その後、二時間くらいカラオケとゲーセンで遊んで。
それから、また飲みに行った。
銀座の外れ。地下にある、あまり大きくない店。ドイツ料理とワインのお店だそうで、ここでは、蜂蜜みたいに甘くて美味しいワインをご馳走してもらった。
トロッケンベーレン……とかなんとか、そんな名前だったような気がするけれど、酔いが回っていたせいでよく憶えていない。値段は、先刻のワインよりも高かった……とだけ言っておく。
そんなこんなでけっこう遅い時刻になってしまったので、帰りはタクシーで送ってもらった。
あたしは気持ちよく酔っぱらってしまって。
なんだか眠くなって。
タクシーの中で、公美さんに寄りかかるようにしてうとうとしていた。
「遅くなったけど、親に怒られない?」
「ん……大丈夫……」
「ずいぶん寛大なのね。普通、女子高生の親って、娘の帰りが遅いとすごく怒るものだけど」
その口ぶり。公美さんも学生時代はずいぶん怒られたんだろうか。
だけどあたしの場合、それはあり得ない。
「それは父親の場合でしょ。……うち、母子家庭だから」
「え、あ……ごめんなさい」
「……ううん」
公美さんが申し訳なさそうな顔になるけれど、あたしは別に気にしてはいない。
変に同情される方が嫌だ。
「離婚、したんだ。あたしが、小学生の時だったと思う」
何故か、当時のことはよく憶えていない。お父さんがどんな人だったかも。
両親の間が、なんだかギクシャクしていたことだけはなんとなく憶えてる。当時の記憶が曖昧なのは、それを見ているのが辛かったからかもしれない。
「……そう」
「お母さんは夜の仕事だし、あたしにあんまり構わないしね。遅く帰っても、怒る人はいないってわけ。あ、別に気にしなくていいよ。慣れてるし、親がいない方が気楽だしね。それに、経済的にはぜんぜん困ってるわけじゃないし」
「……ひょっとして、お母さんと仲悪いの?」
「…………、うん」
少し、躊躇ったけれど。
あたしは、正直に答えた。
どうしてなのか、理由はよくわからない。
あたしは、お母さんのことを好きになれないし。
向こうも、実の娘のあたしに対して、どこかよそよそしい印象を受ける。
女子高生と、スナック経営者。
生活の時間帯が重ならないせいで、あまり顔を会わせる時間がないのが幸いだった。それとも、そのせいで余計にうまくいかないのだろうか。
そんなことを考えているうちに、タクシーはうちのマンションの前に着いた。
「……よかったら、ちょっと寄ってく? コーヒーくらいは出してあげるけど」
ほとんど無意識のうちに、そう口にしていた。
酔っていたから、だと思う。
公美さんを家に上げて二人きりになるなんて、すごく危ないって認識はしているのに。
だけど。
ちょっとだけ、寂しかった。
今日は、すごく楽しい夜だったから。
その後すぐに、誰もいない家で一人きりになるのはちょっと寂しかった。
「エッチなことしないって、約束したよね?」
だから、ちょっとくらいいいかな、って。
そう思ってしまったんだ。
ポットが湯気を立てている。
あたしは約束通り、コーヒーを淹れてあげた。
一番高い、とっておきのブルーマウンテン。
今日はさんざん高いものをご馳走になったから、そのくらいは奮発してもいいかなって。それに、グルメの公美さんに安物のブレンドなんて出せない。
ソファに座った公美さんの前にカップを置いて、あたしも隣にちょこんと座った。
「いい香り。コーヒー淹れるの、上手ね」
「……えへ」
褒められたのが嬉しくて、つい顔がにやけてしまう。
「ブルーマウンテンNo1、か」
「え?」
どうして、わかるのだろう。あたしは、どの豆を挽いたかなんて言っていないのに。
でも、公美さんはグルメだから。
お金持ちだし。
そういえば、仕事は何してる人なんだろう?
レストランで感じた疑問が、また甦る。
「あの……」
そのことを訊こうとしたところで、いきなり肩を抱かれた。
公美さんの顔が近付いてくる。
「え……エッチなことしないって、約束したじゃない!」
「キスだけ、ね?」
「でも……」
「キスは『エッチなこと』じゃないわ。美しい愛情表現よ」
歯の浮きそうな台詞を照れもせずに言う。
「もぉ……」
でも、まあ。
服も買ってもらったし、高い料理もごちそうになったし。
キスくらいなら、いいかなって。少なくとも、電車の中で変なことされるのに比べれば。
酔いはまだ醒めていなくて、あたしは寛大な気持ちのままだった。
ファーストキスは今朝奪われちゃったし。だったら、いいかな。減るもんじゃなし。
「ホントに、キスだけだよ」
一応、念を押す。
「うん」
唇が、触れる。
最初は軽く。そして、しっかりと押し付けられる。
あたしのセカンドキス。
柔らかな唇の感触は、とても気持ちがよかった。
公美さんの舌先が、あたしの唇をくすぐっている。
その意図は理解できた。
経験したことはないけれど、知識では知っていること。
おっかなびっくり、少しだけ口を開く。
その隙間に、公美さんの舌がもぐり込んでくる。
あたしの舌に触れる。
くすぐったくて、不思議な感触だった。
「ん……」
あたしも、少しだけ舌を伸ばしてみた。
二人の舌が、密着する。
そして、絡み合う。
「ん……ふ……」
生まれて初めてのディープ・キス。
二度目のキスがもうディープキスなんて、いいのかな。
でも。
気持ち……いいや。
なんだか、うっとりとした気持ちになってしまう。
公美さんの身体が密着してきて、体重を預けてくる。
あたしの身体が後ろに傾いていく。
気がつくと、ソファの上に押し倒されていた。
公美さんの手が、あたしの胸に触れる。
「……うそつき」
あたしは唇を離して、小さな声でささやいた。
このまま、電車でされているようなことをされるのは嫌だ。
だけど、キスの感触はもう少し味わっていたい。
そんな想いが交錯して、強く拒むことはできなかった。
「こうして触れるのは、キスをより気持ちよくするための調味料。キスのオプションだから『キスだけ』って約束は破ってないわ」
「もぉ……屁理屈ばっかり……」
尖らせた唇に、また公美さんの唇が重なる。
でも。
気持ちいいのは事実だった。
胸が、ゆっくりと揉まれている。
すごく、優しい触れ方。
これならいいかな、なんて。ついそんな気になってしまうような。
だからあたしも、キスを楽しむことに専念することにした。
自分でも、舌を動かしてみる。
舌をいっぱいに伸ばして、公美さんの口の中に入れてみる。
二人の舌は、生き物のように蠢いて、絡み合っていた。
キスが、こんなに気持ちいいものだなんて。
新発見だ。
(やっぱり、エッチだよ……)
キスって、単なる愛情表現じゃない。
こんなに気持ちいいんだもの。
これって立派な、性行為だと思う。
その証拠に、ほら。
あたし。
濡れ始めてる。
胸がドキドキして、身体が汗ばんでいる。
公美さんの手が、移動を始めていた。
胸から、もっと下の方へ。
今、あたしのお腹の上をゆっくりと撫でている。
今、おへその下へと……。
「んっ……」
スカートの上から、あの部分に指を押し付けられた。
一瞬、身体に電流が流れたような気がした。
あたしは、抵抗できずにいた。
キスすることも、触られることも、とても気持ちよかったから。
脱がされたり、パンツの中まで触られない限り、抵抗しないでおこうって思った。
もう少し、このままでいたい。
お酒の影響もあるのか、なんだかふわふわしてすごくいい気分。
「脱がしちゃ……だめ。服の上からなら、少しくらいは……」
「わかった」
スカートの上から、指がエッチな部分を触っている。
柔らかな生地だから、パンツの上から触られているのとあまり変わらない。
「んっ……ふ……ぅ」
声が出そうになるけれど、唇がしっかりと重ねられているので、隙間から微かな吐息が漏れるだけ。
「んっ」
スカートがまくり上げられる。
今度こそ、パンツの上から触られてしまう。
薄いナイロンの生地一枚で隔てただけ、あたしの身体で一番敏感な部分に指が擦りつけられる。
「んっ……んんっ……」
あたしの身体が弾む。公美さんはもう一方の腕でしっかりとあたしを抱きしめている。
思うように身動きできず、声も出せない状態。
下半身から注ぎ込まれる快感は、行き場を失ってあたしの身体の中を暴れ回っている。
気が遠くなりそうだった。
公美さんの指が、ナイロンの布地を擦る音。
微かに軋むソファのスプリング。
そして、あたしの切ない吐息。
無意識のうちに脚が閉じて、公美さんの手をぎゅっと挟み込んだ。
それでも、指は動きを止めない。
前後に。
左右に。
あるいは小さな円を描くように。
大きく、小さく。
優しく、強く。
一瞬ごとに、その動き方が変わる。
あたしの胎内に、絶え間ない刺激を送り込んでくる。
「んん――っ……、んっ!」
声が出そう。
だけど、公美さんの唇が重ねられていて、出すに出せない。
これって、朝の電車の状況に似てるかも。
声が出そうなのに、出せない。
声さえ出せれば、この、身体の中にどんどん溜まっていくものを一気に解き放てるような気がするのに。
それをさせてもらえない。
どんどん、どんどん。
あたしの中に詰め込まれていく快感。
このままじゃ、膨らみすぎた風船みたいに破裂しちゃう。
だめ。
そんなに激しくしちゃ。
そんなにされたら、あたし。
あたし。
もう。
イっちゃい……そ……ぅ……
いかされてしまった。
その上、失神してしまった。
そう理解したのは、夜中に目が覚めてから。
あたしは、自分のベッドに寝ていた。
服は脱がされていて、ブラジャーも外されていて、パンツ一枚の姿で。
公美さんの姿はなかった。
がばっと起きあがって真っ先にしたことは、パンツの中を確かめることだった。
「……ふぅ、大丈夫」
何も、されてないらしい。
少なくとも、取り返しのつかないことは何も。
意外にも、公美さんは約束を守ってくれたようだ。
服を脱がせたのは、そのまま寝るとしわになるから。ブラを外したのは、苦しいから……という口実で、きっと公美さんの趣味だろう。胸の上に、覚えのない小さな朱い痕があったから。
だけど、それは見逃してあげることにした。
迂闊にも、公美さんの前で気を失って無防備な姿を晒したというのに、胸のキスマーク一つで済んだのは幸いだ。
かといって、次もそれで済むという保証はない。今度こういう機会があれば、もっと気を付けなきゃいけない。
「やっぱり、お酒よね」
酔ったせいで、ついこんなことを。
危なく、取り返しのつかないことになるところだった。
「……って、次とか今度なんて、あるわけないじゃない!」
あたしは慌てて頭を振った。
公美さんは友達でもなんでもない。
ただの痴漢。あたしを狙う変態さんなんだから。
頭を振っていて、ふと目にとまったものがあった。
机の上に置いてあったメモ用紙。
『今夜は楽しかった、お休みなさい。服は脱がせたけど、君が心配してるようなことはしてないから安心して。それじゃ、また月曜の朝に』
綺麗な字で、そう書いてあった。
「また月曜の朝……だってさ。やめてよね……」
明日は日曜日。
あたしはメモ用紙をくしゃっと丸めてゴミ箱に放り投げると、シャワーを浴びることにした。
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