「よ、妖精?」
「うむ、妖精だ」
動揺を隠しきれずに目を丸くするさおりに向かって、クラスメイトの萩野浩一が重々しい口調でうなずいてみせた。
もっとも、浩一の外見はいかにも今風の茶髪ロン毛の中学生である。芝居がかった重厚な仕草は、あまり似合ってはいない。
場所は、白岩学園中等部の社会科教室。放課後は新聞部の部室として使われている。今日は、新聞部の編集会議の日だった。
会議とはいってもそこには三人しかいない。部長の萩野浩一と、その従妹で二年生の未森美乃莉、そして月城さおり。幽霊部員は他にも何人かいるが、常に部活に顔を出すのはこの三人と、今日は風邪で休んでいるもう一人くらいのものだ。
『少数精鋭』が浩一のモットーだった。ただし浩一はともかく、美乃莉やさおりが『精鋭』と呼べるかどうかは難しいところだ。美乃莉は単に従兄にくっついてきただけともいえるし、さおりは本来文芸部なのに「文章を書くのが上手いから」という理由で強引に引っ張り込まれたに過ぎない。浩一と同じクラスだったのが不幸ともいえる。
「と、ゆーわけで次号の特集は、最近噂になっている『満月の夜に現われる妖精』の謎に迫る! でいこうと思う」
「う、噂?」
それは初耳だった。噂になっているだなんて。
「はーい、お兄ちゃん」
隣に座っていた美乃莉が手を上げる。
「私は、天使って聞きましたけどぉ?」
「ああ、そういう証言もあるな」
実の妹同然に可愛がっているという従妹の意見に、浩一はうなずいた。
「て、天使?」
「なにしろ目撃証言のほとんどが『満月をバックに、純白の翼を広げて夜空を舞う女の子』だからな。妖精か天使か、これだけでは判断はつけられん」
「天使って本来、キリスト教の概念では中性なのでは?」
「細かいことは気にするな。ヨーロッパではどうか知らんが、この日本において天使といえば、その九割以上が女の子だぞ。マンガでもアニメでもゲームでも、その点は共通だ」
「いや、そーゆー基準で考えるのはどうかと思うけど」
この浩一という男、いつもながら強引かつ自分勝手な論理で話を進めていく。慣れているとはいえ、やっぱり呆れずにはいられない。
「なにより、女の子と考えた方が楽しいだろ?」
「それは萩野が男だからでしょ。あたしにしてみたら、天使が男だろうと女だろうと……」
「はいはーい! 天使は女の子の方が、可愛くていいと思いまーす」
美乃莉がまた、手を上げて発言する。
「だってさおり先輩、マッチョでアニキな天使って、ヤだと思いません?」
「……それは……ちょっとイヤね」
危うく、その姿を思い浮かべてしまうところだった。想像力が豊かなのもこんな時には困る。
「ま、今回はその心配はないな。妖精か天使かは置いておくとして、その噂の対象Xの容姿についての証言は、人間でいえば十代前半くらいの美少女ということで一致している」
「美少女? やだなぁ、そんな、それは褒めすぎ……」
つい照れてしまったさおりの言葉に、浩一が怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんで、そこでお前が謙遜するんだ?」
「え? あ、いやっ、なんでもない」
マヌケな失言に気づいて、慌てて首を振る。
実際のところ、その『妖精』の正体について、心当たりはありすぎるほどにあった。
他でもない、さおり本人である。
実は、さおりの背中には翼が生えているのだ。
どうしてなのか、その理由は本人も知らない。
普段は影も形もないその翼は、満月の前後数日間だけ、さおりの意志で姿を現すのだ。
そのことに気づいたのは昨年の六月、ちょうど一年くらい前のことだった。知っているのはただ一人、偶然に羽根を目撃されたクラスメイトの神山徹だけ。母親でさえ知らない秘密だった。
もちろん翼は、単なる飾りではない。翼が持つべき能力を備えている。空を飛ぶことは、さおりにとってはすごく気持ちのいいことだった。
しかし、毎月恒例の夜空の散歩を楽しむ姿を、どうやら誰かに見られていたらしい。噂にまでなっていたとは知らなかった。
周囲に人がいないことには十分に注意していたはずだが、考えてみれば明るい月夜に高度数十メートルというところを舞っているのだ。しかも翼は真珠色の光沢をまとった純白。気をつけていれば、かなり離れたところからでも見えるに違いない。
「で、だ。ちょうど明後日の土曜日が満月だから取材に行くぞ。明日と、明後日の夜。場所は目撃情報が一番多い、奏珠別公園の展望台」
「いや、でも、あの……」
「なにか不満か?」
「よ、妖精とか天使とか……そんな非科学的なこと、実際にあるわけないじゃない。そんなものを新聞部で真面目に調べるの?」
非科学的だろうと非現実的だろうと、『翼の生えた少女』はここに実在するのだが。しかし「いない」ことにしておいた方が、さおりにとっては都合がいい。
「去年の三年生が企画した『奏珠別川の淵に潜む、謎の巨大怪獣を追う!』よりはマシだと思うが」
「五十歩百歩というか、ドングリの背比べというか……」
「目くそ鼻くそというのが、一番近いですよねぇ」
「美乃莉ちゃん。女の子がそんな言葉使わないの」
「とにかく、複数の目撃証言があるんだ。『なにか』を見たのは事実だろう。ま、常識的な解釈をすれば、このあたりにはいない珍しい大形の鳥が迷い込んできたとか。それならそれで記事になるからいいんだ」
「それでいいの?」
「なんであれ、スクープをものにすれば新聞部の評価も上がる。来期の予算は倍増だな。新しいデジカメでも買うか」
「予算倍増はいいんだけど、その頃にはあたしたち、高等部だよ?」
「…………」
さりげない指摘に、浩一が黙り込んだ。腕を組んで、難しい顔をしている。
これはおそらく「そこまで考えていなかった」ということだろう。自分のミスを素直に認めるのが嫌なので、深刻ぶった表情をしているのだ。
「……とにかく、明日の夜だぞ。以上、解散」
強引に話を打ち切って、浩一は立ち上がった。
学校を出ると、空はもう暗くなりはじめていた。
「それじゃお兄ちゃん、頑張ってね」
笑顔で大きく手を振る美乃莉に、浩一が軽く手を上げて応える。三人の中で彼女だけ、帰り道が別方向だ。
浩一とさおりの通学路は途中まで一緒なので、そのまま並んで歩き出した。
「頑張ってねって、なんのこと?」
ふと疑問に思って訊いてみた。さよならの挨拶にしてはちょっと不自然だ。
「……ん……ああ」
浩一が答えるまでに、一瞬の間があった。
「明日の取材のことだろ」
「頑張ってって、美乃莉ちゃんは来ないの?」
「あいつの家、夜の外出とかにはうるさいんだよ。ま、中学生の女の子だから当然だけどな」
「で、あたしはいいわけ?」
「ひょっとして、月城も都合悪いか?」
「ううん、別に」
さおりの母親は、娘の夜間外出には寛容だった。ただ「気をつけなさいよ」「あまり遅くならないようにね」と、当たり前のことを親の義務として口にするだけだ。
だからこそ、これまで気軽に月夜の空中散歩を楽しんでいられたのだ。こんなことがなければ、明日の夜だって出かけるつもりだった。
とはいえ、浩一はそんな事情は知らないはずだ。なのにさおりが夜の取材に参加できるかどうかを事前に確認しなかったというのは、夜遊びが激しいように見られているのか、それともそもそも女の子扱いされていないのか。
後者のような気がしなくもないが、いずれにしても面白くはない。さおりはほんの少し、頬を膨らませた。
「ちょっと、下見していかないか?」
不意に浩一が言う。
「え?」
「明日の下見、さ」
「ああ」
その時二人が歩いていたのは、奏珠別公園の前の道だった。明日の夜に来る予定の展望台はこの公園の奥、奏珠別の街を囲む山へ続く登山道の途中にある。
「ん、いいよ」
さおりはうなずいた。今夜の食事当番は母親だから、少しくらい寄り道しても構わない。
公園を横切って、森の中を通る急な上り坂を数百メートル。そろそろ息が切れてきた頃、展望台に着いた。
ここも小さな公園になっていて、ベンチや、ジュースの自動販売機、子供の遊具などが置かれている。まだ完全に暗くなってはいなかったが、公園の水銀灯が灯りはじめていた。
二人の他に、人の気配はなかった。下の公園であれば、夏の夜は花火をしている子供や、ベンチでいちゃついているアベックがいるけれど、ここに来るまでの急な上り坂が災いしてか、展望台はいつ来てもあまり人気がない。街の夜景を見下ろすことができるし、いちゃつくには下よりもいい雰囲気だと思うのだけれど。
さおりは、公園の柵に手をついて空を見上げた。
雲ひとつない空は、まだ、黒というよりも濃い群青色で、東の空では明るい星がいくつか瞬いていた。
そして。
山の陰から、丸い月が顔を出している。
真円には、ちょっとだけ足りない月。満月は今週の土曜日、明後日の夜だ。
さおりは目を閉じた。
全身に、月の光を浴びているのを感じる。
さおりにとって月光は、春の暖かな陽射しと同じくらいに気持ちいいものだった。
背中がむずむずする。
いつもならここで大きく羽根を広げるところだけれど、今夜はそれができない。
浩一が一緒にいるから。
これが秘密を知っている徹であれば、なにも気にしなくてよかったのに。
こんなに月のきれいな夜に、思う存分空を飛べないのは残念だった。
「今のところ、何の異常もなし……か」
柵に寄りかかって、浩一がつまらなそうにつぶやいた。
さおりはくすっと笑った。そりゃあそうだろう。噂の正体は羽根を隠してここにいるのだから。
「天使やら妖精やら珍鳥やらが、そんな簡単に出てくるはずないでしょ」
「ま、今日は単なる下見だからな。本番は明日の夜からさ」
事情を知っているだけに、少々気の毒ではある。明日と明後日、浩一はここでなんの収穫もない夜を過ごすことになるのだ。
それに付き合う自分も暇人ではあるが、これで浩一を一人にしてしまっては、あまりにも可哀想だ。
それとも……
写真くらい、撮らせてあげてもいいだろうか。
例えば、顔がわからないくらいうんと離れていれば。
なんとか翼が認識できる程度の写真が撮れれば、それだけで十分に記事になるだろう。
いいや、やっぱりだめだ。
浩一が望遠レンズ付きのカメラを持っていたら危険だし、校内新聞に写真が載って今以上の騒ぎになったら、本当に空中散歩を楽しめなくなってしまう。
やっぱり、浩一には無駄足を踏んでもらうしかない。
「月城、ジュースでもおごってやろうか?」
不意に、浩一が言った。近くにあった自動販売機に向かって歩いていく。
「え?」
「なにがいい?」
チャリンチャリンと小銭を入れながら訊いてくる。
「え、えっと……なにか、冷たい炭酸系」
六月の下旬ということで気温はそれなりに上がっているし、ここまでの登り道で汗もかいている。よく冷えた、清涼感のあるものが欲しい。
「冷たい炭酸系、ねぇ。温かい炭酸系ってのは見たことないけど」
「う……」
確かにその通り。指摘されて、自分の日本語のおかしさに気がついた。
「じゃ、じゃあ、よく冷えた炭酸系。……って言えばいいんでしょ!」
「間違いじゃあない。が、自販機の中にあるものを、どれが冷えてるかなんて知る術はないな」
「もぉ、萩野ってば屁理屈ばっかり!」
「新聞記者たるもの、正しい日本語を心がけようって話さ」
浩一は笑いながら缶を差し出してくる。反射的に受け取ったさおりは、それがダイエットコークであることに気づいて微妙に傷ついた。
「あ、あたし、ダイエットが必要に見えるかなぁ? ショック……」
思わず、ウェストに手をやってしまう。自分ではむしろ細身な方だと思っていたけれど、そう油断しているうちに太ってしまったのだろうか。
「別に、そうは思わないけどな。だけどクラスの女子とか、夏が近くなるとダイエットダイエットって念仏みたいに唱えてるじゃん。男にしてみたら、体重なんかどうだっていいのにな」
「どうでもいいの?」
それは意外な意見だった。男の子だって、スタイルのいい女の子の方が好きだと思っていたのに。
「だって『体重が軽い』イコール『スタイルがいい』ってわけじゃないだろ。大切なのは、数字よりも見た目と触り心地。体重が軽くたって、脂肪ばかりでぶよぶよじゃダメじゃん。ある程度は筋肉のある引き締まった身体の方が、体重は重くなるけど外見はカッコイイだろ」
「う……まあ、それはそうね」
同じ重量であれば、筋肉は脂肪よりもずっと体積が小さい。体重が同じでも、筋肉質な人と脂肪の多い人では、見た目の体型はまるで違ってくる。
数字の上では痩せているさおりも、体重に占める筋肉と脂肪の比率についてはあまり自信がなかった。さりげなく、ウェストや二の腕に触れてみる。大丈夫。今のところまだ、余分な脂肪はついていない。
そんなさおりの様子を見て、浩一が意地の悪い笑みを浮かべた。
「月城なんか、もっと脂肪をつけた方がいいんじゃないか?」
「え? そ、そうかな?」
「そうそう。特に、胸のあたりを中心に」
「っな、なに言ってンのよっ!」
思わず、両手で胸を隠した。
正直な話、さおりの胸はあまり発育のいい方ではない。最近、自分でも少し気になっていることだ。
胸がふくらみ始めたのも、初めてブラジャーを着けたのも、小学校高学年の時。クラスの女子の大半とほぼ同時期だ。しかし最近一年間の発育は、周囲に大きく後れをとっているような気がしてならない。
全体に小柄で華奢な体格だから……と自分に言い聞かせているが、大人っぽい体型のクラスメイトが眩しく感じるのも事実だった。
「……やっぱり男の子って、胸の大きな女の子が好きなのかなぁ?」
だとしたらさおりは、あまり男子にモテるタイプではないということになってしまう。それは嬉しいことではない。
ことさら人気者になりたいわけではないが、まったくモテないよりは、ある程度モテた方がいいに決まっている。一応、今のところ一人だけは「好きだ」と言ってくれる男の子はいるのだけれど。
「胸が大きい方が好きか、小さい方が好きか……男にとっては永遠のテーマだな。……統計を取れば大きい方が優勢だとは思うが」
真面目な表情で浩一が論評する。
「う……やっぱし?」
さおりは肩を落としてベンチに座った。隣に浩一が腰を下ろす。
「だけど、まあ、胸がないくらいでそんなに悲観することはないぞ。好みなんて人それぞれだし。……俺はどっちかと言えば、やや小ぶりで形のいい方が好きだな」
「なんだかなぁ」
思わずため息が出る。
「まったく……男の子って、いつもそんなことばかり考えてるの?」
「いつもじゃないが、そんなことは考える。月城は、そーゆーの嫌いか?」
「あんまり、好きじゃないかも」
「潔癖性なんだな、月城は」
「そう……かなぁ」
実際のところ、よくわからない。
まだ中学生の身としては、エッチなこととか、全然現実味のある話とは思えなかった。女の子向けの雑誌にもそういった記事は載っているし、クラスメイトの中にはもう経験ずみの子もいるのは知っているけれど、自分のこととしてはまるで実感が持てない。
「月城って、好きな奴とかいねーの?」
「えっ?」
不意打ちの質問に、心臓が大きく脈打った。
「え、えっと……どうなんだろう?」
脳裏に一瞬、徹の顔が浮かんだ。
徹には告白されているし、決して嫌いじゃない……というか、正直に言って好きだけれど、それが本当に恋愛感情なのかどうか、自分でもよくわかっていないのだ。
趣味の合う仲のいい友達と、恋人と。その境界はどこにあるのだろう。
それに……。
徹の顔と同時にもう一つ浮かんだ顔があって、それが女の人だったりした場合は、本当にどうしていいものやら。
どうにも答えようがなくて、さおりはそのまま黙り込んだ。
間を持たせるために、手の中のコーラの缶に口をつける。
隣では浩一が、缶コーヒーを喉に流し込んでいた。先刻の質問に対する答えを待っているようには見えない。あるいは、どうでもいいような雑談だったのかもしれない。
浩一が、空になった缶を放り投げる。放物線を描いた缶は、ゴミ箱の縁に当たって地面に落ちると、さおりの足元に転がってきた。
さおりは缶を拾って立ち上がる。浩一のような無精はせずに、ちゃんとゴミ箱のところまで歩いていって自分の缶と一緒に捨てた。
そして、空を見上げる。月夜に空を見がちになるのは、もう習慣だった。
綺麗な、丸い月。
見つめていると、魂が吸い込まれていくようにすら思える。
昔の人は、月の光には魔力があると考えていた。
それは、さおりにとっては事実だった。
また、背中がむずむずしてくる。
意識を集中して、翼が顕われそうになるのを堪える。
だんだん、堪えるのが辛くなってきていた。いつも、この場所を夜空の散歩の出発点にしていたから、条件反射なのかもしれない。
「月城、なんか顔が赤くないか?」
立ち上がった浩一が傍に来る。
「……トイレなら向こうにあるぞ?」
「な、なに言ってんのよ。そんなんじゃないわよ!」
さおりはいっそう真っ赤になって叫んだ。我慢しているのはトイレではない。が、他人の目には同じように見えたかもしれない。
「じゃあ、熱でもあるのか?」
「ひゃっ!」
いきなり額に手を当てられて、びっくりした。思わず、大きく後ろに飛び退いた。
心臓がばくばくと脈打っている。胸を押さえた手が、ぴくぴくと震えていた。
男の子に触れられたから……というのもあるけれど、それ以上に、触れられてびっくりした拍子に、羽根が飛び出しそうになったのだ。
本当に、危ないところだった。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
浩一が苦笑している。
「別に、襲おうっていうんじゃないんだから」
「わ、わかってるよ」
別に、そんなことを思ったのではない。だけどこのままでは、本当にいつ羽根の秘密を見られてしまうかわからない。あまり長居しない方がよさそうだった。
「それより、さ。そろそろ帰ろ? 遅くなるよ」
「……なんか、警戒してる?」
浩一の表情が、微妙に変化する。
「いや、今のは悪かったよ。あんなに驚くと思わなくて」
「え? う、ううん、そんなんじゃないの」
ぶんぶんと首を振る。
気にしているのはそんなことではない。ある意味、事はもっと重大だ。
正直、もう自信がなかった。いったいいつまで、羽根を隠していられるものか。
取り返しのつかないことにならないうちに、帰った方がいい。
「じゃ、帰るか」
浩一が素直に歩き出したので、さおりも並んで歩き出す。
「……明日の夜は、来れるんだよな?」
「え? う……うん、一応……」
困ったことになった、と思った。
はたして、秘密は隠し通せるだろうか。
今夜でこんな調子では、十四夜の明日はもっと辛いことになりそうだ。かといって変に断ったりしたら、かえって浩一に疑念を抱かせるかもしれない。
本当に、困ったことになった。
もしもさおりの翼を目にしたら、浩一はいったいどんな反応をするだろう。
「……ねぇ、萩野は本当に、何かがいると思ってる? 本当に妖精とか天使とかだったら、どうする?」
そう訊かずにはいられなかった。
「まず、証拠写真を撮るな」
「そういう意味じゃなくて」
「さあ、な。あんまり現実味のある話じゃないから、その時にならんとなんとも言えないな。だけど……」
「だけど?」
今まで前を向いていた浩一が、不意にこちらを振り返った。
「本当にいたら、きっと、素敵だよな」
そう言って笑みを浮かべる浩一の表情に、さおりは少し鼓動が速くなるのを感じた。
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