「江利子さんのタイ、きれいな形よね」
そう、蓉子は褒めてくれた。だから彼女に勝っているタイの形だけは、守り続けようと江利子は思った。時間をかけたりはしない。これまで通り、ただ結ぶだけだ。
キュッ。
最後に両端を持って引っ張る時、気持ちが引き締まる。
今朝もタイを結んだ。
「……さて」
どうしたものか。
鏡に映った自分の姿を見て、江利子はつぶやいた。
いつもの朝のように、無造作に結んだタイ。
それが少しだけ……ほんの少しだけ、曲がっていた。
時間をかけて丁寧に結ぶわけではないのだから、時にはこんなこともある。江利子だって人間だ、たまには失敗することもある。
しかし。
ここで、タイをほどいて結び直すなんてことはしたくない。あくまでも「無造作に結んでいながらきれいな形」がカッコイイのだ。
では、タイが曲がったまま学校へ行くのか。
それはもっとできないことだ。蓉子に勝っているタイの形だけは、守り続けようと決めたのだから。
そのままにしておくこともできない。結び直すこともできない。
では、どうすればいい?
「まずは、朝食……ね」
江利子はタイをそのままに、食卓へと向かった。
「あ」
こぼれたコーヒーが、アイボリーのセーラーカラーに点々と茶色い染みを作る。
大変だ江利ちゃん、火傷はしていないかい――と騒ぐ兄たちを無視して、江利子は立ち上がった。服の上にこぼしたほんの数滴のコーヒーで火傷するのは、かなり難しい。
「このままでは学校へ行けないわね。着替えなくちゃ」
そう言って部屋に戻る。洋服ダンスから、予備の制服を取り出した。
汚れた制服を脱ぎ捨て、新しい制服を頭からかぶる。
そして――
キュッ。
タイを結び、両端を持って引っ張った。
ほら、完璧。
いつも通りの美しい結び目ができあがった。いくらなんでも、二度続けて失敗なんかしない。
もしも失敗したら?
「コーヒーをお代わりすればいいだけのことよね」
江利子は微笑むと、開けたままの洋服ダンスに目を向ける。
そこには――
リリアンの制服があと五着、吊されていた。
新刊ネタです。
以前から4コマ用にあたためていたネタに「黄薔薇さまはリリアン一美しい結び目を作るために、毎朝5時に起きて、2時間かけてタイを結んでいる」というのがあったんですが『いとしき歳月(後編)』でタイの結び方が明かされてしまい、このネタが使えなくなってしまいました。
で、代わりにこのネタ。
なお、この作品はヒビキさんのサイトの『おひろめ会場(笑)』に投稿したものの再録です。
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