だから姉にはかなわない (前編)

「……よし、準備完了」
 俺は小声でつぶやいた。
 黒い上着に黒いズボン。顔も靴墨で黒く塗って、二階のベランダで息を潜めている。
 端から見たらかなり怪しい恰好だが、今夜は月も出ていないし、影の中でじっとしていれば気付く者はいまい。
 こんな怪しい恰好で、いったい何をしているのかって?
 俺の手の中にはカメラがあって、今隠れているのが姉貴の部屋の窓の外……といえば想像つくんじゃないかな。



「う〜ん……」
 夕食の後、俺は居間のソファで貯金通帳とにらめっこしながら唸っていた。
「なに唸ってンのよ。脂汗まで流して、ガマの油じゃあるまいし」
 後ろを通りかかった姉貴が、からかうように俺の頭を小突く。ついでに肩越しに通帳を覗き込んで「ふっ」と鼻で笑った。
 失礼な態度だが、笑われた理由はわかっているから何も言い返せない。そのために先刻から唸っているんだから。
 そう、残高があまりにも情けない額なんだ。
 この春めでたく高校生になった俺は、さっそく念願のバイクの免許を取った。これで夏休みは楽しいツーリング……といけばよかったのだが、世の中そう甘くはない。
 免許があったって、肝心のバイクがなければどうしようもないんだ。中学時代に貯めた貯金は、免許を取るために大半を使ってしまった。このままでは夏休みまでに頭金分を貯めるのも難しい。
 放任主義のうちの親は、こういうことに金を出してはくれない。「自分で稼いだ金で、自分の責任で乗るんだったら、バイクでも何でも好きにすればいい」って。
「美人で優しいお姉さまが貸してあげよっか?」
「冗談じゃない」
 姉貴の台詞が善意から出たものではないとわかっているから、俺は即座に断った。十六年も一緒に暮らしていれば、考えていることなど手に取るようにわかる。
「姉貴に借りるくらいなら、武富○にでも行った方がマシだよ」
「よくわかってンじゃん、あたしの性格」
「当たり前」
 姉貴に借りを作ったりしたら、悪徳金融よりも数倍恐い。
「じゃ、せいぜい頑張ってバイトでも探しなさい」
 そう言って、バスタオルを肩に掛けて風呂場へ向かう。しかし、姉貴の後ろ姿を見ているうちに、俺の頭にふと、素晴らしいアイディアが浮かんだ。
 悪魔が、耳元でささやいたんだ。
『立ってるものは親でも使え。勃てるものは姉でも使え』ってね。



 姉貴は俺より一つ歳上、高校二年生だ。
 弟の口から言うのもなんだが、外見はけっこう可愛いと思う。
 年上に向かって「可愛い」ってのもどうかと思うけど、身長百五十五センチと、俺より二十センチ近くも小柄なせいか「美人」というよりも「可愛い」って印象が強い。
 それも清楚な可愛らしさじゃなくて、どちらかというと小悪魔的ってやつだ。性格をよく知ってるから、余計そう思うのかもしれない。
 スタイルも悪くない。ウェストなんて力いっぱい抱いたら折れそうなくらい細くて。なのに胸はかなり大きいんだから反則だ。
 夏が近づいて最近は薄着になることが多い。胸や腰が描く挑発的な曲線に、弟の俺でもドキッとしてしまう。
 だから、姉貴は俺の友達にも人気がある。たいして親しくない奴まで、なにかと口実を作っては家に遊びに来ようとするほどだ。
 ここまで説明すれば、もうわかっただろう?
 姉貴のアブない写真を撮ってファンに売れば、頭金の足しくらいにはなるってわけだ。
 本当は風呂場を隠し撮りできればいいんだろうけど、準備も必要だし、そもそも裸になることが前提の浴室というのは、覗きにくくできているものだ。
 やっぱり、最も無防備になるであろう姉貴の部屋で待ち伏せするのが一番いい。姉貴は風呂から上がったら、バスタオル一枚で部屋に戻って着替えるから、ここでも全裸になる瞬間はあるはず。
 シャッターチャンスを逃さない自信はある。俺はカメラが趣味だから。


 俺が盗撮ポジションについてしばらくすると、姉貴がミネラルウォーターのペットボトルを手にして部屋に戻ってきた。
 予想通りバスタオル一枚。太股も露わになって、毛が見えるギリギリ、の刺激的な恰好だ。俺はすかさずカーテンの隙間からシャッターを切った。
 シャッター音で気付かれないように、カメラ本体にはタオルを巻き付けてある。これで動作音はかなり小さくなるし、姉貴は部屋にいる時いつも音楽を聴いているから、まず気付かれる心配はない。
 ミニコンポのスイッチを入れた姉貴は、ぼんっと勢いよくベッドに座った。はずみでバスタオルが滑り落ちるが、向こうは俺の存在を知る由もないから、そのまま平然とミネラルウォーターを喉に流し込んでいる。
 ゴクッ……。
 俺は唾を飲み込んで、ファインダーを覗いた。姉貴の胸がモロに視界に入る。
 水着とか下着姿とか、ノーブラに薄いTシャツ一枚とかいうのは見慣れている。しかしナマ乳を見る機会なんて、いくら姉弟だってそうそうあるものではない。まともに見るのは、多分、まだ一緒に風呂に入ったりしていた小学生の頃以来ではないだろうか。
 いつの間にこんなに成長したんだろう。
 着やせするのか、思っていた以上に大きい。パンパンに膨らんだ風船のような張りがあって、形もグッドだ。
 風呂上がりで上気した肌は、ほんのり桜色に染まっている。
 姉貴は音楽に合わせて身体を小さく振っている。当然、胸ではその動きが増幅されてユサユサと大きく揺れていた。
 刺激的な光景だ。
 俺は全身、上半身、そして胸のアップと何枚もの写真を撮った。こんなの姉貴のファンに見せてやったら鼻血モノだ。こっちの言い値で買うに決まっている。
 ペットボトルが空になったので、姉貴は立ち上がってそれを机に置いた。おかげでヘアまで写すことができた。
 ベッドに戻って、今度はごろりと横になる。すぐに寝返りをうって俯せになり、三十秒くらいしてまた仰向けに戻った。
 そのまま目を閉じて、しばらくじっと動かなくなる。まさか眠ってしまったのでは……と思いはじめた時、姉貴の手が動いた。
 右手がゆっくりと、乳房の上へと移動する。やや遅れて今度は左手がもう片方の乳房に。
(……え?)
 あろう事か、姉貴は胸を揉み始めた。掌には収まりきらない大きな乳房が、手の中でひしゃげる。
 ゆっくりと、こね回すように、姉貴は自分の胸を愛撫している。
「は……ぁ……」
 姉貴の口から小さな声が漏れた。
 これは、まさか……。
(お……、おなにぃ……?)
 俺は驚いて、しばらく写真を撮るのも忘れていた。その間にも手の動きは少しずつ速く、そして大きくなっていく。
「ん……ふぅ、あ、ん……ぅん……」
 姉貴は切なげな吐息を漏らしながら、その行為に没頭している。揉むだけじゃなくて、乳首を指でつまんで捻るようにしたり、引っ張ったり。
「あふっ……ぅん……あ……」
 胸だけじゃない。いつの間にか、内股を擦り合わせるように動かしている。
「はぁっ……ぁん! ん、ぁぁん!」
 やがて俺は我に返って、夢中でシャッターを切り始めた。
 こんなチャンス、二度とない。
 こんな……。姉貴が、オナニーなんかしてるなんて……。
 いや、ショックを受けるのは間違っているよな。
 姉貴はルックスがいいし性格も明るいから、かなりモテる。付き合っていた男だって過去何人もいる。
 だから、もうとっくにセックスも経験済みだろう。経験済みの女子高生なら、そのほとんどがオナニーの経験だってあるはずだ。
 そう頭ではわかっているが、やっぱりショックだった。今夜が初めてのはずはない。まさか姉貴が隣の部屋で、こんなことをしていたなんて。
 実の姉だからだろうか。この間友達に借りて観たオナニーもののアダルトビデオよりもずっといやらしく感じた。やっていることは、ビデオの方がずっと過激なはずなのに。
(――っ!)
 いつの間にか、俺は勃起していた。当然だろう。十六歳になったばかりの健康で童貞の高校生には、刺激が強すぎる光景だった。
 ズボンの前の部分に手を当ててみと、カチンカチンに固くなっている。
 俺は右手一本でシャッターを押し続けながら、無我夢中でズボンのファスナーを下ろして左手を突っ込んだ。
「っ! ん……くぅ……」
 興奮しすぎていて、ちょっと触っただけで射精してしまいそうだった。カメラを持つ手がブレないように気を付けて、ゆっくりと左手を動かす。
 ビデオを観ながらするよりも、何倍も何倍も興奮した。
 なにしろ並のAVギャルよりもずっと可愛い姉貴が主演で、しかもこれはライブなんだから。
 俺は荒い息をしながらシャッターを押した。
 どんなに気を付けても、何枚かはブレる写真ができているだろう。だけど仕方がない。こんな光景を黙って見ていられるほど、俺はスレちゃいない。
「あぁん! あん! あぁっ! あ〜っ!」
 姉貴は左手で相変わらず胸を揉みながら、右手を下半身に持っていった。
「はぁっ! は……あぁ! ん……くぅ……ん、んっ!」
 アノ部分を、前後に擦っている。
 胸だけを触っていたときよりもずっと気持ちよさそうに。
 全身を反らせて、いやらしい声を上げている。
「ふぅ……ん……あ……」
 脚を大きく開いた。その中心部までばっちり見える。
 あまり濃くないヘアの下に、唇のように赤い部分があった。濡れて、天井の蛍光灯を反射している。
(姉貴の……おま○こ……)
 俺の目はその一点に釘付けになった。それは、小さい頃に遊びで見せあっこしたものとは全然違う器官に見えた。
 脚を大きく開いた姉貴は、人差し指、中指、薬指の三本をその部分に当てて、円を描くように動かしている。手の動きに合わせて、腰を艶めかしくくねらせた。
「んっ……んっ!」
 俺の左手も、ズボンの中で動きを速めていく。抑えられるわけがない。
「あ〜っ! あぁっ! あはぁ……あっ! ……ん……く……ん……んあぁぁっ!」
 姉貴の中指が、中へと入っていった。姉貴は一度ギュッと脚を閉じて、くぐもった声を漏らす。
 それからまたゆっくりと脚を開く。中指は根元まで姉貴の中に埋まっていた。
「んっ……ん……ふ……ぅん……はあぁ〜」
 指を第一関節まで引き抜いて、また奥まで入れて。
 その動きを繰り返す。引き抜かれた指は透明な液体で濡れていた。指を出し入れするたびに、その液体はあふれ出て割れ目の周囲に広がっていき、シーツにまで染みを作っている。
「あは……ぁ、イイ……イイぃ〜! あ……もっとぉ!」
 ついには人差し指も中に入れてしまった。交互に出し入れするように動かす。
 二本の指で大きく広げられた穴から、手押しポンプのように愛液が溢れ出している。それは先刻までよりもやや白く濁っているように見えた。
「あぁぁ〜っ! あぁ〜っ! イイのぉ! もぅ……もぅ……我慢できないぃっ!」
 指を入れたまま、姉貴は身体の向きを変えて俯せになった。
 枕に顔を埋めて、お尻だけを少し突き上げるような恰好で、腰を激しく上下に振って指を動かしている。
「いぃぃ〜っ! あぁ〜っ! あぁぁ〜っ!」
 中に入っている指が二本なのか三本なのか、それとも四本なのか。動きが速くてわからない。
「ああぁぁぁっ! ああぁっ! イイッ! イイよぉっ! そこっ! そこぉっ! もっとぉぉっっ!」
 一段と声が大きくなり、動きが激しさを増す。
 イキそうなんだろうか。きっとそうだ。
 だけど、無情にもここでフィルムが終わってしまう。
 無情? いや違う。幸いに、だ。
 俺はフィルムを交換しようなどとは考えずに、カメラを放り出すように置いた。
 先刻からずっと、左手の中ではち切れんばかりに膨張していたペニスをズボンから引っぱり出すと、両手で握って力いっぱいしごく。
「う…っ、あっ、あぁっ!」
 もう、本当に限界ギリギリだったんだ。ベッドの上の妖艶な光景を目に焼き付けながら、俺はあっという間に達してしまった。
 ビュッ! ビュッ!
 弾けるような勢いで噴き出した精液が、窓ガラスにべったりとこびりつく。
 ビクン! ビクンッ!
 俺のペニスは脈打ちながら、白濁した粘液を吐き出し続ける。
 一度にこんなに出したのは初めてだ。
 脱力感が全身を襲う。脚から力が抜けていくのを必死に堪えて、ベッドの上から目を逸らさないようにする。
 姉貴も今まさに、クライマックスを迎えようとしていた。
 ベッドがトランポリンであるかのように、身体が弾む。
「そこぉっ! そぉ……もっとぉぉっ! あぁっあぁぁ〜っ! いぃいぃぃ〜っ! イクッ、イクぅっ、イッちゃ……やっあぁぁぁぁぁ〜っっっ!」
 最後は絶叫だった。全身をびくびくと痙攣させて、姉貴が叫ぶ。
「あぁぁぁぁっ、ぃあぁぁぁっ! あぁっ、あぁぁぁ……ぁぁっ! あ……はぁぁっ」
 肺の中の空気を全部吐き出したところで、悲鳴は止んだ。
 激しかった動きが止まる。
「っあ……は……ぁ、はあぁぁぁぁ〜っ、はぁぁ…………」
 姉貴の身体から、力が抜けていく。虚ろな瞳で、何度も何度も大きく深呼吸を繰り返していた。
 俺は射精後の脱力感もあって、ただ茫然とその光景を見つめていた。
 やっていることはアダルトビデオの方がずっと過激? とんでもない! 姉貴の乱れっぷりったら、これまで見たどんなハードなビデオよりも激しかった。
 なにより、これは演技じゃないんだから。
 姉貴が……あの姉貴が……。
 あんなに激しく……。
 いやらしい声を上げて……。
 あんなに腰を振って……。
 終わってみると、まるで夢だったように感じる。
 こんなことが現実にあるわけがない、って。
 だけど、窓ガラスの表面を白く汚している液体は、現実以外の何物でもなかった。


 姉貴はしばらくベッドの上で俯せになってじっとしていた。やがてゆっくりと起きあがると、ベッドの脇に置いていたティッシュを取って、手とあそこを丹念に拭った。
 心なしか、恥ずかしそうな表情をしている。
 きっと、コトが終わって我に返って、急に恥ずかしくなったんだろう。俺もオナニーした後はそうだ。
 姉貴はバスタオルを拾うと、心許ない足どりで部屋を出ていった。ややあって風呂場の扉が閉まる音が聞こえてくる。
 多分、汗をかいたんでまたシャワーでも浴びるんだろう。
 これはチャンスだ。今のうちに引き上げなければ。
 俺はカメラを持ち上げ、窓を開けて部屋に入った。ふと気がついて、ティッシュを何枚か取ると俺が汚した窓を綺麗に拭きあげる。
 証拠隠滅の後でなんとなく、乱れたベッドに顔を押しつけて匂いを嗅いでみた。
 それはなんだか『女』の匂いって感じがした。



 それから数日後――。
 俺は、数枚の新札を手にほくほくしていた。
 あの時の写真の見事な出来映えったら。思わず現像中に二発も抜いてしまったくらいだ。
 過激すぎて、さすがに友達に売るわけにはいかなかったが、そこはそれ、蛇の道は蛇。ああいった写真を金にするルートはいくらでもある。ただしここで詳しく説明することはできないが。
 写真に写った姉貴は本当に綺麗で、そしてエッチだった。いやもう、持つべきものは可愛くてエッチな姉貴だね。
 ……と、ひとり悦に入っていると、いきなり背後から伸びてきた腕が、俺の手から金を奪い取った。慌てて振り向くと、姉貴が慣れた手つきでお札を数えている。
「な、何すんだよ!」
 金を数えていた姉貴はそれをふたつに分け、少ない方を俺に返した。
「モデル料は六割で勘弁してあげるわ」
「――っっっっ!」
 一瞬で顔面が蒼白になる。
 姉貴は怒っているのか面白がっているのか、よくわからない表情をしていた。
 全身から冷や汗が噴き出す。
「な、な、な……なんのことだよ」
 とぼけようとしても、悲しいかな声が裏返っている。こんな不意打ちを食らって、平然としていられるわけがない。
「気付かないと思った? あんたの考える事なんてお見通しよ。特別にサービスしてあげたんだから、これは当然の報酬でしょ?」
 手にしたお札で、ひらひらと俺の顔を扇ぐ。俺は何も言い返せない。
「それにしても、見られてると思うと興奮したわ〜。もう、普段よりすっごい感じちゃった」
 姉貴がけらけらと笑う。どうやら、怒ってはいないようだ。
「でも、写真だけでもずいぶんお金になるのね。ねぇ、今度は隠し撮りじゃなく、ちゃんとしたモデル撮影で、もっと過激な写真撮ろうか? その代わりモデル料は七割、ね」
 お得意の、小悪魔の笑みを浮かべて姉貴は言った。

――中編に続く――


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