月の明るい夜だった。
既に夜も更けて、森の中は虫の音と梟の声で満たされている。
人間が出歩くには、少々遅すぎる時刻だった。特に、この山道ではなおさらのこと。ここには他にはない危険が潜んでいる。地元の人間なら、それを知らないはずがない。
しかし。
どのような事情があるのだろう、二人の男女が月明かりだけを頼りに山道を歩いていた。
二人にさほど緊張感は見られない。特に男の方は、快活な笑みさえ浮かべている。
歳は二十代半ばくらい。旅の傭兵だろうか、厚い皮を何枚も張り合わせた胸当てを着け、長剣と戦弓を背に担いでいる。そのいずれも、狩猟よりは人間同士の戦闘に適した武器だった。
物騒な装備とは裏腹に、人懐っこい笑みを浮かべた顔はどこなく犬を思わせる愛嬌があった。単調な夜道で退屈しないためだろうか、盛んに隣の女に話しかけている。
女の方はもっと若い。まだ十代だろう。漆黒の髪を腰まで伸ばした美しい娘だった。
藪の多い山道を歩くにしてはひどく軽装で、肌の露出が多い。上半身は胸だけを衣で覆い、肩も腕も、腹さえも露わにしている。その下は二枚の長い布を腰のあたりで縫い合わせただけのもので、歩いていても長い脚が太腿まで見えてしまっている。
人前でこれほど肌を露わにする年頃の女性といえば、二通りしかいない。
春を売る者か。
素肌で精霊と触れ合うことが必要な、魔術に関わる者か。
女は美しく、魅惑的な肢体の持ち主だったが、後者であることは一目瞭然だった。その言動には男に媚びた様子はなく、独特の神秘的な空気をまとっている。腰の細帯に短剣を差しているが、柄や鞘に不可思議な文様が彫られたそれは、武器というよりも呪具の一種のように見えた。
「それにしても、いくら占者殿とはいえ、若い女性が不用心ではありませんか?」
男が言う。
「このあたりでは最近、夜になると魔物が人を襲うともっぱらの噂ですよ」
そう言う男こそ、魔物のことなどまるで気にも留めていないかのような軽い口調だ。
「ええ、その噂は麓の村で聞きました」
女が静かに応える。
「ですが、先を急ぐもので……。それに私の占いでは、今宵、この山で人が死ぬことはないと。きっと大丈夫です」
声も美しい。小鳥のさえずりのようだ。
しかし不自然に小さな声は、内心怯えているのを隠すためではないかと男は考えた。
若い娘のひとり旅。しかも魔物が出るという山道の夜。いくら呪いに通じていようとも、恐怖を感じないわけがない。
少し、安心させてやった方がいいだろうか。
「その占いはきっと、俺と出会うことを示していたんでしょう。こう見えても腕には自信がありますからね。並の魔物なら、そうそう遅れを取ることはありません」
腕を曲げて力こぶを作る。一見、痩せ気味に見える男だったが、しかしその腕は、野生の獣を思わせるしなやかで逞しい筋肉に覆われていた。
女は目を細め、微かな笑みを浮かべる。
「ええ……きっとそうですね。そう言っていただけると心強いですわ」
声が少し大きく、そして明るくなる。自分の占いに裏づけが得られて、いくらか安心したのだろう。
しかし、男は知っていた。
今夜、この山道で、一人の人間が死ぬことになっている。この美しい占者にとっては不幸なことだが、それは若い娘だ。だが、そのことは知らせない方がお互いのためだろう。
「万が一にも手強い相手だったら、俺が時間稼ぎをしている間にお逃げなさい」
「でも、それでは剣士様が……」
「男としては、美しい女性のために生命を捨てて戦うことこそ本望ですよ。それでこそ、剣の道を歩んだ甲斐があるというもの」
これ以上はない、というくらいの優しい笑みを向ける。大抵の娘なら、たちまち恋に落ちてしまうに違いない。
「まあ……お上手ですこと。きっと、会う女性みんなに同じことを仰っているのでしょうね」
口ではそう言っても、まんざらではなさそうだ。からかうような口調は、打ち解けてきた証とも受けとれる。
「ははは……まさか。俺だって生命は惜しいですからね。それでも生命と引き替えにしてもいいと思えるほどの女性でなければ、こんなこと軽々しく言えませんよ」
「それは光え……」
光栄ですわ、と言いかけた女が、急に小さな悲鳴を上げて手を押さえた。
「痛……っ!」
「どうしました?」
「……茨の棘に、指を引っかけてしまったみたい」
「それはいけませんね、お見せなさい」
女の前に跪いて、その手を取る。見ると、人差し指の先から滲み出た血が、小さな紅い珠になっていた。
そうするのが当然のような自然な動作で、男はその指を口に含んだ。血を舐め取り、軽く吸う。
「小さな傷でも、油断してはいけません。化膿したら一大事ですから」
舌先で、指を愛撫するかのようにくすぐる。女は黙って受け入れている。
それは男を信頼しているためではなく、その行為の心地よさに囚われているためだと、男は知っていた。
口の中に、血の味が広がる。
「占者殿、あなたの……」
「……私の血は、美味いだろう?」
男は下を向いていたので、女の表情の変化を見て取ることはできなかった。それでも声音の変化には敏感に反応した。
先刻までの打ち解けた雰囲気はない。夜風よりも冷たい声。
突然、甲高い声が夜の闇を裂いた。梟に襲われたムササビの叫びだ。
それが、合図となった。
女が指を引き抜くのと、男が大きく腕を振るのとが同時だった。
指先が、後ろに飛び退いた女の胸元をかすめる。
「ふん、もう正体を顕したか。下等なケダモノは化けの皮が剥がれるのも早いな」
先ほどまでとはまるで違う低い声で女は言った。冷たく、そして厳しい視線を向けている。
服の胸のあたりが裂けて、丸い膨らみが半分ほど覗いている。そこには紅い筋が刻まれて、血が滲んでいた。しかし意に介している様子はない。ただ、冷酷な瞳を相手に向けている。
「気づいていたのか。どうやら、ただの占者というわけではなさそうだ」
男の口調からも丁寧さが失われていた。口調どころか声そのものも変質している。重い、大型の獣の唸り声のようだ。
変わっているのは声だけではなかった。
男の姿が変化している。それは既に、人間の姿をしてはいなかった。
体毛が濃くなり、口はあり得ないほどに大きく裂け、鋭い牙が覗いている。体格自体、ひとまわり大きくなっていた。
月明かりの下で、瞳が爛々と輝いている。
その姿はまるで、二足歩行する巨大な狼だ。
もちろん普通の狼であるはずがなく、人間でもない。
それは、闇に属する存在。
魔物、だった。
「小娘が、いっぱしの魔術師を気どって俺を狩りに来たか? 身の程知らずもいいところだなぁ」
大きな声が樹々の梢を震わせる。
「だが、かなりの上玉だ。身体も、そしてなによりその血も。人間の女は大好物だ。犯して、喰って、二度楽しめる」
いやらしい、下卑た笑いだった。裂けた口からは涎を垂れ流し、節くれだった古木のような性器を勃起させている。
魔物にとって、目の前にいるのはただの「獲物」だった。多少魔術をかじったところで所詮は人間の娘、無力なことに変わりはない。手脚をへし折って身動きできなくしてから、ゆっくりと楽しめばいい。
「本当に旨そうな匂いをさせているなぁ。安心しろ、すぐには殺しゃしねぇよ。その血を一滴残らず啜り終わるまではな」
魔物はまったく躊躇しなかった。これほどの極上の血を前にして、我慢できるわけがない。すぐにも襲いかかろうとする。
しかし――
「お前には、できない」
抑揚のない低い声で女が言った。
一歩、二歩。この恐ろしい姿に臆する様子もなく、自ら近づいてくる。
そこでようやく、魔物は異変に気づいた。
身体が動かない。
今の声を聞いた瞬間から、腕も、脚も、まるでいうことをきかなくなっていた。身体中の筋肉がその主の意志に反して、動くことを拒否している。
「な……なんだっ? なんだよ、これはっ!?」
「お前、私の血を口にしたろう?」
女は魔物の顔を間近から覗き込んで言った。その瞳が紅い血の色をしていることに、魔物はいま初めて気がついた。
いや、そんなはずはない。つい先刻まで、普通の黒い瞳だった。こんな色、人間の瞳ではない。目にしていればすぐに気づいたはずだ。
普通ではないといえば、この能力もそうだ。
彼の動きを封じているのがこの娘の力だとしたら、それは人間のものではあり得ない。人間が操るささやかな魔術など、彼ほどの力を持つ魔物であれば、なんら驚異にはならないはずなのだ。
そこでふと、思い出した。
今、この小娘はなんと言った?
『私の血を口にしたろう?』
――と。
「血……血だと? まさか……まさかっ!」
雲が、月を隠した。
光をほとんど必要としない魔物の視力でも、女の輪郭が闇に紛れてぼやける。それでも、瞳がうっすらと紅い光を放っているのだけははっきりと見てとれた。彼ら魔物の瞳が、闇の中で金色に輝くのと同じように。
恐怖、だろうか。
生まれて初めて感じるその感覚を表す言葉を、魔物は知らなかった。
何故。
こんな、小娘相手に。
人間など、単なる喰い物でしかないはずではないか。たとえ魔物同士であっても、彼より強い力を持つ者などそう多くはないのだ。
では、この娘は何者なのだろう。
ただの、美しい人間の小娘ではない。
しかし魔物でもない。それは気配でわかる。
そうだ。ずいぶん昔に、噂話を聞いたような気がする。いったいどんな内容だったろうか。
残念ながら、ゆっくりと思い出している時間はなかった。
女が腰の短剣を抜く。それは一見、人間や小型の獣相手ならともかく、人にあらざるものと戦うにはあまりにも心許ない小さな刃に思われた。
しかし、指一本動かすことのできない今の彼にとっては、それが女の懐刀だろうと、長大な騎兵槍だろうと、もたらされる結果に大差はない。
月が隠れた闇の中、紅い瞳の女がこちらを見つめている。
薄ら笑いを浮かべて。
彼を殺すための刃を手にして。
人差し指の先を、刃に滑らせる。銀色の刃の上に、微かな紅い筋が残る。ただそれだけのことで、小さな刃は致命的な威力を持つ武器に変わっていた。
刃が発する『力』を感じる。皮膚を刺すほどに。
動けなくなった分、感覚が鋭くなっているのだろうか。
「……?」
鋭敏になった感覚が、この場に近づいてくる第三の存在にを察知した。
物音はなにもしない。人間であれば、気配すら感じないだろう。それでも確かに、なにかが近づいてくる。
尋常ではない、なにかが。
小さな金色の光がふたつ、女の背後に現れる。
闇に輝く瞳。獣ではない。ちょうど、小柄な人間の顔に相当するその高さは、四つ足の獣にしては高すぎる。
魔物、だ。
紛れもなく、魔物の瞳だった。
生まれて初めて感じる恐怖に震えていた魔物は、内心ほくそ笑んだ。
なんという幸運だろう。
あの魔物は、女の血に惹かれて来たのだろう。なにしろ、これまで一度も出会ったことのないほどの極上の血だ。甘い濃密な香りが周囲に満ちている。
人間はもちろん、肉食の獣でも感じない芳香。しかし闇に属するもの、人を喰う魔物にとっては、蜜よりも甘い香りだ。
背後に迫る存在に、女はまるで気づいていない。当然だ。気配を消して忍び寄る魔物を、人間が察知することなどできるはずがない。
危機は脱した。せっかくの極上の獲物を奪われるのは少々癪だったが、背に腹は替えられない。生命が助かるだけよしとしよう。うまくいけば、少しは分け前にありつくこともできるかもしれない。
「……なにを笑っている?」
考えていることが顔に出ていたのだろうか、女が不審げに訊く。魔物の表情を読み取るなど、人間にしてはずいぶん鋭い。
だが、もう遅い。
新手の魔物は女のすぐ後ろに迫っている。
黄金色の髪に黄金色の瞳を持つ、若い娘の姿をした魔物だ。見た目は人間の娘よりもさらに若いが、仮にも闇の眷属、人間の不意をついて返り討ちに遭うこともあるまい。
女の背後で魔物が両腕を広げる。雲の切れ間から射し込む月光を浴びて、長い爪が光る。一瞬後にはあの爪が、女の柔肌を切り刻むだろう。
そう思った。
ところが――
「やっと見つけたぁ! カムィってばひどいよー。あたしのことおいてくなんて!」
魔物は、女を背後から抱きすくめた。腕は身体に回されているが、人間など簡単に切り刻むことのできる爪は、その肌に突き立てられてはいない。女の、豊かな乳房を優しく包み込んでいる。
「もー、すっごい探したんだからぁ」
嬉しそうに、背中に顔を擦りつけている。飼い主の脚にまとわりつく仔犬のように。母親に甘える幼子のように。
いったい、なんの冗談だろう?
眼前で繰り広げられる光景が理解できず、魔物はただ呆気にとられていた。
背後から抱きすくめられている女は、こめかみに青筋を浮かべ、肩を小さく震わせている。顔色ひとつ変えずに彼を追いつめていた女が、やや狼狽えているようにも見えた。
「……離せ」
冷たい口調を装ってはいるが、声も微かに震えている。動揺を隠しているのか、それとも爆発しそうな怒りを抑えているのか。
「なに、あれ?」
女に甘えていた魔物は、その時初めて彼の存在に気づいたような表情で、黄金色の瞳をこちら向けた。動きを封じられて青ざめている同族を、不思議そうに見つめる。
「お前の獲物。……だから離せ」
「えー?」
小柄な魔物は不満げに唇をとがらせると、不承不承といった体で女を放した。
一歩、彼に近づいてくる。
「あんまり嬉しくないなぁ。不味そう。しかも牡だし……」
つまらなそうに言いながら、無造作に腕を突き出してくる。
なにが起こったのか理解する間もなく、鋭い爪が彼の胸を貫いた。人間なら槍で貫くことさえ困難な魔物の皮膚を、いとも簡単に、紙のように突き破っている。
「……な……、きさ……ま、人間に……味方……?」
口にできたのはそこまでだった。力尽きた魔物がどうと倒れる。
黄金色の髪の魔物は、自分が殺した相手をもう見てもいない。その手の中に、剔り取った心臓があった。まだ生命の痕跡を残して小刻みに蠢いている。
「……やっぱり美味しくないなぁ」
それをまるで林檎かなにかのようにひと囓りすると、顔をしかめてぺっと吐き出す。残りを放り捨てて、その存在はきれいさっぱり忘れてしまった。
「やっぱり、頭悪い奴はまずくてだめだね。人間の味方? 違うよ、あたしはカムィに味方してるだけ。ね、カムィ?」
にこやかに、人間の女を振り返る。しかしカムィと呼ばれた娘は、対称的に、不機嫌そうな顔でそっぽを向いていた。
「味方? お前ははただの下僕だろう。立場をわきまえろ、カンナ」
「ちぇ、つれないんだからぁ」
カンナと呼ばれた魔物の娘は、不服そうに唇をとがらせて、まだなにやらぶつぶつと文句を言っている。
カムィはそれを無視して、心臓を剔り取られた魔物の死体を調べ始めた。
傍らに落ちていた、魔物が持っていた剣が目にとまった。しっかりとした造りの戦士用の剣は、本来、魔物が必要とするものではない。恐らくは自分が殺した人間の持ち物を、人間の剣士を装うために持っていたのだろう。
柄に彫られた紋章に見覚えがあった。少し考えて、その剣は持っていくことにした。
他にめぼしいものはない。
事切れている魔物も、ぶつぶつ文句を言っているカンナも無視して、夜の山道を歩き出す。
「あーん、待ってよカムィー」
カンナが慌てて後を追ってくる。
仔犬のように。姉に甘える妹のように。
しかし実際には人間と魔物。あり得ないはずの光景だった。他人が見たら我が目を疑うところだろう。
「ねぇねぇ、カムィってば!」
すがりついてくるカンナを無視して、ずんずんと歩いていく。
「ねー、カムィ、ごほーびは?」
「……なんだ、それは」
執拗に腕を引っ張られて、仕方なくカムィは脚を止めた。こうなっては無視しても埒があかない。
「先刻の不味い奴をやっつけたご褒美、もらってないよ?」
「催促できる立場か? 少しはわきまえろ」
毎回恒例の要求を、冷たく突き放す。
「えー? ずるいずるい、ただ働きなんてひどいよー! 人間が飼う猟犬だって、鷹だって、川鵜だって、仕事したらご褒美もらえるんでしょ?」
無視しようと耳を塞いでそっぽを向いていたカムィだったが、カンナのしつこさに負けて、ちらりと視線を向けてしまう。
まるでお腹を空かせた仔犬のような表情で、縋るように、上目遣いに瞳を潤ませている。
相手が魔物であることも忘れ、思わずほだされそうになる。この目には弱い。
いやいや、ここで甘やかしてはいけない。
とはいえ……
『おなか空いたの……』
大きな黄金色の瞳が、そう訴えている。
指をくわえて、こちらを見上げている。
カムィは肩をすくめて、小さく溜息をついた。
こうなってしまったカンナは、餌にありつかない限りてこでも動かない。
仕方がない。
いつまでも放っておくわけにもいかない。永遠に無視し続けることはできないのだから。
魔物を支配するには、それなりの代償が必要だ。相手も生き物である以上、餌は与えなければならない。
そう、自分に言い聞かせる。
指先に爪を立てる。先刻、短剣で浅く斬ったところに。
塞がりかけていた傷から、新たな血が滲んでくる。
その指を、カンナの前に突き出した。
すぐに飛びついてくるものと思った。魔物にとって、カムィの血は甘露にも等しい。
なのに。
カンナはなぜか不満そうに、上目遣いにこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「あたし、こっちがいい」
いきなり抱きついてくる。人間の反射神経を超えるその素速さに、かわすこともできずに抱きしめられてしまう。
「やめ……っ、カン……ナ!」
拒もうとした。
抗おうとした。
しかし相手は魔物。小柄な少女の姿であっても、その力は人間とは桁違いだ。
腕を掴まれると、カムィの力では振りほどくことができない。
「ちょっと遅かったね、カムィ?」
カンナが楽しそうに笑みを浮かべる。
両腕を掴まれる。魔物の爪で斬られた胸の傷に、唇が押しつけられる。
完全には塞がっていなかった傷から滲み出る血を、長い舌が舐めとっていく。
舌先が触れたその瞬間、全身が痺れていた。
腕から、脚から、力が抜けていく。
甘すぎる快楽に、意識がとろけそうになる。
地面にへたり込んだカムィを、カンナが押し倒す。
「あ……ぁ……」
抑えようとしても、甘い吐息が漏れてしまう。
この快楽に、身を任せてしまいたくなる。
だけど、それではいけない。
闇雲に動かした手に、硬いものが触れる。
それが、先ほどの剣の鞘だと気がついた。
硬い、無機質の感触に、少しだけ理性を取り戻す。
ぎゅっと唇を噛んで、意識をはっきりさせる。
「やめ、ろ……と言ってるだろう!」
言葉に力を乗せて。
両腕に力を込めて。
ずしりと重い長剣の柄を、カンナの頭に力いっぱい叩きつけた。
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