「ま、松宮先輩……。これ、受け取って下さい」
 その女の子は、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、紅いリボンを結んだ包みを差し出した。
 あー、またか……。
 アタシは心の中で小さく溜息をついて、それでもにっこりと笑ってプレゼントを受け取った。
「あんた、二年生だよね? 名前は?」
 顔は何度か見かけた記憶があるんだけど、どうにも名前が思い出せない。今日だけでこんな女の子を何十人か相手にしてるんだから、名前を知らない子も五人や十人ではないけれど。
「二年B組の、島田……和美です」
 女の子は小さな声で言う。そう、和美ちゃんね。
 二年生にしては小柄な子だ。由維よりちょっと大きい程度かな。そういえば、髪型もちょっと似てる。由維よりは、随分と内気な性格みたいだけれど。
「ありがとう、嬉しいよ」
 アタシはそう言うと、和美ちゃんの肩に手を置いて、唇にちょんと軽くキスした。
「これは、お礼」
「え? あ、あの……」
 和美ちゃん、驚いてる。
 無理もないか。きっと、初めてだったんだろう。更に顔を朱くして俯いてしまった。
 そんな様子が、とても可愛らしい。
「あ、あ、あの、し、失礼しますっ」
 和美ちゃんはそれだけ言うと、回れ右をして走っていく。うーん、初々しいなぁ。
 にやにやと笑って和美ちゃんの後ろ姿を見送っていると、いきなり、背後から声を掛けられた。
「見ーたーぞー、この女ったらし!」
 ぎく!
 一瞬、身体が強張る。
 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは沢村亜依。一年の時からずっと同じクラスだった、アタシのクラスメイトだ。
「み……見てた?」
「見てた」
 腕を後ろに組んで、ふふっと笑いながら近付いてくる。
「相変わらずモテてるねー。去年よりずいぶん多いんじゃない?」
「まあ……ね」
 今日は二月十四日、いわゆるバレンタインデーだ。
 アタシは何故か、毎年女の子からたくさんのチョコを貰う。チョコレートは大好きだけど、一応女の身としては喜んでいいのかちょっとフクザツな心境だ。まあ、嬉しいといえば嬉しいんだけど。
 おまけにアタシの誕生日が十六日ってことも手伝って、去年は、バレンタインに貰ったチョコやプレゼントの数は男子を差し置いて学年でトップ。
 今年も……もう他人と比べるのが馬鹿らしいくらいダントツ。ぶっちぎり。
 やれやれ……。
「はい奈子。私もあげる」
 亜依が、後ろに隠していた物をアタシの前に突き出した。
 小さなハートが散りばめられた包み紙に、ピンクのリボン。中身は考えるまでもないな。
「あ、あんたもかいっ?」
「なに驚いてンのよ? 毎年あげてるっしょ」
「あ……」
 そういえばそうだったっけ。でも、亜依は結構可愛い顔しているし、男子にだってモテると思うんだけどなぁ。
「ウチのクラスの男子に義理チョコあげるくらいなら、奈子の方がすっとカッコイイもんね」
 そーゆー問題だろうか? くれるっていう物は貰っておくけど。
「さて、そろそろ帰るか。チョコの大攻勢もだいたい終わったみたいだし……てゆーか、これ以上増えるとマジで持ち帰れないし」
「その前に……。ね、私にはしてくれないの?」
「え?」
「キ・ス」
 あ……あのねー! 結局あんたもその趣味かいっ? うぅ、長年の親友に裏切られた気分だわ。
「義理チョコにはナシ!」
「あ、そーゆー冷たいこと言うんだ? 先刻のこと、由維ちゃんに言いつけちゃおうかなー?」
 ぎくぎくっ!
 それはまずい。
「ね? キ・ス・し・て」
 アタシより十センチくらい背が低い亜依は、そう言うと上を向いて目を閉じた。
 その仕草が、すごく可愛らしい。
 うー、もう。わかったよ!
 やればいいんでしょ。キスくらい、何べんでもしてあげるよ!
 アタシは亜依の肩に手を掛ける。
 あ……、なんだかドキドキしてきた。
 目を閉じて、ゆっくりと顔を近づける。
 そして、唇が触れた瞬間……
 目が覚めた。




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