その夜――
 
 ベッドに入った杏は、しかしなかなか寝つけずにいた。
 帰宅中も、家に帰ってからも、ずっと夕方の出来事で頭がいっぱいだった。他のことなど考えられない。夕食を食べている時もうわの空で、気がついたら食べ終わっていたという有様だ。
 信じられない。
 下校途中に、初体験してしまった。
 それも、同性と。
 しかも、これまで特に仲がよかったわけでもない相手と。
 なのに、気持ちよかった。感じてしまった。
 相手も、すごく感じていた。
 まだ興奮が醒めやらない。あの出来事を想い出さずにはいられない。
 ベッドの中で記憶を反芻していると、無意識のうちに、手がパジャマの中にもぐり込んでいた。
 胸に触れる。
 小振りな膨らみを優しく包み込むように揉む。指先で乳首をつつく。
 触れた部分から、ぴりぴりと痺れるような快感が広がっていく。
 これまで自慰ではあまり感じることもなかった胸が、ひどく敏感になっていた。手を動かすたびに、小さく声を上げてしまう。
 胸でもそんな調子なのだから、下半身はすごいことになっていた。
 これまでなかったくらいに濡れている。下着の中に手を入れた時にはもう溢れ出していた。
 軽く触れただけで、身体が震えてしまう。いきそうなほどに感じてしまう。
 そして、触れるたびに想い出してしまう。
 由起の指の感触。
 大きな胸。
 柔らかな唇。
 潤んだ瞳。
 甘い声。
「あ……ぁあっ! んんん……っ!」
 自分の中に、指を挿れてみる。
 これまで自分では触れたことのない奥深くまで。
 少し、痛い。それはまだ塞がりきっていない傷に触れる痛み。
 だけど、気持ちいい。
 溢れ出している蜜が潤滑液になっていることを差し引いても、以前試した時よりもスムーズな挿入だった。それで、自分の身体が以前とは違うことを、今日の出来事が夢ではなかったことを実感する。
「うぅ……んっ! はぁ……あぁ……、すごい……濡れて……。……イイ……気持ちイ……」
 指が止まらない。止められない。
 普段ならもう十分なくらいに感じて、何度も達してしまっているのに、止まらない。
 いつまでも、何度も、あの出来事を頭の中でリピート再生してしまう。
 その度に、気持ちのいい場所に触れずにはいられなくなってしまう。
 ふと、思った。
 今ごろ、由起も同じように自分でしているのかもしれない。
 そんなことを思うと、自分の中にあるのが由起の指であるかのような錯覚に陥ってしまう。そして、自分が触れているのが由起の性器であるかのように感じてしまう。
 もしかしたら、由起も同じように感じているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、杏はいつまでも自慰に耽っていた。


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