翠が勢いよくドアを開けると、そこには北原くんがいた。
いきなりドアを開けられて驚いたのか、呆然と立ちつくしている。あたしと一瞬目が合って、すぐに真っ赤な顔で視線を逸らしてしまったところを見ると、先刻の翠とのあの場面はしっかり目撃されていたらしい。
あたしは自分が裸でいることも忘れて、ただ呆然とベッドの上に座っていた。予想外の出来事に、思考回路が麻痺してしまったみたいだ。
そのまま何分ぐらい過ぎただろう。
「ど……どうして?」
ようやく、それだけを口にすることができた。
「理音ちゃんの家に来る途中、偶然会ったから連れて来ちゃった」
翠がぺろっと舌を出す。
「連れて来ちゃった……って、あの……だって……じゃあどうして最初から……」
「言わなかったのかって? だって理音ちゃんとエッチしたかったんだもの。それとも3Pの方がよかった? でも私、理音ちゃんのことは好きだけど、別に北原くんとエッチしたいとは思わないし。理音ちゃんがどうしてもって言うんなら考えるけど?」
「い、いい! 考えなくていいの、そんなの!」
慌ててぶんぶんと首を振った。知らなかった。翠ってば、実はとんでもない性格をしているかもしれない。
「そぉ? じゃ、私はこれで退散するわ。あとは二人だけで楽しんでね」
言うが早いか、翠はあたしと北原くんを残してさっさと帰ってしまった。いや、逃げてしまったと言うべきだろうか。あたしが文句も言えずにいるうちに。
後には北原くんとあたしだけが残されて、室内は気まずい沈黙に包まれる。
「あ、あの……えと……早沢……」
北原くんが赤い顔をして、しどろもどろに言う。そんな彼の表情を見ているうちに、今まで忘れていた羞恥心が湧き上がってきた。
つい先刻までこのベッドの上で繰り広げられていた、痴態の記憶が甦ってくる。いくら翠の方から強引に迫ってきたとはいえ、あたしはその愛撫に感じてしまい、まるで北原くんとする時のように、最後までいかされてしまったのだ。
その光景を、北原くんに見られていたなんて。
恥ずかしいどころの騒ぎではない。この間、北原くんの前で自慰をさせられたのも死ぬほど恥ずかしかったけれど、今回はそれ以上だ。
今さらのように自分が全裸でいることに気づいて、あたしは慌ててタオルケットを掴んで前を隠した。
「ど……どうして……。ひどいじゃない、隠れて見てるなんて……どうして助けてくれなかったの?」
「いや、早沢も感じてたみたいだし……じゃなくて! その、里宮に脅されてさ。早沢との関係をお父さんにバラされたくなければ、今日だけ黙って見ていてって。それで、仕方なく……」
「仕方なく? じゃあどうして、お……大っきくなってるのっ? あたしの恥ずかしいところ見て興奮してたんでしょ。北原くんってば、もう!」
「いや、これは男の生理としては仕方ないところで……。あ、いや、これは早沢のせいだぞ。早沢があんまり可愛いから、可愛い声で感じてるから、それで……」
「もう、知らない!」
あたしはぷいっと後ろを向いた。本気で怒っていたわけではなく、ただただ恥ずかしくて、北原くんと顔を合わせていられなかったというのが本音だ。
「早沢……」
「ふーんだ」
北原くんが背後に近付いてくるのが感じられた。そっと、肩に手が置かれる。あたしはそれでもそっぽを向いていた。たまには、少しくらい拗ねてみせてもバチは当たらないと思う。
「……ごめん。そんなに怒るとは思わなかった。里宮が冗談っぽく言うからさ、軽い気持ちで考えてた」
後ろから優しく抱きしめられる。背中に、北原くんの体温を感じる。それだけで、身体の奥の方がぽっと熱くなってきた。
意識してそうしているのか、北原くんの手は胸の上に置かれていた。あたしの反応を窺うようにそぅっと揉んでいる。
うなじに、唇が押しつけられる。
「……あ」
思わず、声が漏れた。あたしの中にはまだ翠の愛撫の残り火がくすぶっていて、北原くんの手に触れられただけで反応してしまう。
あたしが拒まないのを見て、胸を包んでいた手がゆっくりと下がっていく。お腹の上を撫でて、一瞬躊躇するような動きを見せてからその下の茂みへと。
「んっ……ふ……ぅんっ」
指先が触れただけで、全身がびくっと震えた。堪えようとしても抑えきれない声が漏れてしまう。
「早沢……すごく、濡れてる」
「だって……」
そこは、溢れ出すほどに潤って、北原くんの指を濡らしていた。
実は、触れられる前から、そんな状態だったのだ。
翠の愛撫の余韻が残っていて、その上、その場面を北原くんに見られていたんだと思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて、だけど身体の芯が熱くなってしまう。
こんな状態で北原くんに触れられてしまったら、ひとたまりもない。あたしの秘所は挿入される指をすんなりと受け入れて、柔らかく絡みついて、さらなる熱い蜜を滴らせた。
「……あ」
不意に、北原くんの手があたしの背中を軽く押した。前のめりにバランスを崩して、ベッドの上に四つん這いになってしまう。そして背後から、北原くんのものが入り口に触れてくる。
「ふぁ……や……くぅん……ひゃ、あぁぁっ」
ほとんど間をおかずに、それはあたしの中に侵入してきた。指より何倍も強烈な刺激に、悲鳴に近い声を上げてしまう。
前にも一度、こんなことがあった。北原くんの見ている前で、自慰をさせられた時。あの時もこんな体勢で貫かれて、ひどく感じてしまったことを思い出す。
「あっ、はぁっ……。んんっ……く……あぁんっ、んはぁぁっ!」
あの時と同じだった。
北原くんに恥ずかしいところを見られて、それだけで普段よりもずっと感じてしまっている。その上、この恥ずかしい姿勢で加えられる激しい抽送。
「ふあ……あぁっ、はぁぁぁっ……!」
意識が真っ白になる。
あたしは、あっけないほど簡単に達してしまった。
「その……早沢、まだ怒ってる?」
余韻に浸ってまだ朦朧としているあたしの頭を優しく撫でながら、北原くんが恐る恐る……といった感じで訊いてくる。
あたしはかすかに頭を動かして、涙目で北原くんを見上げた。
「北原くん……ずるい」
「え?」
「……こーゆーやり方って、ずるいと思う」
わざと拗ねたように言う。
あんなに気持ちよくさせられて、あんなに感じてしまって。それでも怒りを持続できる女の子なんているわけがない。
こんなことで許してしまうのもどうかと思うけれど、あたしも久しぶりの北原くんとのセックスを堪能して、すっかり満足しきってしまっていた。
だからもう、本気で怒ってはいない。
「……今日もそうだけど、この間のも、すごく恥ずかしかったんだよ」
「この間?」
「あ、あの……北原くんが見てる前で、自分で……」
「ああ、あの時の早沢は可愛かったなぁ」
北原くんはしみじみと言うと、遠い目をして微笑んだ。その時の記憶を反芻してるかのように。
「そして今日はこれ。あたしばっかりこんな恥ずかしい目に遭うなんて、不公平じゃない? そりゃあ、あたしは北原くんのものだけど、なんでも言うこときくって言ったけど。……でも、やっぱり不公平」
「あ……えっと、じゃあ、こうしよう。明日は、俺が早沢の言うことを何でも聞くから」
「……なんでも?」
「なんでも」
「ほんとに?」
「ああ、男に二言はない」
そろそろ、仲直りの頃合いかもしれない。なにか、彼の負担にならないちょっとしたおねだりをして、それで笑って許してあげればいいかな……なんて。
そんなことを考えて、ふと思い付いた。
「北原くんってさ、あたしの……恥ずかしいところを見て、楽しいの?」
「すっげー楽しい!」
北原くんが力強くうなずく。
「早沢の恥ずかしがっているところって、すっごく可愛いし」
「ふぅん、じゃあ……」
あたしは意地の悪い笑みを浮かべた。
「あたしも、北原くんの恥ずかしいところを……見たいな……なんて」
瞬間、北原くんの表情がかすかに強張る。
「お……俺にも、早沢の前で自分でしてみろ、と?」
「……ううん」
あたしは首を左右に振ると、ベッドの傍の本棚に手を伸ばして、書店のブックカバーがかかっている文庫を数冊抜き出した。最近、学校の休み時間などによく読んでいるものだ。
北原くんの目の前で、カバーを外した。
「あたし最近、こんな小説が気に入ってるんだけど?」
「そ、そ、それわぁぁっっ!」
北原くんが固まった。
それは、クリ○タル文庫やルビ○文庫や花○文庫などの、ややハードめのボーイズラブ小説だった。わざと、ラブシーンの挿絵があるページを開いて見せる。
「あたしと翠のあんなところを見たんだもの、これでおあいこだよね?」
「ま、ま、ま、まさか早沢、お、お、俺に……」
「佐倉くん×北原くん、なんて見てみたいなぁ。あ、もちろん北原くんが『受』ね」
「ちょ、ちょっと待て、それは……」
「男に二言はない、って言ったよね?」
「――っ!」
「言ったよね?」
この世の終わりのような顔をしている北原くんを見て、あたしはくすくすと笑った。
〈完〉
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