「……桜子さんに、してやられたわ」
私は苦笑した。
前に立つ笙子も、喜びと困惑の入り混じった、引きつった笑みを浮かべている。
その年の夏、私は笙子と再会した。
場所は、東京。
お金持ちのお嬢様が多く通う、某私立女子校で。
春に大学を卒業した後、私は就職もせずにしばらくぷらぷらと過ごしていた。教員免許は持っているものの、教員余りのこのご時世、なかなか就職先はない。
昨年の『L−ファイト』の優勝賞金と、空手道場の指導員のアルバイトで食いつないでいた私に、ある日突然、急な欠員が出た東京都内の某私立女子校の体育教師という話が舞い込んできたというわけだ。そしてその高校には、長い黒髪を持つ美少女が通っていた。
これはもちろん、桜子さんが手を回したことに違いない。菱川家のコネを使えば、私立高校の教師の席の一つくらいはなんとでもなるのだろう。「いろいろと、考えていることはありますよ」冬に会ったとき、意味ありげにそう言っていたことを思い出す。
私たちは、毎日のように会えることになった。
「やっぱり、桜子さんにお礼を言うべきなのかな。……どちらかというと、文句のひとつも言ってやりたいところだけど」
「……ですよね、やっぱり」
二人揃って困ったような顔をしているのには訳がある。
嬉しい。けれど、素直に喜べない。
なにしろ教師と生徒なのだ。気軽には手を出せない関係になってしまった。
同性を愛したっていい、少しくらいは肉体関係を持ってもいい、だけどそれにばかりのめり込むようでは困る――そう言っていた桜子さんが出した結論が、この関係なのだろう。
笙子が卒業するまでは「節度を持った付き合い」をしなければなるまい。
「でも……学校では毎日、会えるんですよね」
「そうだね。それは、いいよね」
たまに……だったら、外でこっそり会って『大人のデート』をすることも許してくれるだろうか。
それだけが少し気がかりだった。
〈終わり〉
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