12


「は……ぁ……はぁ……あ……あぁ……」
「ふぅ……」
 酸素を貪って喘いでいる私を見おろしながら、上村くんは満足げに大きく息をついた。
 それから私の顔の前に移動してくる。愛液と精液に濡れて艶めかしく光っている男性器が鼻先に突きつけられ、だらしなく開いた口の中に押し込まれる。
 しかし、行為を続けようというつもりではないらしい。ペニスを汚している粘液を私が条件反射のように舐めとると、それだけで離れていった。
 つまり上村くんは私を牝犬扱いしているだけではなく、ティッシュペーパー扱いもしているわけだ。
 私のあそこは、ラッキーが身を乗り出して舐めて綺麗にしてくれている。さすがに身体はもう反応しなくて、ただぼんやりとベッドに横たわっていた。
 身体中から、力が抜けてしまっている。心身ともに疲れ果て、起き上がることはおろか指一本動かすことすら億劫だった。
「……いや、よかった。目の前で生の獣姦を見せられたせいかな、すっげー興奮した」
 上村くんの手が、肩のあたりを軽く叩く。
 私は無言だった。頭の中がぐちゃぐちゃで、なにを言えばいいのかわからなかった。
「これからも、ラッキーともども楽しませてもらうぞ」
 その言葉に、視線だけを動かす。
 これから、どうなってしまうのだろう。
 あまり考えたくはないけれど、想像はできる。
 きっと、上村くんの性欲処理女にされてしまうのだ。
 好き放題に犯られまくって。
 やがて、それだけじゃ済まなくなって。
 きっと、写真やビデオを撮られて売られたり、お金のために無理矢理援助交際させられたり……。ひょっとしたら、風俗のお店で働かせられるのかもしれな。
 どんどん、考えが悪い方に向かってしまう。
 そんなの、嫌だ。
 だけど、私にはどうしようもない。
 犬とセックスして悦んでいる変態女だって知られてしまったから。
 もう、上村くんにはなにをされても逆らえない。
 こんなことを誰かに話されたら、もう生きていけないから。
 それに……
 上村くんに逆らったら、ラッキーに会えなくなってしまう。ラッキーにしてもらえなくなってしまう。
 そんなの、嫌。
 だから……上村くんになにを要求されても、私は受け容れるしかない。
 ……たとえそれが、どんなにひどいことであっても。
 だけど、本当にどんなことをさせられてしまうのだろう。
 考えていると、涙が出てきた。
「……お、お願い……ひどいこと、しないで……」
 嗚咽混じりにつぶやく。
「ひどい? どこが? 委員長が悦ぶことしかしてないだろ?」
 泣いている私に構わず、上村くんはそんなことを言うと私の乳首を指先でぴんと弾いた。
 確かに、今の上村くんとのセックスはすごく感じて、乱れてしまったけれど。
 抵抗らしい抵抗はしなかったけれど。
 それは、上村くんが私を逆らえない状況に追い込んだから。
 わかっているくせに、白々しい。
「委員長、なにか勘違いしてるんじゃないか?」
「……勘違い、って?」
「もしかして、金のために風俗に売られたり、AVに出演させられたりするとか思ってないか?」
「え……えっと…………う、ぅん」
 考えていたことをまともに言い当てられて、戸惑いつつも小さくうなずく。
 もしかして上村くんって、犬だけではなく人間の考えていることもわかるんだろうか。それとも単に私が、考えていることが顔に出やすいだけ?
「なに考えてるんだか」
 呆れたような笑みを浮かべる上村くん。
「委員長って、思考回路がエロいな。官能小説とかアダルトビデオの見過ぎじゃないのか?」
「で、でも……」
 あの場合、そう考えるのが普通ではないだろうか。
 それとも、それが普通と考える私の思考回路がおかしいのだろうか。
 確かに、周りから思われているよりはエッチなことに興味津々であることは否定できないけれど。
「だ、だけど……上村くん、私のこと、お、犯したもん」
「そんなの当然だろ」
 何故か、胸を張って偉そうに言う。
「現役女子高生の生の獣姦とか見せられて、なにもせずにいられるわけないだろ。健康な、やりたい盛りの男子高校生が」
 そんな、さも当然のように言われても対応に困る。
「だからといって、他の男にやらせるわけないだろ。俺の話、ちゃんと聞いてたか? 委員長は、大事なラッキーの彼女なんだから」
「……え?」
 えっと……。
 ラッキーの、彼女?
 私が?
 ラッキーは、上村くんの飼い犬で。
 私は、そのラッキーの、彼女。
 それって、つまり……
「じゃあ……えっと、私のこと……その、ちゃんと可愛がって、くれるの?」
「もちろん」
 うなずく上村くん。
「ラッキーと同じように大切にするさ」
 そう言って立ち上がる。
「そういえば、プレゼントがあるんだ。先刻、出かけたついでに買ってきたんだ」
「ぷれ、ぜんと……?」
 首を傾げる。
 私は戸惑っていた。なんだか、考えていたのとはかなり違う展開のような気がする。
 上村くんは、机の上に放り出してあった小さな紙袋に手を伸ばした。見覚えのあるデザインは、近所にあるペットショップのものだ。
「ほら」
 復路の中から取り出されたものが、顔の前に差し出される。
 それは、紅い首輪だった。
 大型犬用の、革製の首輪。
 たぶん、ラッキーが着けているものとお揃い。
 ラッキーの首輪と同じく、金属製の小さなメダルが付いていて、そこには『Rika』と彫られていた。
 これが、プレゼント?
 私への?
 想定外の展開に戸惑ってなにも反応もできずにいると、上村くんは私の首のチョーカーを外し、代わりにその首輪を嵌めてしまった。
「ふぅん、驚いた。必要以上に似合ってるな」
 自分でやっておいて、妙な感心の仕方をしている。
「…………」
 私としては、どうリアクションすればいいのだろう。
 私、人間の女の子なのに。
 裸にさせられて、身に着けているのは犬の首輪ひとつだけ。
 横目でちらりと、壁の姿見を見た。
 一糸まとわぬ姿で、紅い首輪だけを着けた私。
 はっきり言って、ひどくエロティックな姿だった。
「これって……」
「俺ン家にいる間は、取るなよ」
 命令口調の上村くん。だけど表情は笑っている。
「わ、私……上村くんの……ペ、ペット、なの?」
「そうだよ。文句あるか?」
 私の顎を掴んで上を向かせ、至近距離から顔を覗きこんで言う。
「…………」
 少し、考える。
 やっぱり上村くんってば、私のことを牝犬扱いしている。
 だけど不思議と、不安も、そして嫌悪感も感じなかった。
 まだ短い付き合いだけれど、上村くんについて、ひとつだけよく知っていることがあるから。
 上村くんは、人間に対してはちょっとぶっきらぼうで乱暴なところもあって、初めて同じクラスになった時には少し怖い人かと思ったりもしたけれど。
 だけど犬に対しては……特に自分の飼い犬に対してはとっても優しいって、知っているから。
 だから、不安は感じない。
 犬扱いというのは、上村くんにとってはむしろ大切に扱うといっているようなもの。
 上村くんの飼い犬として扱われるということは、つまり、ラッキーと一緒に、ラッキーと同じように大切に、そして可愛がってもらえるということだ。
 そう考えると、不安や不満を覚えるどころか、むしろ逆。
 この状況を嬉しいと思う私は、やっぱり変なのだろうか。
 だけど、上村くん公認で、ラッキーの彼女になれるのだ。
 床の上に伏せているラッキーを、ちらりと見た。私とセックスした後いつもそうするように、目を細めて幸せそうな表情をしている。
 とても可愛い、大好きなラッキー。
 飼い主公認で、この子と一緒にいられる。
 この子と一緒に、この子の彼女として、飼ってもらえる。
 
 ……うん、いいかも。
 上村くんのペットになっても、いいかも。
 
 だけど、ひとつ気になることがある。
「ね……私、ただのペット……なの?」
「まさか」
 即答する上村くん。その表情を見ただけで、彼が考えていることは理解できた。
「俺も、やることはやるに決まってるだろ。委員長のはすごいイイからな。ラッキーだけに独り占めさせねーよ」
 ああ、やっぱり、するんだ。
 そうか……
 しちゃうんだ。
「嫌なのか?」
「…………」
 実をいうと、まったく逆のことを考えていた。
 私はラッキーのことが大好きだし、彼とのセックスは最高に気持ちがいい。
 だけど、上村くんに犯された時も、それに劣らず感じてしまった。
 すごく、気持ちよかった。
 合意の上での行為ではなかったのに。
 二年前のセックスよりも、よほど感じてしまった。
 だから、上村くんに抱かれるのは、多分これからも嫌じゃない。
 私ってば、欲張りだ。とても気持ちよくしてくれる素敵な男の子を、ふたりとも欲しがっている。
「……委員長?」
 私がいつまでも黙っているのを訝しんだのか、上村くんが名前を呼ぶ。その声に、どことなく不安げな気配が混じっているように感じるのは気のせいだろうか。
 もしかすると、私が拒絶する心配をしているのかもしれない。普通に考えれば、この状況でそんなことができる女の子はいないと思うけれど。
 顔を上げて、上村くんを正面から見る。
 そこで、いまさらのように気がついた。
 上村くんって、私のことをどう思っているのだろう。
 もしかして、私のこと、好き?
 自意識過剰?
 だけどあの上村くんが、好きでもない女の子を大切なラッキーの彼女にはしないだろうし、自分のペットにもしないだろう。
 それがペットとしての「好き」なのか、異性に対しての「好き」なのかという問題は置いておいて。
 少なくとも、ある種の好意を持たれているのは間違いないはずだ。
 じゃあ、私は?
 上村くんのことをどう思っているのだろう。
「……なあ、委員長?」
「んふ……、わんっ!」
 私は上体を起こして伸びあがると、ラッキーがいつも私にそうするように、上村くんに対して口の周りをペロペロと舐めるようなキスをした。
 もしも私に尻尾があったなら、ぱたぱたと大きく振っていたことだろう。


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