不思議の国の白薔薇さま


 白薔薇さまは、校庭で本を読んでいる紅薔薇さまと並んで腰をおろしていましたが、なんにもすることがないので飽き飽きしてきました。一度か二度、紅薔薇さまの読んでいる本を覗いてみましたが、その本は細かい字がぎっしりと並んでいて、可愛い女の子の水着グラビアの一枚もないのです。
「まったく。相変わらずお堅いんだから」
 ちなみに黒い表紙には『六法全書』と書かれています。
 白薔薇さまは退屈だったので、久しぶりにゴロンタと遊ぼうかな、それとも祐巳ちゃんをからかう方が面白いだろうか、などと一生懸命考えていました。もちろん、後半部分を紅薔薇さまに聞かれたら色々と怖いことになるので、声には出さずに心の中で考えるだけです。
 そのとき突然、
「ああ、大変。『大岡越前』の再放送に遅れちゃう。きっともう間に合わないわ。令ちゃんが気をきかせて、ビデオに録っておいてくれればいいんだけど」
 と独り言をいいながら、由乃ちゃんが側を駆け抜けていきました。
 これはいつものことなのですが、由乃ちゃんの頭の上に、なにやらぴょこぴょこと揺れているものがあります。
「……ウサ耳?」
 なんと由乃ちゃんが、バニーガールの恰好をしているではありませんか。俄然興味をひかれた白薔薇さまは、立ち上がると由乃ちゃんを追って走っていきました。
 由乃ちゃんは、銀杏並木の下をたったかたったかと駆け抜けていきます。お尻の上で、白い毛糸玉みたいな尻尾がちょこちょこと揺れて、まるで白薔薇さまを誘っているみたいです。
「小柄で華奢な由乃ちゃんに深紅のバニースーツってものミスマッチだけど、それがまたそそるというか……。ああ、抱きしめてあのお尻に頬ずりしたい」
 白薔薇さまは由乃ちゃんのお尻ばかり見てにやにやしていたので、つい前方への注意がおろそかになってしまいました。あっと気がついたときには目の前に太い銀杏の枝があって、白薔薇さまはまともに顔面からぶつかってしまいました。



「……あー、痛かった」
 白薔薇さまは、ひりひりと痛む鼻に手を当てながら身体を起こしました。どうやら、少しの間気を失っていたようです。由乃ちゃんは気付かずに行ってしまったのでしょうか。
「……あれ?」
 ここはどこでしょう。ふと気がつくと、白薔薇さまは見知らぬ部屋の中にいました。
 がらんとした、なにも置かれていない部屋です。窓もありませんが、高い天井から下がっているランプに明るく照らされていました。
 そして正面の壁には、二つのドアがあります。ところが右のドアは大きすぎて背伸びしてもノブに手が届きそうになく、左のドアは逆に小さすぎてゴロンタ専用といった感じです。
「なんだか、子供の頃にこんなお話を読んだ気がするなぁ……」
 なんてことを考えていると、
「あの……白薔薇さま……」
 背後から、聞き覚えのある声がしました。振り返ると、少し離れたところに愛する祐巳ちゃんが立っています。
「ゆ、祐巳ちゃん、その恰好……」
 祐巳ちゃんはなんと、ふりふりエプロンのメイド服を着て、恥ずかしそうにモジモジしています。しかも、首から大きな札を下げていて、そこには
『私を食べて(はぁと)』
 と書いてあるではありませんか。思わず超音速でダッシュして押し倒しそうになりましたが、一瞬早く
「あの、お姉さま……」
 また、背後から呼ぶ声がします。振り返ると、妹の志摩子が立っていました。こちらはちゃんとリリアンの制服を着ていますが、何故か頭には可愛らしい猫耳が生えていて、やっぱり
『私を食べて(はぁと)』
 と書かれた札を持っています。
「そ、そうくるか……」
 この展開、子供の頃に読んだお話とそっくりです。(いいえ、正確には「食べる」の意味が微妙に違うのですが)
「こーゆー場合は……」
 白薔薇さまは「どっちを食べたらいいんだろう」なんて悩んだりしません。考えるまでもなく、二人とも美味しくいただいてしまいました。
 だから身体の大きさは元のままで、どちらのドアからも出られなかったのですが、まったく困りませんでした。だってここには可愛い女の子が二人もいるのですから、どこにも行く必要はないではありませんか。



「う〜ん……祐巳ちゃん……志摩子……ほら、恥ずかしがらないで。おねーさんといいコト……」
「聖、聖。こんなところで居眠りなんかしたら風邪をひくわよ」
「……え、蓉子?」
 肩を揺さぶられて気がつくと、白薔薇さまは紅薔薇さまの膝の上に頭をのせて、リリアンの校庭で寝ているのでした。
「私、眠ってた?」
「ええ、なんだか妙に楽しそうににやにやしながらね。寝言まで言ってたわ」
 紅薔薇さまは微笑んでいますが、どうも言葉に刺があります。白薔薇さまは、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じました。
「ね、寝言って……なに言ってた?」
「さあ、なんだったかしら」
 白薔薇さまが最期に見たものは、氷の微笑を浮かべた紅薔薇さまが、重そうな六法全書を振りかぶっている姿でした。


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