光の王国・インタルード6

ふたつのこころ

〜1〜

「アタシ…、高品先輩のことが好きです」
 バレンタインデーの夜、初めて好きな男性に告白した。
 生まれてから十四年…正確にはあと二日で。これまでそんな機会はなかったし、そもそも告白したい相手もいなかった。
「先輩に恋人がいるのは知っています。でも、好きなんです。今日だけ…今夜だけ、アタシを、先輩の恋人にしてください」
 すぐ目の前に、突然の告白に言葉を失っている高品先輩の顔があった。
 高品雄二。奈子が通う空手道場の先輩。奈子の片想いの相手。
 困ったような、そして少し照れたような表情をしている。
「松宮…お前、自分がなにを言ってるのかわかってんのか?」
 奈子はうなずいた。
「…わかってます」
 それだけ言って、大きく息を吸い込む。
 何かひとこと言うたびに、深呼吸が必要だった。
 そのくらい緊張している。心臓が破裂しそうなほど。
「アタシって、こんな風だから…チョコレートの手作りなんてできないし、編み物なんて到底無理だし。…他に、あげられる物ないもの」
 顔が真っ赤に火照っているのが、自分でもわかる。
 高品先輩の顔をまともに見ることができなくて、奈子はわずかに俯いた。だから、その台詞を聞いた先輩がどんな表情をしたかはわからない。
「…本当に、いいのか?」
 それは幾分トーンを落とした、やや困惑したような口調だった。
 奈子はもう一度うなずいた。
「…それとも、アタシみたいな子供相手じゃその気になれませんか?」
 高品先輩は間もなく大学を卒業する。明後日十四歳になる奈子とは八歳差。自分のことを「女」として見てくれるかどうか、奈子にとってそれが一番の問題だった。
「いや、そんなことはない…けど」
「高品先輩、大学を卒業したら東京へ行くんですよね」
 俯いたまま、奈子は訊いた。高品先輩が小さくうなずく。
「ああ」
「だから、このまま、もう会えないなんてイヤだったから。最後になにか、ちゃんとした証が欲しかったから。なにも言えないまま別れたくなかったんです」
 声が、少し震えていた。
 涙が出そうだった。
 高品先輩には、以前から付き合っている恋人がいる。
 そのことは奈子も知っている。試合の時にはよく応援に来ていたし、二人はとても仲がよさそうだった。
 だから別に、奪い取ろうとか、そんなつもりは全くなくて。
 だけど、なにも言わずにこのまま離ればなれになってしまったら…行き場のなくなったこの想いをどうすればいいのだろう。
 この告白は奈子にとって、けじめをつけるために必要な『儀式』だった。
 これまでそういった経験のない奈子にとって、告白することを決心するまでにもずいぶんと悩んだものだ。
 最初は、ただチョコレートを渡すだけのつもりだった。
 しかし相談した親友の亜依から、この『プレゼント』を入れ知恵されたのだ。奈子が一人で思いつくことではない。
『性格はともかく、奈子は顔もスタイルもいいんだし、ヤらせてあげるって言えば大抵の男はイチコロだよ。せっかくだから、一度くらいエッチしておけばいいじゃない』
 亜依はそう言った。「性格はともかく…」という部分にはちょっと引っかかったが、しかし奈子も、自分が一般的な「女らしい」性格ではないことは充分に自覚している。
 確かにこんな機会でもなければ、初体験なんて一生できないかも――つい、そんなことを思ってしまった。
 奈子も今どきの女の子、興味がないわけはない。だからつい、亜依の提案に乗ってしまった。
 いざ告白するとなると、やっぱりすごく恥ずかしかった。
 それでも言うべきことは言った。あとは、高品先輩の反応次第だ。
 実際のところ、拒絶されてもいいと思っていた。それはそれで諦めがつく。
 しかし、高品先輩の手は優しく奈子の肩に回された。
 奈子はちらりと高品先輩の顔を見上げ、恥ずかしそうに微笑んだ。
 そして、二人は並んで歩き出した。



 もちろん、こんな場所は初めてだった。
 奏珠別の街外れにあるラブホテルの一室。
 普段は好奇心の強い奈子だが、緊張のあまり室内の様子をゆっくり見物する余裕もない。
「シャワー、使うか?」
 高品先輩が訊く。奈子は首を横に振った。
「…家で、お風呂入ってきたから」
 小さな声でそれだけを言う。これももちろん亜依のアドバイス。
 小さく深呼吸して、高品先輩にぎゅっと抱きついた。
 恥ずかしくて、まともに顔を見られないから。
 だけど、傍にいたいから。
 顔を見ずに、顔を見られずに、一番近い場所にいるにはこうするしかなかった。
 高品先輩は百九十センチほどもある大男だから、百六十センチの奈子が抱きつくと、ちょうど胸に顔を埋めるような体勢になる。
 部屋の壁には大きな鏡があって、顔を少し横にずらすと、二人が映っているのが見えた。
 鏡に映る自分、真っ赤になって、すごく恥ずかしそう。
 だけど、とても嬉しそうな、幸せそうな顔をしている。
 なんだか、とても、女の子らしい表情だった。自分にこんな顔ができるなんて、思いもしなかった。

『でもさ…、エッチって、具体的にどんなふうにすればいいの?』
 その問には、アドバイザーの亜依も明確な回答を返せなかった。彼女だってまだ未経験なのだ。
『そんなもん、相手に任せておけばいいじゃん。高品先輩は当然、経験あるんだろうから。最初は男任せでいいんだよ』
『そう…かな…』

 そんな、昨日交わした亜依との会話を思い出す。
 確かに亜依の言う通りだ。こんな緊張した状態で、奈子の方からなにか行動を起こせるはずもない。
「先輩…」
「ん?」
「アタシ、初めてだし…どうすればいいのかよくわかんないから…、先輩の好きにしてください」
「いいのか、気軽にそんなこと言って。後悔しても知らないぞ」
 高品先輩は、わざと冗談めかした口調で応える。
 つられて、奈子もかすかに口元をほころばせた。
「いいんです。覚悟はできてます」
 奈子は小さくうなずく。
「朝まで、アタシは先輩のものですから」



 すべてが、初めての体験だった。

 唇を重ねる。
 ゆっくりと、時間をかけたキス。
 太い腕に抱きしめられて。

 ベッドに寝かされる。
 高品先輩の大きな身体がのしかかってくる。
 ベッドに横になって抱き合うのは、立ったままの抱擁よりもずっとドキドキする。

 男の人に身体を触られること。それも初めて。
 奈子に痴漢行為をはたらこうなどという命知らずは、このあたりには存在しないから。

 少しずつ、服を脱がされていく。
 父親と医者以外の男性の前に裸体を晒すこと。これがいちばん恥ずかしかった。
『もしかしたら先輩、服を着せたままの方が萌えるって趣味かもしれないよ。結構そういう人、多いんだって』
 どこでそんな知識を仕入れてきたのかは知らないが、亜依の言葉に従って珍しくミニスカートをはいてきたのだが、結局それは必要なかった。
 高品先輩の手で、最後の一枚が脱がされる。

 すごく、緊張している。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて。

 だけど、気持ちよかった。
 高品先輩に触られること。
 肌と肌とを触れ合わせること。
 ずっとこうしていられたらいいのに。

 そして、先輩が中に入ってくる。
 奈子の身体の中に。
「ん…ぁ、…」
 痛いけれど、思っていたほどじゃない。
 もっとも、すごく緊張していたから痛みにまで気が回らなかっただけかもしれない。
 それにこの痛みは、高品先輩と一つになった証。
 初めて知った。痛みで幸せを感じることがあるなんて。
(もしかしてアタシって…M?)
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 それでもあまり激しく動かれるとやっぱり痛いから、先輩の身体をぎゅっと抱きしめた。
「痛い?」
「ウン…でも」
「でも?」
「…もっと…して。いっぱい、先輩のしたいように、して」
 先輩の身体を抱きしめたまま、奈子はささやくように言った。

 
 
次章に進む>>
目次に戻る

(C)Copyright 2000 Kitsune Kitahara All Rights Reserved.