翌日から仕方なく、朝の電車を一本早いものに変えた。
負けを認めて逃げるみたいで嫌だと思っていたけれど、背に腹は替えられない。
昨日のあれはさすがにハードすぎた。また、あんなことをされてしまってはたまらない。
このまま放っておけば、公美さんの行為はエスカレートする一方だろう。
だけど。
新しい電車で得られた平和な日々は、たった三日しか続かなかった。
四日目。
「こら」
電車に乗ったあたしの耳元で、小さくささやく声。
耳にした瞬間、背筋がぞくぞくした。
「……公美……さん」
振り返るまでもない。背中にぴったりと、公美さんが張り付いている。
あたしは小さく嘆息した。平和な日々よ、さようなら。
「でも……、どうして?」
この電車だとわかったのだろう。単なる偶然だろうか。
それに、電車に乗る時は確かに、公美さんの姿はなかったはずなのに。
「一番確実な方法」
耳を舐めるようにしながら、そっとささやかれる。
髪が耳たぶやうなじに触れて、その度に身体がぴくっと震えてしまう。
「ホームで、張り込んでた」
「……!」
そんな手があったとは。
確かに、公美さんはあたしが乗り降りする駅を知っている。駅のホームで待ち伏せしていれば、偶然に賭けるよりも遙かに効率的だろう。
あたしは絶望的な気分になった。
最後の手段と思っていた「電車を変える」は、これで完全に封じられてしまったことになる。公美さんから逃れるには駅を変えるしかないが、時間に余裕のない朝に歩くには、隣の駅でも遠すぎる。
それに、公美さんには家も知られているのだ。マンションの前で張り込まれたらどうしようもない。
「……ここまでやったら、ストーカーだよ」
「そうよねぇ。一途な恋とストーキングって、境界が曖昧なのよね」
人ごとのように、うんうんとうなずいている。なにが「一途な恋」だ。この馬鹿。
「まあとにかく、久々に楽しませてもらいましょう」
「あっ、やっ!」
太股を撫でていた手が、スカートの中にもぐり込んでいる。あたしはその手を押さえようとしたが、一瞬遅かった。
触られたくなかった部分を、触られてしまう。と、そこで動きが止まった。
「……また、こんなことして」
どこか、怒っているような口調だった。どうしてあたしが怒られなければならないのだろう。痴漢とその被害者。普通、逆ではないだろうか。
今日に限って言えば、公美さんが怒った理由はわかっているんだけど。
だからこそ、今日だけは触られたくなかったんだけど。
「全然懲りてないのね。それとも、またして欲しいの?」
「ち、違うの! 今日は、その……本当に……」
そう。
今日はあたし、月に一度の女の子の日で。
しかも二日目で。
当然、パンツの中にはナプキンが貼り付けられている。別に、公美さん対策じゃないんだ。この手は公美さんには通じないって、嫌というほど思い知らされたし。
「ふぅん、そぉ」
なんだか、舌なめずりでもしてるような口調。
うわぁ、すっごくやな予感。
一度は動きを止めた手が、パンツを下ろそうとしている。
「やっ……めて……。今日は……やだっ、お願い……」
「血まみれの公美ちゃんも、可愛いかもね」
「やっ……だぁ……、お願い……やめて」
もぐり込もうとしてくる公美さんの手と、ぎゅっと閉じたあたしの脚の鍔迫り合い。でも、形勢はどうも不利みたい。
今日ばかりは、本当に触られたくない。普段だって嫌なのに、今日はなおさらだ。
あたし、ただでさえ出血が多い方なのに。
公美さんだって女なんだからわかるはずだ。生理時のそこを触られるのが、どれほど恥ずかしいことか。
いや、わかっているからこそだろう。
あたしが嫌がること、恥ずかしがることをするのが大好きだから。
「……お願い……本当に、そこだけはやめて」
「うーん……」
本気で泣き出しそうなあたしを見て、公美さんもちょっと考え込んだ。この人でも、少しは良心というものを持っているのだろうか。
「仕方ないわね。じゃ、こっち」
「ひっ!」
ビクッ!
身体が大きく痙攣する。
「君、こっちも大好きだもんね」
「や……そん、な……」
公美さんの指が、入ってこようとしている。
お尻の中に。
やだ。
また、お尻の穴を犯されちゃう。
あたしはお尻に精一杯の力を入れて抵抗したけれど、しょせんは結果の見えている戦いだった。
指をゆっくりと回してねじ込むように。かなり強引に、少しずつ、しかし着実に指を挿入してくる。
「う……ぁ……や……ぁ……」
これまで経験したような、さんざん前を愛撫されてぼーっとなってからの挿入ではない。いきなり、お尻に指を入れられるなんて。
意識がはっきりしている分、お尻の中にある異物の存在をはっきりと感じてしまう。
どんどん、入ってくる。
奥まで。
奥深くまで。
公美さんの指はとても形がきれいで、すらりと長い。その長い中指が、根本まで挿入されてしまう。
「んっ……ふぅ……んっ! やぁ……」
指が動く。
反射的にお尻に力が入ってしまい、その指を締め付ける。
何度も、何度も。
お尻の中をかき混ぜるように動く公美さんの指。
その指をぎゅっぎゅっと締め付けるあたしのお尻。
「あ……ぁ……やめ、て……」
あたし、感じ始めてる。
身体がふわふわするような、心地よい浮遊感に包まれてくる。
前の部分が、経血ではないもので濡れているのがわかる。
「やだ……ってば。やめ、て……いや……」
気持ちいい。
気持ちいい。
恥ずかしくて、気持ちよくて。むず痒いような不思議な感覚。
もっと。
もっと。
そう、そこ。
そのまま、もっと続けて。
「いや……やめてよ……お願い……やめて」
あたしの口は、本心とは逆の言葉を吐き続けていた。
これ以上されたら、気付かれてしまう。
あたしがすごく感じて、もっとして欲しいって思っていることを。
心の奥から湧き上がってくる欲望の声を、知られるわけにはいかなかった。
「やだ……。ね、お願い……ホント、やめ……」
顔が、熱い。
切ない吐息が漏れる。
脚から、力が抜けていく。
お尻って、ボクシングのボディブローみたい。前を触られる時のような鋭い快感じゃないんだけれど、後からじわじわと効いてくる。
「やめて……ってば。ねぇ……やぁ……」
だんだん、声が甘ったるくなってくる。
それでも、もう間もなく降りる駅だ。
助かった。
あたしは心から安堵した。
耳元で、微かな舌打ちが聞こえる。
電車が止まってドアが開く瞬間、指が引き抜かれた。
八つ当たりなのか、いささか乱暴な動きで、思わず声が漏れてしまったけれど、それも乗り降りする人のざわめきにかき消される。
あたしは電車を降りた。なぜか公美さんもついてくる。
「ね、我慢できないんじゃない? 続きしよ?」
先日のあれで味をしめたのだろうか。しつこくついてくる。
残念でした。
今日は、我慢できないってほどじゃない。電車に乗っている時間があと五分長かったら危なかったけれど。
乱暴に指を引き抜かれた時の痛みで少し醒めてしまったし、これなら学校に着いてからのひとりエッチで充分だ。
あたしは、公美さんを無視してホームを歩いていった。
「ねえ……」
公美さんの手が、肩に触れてくる。
ところが。
「ちょっと待ちなさい。あなた、電車の中で何してたの?」
突然の声に驚いて立ち止まる。
見ると、長身の女性が怖い顔をして、あたしに触れようとしていた公美さんの手首を掴んでいた。
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