「もしもし、小笠原さんのお宅ですか。私、リリアン女学園高等部一年桃組の福沢祐巳と申します。夜分申し訳ございませんが、祥子さまをお電話口までお願いしたいのですが」
声をひそめて、祐巳は言った。
自室のベッドの上に正座。手には、電話の子機を握りしめている。
「小笠原が『さん』で、祥子が『さま』はおかしいかな。じゃあ小笠原さま、か。……もう一度やり直し、っと。もしもし――」
子機のスイッチは切れている。これは予行演習ってやつだ。
「よし、完璧」
修正を加えながらリピートすること五回。やっと形ができてきた。しかし。
「今のはお手伝いさんが出たときバージョンでしょ。じゃ次は、清子おばさまが出たときバージョン。もしもし――」
これも五回繰り返して、どうやら完璧になった。準備万端、もう恐いものはない。
「さあ、いよいよ本番」
子機の、外線のスイッチを押す。一度もかけたことはないのにすっかり暗記している電話番号をプッシュ。
プルルルル…
呼出音が鳴る。
ドキドキ、ドキドキ…
心臓の鼓動が、どんどん大きくなっていく。
大丈夫、大丈夫…そう自分に言い聞かせる。あんなに練習したのだから。
カチャ!
『はい、小笠原でございます』
「あっ…あ…あ…あの! …あの、…あぅあぅあぅ」
あんなに練習したのに、全然役に立たなくて。祐巳は口をぱくぱくさせる。
だってだって。
いきなり祥子さま本人が出る、なんてパターンは練習していなかったんだもの。
『その声は祐巳ね。落ちつきなさいな』
受話器の向こうから、祥子さまがくすくすと笑う声が聞こえていた。
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