原作:北原樹恒/作:やまねたかゆき
今日は街中が、どこか浮かれたような印象を受ける。そう感じるのは、私自身がこれ以上はないってくらいに浮かれているためだろうか。
札幌では冬真っ盛りの二月十四日。
時刻は昼少し前。
雪が静かに降っている。
私――進藤沙紀は、約束の時刻よりもかなり前から、JR札幌駅の西改札口の前に立っていた。
三分おきに、腕時計を見て。
十分おきに、自分の時計は合っているかと駅の時計を確かめて。
長針の動きは、普段の半分くらいの速度に思えた。
それでも少しずつ、確実に、時は過ぎてゆく。
新千歳空港からの電車が到着したのだろう、スキーやボードを抱えた、本州からの観光客らしき人たちの姿が増える。
私はかなり遠くから、その中に混じった、髪の長い小柄な少女の姿を見つけていた。
向こうは、改札を出たところで私に気付いたようだ。満面の笑みを浮かべて駆けてくる。
「沙紀さん!」
力いっぱい助走をつけて飛びついてきた少女を、しっかりと受け止めた。
菱川笙子。私の最愛の少女。
十五歳の中学三年生と、二十二歳の女子大生の、しかも女同士のカップル。端から見たらひどく不自然かもしれない。けれど、そんなこと気にしない。
私は、笙子をぎゅうっと抱きしめる。
笙子も、私の身体に腕を回してくる。
本来はかなり華奢なはずの笙子だけど、今日は厚手のセーターとオーバーで着ぶくれて、まるでふかふかのぬいぐるみみたいで、とっても抱き心地がいい。
本当ならば、このまま熱い口づけを交わしたいところだ。が、さすがに大勢の人で賑わう札幌駅でそれをするのは躊躇われる。だから、頬をすり寄せるふりをしながら、ちゅっと一瞬だけ唇を重ねた。
「……会いたかった」
「わたしも……」
続く言葉が出てこない。潤んだ瞳で見つめ合って、そこに二人だけの世界が構築される。
……と。
控え目な咳払いが、二人の間に割り込んできた。笙子はぱっと私から離れて、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。二十代後半か、せいぜい三十歳くらい。高級そうなカシミアのコートを格好よく着こなして、やり手のキャリアウーマンって感じ。
「帰りの飛行機に遅れないように、六時までにはここに戻ってきてくださいね」
その女性がにっこりと微笑む。
「……わかってます」
不承不承、といった口調で笙子が応える。
「笙子、この方は?」
「桜子さんっていって……」
「要するに、お目付役ですね。お嬢様がまた帰ってこなかったりしたら、面倒なことになりますから」
「……わかってます。今度はちゃんと帰ります!」
ふくれた笙子も、ちょっと可愛い。
私は心の中でうなずいていた。考えてみれば当然のことだ。昨年夏の家出以来、親の監視が厳しくなった笙子が、日帰りとはいえ一人で北海道に来られるはずがない。
「それなら結構。では六時まで自由行動ということで」
「桜子さんは?」
笙子が訊く。私とのデートにまで付いてくるのかと心配していたのだろう。
「いくらなんでも、デートの邪魔をするほどヤボではありません。それに、せっかく北海道へ来たのですから、私にもいろいろとやることが」
桜子さんはそれだけ言うと、コートの裾を颯爽と翻して歩いていった。行動の一つ一つが様になる人だと感心する。
「……私たちも、行こうか」
桜子さんの後ろ姿が見えなくなったところで、笙子の肩を叩いた。
時間はあまりない。東京―札幌日帰り、半日だけの逢い引きなのだから。
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