駅からずっと全力疾走してきたため、学校に着いたときにはもう汗だくで、そのうえ具合が悪くなってきた。
 だから教室へは向かわず、あたしは体育館へと足を運んだ。
 正確には、体育館に併設されたシャワー室。私立の女子校ということで、こうした設備は充実している。文芸部所属のあたしは、普段は体育の後くらいしか使わないけれど、運動部の人たちは重宝しているようだ。
 もう予鈴が鳴った後なので、朝練の運動部の姿もない。あたしは一時限目をサボるつもりで、無人のシャワー室に入った。
 この汗を流してしまいたい。それにパンツの中は汗以外のもので濡れていて、こっちはもっと切実な問題だ。このままではとても授業など受けていられない。
 トイレの個室くらいの大きさに区切られたシャワー室。裸になってその一つに入り、コックをひねる。
 ノズルから噴き出す冷たい飛沫。
 それが、火照って汗ばんだ身体に気持ちいい。
「ふ……ぅ。あーあ……もぉ……」
 さんざん弄ばれたあの部分に触れてみると、まだヌルリとした感触が残っていた。
 まだ三十分と経っていない。電車の中の出来事が次々と頭に浮かんで、顔がかぁっと熱くなってきた。
 信じられない。
 あんなに、感じてしまうなんて。
 あんなに、何もわからなくなってしまって。
 こんなに、濡れてしまって。
 気持ちよかった。
 うんと、感じてしまった。
 それは認めないわけにはいかない。
(あれが、本当に「イク」ってことなんだ……)
 気が遠くなるような快感。
 それなのに、あの人は最後になんて言ってた?
『もっと、気持ちいいことしてあげる』
 そう。
 確かに、そう言っていた。
 もっと?
 あれ以上?
 あれ以上気持ちいいことなんて、あるの?
 あれでも、死ぬほど気持ちいいって。そう思ったのに。
 もっと気持ちのいいことなんて。
(嘘だ……嘘に決まってる!)
 ぶんぶんと頭を振って、妄想を振り払う。
 あの人はあたしを狙ってるから。
 あたしのバージンを狙ってるから。
 だから、そんな嘘をついているんだ。
 信じられるわけがない。
 なのに。
 胸が、どきどきする。
 下半身の奥が、じーんと痺れてくる。
 また、新たな蜜が滲み出してくる。
(美鳩のバカ! なんで、こんなことで興奮してンの!)
 シャワーの水勢をいっぱいに上げて、あそこに当てた。
 エッチな蜜も、エッチな妄想も、全部洗い流そうとした。
 でも――
「んっ! ぅうんっ……くっ……」
 あたしってば、馬鹿。
 全開のシャワーは、あたしには強すぎる刺激だった。
 下半身から、ふっと力が抜けていく。
 腰が抜けそうになる。
 そのまま、床のタイルの上にぺたんと座り込んだ。
「……ばか。シャワーなんかでなに感じてンのよ!」
 シャワーを離して、もう一度手で触れてみた。
「んっ……」
 気持ち、よかった。
 ちょっと触れただけで、あの時の感覚が甦ってくる。
 無意識のうちに、指が前後に動き始める。
 一往復ごとに、切ない声が漏れる。
 もう一方の手で、胸に触れてみた。
 軽く、揉む。
 普段とは違う張りが感じられた。
 乳首が、つんと固くなっている。
(あたし……感じちゃってる……)
 何をやっているんだ――頭の片隅に残った理性が叫ぶ。だけどそれは、今のあたしを止めるには小さすぎる声だった。
 学校のシャワー室でひとりエッチなんて。
 あまりにもアブノーマルな行為。
 なのに、指が止まらない。
 あの、電車の中で与えられた快感。その感覚が消えないうちに、自分でさらなる刺激を与えてしまったから。
 もう、止まらない。
「あ……ん……あ……あんっ……」
 指の動きが速くなっていく。
 か細い喘ぎ声は激しい水音にかき消されて、外に漏れる心配はない。
(声……そう、声)
 電車の中で、声を上げそうになった時。
 それを押しとどめたのは、掌じゃなくて唇だった。
 あの人の、唇。
 指先で、自分の唇に触れてみる。
 ここに、あの人の唇が重なった。
 キス、されてしまった。
 まだ、感触が残っている。
 柔らかい唇。
(……キス! されちゃった……)
 今さらのように気づく。
 ファーストキス、だった。
 それを、よりによって痴漢に、それも同性の痴漢に奪われるなんて。
 しかしその事実は、あたしをよりいっそう興奮させた。
「あっ、あんっ! ……あぁっ!」
 一瞬、上体が仰け反る。
 あたしは、軽い絶頂を迎えてしまっていた。
 ぐったりと、シャワー室の冷たい壁に寄りかかる。
 二、三分、そうしていて。
 それからようやく我に返って、またシャワーを浴び始めた。
 もう、変なことなんかしない。
 冷たい水を浴び続けて、身体の火照りを静める。
 汗も、エッチな粘液も、きれいに洗い流されて。
 興奮した心もようやく落ち着いて。
 あたしはシャワー室を出た。
 身体を拭いて、鞄から新しいパンツを取り出して身に着ける。
 この数日、あたしは必ず替えのパンツを持つようにしていた。
 毎朝、あの人のせいでぐちゃぐちゃに濡れてしまうから。濡れたパンツのまま授業を受けるなんて、気持ち悪くてできやしない。
 真新しい下着の、さらっとした肌触りが気持ちよかった。
 汗で湿ったブラウスも、シャワーを浴びている間にすっかり乾いていて、あたしは少しだけ晴れやかな気分で教室へと向かった。



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