「おはよう、美鳩ちゃん」
月曜の朝。
いつものように混んだ電車。
電車に乗ると、公美さんがにこにこと笑っていた。
あたしはぷいっと横を向いて、素っ気なく言った。
「あたし、あなたと馴れ合う気はないですから」
公美さんはあたしの恋人でも友達でもない。
二人の関係は、痴漢とその被害者。そう、公美さんは犯罪者なんだから。どこに、仲良くする理由があるっていうの?
一昨日は、特別に一度だけ付き合ってあげただけのこと。
「つれないんだから。二人きりで素敵な夜を過ごした仲なのに」
公美さんは傷つく様子もなく、むしろ楽しそうに笑っている。その表情はなんだか、反抗的な仔猫の仕草を楽しんでいる飼い主みたいな雰囲気で、あたしはいっそう不機嫌になる。
「……もう、あたしに構わないでください」
「あーあ。一昨日の美鳩ちゃんは、すごく可愛かったのになー」
そう言いながら、お尻を触ってくる。
「やっ……やめ……」
「しっかりと抱き合って、熱ーいキスを交わしたのに」
「い、言わないでよ」
思い出させないでほしい。
ファーストキスを奪われたことも。自分の家のソファで抱き合って、いかされてしまったことも。
思い出しただけで、顔が熱くなってしまう。
そして、熱くなってしまうのは顔だけじゃない。
「あの時の君、すごーく感じてた。ほら、ここをこんな風にされて……」
スカートの中にもぐり込んだ手が、下着の上を滑っていく。パンツをずらして、指先が直に触れてくる。
ぴりぴりと、電流を流されたような刺激が脊髄を上っていった。
「……って、触る前からもう濡れてるのね。思い出しただけで、感じちゃった?」
耳に、息が吹きかけられる。
図星を指されて、あたしは真っ赤になって俯いた。
「お願い……もう……やめ……て」
「いや。だって君、本気で嫌がっていないもの」
「う、嘘です」
「本当に嫌なら、どうしてこんなになっちゃうの?」
スカートの中から手が抜かれる。指が、あたしの唇に触れた。
ぬるりとした感触の中指。
リップクリームを塗るみたいに、唇全体に伸ばしていく。
「感じて、こんなに濡れちゃってる。気持ちいいんでしょ? もっとして欲しいんでしょ?」
「……ちがう」
あたしは首を左右に振った。
確かに、公美さんに触られるのは気持ちがいい。
本気で感じてしまう。
これまで二度もいかされてしまった。
公美さんの愛撫に対して、あたしの身体は無防備に反応してしまう。
だけど。
それをして欲しいわけじゃない。
電車の中で痴漢されるのなんて嫌だ。
恋人でもなんでもない人に犯されるなんて嫌だ。
なのに公美さんの感覚では、「感じてる」イコール「もっとして欲しい」ということらしい。
感じやすい自分の身体が恨めしくなる。
(触られても、感じなきゃいいんだよなぁ……)
公美さんは男性の痴漢と違って、触ることよりもその時のあたしの反応を楽しんでいるフシがある。
なんの反応もなければ面白くなくて、そのうちやめてくれるのではないだろうか。
でも……。
「んっ……くぅ、ん……」
現実はむしろその逆で、あたしの身体はどんどん感じやすくなっていくみたい。
本当にあたしが感じやすくなっているからなのか。公美さんが、あたしの感じるところを見抜いているからなのか。それとも、その両方なのか。
また今日も、電車を降りたらパンツを替えなきゃならないような状態になってしまっている。
「は……ぁっ……んっぅんっ」
「どう、気持ちいいでしょ? もっとして欲しいでしょ?」
あたしは応えずに、涙目で公美さんを睨んだ。
手を伸ばして、スカートの中にもぐり込んでいる公美さんの手の、甲の部分をぎゅっとつねる。
「あ、そーゆーことするんだ?」
全然堪えてない。
そりゃあ、本気で力を入れたわけじゃないけれど。それでも、あたしの意思表示にはなったはずなのに。
「そーゆーことすると墓穴を掘るって、どうしてわからないのかしらね?」
「っっ! ……ひっ……いぃっ!」
つねり返されちゃった。
それも、あたしがつねっているその手で。
つまり。
公美さんはよりによって、あたしの一番敏感な部分、あの小さな突起に爪を立てているのだ。
「い……たいっ……痛いっ……やめ……」
針で刺されたみたいな鋭い痛み。
いつもとは違った理由で、大声を上げそうだった。
あたしは公美さんの手を放す。
なのに公美さんは、あたしをつねり続けている。
「やめっ……お願い、痛い……痛いの……」
「許して欲しいなら、言うことがあるんじゃない?」
公美さんは意地悪く言う。
「……ごめん、なさい」
仕方なく、あたしは謝った。
なんだか悔しくて、また涙が出てきた。
謝ったのに、それでも公美さんはあたしをつねり続けている。
「お願い……許して……」
「どう、しようかなぁ?」
「お願い……ごめんなさい……」
これ以上されたら、クリトリスが千切れちゃう。
「痛いことと気持ちいいこと、どっちがいい?」
そりゃあ、痛いよりは気持ちいい方がいいけれど。
でも。
「……選択肢は、その二つだけ?」
「そう。選ぶのは君よ」
ずるい。
公美さんってばずるい。
あたしの口から、言わせようとしてる。
絶対に言いたくない台詞を。
だけど、もう限界。
痛くて痛くて。
このままじゃ本当に、大声で泣き出しちゃう。
あたしは蚊の泣くような声で言った。
「……気持ち……いい、方」
「え? 聞こえなかったなぁ?」
公美さんは白々しく言って、指先にさらに力を込める。
「いっ! や……っ。き、気持ちいいこと……して……」
屈辱的なその言葉を口にして、ようやく公美さんはあたしを放してくれた。ふぅっと息を吐き出す。
「そんな可愛い顔で頼まれちゃあ、してあげるしかないわね。君のリクエストだからね」
「やっ、あぁ……」
パンツの中の指が、優しく動き始める。
敏感で繊細な部分を、慈しむように撫でてくれる。
つねられた痛みは急速に薄れていって。
でもやっぱり、あたしは声を抑えるのに苦労した。
これでもか、というくらいに丁寧に隅から隅まで撫でまわされて。
ようやく解放されて電車を降りる頃には、頭の中は真っ白になって。
また、ホームのベンチにしばらく座り込んで。
十分以上経ってようやく立ち上がると、下着を替えるために、駅のトイレへ向かってふらふらと歩き出した。
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