翌朝――
 
 やっぱり、熱を出してしまった。
 あの後、ほとんど眠ることができなかった。
 たまにうとうとしたかと思うと、夢を見てすぐに目を覚ました。
 それは、エッチな夢。
 相手は、お兄ちゃん。
 お兄ちゃんに、エッチなことをされる夢。
 これまで、一度もそんな夢を見たことはなかったのに。
 
 お兄ちゃんとキスしたり。
 裸にされて、胸を触られたり。
 もっとエッチなところを触られたり。
 私もお兄ちゃんのを触ったり。
 触るだけじゃなくて、お口で〈ご奉仕〉したり。
 
 そして……
 
 お兄ちゃんが私の中に入ってきて、奥の奥まで深々と貫かれたり。
 
 そんな夢の中で、私は感じていた。
 すごく、すごく気持ちよかった。
 いやらしい声を上げて、お兄ちゃんの動きに合わせて腰を振っていた。
 
 目が覚めた後も夢の記憶は鮮明に残っていて、身体にもその感覚が刻み込まれているようだった。
 心臓が激しく脈打っていて、しばらくの間はとても眠るどころではなかった。
 それが落ち着いてようやくうとうとすると、また、同じ夢を見る。
 一晩中、その繰り返しだった。

 そんなわけで、朝、目覚ましのアラームが鳴った頃には、とても起き上がれるような体調ではなくなっていた。
 愛用の体温計は三八度を指していて。
 当然、学校は休むことになって。
 まだ夏休み中のお兄ちゃんが、いつものように看病してくれることになったんだけど……



 パジャマは汗でぐっしょりと濡れていた。
 着替えなければならない。
 いつものようにお兄ちゃんに手伝ってもらって、湿ったパジャマを脱いで、背中を拭いてもらう。
 そのタオルが触れた瞬間、びくっと身体が震えた。
 どきどき。
 ドキドキ。
 心臓が爆発しそうなほどに激しく脈打っている。
 その音がお兄ちゃんにも聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいだ。
 そんな精神状態のためだろうか。身体を拭くお兄ちゃんの手も、いつもと雰囲気が違うように感じてしまう。
 特に、脇から胸にかけてを拭く時。
 いつも、腕や背中と同じようになにげなく拭くはずなのに、なんだかぎくしゃくしていたように感じてしまう。
 触れられた部分が熱い。
 いつもなら気にならないのに、パジャマの下を脱ぐのが妙に恥ずかしい。
 お兄ちゃんの顔をまともに見られない。
 顔が真っ赤になっている。
 今は高熱のせいという言い訳があるからいいけれど、そうじゃなければごまかしようもないくらいに紅潮してしまっている。
 いったい、私、どうしちゃったんだろう。
「後で、冷たい飲み物でも持ってきてやるから、しばらく寝てろ」
「……ん」
 着替えを終えて、お兄ちゃんが部屋から出ていく。
 だけどひとりになっても、とても眠れそうにない。
 熱い。
 顔が、身体が。
 熱く火照っていて、鼓動が速い。
 だけどそれは、高熱のせいじゃない。……いや、多少は影響しているかもしれないけれど、主たる要因は別にある。そもそも、熱を出している原因が原因だ。
 いつになく神経が昂っている。解熱剤を飲んでも眠くなりそうにない。
 それに……
 少し、眠るのが怖くもあった。
 また、あの夢を見るのではないかと思ってしまう。
 たぶん……いや、きっと見る。
 そしてなによりも怖いのは――、
 
 内心、また、あの夢を見たいと想っていることだった。
 
 認めたくはないけれど、しかし、それが事実だった。
 ごまかしようはない。
 すごく昂っている。
「は……ぁっ……っ」
 ひとりになると、無意識のうちに手が下半身へと動いてしまう。
 脚の間に手を入れる。
 そこは身体よりも汗をかいていて、下着の上からでもわかるくらいに濡れていた。
 刺激を求めている。
 指を押しつけると、それだけで下半身に電流が走ったように感じた。
 大きな声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。
 家にはお兄ちゃんもいるのだから、声を出せない。
 唇を噛んでぐっと堪える。だけど手の動きを止めることもできない。
 昂った気持ちを我慢できない。
 性欲を抑えられない。
 下半身が疼いて、おかしくなりそうだった。
 目を閉じると、瞼の裏に映るのは、昨夜繰り返し見た夢の光景。
 指が、下着の上から割れ目をこする。
 それがお兄ちゃんの指だと想っている。
 そうすると、すごく感じる。
 信じられないくらいに。気が遠くなるくらいに。
 手が、指が、止まらない。
 いつの間にかパジャマと下着を膝まで下ろして、直に触れていた。
 ぐちゃぐちゃに濡れている、小さな割れ目。
 その中は灼けそうなくらいに熱を帯びている。
 指先を埋めると、熱くとろけた粘膜が、溶けたチーズみたいに糸を引いて絡みついてくる。
「おにいちゃん……ぁん……おにい……ちゃ……っっ!」
 抑えた声で、だけど呼ばすにはいられない。
 お兄ちゃんが触れている、私の、いちばんエッチな、いちばん敏感な部分に――そう想像する。
「あ……んんっ、く……ぅぅんっ! ……ああっ!」
 想像の中の〈お兄ちゃん〉の愛撫に、何度も何度も達してしまう。
 いったい、どうしてしまったのだろう。本当に。
 昨夜から、どこかおかしい。
 どうして今さら、お兄ちゃんに対してこんな感情を抱くのだろう。
 これまで、血がつながっていないと信じていたのに、あのカッコイイお兄ちゃんに対して兄妹以上の感情など持っていなかった。
 なのに――
 血のつながった実の兄だと知ったとたんにこの状況。
 普通、逆ではないだろうか。
 本当に、どうしちゃったんだろう。
 わからない。
 わからない。
 だけどこの想いは、この昂りは、抑えられない。
「あ……はぁぁっ、……あんんっ!」
 何度達しても、満たされない。
 それどころか、もっとしたくなってしまう。
 指の動きがさらに激しさを増す。指がかき混ぜているその部分からは熱い蜜が溢れ出て、お尻の方まで滴り落ちている。この様子ではシーツに染みができているかもしれない。
 すればするほど、気持ちよくなってしまう。
 その快楽に夢中になっていた私は、他のことなどすっかり失念していた。だから、部屋のドアが突然ノックされた時には、びっくりして危うく叫び声を上げそうになった。
「……いいか?」
 部屋の外から聞こえてくる、お兄ちゃんの声。
「え……あ、えっと……」
 まずい。
 今、部屋に入ってこられたらまずい。
 パジャマのボタンは全部はずれて胸が露わになっているし、下半身は女の子の部分がまる見えだ。
 慌てて、パジャマの下とパンツを一緒に掴んで引き上げる。
 毛布をかぶって、部屋のドアに背中を向けるようにして身体を丸める。
「……う、うん、いいよ」
 応えながら、毛布の下ではボタンをひとつずつ留めていく。
「飲み物、持ってきたぞ」
 部屋に入ってきたお兄ちゃんは、グラスを載せたトレイを手にしていた。
 熱がある時には水分補給が大切だから、お兄ちゃんはまめに飲み物を持ってきてくれる。薬を飲んで水分をたっぷり摂って、たっぷり寝て、たっぷりと汗をかけば熱なんてすぐに下がる。
 だけど今日は事情が違う。
 そもそも、薬や睡眠で簡単に下がる熱ではない。むしろ、お兄ちゃんが近くにいるとどんどん悪化していくような気がする。
 お兄ちゃんの顔が見られない。
「……そこに、置いといて」
 背中を向けたまま言う。だけどそんな反応は、かえって不信感を抱かせてしまう。
「具合、悪いのか?」
 ベッド脇のサイドテーブルにグラスを置いて、顔を覗きこんでくる。背中を向けていても、お兄ちゃんの視線を感じてしまう。
「熱、上がってるんじゃないか? 顔が真っ赤だぞ?」
 顔が赤い理由は違う。
 たった今まで、お兄ちゃんのことを考えながらエッチなことをしていたから――。
 だけど、熱もきっと上がっていることだろう。
 今日は、お兄ちゃんが一歩近づくごとに、体温が一度ずつ上がっていくような気がしてしまう。
「……っ!」
 お兄ちゃんの手が額に触れた瞬間、全身がびくっと震えた。
 それはまるで、濡れた性器に触れられたのと変わらないような感覚だった。
 さらに顔が赤くなる。
 さらに熱が上がる。
「……やっぱり熱いな。汗もかいているみたいだし、着替えた方がいいか」
 タンスの引き出しから、替えのパジャマを出してくれる。こんな状況を予想していたのか、トレイの上には濡らしたタオルも載っていた。
 
 ……でも、
 ちょっと、
 ダメ、それは!
 
 今のこの状況で、
 この精神状態で、
 お兄ちゃんに裸を見られるなんて。
 お兄ちゃんの前で着替えるなんて。
 身体を拭いてもらうなんて。
 
 ……無理。
 絶対に無理!
 
 ベッドの上で上体を起こしたはいいけれど、汗で湿ったパジャマを脱ごうとしても、指が震えてうまくボタンが外せない。
 恥ずかしい。
 恥ずかしい。
 どうしてだろう。
 いつも、していることなのに。
 小さな頃からお兄ちゃんに看病されることには慣れていたから、なにも意識せず、この年頃の女の子としてはむしろ無頓着すぎるくらいに平然と、お兄ちゃんの前で着替えたり、身体を拭いてもらったりしていたのに。
 でも、今日はだめ。
 この緊張感に、とても耐えられそうにない。心臓は今にも破裂しそうだ。
 それでも、のろのろとパジャマを脱いでいく。いつもしているように脱がなければ、不審に思われてしまう。
 上半身が裸になって、お兄ちゃんに背中を向ける。なんとなく、手で胸を隠してしまう。
 いつもはそんなことをしないから、違和感を抱かせるかもしれない。だけど、これだけは譲れない。普段通り、隠しもせずに平然と振る舞うなんて不可能だ。
 ぎゅっと唇を噛んで、かすかにうつむく。
 背中に触れる、濡れタオルのひんやりとした感触。なのに、触れられた部分は灼けるように熱く感じる。
 頭が熱い。のぼせたようにふらついて、目眩すら覚える。
 今にも倒れてしまいそう。
 背中を拭き終えたお兄ちゃんは、私の腕を持ち上げて、脇からお腹の方へとタオルを動かしてくる。その緊張感は背中の比ではなく、タオルの端が胸の膨らみに触れた瞬間には、昂った性器に触れられたような感覚だった。
「……やだっ!」
 思わず叫んでしまう。ぱっと離れて、自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
「え……」
 驚きを含んだ微かな声は、お兄ちゃんのもの。
 無理もない。小さな頃から汗を拭いてもらったり着替えを手伝ってもらったりしてきたけれど、こんな反応は初めてのことなのだから。
 自分でも驚いていた。意図したものではない、反射的な、本能的な、反応だった。
 どうしていいのかわからずに、自分を抱いた体勢のまま、小さく震えていた。
「……あ……そ、そうだよな。愛梨ももう年頃の女の子だもんな。実の兄妹とはいえ、身体を拭いてもらうなんてイヤだよな」
 背後から聞こえる声には、なんとなく力が感じられなかった。落ち込んでいる、あるいは傷ついているような声音だった。
「タオルと着替え、ここに置いておくから」
 そうして、お兄ちゃんの気配が遠ざかっていく。
「……っ!」
 やだっ!
 反射的に、心の中で叫ぶ。
 やだ!
 いやだ!
 行かないで!
 だけど、その言葉を口に出すことはできない。
 今の私、普通じゃないから。
 絶対におかしいから。
 これ以上ふたりきりでいたら、あれ以上お兄ちゃんに触れられていたら、本当におかしくなってしまう。
 きっと、言ってはいけないことを口にしてしまう。してはいけないことをしてしまう。
 だから、ただ黙って震えていた。
 部屋のドアが閉じられる。
 それだけで急に、室温が何度か下がったような肌寒さを覚えた。
 遠ざかっていく小さな足音。それが永遠に戻ってこないような錯覚に陥ってしまう。
 ゆっくりと、おそるおそる振り返る。
 閉ざされたドア。
 なんの変哲もない木製のドアが、お兄ちゃんと私を隔てる鉄格子のように見えた。
 感情の消えた表情で、ぼんやりとドアを見つめる。
 無意識のまま手が動いて、のろのろと着替えをする。
 パジャマの下と、下着を脱ぐ。
 タオルで身体を拭く。
 新しい下着をはき、替えのパジャマに袖を通してボタンを留めようとする。
 だけど、指がうまく動かない。
 小刻みに震えている指。
 凍えたようにぎこちなくて、思うように動かない。
 どうしよう。
 どうしよう。
 頭の中で、同じ言葉がぐるぐると回っている。
 どうしよう。
 ひどいこと、言っちゃった。
 違うのに。
 そうじゃないのに。
『……あ……そ、そうだよな。愛梨ももう年頃の女の子だもんな。実の兄妹とはいえ、身体を拭いてもらうなんてイヤだよな』
 どことなく哀しそうだった、お兄ちゃんの声。
 違う。
 違う。
 そうじゃない。
 そうじゃないの。
 むしろ、逆。
 まったく逆。
 触れてほしい。
 お兄ちゃんに触れられたい。
 以前より、何倍も、何万倍も、触れて欲しくなっちゃってる。
 だけど……
 どうしよう。
 どうしよう。
 ひどいこと、言っちゃった。
 きっと、もう、触れてもらえない。
 優しい看病もしてもらえないかもしれない。
 ひどいこと、言っちゃったから。
 いやだ。
 そんなの、やだ。
 
 ――絶対にやだ!
 
 ボタンを留めようと四苦八苦していた手が止まる。
 次の瞬間には、衝動的に部屋を飛び出していた。


<<前章に戻る
次章に進む>>
目次に戻る

(c)copyright takayuki yamane all rights reserved.