「こら、愛梨ちゃん」
 お風呂上がり、バスタオル一枚で冷蔵庫の中を覗いていたら、お母さんに怒られた。しかし、お風呂から出てすぐに服を着るにはまだ暑い季節である。
「そんな格好していたら、また熱出すわよ。第一、お兄ちゃんもいるのにはしたない」
 居間とキッチンは隣り合わせで、間を遮るドアもない。
 だけど私的には、風邪の問題はともかく、お兄ちゃんがいるからって気にする方がおかしいと思う。家族の前で、お風呂上がりにバスタオル一枚でいるくらい当たり前だろう。
 お父さんだって、よくお風呂上がりにパンツ一枚でビールを開けているではないか。やっぱり、お母さんには叱られているけれど。
「……お兄ちゃん的には、むしろ嬉しいんじゃない?」
 そんな冗談が言えるのも、まったく意識していないからこそ。
 ソファに座って新聞を読んでいたお兄ちゃんが顔を上げる。私の姿を見て、わざとらしく大きな溜息をついた。
「……愛梨じゃなぁ……。もっと、こう、ボン、キュッ、ボンッて感じの妹だったら嬉しかったかも」
 お兄ちゃんも冗談めかして言う。私の体型はスレンダーといえば聞こえはいいが、細身故に、胸やお尻の発育が少々ものたりない。
 この体型も清楚な雰囲気を演出することには貢献してくれているものの、大学生のお兄ちゃんにとっては色気が感じられないのも事実だろう。
 お母さんの胸はむしろ大きな方なので、これは遺伝の問題だろう。西本のお母さん――私の生母――は、写真でしか見たことがないけれど、私とよく似て、華奢といえるほどに細身の人だった。
「幼児体型の妹に欲情するほど女の子に不自由してないよ、オレは」
「いくらなんでも幼児体型ってのは」
 私の苦情は、お母さんの台詞に遮られる。
「それならいいんだけど……でもそれはそれで心配だわ。女の子にもてるのはいいけれど、トラブルになるようなことはしないでよね。ふられた女の子が夜中に包丁持って押しかけてくるとか、母さん嫌よ」
「ご心配なく。そんなヘマはしないよ」
「学生のうちからそんな風に余裕綽々すぎるのもどうかしら」
 肩をすくめて小さく溜息をつく。
 女の子にもてすぎるほどにもてる息子。母親としては複雑な心境なのかもしれない。
 話題が逸れた隙に、私は冷蔵庫から取りだしたペットボトルを手に、自分の部屋へ戻る。

 まったく、お母さんってば気を回しすぎだ。そんなに心配しなくてもいいだろうに。
 葵ちゃんじゃあるまいし、世の中、近親相姦なんてそうゴロゴロ転がっているものでもあるまい。



「ん……く、ぅん……」
 家族がみんな寝静まった頃――
 私はベッドの中で、独り遊びに耽っていた。
 パジャマの下を脱ぎ、パンツの上からエッチな割れ目に沿って指を滑らせる。
「……おにい……ちゃん……」
 その指が、お兄ちゃんのものであると想像しながら。
 パジャマの上は、ボタンが全部外してある。いつものように、熱がある時に着替えを手伝ってもらっていたら、そのままエッチなことをされてしまったというシチュエーションだ。
「…………ん」
 もちろん私はお兄ちゃんに対して恋愛感情など抱いていないし、当然、性の対象として考えたこともない。葵ちゃんに言った通り、これまでオカズにしたこともない。
 今夜のこれは、突然に宗旨替えしたわけではなく、葵ちゃんにそそのかされたのだ。

『あんなカッコイイお兄さんがいて、独りエッチのオカズにしたこともないの? 実はあるでしょ?』
『あ、あるわけないじゃない、そんなこと』
『一度も試したことナシ?』
『あったりまえじゃん!』
『だったら、一度試してみなよ。それでいつもより感じちゃったら、自覚してなかっただけで実は近親願望アリ、と』

 まったく、とんでもないことを思いつくんだから。
 もっとも、それを律儀に試している私もバカみたいではある。
 いくら外見は清楚で儚げな大和撫子風美少女であっても、中身はいまどきの中学三年生。独りエッチなんて日常の一部だ。
 だけど天に誓って、お兄ちゃんをオカズにしたことなど一度もない。これが初めてのこと。
 葵ちゃんが言うように、実はすごく感じてしまったらどうしよう……なんて内心ドキドキしながら試してみた。
 ……だけど。
 やっぱり、だめ。
 エッチな部分に触れるのはもちろん気持ちいいけれど、お兄ちゃんのことを考えたからって普段より感じることはない。
 むしろ、逆。
 気持ちが、そのシチュエーションにぜんぜんのめり込めなかった。意識は妙に冷めていて、まるで興奮できない。
 なんというか、リアリティが感じられないのだ。
 ほんの少しがっかりしながらも、安堵の息をつく。
「やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもんね。ゴメンね、ヘンなこと考えて」
 心の中で謝ると、それきり、お兄ちゃんのことは頭から追い出した。
 そして、行為を再開する。
「う……んっ! ん……ン、ふぅ……」
 うん。
 やっぱり、この方が感じる。
 相手は、想像の中にしか存在しない、理想の男性。あまり具体的な姿ではなく、ぼんやりとしたイメージでしかない。むしろこの方がのめり込める。変にリアルだとかえって萎えてしまう。
「ぁ…………いぃ……」
 パンツの中に手を滑り込ませると、その部分は潤いが急に増していた。このままでは汚しかねないということで、パンツを膝まで下ろして片脚を抜いた。
 脚を大きく開いて、その中心に直に触れる。
 ぬるっとした感触。指が滑る。
 生地越しに触れるよりもずっと鋭い刺激に、身体がびくっと震える。
 一瞬、指を離して、また恐る恐る触れた。
 まだバージンだから、指を中に深く挿れることはない。
 入口周辺で円を描くように動かしたり。
 割れ目からクリトリスに向かって擦り上げるようにしたり。
 やっぱり、クリトリスがいちばん感じてしまう。指全体を擦りつけるように刺激すると、じんじんと痺れるような快感に襲われる。その感覚が大好きだった。
 どんどん昂ってくる。
 指先を強く押しつけて、小刻みに震わせる。痛いと感じるぎりぎりくらいの強い刺激。
「はぁっ……ぁんっ、んふっ……ふぅ……んっ」
 抑えようとしても声が漏れる。下半身からはくちゅくちゅと湿った音も聞こえてくる。
 唇を噛みしめて、込みあげてくるエッチな声を堪える。大きな声は出せない。隣の部屋のお兄ちゃんに聞こえてしまうかもしれないから。
 たとえ独りエッチしているとはばれなくても、また熱を出してうなされてるなんて思われて、様子を見に来られたりしたら困る。せっかくいい感じになっているのだから、お兄ちゃんにだってこればっかりは邪魔されたくはない。
「んっ……んんっ、んんんっ……」
 丸めた毛布に片腕で力いっぱい抱きつく。声が漏れないように顔も押しつける。脚も毛布をぎゅうっと挟んでいる。そしてもう一方の手は、女の子の部分で激しく動かす。
「――――っっ!」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 ふわっとした浮遊感。直後の、落ちるような感覚。
 快感が身体を貫く、いちばん気持ちのいい瞬間。
 数秒間でそれが通り過ぎて、息を大きく吐き出した。
 気持ち、よかった。
 私の身体も、少しずつ大人になってきているのだろうか。以前よりも気持ちよさが強くなっているような気がする。
 いつか本当のエッチを経験したら、これよりももっと気持ちいいのだろうか。楽しみだ。そして、現時点ではその予定がないことを少し残念に思う。
 だけどまだ中学生。焦る必要はない。
 今はまだ、独りエッチで十分だ。いつか、本当に好きな人ができるその時までは。
「……葵ちゃんには悪いけど、やっぱりエッチにお兄ちゃんは邪魔なだけだわ」
 そのことをあらためて確認できたことが、今夜の収穫だった。


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