだけれど、彼女は以外と力が強くて抜け出せない。そうこうしているうちに、ブラウスのボタンが一つずつ外されていく。
「やっ、やだっ! 誰かっ!」
「助けを呼んでも無駄よ。原作者の葵日向さんは最近仕事が忙しいらしいから。その間は二次創作もやりたい放題。ねぇ理音ちゃん、覚悟はいい?」
翠の瞳が、危険な光を帯びている。
「いやーっ! 北原くーん!」
あたしの悲鳴をよそに、翠は胸元に唇を押しつけてきた。
〈888888Hits時に続く〉
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