アタシが家に帰ると、準備はすっかりできあがっていた。
 テーブルの上には、十五本の蝋燭を立てた大きなチョコレートケーキに、由維が昨日から煮込んでいたビーフシチューとサラダ。そしてシャンパンとジュース……ん? シャンパン? いいのか、中学生が。
「奈子先輩、ローソクの火を消してね」
 エプロンを外しながら、由維が言う。
 おや、今日は珍しく大人っぽい雰囲気のワンピースか。おめかししてきたね、由維。
「たまには由維がやったら? 今日はあんたの誕生日なんだし」
「私じゃ十三本もいっぺんに消せないもの」
「修行が足りんぞ」
 そう言うとアタシは、腰を低く落として拳を構える。
 そう、これがアタシたちの蝋燭の消し方。
 気合いと共に突き出した正拳突きを、蝋燭の手前ぎりぎりで止めると、拳が巻き起こした風圧で十五本の蝋燭は一気に吹き消された。
「やったー、十五本成功!」
 由維が手を叩いている。
 ふふっ、アタシにかかれば軽いもんさ……って、端から見たらバカみたいかも知れないなぁ、アタシたち。でも、北原先輩だってこうやってるって言ってたし。
 蝋燭の消えたケーキを、由維が手際よく切り分ける。チョコクリームがたっぷり、そして、スポンジの間にはスライスした苺が挟んである。
 うーん、見るからに美味しそう。そう思って一口食べてみたら、やっぱり美味しかった。
 また腕を上げたみたい。ホント、持つべきものは料理の上手な幼なじみだわ。
「どぉ? 美味し?」
「うん、最高」
 よくできました、と頭を撫でてやると、由維は目を細めて嬉しそうに笑った。こういうところは可愛いなぁ。
 ケーキだけじゃなく、シチューもサラダも美味しい。それにシャンパンも……。
 未成年だけど、今日くらいはいいよね。ローラン・ペリエはアタシのお気に入りだし。


「奈子先輩、誕生日おめでとう」
 食事が終わると、由維はピンクのリボンを掛けた紙袋を差し出した。
 受け取って開けてみると、思った通り由維の手編みのセーター。
 この子ってば、編み物も上手なんだ。細い毛糸で、とても丁寧に編んである。
「はい、これはアタシからのプレゼント。誕生日おめでとう」
 アタシも、由維のために用意しておいたプレゼントを取り出した。金箔で飾られた小箱を、由維の掌に乗せてやる。
「うわぁ、キレイ!」
 箱を開けた由維が歓声を上げる。箱の中から、金色のイヤリングを摘み上げた。



「ふぅん、恋人への誕生日プレゼント、ね?」
「もう、恋人じゃないって言ってるっしょ!」
 アタシはソレアさんに向かって、拳を振り上げてみせた。
 うーん、やっぱり相談する相手を間違えたかなぁ? でも、ファージに相談するよりはいいと思ったんだけど。
 実はアタシ、こっちで珍しいアクセサリーとかを手に入れようと思ったんだ。
「それなら、ちょうどいいものがあるわ」
 そう言ってソレアさんが持ってきてくれたのが、この小箱。
 開けてみると、金色のイヤリングが収められていた。
「うわぁ……綺麗……」
 アタシはイヤリングを一つ取り上げた。
 材質は多分、本物の金だろう。髪の毛ほどの細い線で複雑な彫刻が施され、更に、1カラット以上はありそうな美しい宝石が輝いている。
 ダイヤに少し似ているが、見つめていると、まるで中で炎が揺らめいてでもいるかのように、色が様々に変化する。
「綺麗……ステキ。これならきっと由維も喜ぶ。でも……高いんじゃない?」
 こっちの世界でのアタシは、結構お金持ちではあるけど。
「まあ、売ったら相当の価値はあるわね。でも、それはファージと一緒に王国時代の遺跡を発掘していて見つけたものだから、ナコちゃんにあげるわ」
「え……いいの? ホントに? ありがとう!」
 ソレアさんは、目を細めてふっと微笑んだ。



「へへ……どぉ? 似合う?」
 さっそくイヤリングを付け、鏡を覗き込んでいた由維がこちらを振り返る。
 うん、とてもよく似合っている。
 由維にはちょっと大人っぽいかなとも思ったけど、今日は服も大人っぽいから、ぜんぜん違和感はない。
 イヤリングと服のせいか、それともシャンパンで酔っているせいか、今日の由維はなんだかとっても可愛いく、そして色っぽく見える。
「よく似合ってるよ、由維……」
 アタシは由維の肩を抱くと、耳元で囁いた。
 唇が、耳たぶに微かに触れるくらいの距離で。
 これって、くすぐったいけど気持ちイイんだよね。前に、ハルティ様に教わったテクニック。
 案の定、由維はぴくりと身体を震わせると、耳まで真っ赤にして俯いた。
 そのまま耳にキスする。
「あ……ん」
 恥ずかしそうに、由維が身体をよじる。
 鼻にかかった切ない声がたまらない。
 アタシは由維の頭を抱き寄せると、今度はおでこにキスした。
 次に、ほっぺたにキス。
 その度に、由維は小さく声を立てる。
「奈子先輩……大好きっ!」
 もうじっとしていられなくなったのか、由維がぎゅっとしがみついてきた。
 アタシも、由維の小さな身体を抱きしめる。
「アタシも、大好きだよ……」
 そう囁いてから、唇に軽くキスをする。
「今日の由維は、チョコレートの味がする」
 先刻までチョコレートケーキ食べてたからね。
「奈子先輩だって……」
 由維もそう言ってくすくす笑う。
 アタシは由維の唇の周りをぺろぺろと舐めて、それからもう一度、しっかりと唇を重ねた。
 今日のアタシ、どうしちゃったんだろう。自分から、こんなことするなんて……。
『ギュって抱きしめて、気持ちいいとおもったら恋愛』
 不意に、先刻の亜依の言葉を思い出す。
 それが本当なら……アタシ、由維を愛してるの?
 こうして抱き合ってキスしていると、とっても気持ちいい。
 できれば、ずっとこうしていたい……ような気がするな……。



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