奈子が目を覚ますと、もう昼近くだった。
無理もない、家に帰ったのは明け方なのだ。
家に帰って、すぐベッドにもぐり込んで。
疲れているはずなのに、だけどなかなか寝付けなかった。
いつまでもいつまでも、胸がドキドキして。
ようやく眠りに落ちてもそれは浅い眠りで、いろいろと夢を見ていたような気がする。
夢といえば、昨夜の出来事すべてが夢のようにも思える。しかし、下腹部に残る鈍い痛みが証だった。
明け方にホテルを出たとき、外はまだ真っ暗だった。冬の北海道の夜明けは遅い。
高品先輩が家まで送ると言ってくれたが、それを断って一人で帰ってきた。
多分、それが正解だったと思う。
いつまでも一緒にいたら、未練が残ってしまう。
それに…ぎこちない歩き方を見られるのも恥ずかしかった。痛みと、まだなにか入っているような違和感のために、普通に歩けなかったのだ。
自分の家へ帰る先輩の背中を見送ってから、奈子は家路についた。
空には星が瞬いていたけれど、雪がちらちらと降っている。
二月の明け方は、普通ならば骨まで冷え切ってしまうような寒さだったけれど。
身体の奥に高品先輩の体温が残っているような気がして、凍てつく外気などまるで気にならなかった。
目を覚ました奈子は、のろのろとした動作でベッドから出て、一階に下りた。
両親は例によって仕事で東京にいるから、家には奈子ひとり。朝帰りを咎める者もいない。
…と思ったのは間違いだった。
居間に、由維がいた。
宮本由維。近所に住む、二歳年下の幼なじみ。
彼女はいつも奈子の家に入りびたっているから、合い鍵を持っている。
奈子が居間に入ると、由維がこちらを振り返った。
なんだか、怒っているような表情だった。
「あ…」
それで、思い出した。奈子は思わず自分の口を押さえる。
昨日…二月十四日は、世間一般ではバレンタインデーだが、由維の誕生日でもある。
そして、奈子の誕生日が十六日。
二人の誕生祝いを兼ねたパーティをしよう、と。数日前、由維がそんなことを言っていた気がする。
奈子は、今まですっかり忘れていた。
バレンタイン前は、高品先輩のことで頭が一杯だったから。
告白することと、そしてどんな風に告白するかを決めてからは、緊張で他のことにはまるで頭が回らなかったから。
一番仲のいい由維のことすら、すっかり失念していた。
「どこ、行ってたんですか?」
拗ねたような声で由維が訊く。
「あ…いや…あの…ちょっと、ね…」
奈子はしどろもどろに応える。本当のことを言えるわけがない。まだ小学六年生の女の子には刺激が強すぎる。
ソファから立ち上がった由維は、いきなり奈子に抱きついてきた。
その目に涙が滲んでいた。
力いっぱい、奈子にしがみついている。
小柄で華奢な由維は、奈子の肩くらいまでしかない。比率でいえば、高品先輩と奈子の身長差と同じくらいだろうか。
そのせいか、由維の姿が昨夜の自分と重なって見えた。
ホテルの一室で、先輩に抱きついていた自分とそっくりだ。
(この子…)
本気で、奈子のことが好きなのかもしれない。
ふと、そう感じた。
時折、友達以上の感情を示す由維を、これまでは冗談半分だと思っていたけれど。
違ったのかもしれない。
もちろん、奈子には同性愛の趣味はない。
しかしだからといって、他人のそういう趣味に嫌悪感を抱いたりはしない。
恋愛感情なんて、人それぞれだ。
何が正しいとか、間違っているとか、そういうものじゃない。
同性を好きになること。
他に恋人がいる相手を好きになること。
ぜんぜん違うように見えるが、根本的なところでつながっている。
祝福されない、障害のある恋愛という点では同じかもしれない。
奈子は、由維の頭をそっと撫でた。
茶色っぽい由維の髪は、柔らかな猫っ毛だ。
「ゴメン、由維…」
頭を撫でながら言った。
「その…今夜、じゃダメかなぁ? パーティ…」
しばらく間をおいて、由維が小さくうなずいた。
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