そんなわけで、アタシは一日憂鬱な気分だった。
 アタシが落ち込んでるのもお構いなしに、チョコはどんどん集まってくるし。
 はあ……。も、帰ろ。
 ホントは亜依と一緒に帰る約束をしてるんだけど、亜依は生徒会の用事で遅くなってるし、これ以上学校にいたらマジでチョコが持ちきれなくなりそうだ。
 まったく、何であんな夢見るんだろう。
 それも、相手が由維ならともかく。
 アタシ、絶対そんな趣味はない……と思う。とはいえ、最近ちょっと自信がなくなって来ているのは事実だ。由維や亜衣の、ちょっとした仕草がすごく可愛く思えてしまう。
「うぅ……あたしはノーマルだぞ」
 自分に言い聞かせながら靴を履き替えていると、背後から近付いてくる足音がする。
「あの……松宮先輩……」
 あぅ、まだ残っていたか。
 この声には聞き覚えがある。
 振り返ると、案の定そこにいたのは二年生の和美ちゃんだ。
「先輩、これ、受け取って下さい」
 赤面症の気があるのか、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにチョコを差し出してくる。
 こんな顔されたら、断れないよなぁ。
 だから、アタシは笑って受け取った。
「ありがとう、和美ちゃん」
 そう応えると、和美ちゃんは更に赤くなって俯いちゃった。
 うぅ……、可愛いじゃない、この子。
 夢の中では名前忘れててごめんね。
 今朝の夢の影響か、思わず抱きしめたくなる衝動をアタシは必死に抑える。
 アタシは、ノーマルだ!
 そう、自分に言い聞かせて。
 アタシの理性は僅差の判定で辛うじて勝利をおさめ、和美ちゃんは恥ずかしそうに立ち去る。
 それと入れ違いに、別の足音が近付いてきた。
「奈子ったらどうして先に帰っちゃうの? 待っててって言ったっしょ」
 ……いや、今日は何だかあんたと二人きりになりたくないんだよ、亜依。
「相変わらずモテモテだねー」
 アタシの足下に置かれた、チョコがぎっしり詰まった二つの紙袋を見て、亜依は何だか嬉しそうに言う。
「まあ、人に好かれるのは悪い気しないけど、やっぱり、何か間違ってると思わない?」
 重い紙袋を一つ亜依に押しつけてアタシは言った。
「女子校ならともかくさ」
 白岩学園は、やや女子の比率が高いものの、れっきとした共学だ。
「いいんじゃない? ウチのクラスの男子と比べたら、奈子の方がずっとカッコイイもの」
 あんたねー、夢の中と同じ台詞言ってンじゃないの。
「だから、はい、これあげる」
 ああぁぁぁー、やっぱり……。
 まぁ、毎年恒例ってのは事実なんだけど。
 アタシは、やや引きつった笑みを浮かべながら亜依のチョコを受け取って、カバンにしまう。
「ねえ、奈子。これだけたくさんチョコ貰ったんだから、私にも少し分けてね」
 私の紙袋を重そうに持ちながら、亜依は言った。
「いいけど……貰ったチョコは一通り味見することにしてるから、その後だよ?」
「相変わらず律儀だね。そういうところもモテる理由かな?」
「だって、悪いじゃない」
 一人で全部はとても食べきれないけど、せめて一つずつは味見しないとね。
「ところで、今日は由維ちゃんは?」
 校門を出たあたりで、亜依が訊いてくる。そう、普段なら登下校の時は由維がアタシの腕にぶら下がっているけど、今日はいない。
 何故なら。
「先に帰って、ケーキ焼いてる」
 アタシの誕生日は二月十六日だけど、実はアタシと由維の誕生日は二日違い。つまり、今日は由維の誕生日なわけ。
 だから、いつの頃からか一緒に祝うのが習慣になっていた。今頃は、バレンタインとバースディを兼ねて、チョコレートケーキを焼いているはず。
「いいなー。由維ちゃんのケーキ美味しいもんね」
「だったら、亜依も一緒に来る?」
 由維のことだもの、二人じゃ食べきれないくらい大きなケーキに決まってる。
「いや、今日は遠慮しとく。馬に蹴られたくないし。明日の帰りに寄るから、少し残しといて」
「あーのーねー、そういう関係じゃないって言ってるっしょ!」
 アタシが睨んでも、亜依はへらへらと笑っている。
「向こうはそう思ってないよ。それに世間もね」
 せ、世間も? 
 やっぱりアタシってそう思われてンの?
「奈子は違うって言い張るけどさ、確かめてみたことある? 由維ちゃんへの気持ちが、友情か恋愛か」
「確かめるって?」
「例えば……ギュって抱きしめて、気持ちいいとおもったら恋愛」
 いいのか? そんな確認の仕方で……。
 亜依って、その人が好きかどうか確かめるのに、いちいち抱きつくんだろうか?
「そういえば、由維ちゃんへの誕生日プレゼントはちゃんと用意したの?」
「もちろん、今年はとびっきりのヤツをね」
「とびっきり? まさか……」
 なにを思ったのか、急に亜依が声を潜める。
「まさか、『私をプレゼント』とか?」
「するかぁぁぁっ!」



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