六章 クリューカ急襲


「……で、ラブレターをもらってにやけているわけか」
「に、にやけてなんかいません! それにラブレターじゃなくて、ただの手紙です!」
 敵襲に備えての待機中、他にすることもないので、今朝届いたアルケイドからの手紙を読み返していたところをソニアにからかわれた。
 手紙には、先日の戦闘で挙げた戦果の自慢話が、嫌味にならない程度に書かれている。頻繁に届く手紙に親愛の情は感じられるが、決して、甘い言葉を連ねたラブレターなどではない。
「機体を壊して不時着して、アタシらに心配かけて。なのに本人はお気楽に、オトコ引っかけて遊んでたとはね」
「遊んでたわけじゃありません! ダイアン中尉はただ、ティアサーク基地でいろいろとお世話してくれただけです」
「なんの世話なんだか。着替えとか、入浴とかか?」
 ちくちくとねちっこい皮肉の連発に、シェルシィもつい言い返してしまう。
「隊長、自分がもてないからってやきもちですか? 欲求不満なんじゃないですか?」
「ほぉ、そーゆーことを言うのはこの口か?」
 危険な目つきになったソニアが、シェルシィの頬をつねって力いっぱい左右に引っ張った。
「い……いひゃい、いひゃいれふ、ひゃいひょう!」
「ああーん? 聞こえんなぁ」
 いじめっ子の表情でつねり続けるソニアと、涙目でじたばたと暴れるシェルシィ。それを笑って見ている他の隊員たち。普段と変わらぬクリューカ基地の光景だ。
 そんな日常を、突然のサイレンが吹き飛ばした。
『スワン01より入電。敵編隊、警戒区域に接近中』
 管制室からの指示。
 一瞬で真顔に戻った隊員たちは、ヘルメットを掴んで談話室を飛び出した。シェルシィも、赤くなった頬を両手で擦りながら格納庫へ走る。
 いいタイミングで敵襲があったものだ。今なら、九○七飛行隊の一二機すべてが出撃可能だ。戦闘機隊を一個しか保有しないクリューカ基地では、訓練や機体の整備のため、いつでも全機がそろって出撃できるわけではない。急な敵襲にしては運がいい。
 この運が、戦闘の間も続きますように――声に出さずに願う。
 そして、アルケイドへの手紙で自慢できるくらいの戦果を挙げられますように、と。



 シェルシィの願いが聞き届けられたのだろうか。
 今日、クリューカの防衛圏に侵入してきた敵編隊は比較的小規模だった。あるいは敵も、竜姫との対決を避けたのかもしれない。もっと多くの敵機を相手にしているティアサーク基地では、多少の被害も出ているらしい。
 シェルシィとしては少し残念だった。アルケイドの活躍に刺激されたのか、今日は絶好調だったのだ。敵の数が多ければ、もっと戦果を挙げられたに違いない。多大な被害を受けながらも抵抗を続けていた敵が撤退をはじめた時、燃料も弾薬もまだ十分に残っていた。
 物足りなく感じながら、逃げ遅れた敵を追撃する。そこへソニアからの通信が入った。
『シェル、深追いしすぎだ』
「あ」
 ふと気がつくと、周囲に機影がなくなっていた。いつの間にか、味方からずいぶん離れてしまったらしい。今日は圧勝だったからいいが、これは本来やってはいけないことだ。調子に乗りすぎた、と反省する。
 もう、戦意を残した敵はいない。シェルシィはちらりとコンパスを見て、クリューカ基地の方角へと進路を変える。しかし間もなく、ソニアから容赦ない罵声を浴びせられた。
『このバカ! どこへ行く気だ?』
『スワン01よりリリィ12、進路が違うわ』
「え?」
 慌てて、周囲の景色をよく見る。気がつくと、ずいぶん北極山脈に近づいていた。確かにこれはクリューカへ戻るコースではない。
 太陽の位置を確かめ、腕時計を見る。そしてもう一度コンパスに目をやる。
「……あぅ」
 コンパスが狂っていた。被弾した覚えはないのに、故障だろうか。
「えーと、コンパスの故障みたいです」
『そのくらいで帰り道を間違えるなんて、たるんでる証拠だな。男なんかにうつつを抜かしてるから』
 欲求不満云々の台詞を根に持っているのか、今日のソニアはしつこい。しかし今度ばかりは自分に非があるので反論もできない。
 ここは頭上に雲のない高空。時刻と太陽の位置を見れば、おおよその方位はわかって当然だ。コンパスが故障しているからといって見当違いの方角に向かうなんて、まともなパイロットならやらないミスである。
 自覚はないが、やはり少し浮かれていたのかもしれない。
『まあいいや。帰りが遅れるついでに、ちょっと寄り道していくか』
「寄り道?」
 近づいてきたソニアの機が、シェルシィを追い越して前に出た。基地に戻るコースではない。かなり北回りで、これでは北極山脈の上空に出てしまう。
「あの、どこに行くんですか?」
『黙ってついて来い。エリコも来てるな?』
『もちろん』
 振り返ると、遙か後方、夕暮れの空に浮かぶ白い点が目に入った。九一一飛行隊の白鳥だ。
「……隊長?」
 いったい、どういうつもりなのだろう。
『今日の敵、歯応えがなさ過ぎたと思わないか?』
「え?」
『あっさりしすぎてる。前回こてんぱんにやられたのに、機数も増やしてないし戦術にも工夫がない。やられたら尻尾を巻いて逃げ出すだけだ。アタシが知ってるアルキア空軍は、こんなボンクラじゃないはずだぞ』
「戦況が苦しくなって、アルキアのパイロットも質が低下しているのでは?」
 軍用機パイロットの育成には時間がかかる。戦争が長引いたことにより、今はマイカラスもアルキアも、常にパイロット不足に悩まされている状態だ。
『だったら嬉しいけど、どうかな。それより、周囲の警戒を怠るなよ』
 二機は並んで、険峻な峰々が連なる北極冠状山脈の上空に出た。少し遅れてエリコとユーキの乗る白鳥、スワン01がついてきている。
 山々の西側の斜面は、夕陽を浴びて朱色に染まっていた。まるで、山脈全体が燃えているような光景だ。とても、真夏でも氷点下の極寒の地とは思えない。
 しかし時計を見れば、自分がいる緯度の高さが実感できた。まもなく午後十時になるのに、太陽は地平線の上にあるのだ。
「……で、ここになにがあるんですか?」
『何があると思う?』
 逆に訊き返されて、シェルシィは先刻までの会話の内容を反芻した。
 今日の敵は、不自然なほどに歯応えがなかった。アルキア空軍は、こんなボンクラじゃないはず。
 そして、この寄り道。ソニアは言った。「警戒を怠るな」と。
 ひとつだけ、思い当たることがあった。
「まさか、先刻の編隊は囮だと?」
『お前が敵の司令官ならどうする? 有能かつ美人の隊長が率いるクリューカの迎撃隊は極めて優秀で、最新の重爆ですら歯が立たない。しかし、なんとかしてカランティ市の工業地帯にダメージを与えない限り、戦況はアルキアに不利になる一方だ』
「隊長の容姿についてのコメントは差し控えますけど……」
 シェルシィは慎重に言葉を選んだ。実際のところソニアはかなりの美人なのだが、一緒にいることの多いサラーナが絶世の美女であることと、立ち振る舞いや言葉遣いが粗雑なために、その容姿に注意を払う者は少ない。それに、今の問題はそこではない。
「やっぱり、なんとかクリューカ基地を無力化する方法を考えるでしょうね。九○七飛行隊がいなければ、この戦区のパワーバランスは大きく変わります」
『そうだ。じゃあ、クリューカの最大の弱点は?』
「保有機数が少ないことです。竜姫の数は限られてますし、そもそもクリューカには大部隊を運用するだけの設備がありません」
 クリューカ基地で戦闘能力を有する機体は、一二機の竜姫と六機の白鳥だけ。それでも大きな戦果を挙げてこられたのは、竜姫の性能が圧倒的であることと、白鳥による索敵で効率的に敵編隊を迎撃できたこと、そしてなによりクリューカ基地そのものが攻撃目標とされたことがないためだ。
 少数精鋭の部隊を叩く戦術の基本は、大兵力で波状攻撃をかけるか、囮で誘い出してその隙を衝くか。
 空にある時は無敵の竜姫でも、地上ではただの金属の塊でしかない。そして戦闘を終えた竜姫は、レシプロ機に比べて数倍もの燃料を補給し終えるまで、再び飛び立つことはできない。囮部隊で九○七飛行隊を誘い出し、クリューカに帰還したところを別働隊が急襲すればひとたまりもない。
 それにクリューカには、奇襲にさらされうる地理的条件が整っていた。
 北極山脈だ。
 山脈の稜線よりも低く飛ぶ敵機は、基地のレーダーはもちろん、白鳥からも探知することは困難だ。ペリュトンやケツァルコアトルスの巨体には不可能なことだが、クリューカのような小基地を破壊するのに重爆撃機は必要ない。爆装した攻撃機が二○機もあればことは足りる。
 小型の攻撃機で峡谷の中を飛べば、レーダーに探知されずにクリューカ基地に接近することができる。最南端のファウルト峰を越えれば基地まではほんの一○○キロほどしかない。最新鋭の戦闘機や攻撃機であれば一○分たらずで飛べる距離だ。補給を終えて出撃態勢を整えている機体でなければ迎撃する余裕もない。
「まさか、本当にいるんですか? 敵が」
『勘、さ。アタシの勘がささやくんだ。ここになにか、たちの悪いものがいるぞって』
「まさか……」
『なにもなければそれでいい。燃料を少し無駄にするだけだ。だけど、悪い予感ほどよく当たる……』
『ソニア!』
 エリコの声が会話を遮った。
『一○時方向、五○キロ。一瞬だけ反応があったわ』
『……ほらな』
 無線の声には、自嘲めいた溜息が混じっていた。
『行くぞ、シェル』
「は、はい!」
 ソニアに続いて方向転換し、スロットルレバーを押し込む。機関砲の安全装置を外す。
『スワン01よりクリューカ・コントロール。エリアD‐08に反応。クリューカを目標とする敵の攻撃機と思われる。迎撃隊の緊急発進を要請』
『クリューカ・コントロールよりスワン01、了解。現状を維持し、敵編隊のさらなる情報を収集せよ』
『リリィ01よりリリィ02、聞いてるか?』
『もちろん』
 呼びかけに対して、すぐにサラーナの応答が返ってきた。時間的にはもう基地に着陸した後のはずだが、機体を離れずにいたのだろうか。
『全機、機体内タンクと機関砲弾だけ補給して離陸させろ。大至急だ』
『今、給油を開始したところよ。一○分だけ持ちこたえて』
『スワン01より九一一飛行隊全機』
 続いてエリコが部下に呼びかける。
『全機、戦闘装備で出撃。いいですね、司令?』
『……仕方ないな』
 クリューカ基地司令官リーヴ・アーシェン中佐の声も、いつになく重々しい。
『しかし、決して無理はするなよ』
『たとえ白鳥だって、腹ぺこの竜よりはマシですよ』
「……エリコ大尉」
 白鳥は偵察機という建前だが、機首に一六ミリ機関砲二門を装備している。速度は遅いものの、長い主翼のおかげで旋回性能はよく、一昔前なら第一線の戦闘機として通用する性能を持っていた。
 スワン01はもう三時間以上飛行しているが、大喰らいの竜姫と違ってまだまだ燃料には余裕があるし、もちろん機関砲弾は一発も消費していない。そして基地にいる白鳥も、燃料と弾薬を満載した状態で待機していた。
「……偵察機で戦闘を挑むなんて」
『白鳥でも、時間稼ぎくらいはできるわ。こんな状況だもの、なりふり構っていられない。ティアサークは敵の大部隊を相手にしていて、こっちに増援を送る余裕はないし』
『大丈夫』
 スワン01のパイロット、シェルシィと同期のユーキが後を続ける。
『私たちだって、ちゃんと戦技訓練は受けてるんだから』
「ホントに、無理はしないでよ」
 三機は剃刀の刃のように鋭い稜線を越えた。その向こうには、遙か地の底まで落ち込んでいるような深い谷が続いている。もう、どこから敵機が現れてもおかしくない空域だ。
『目を凝らして探せよ』
「わかってます」
 高度を下げ、周囲を警戒する。曲がりくねった深い峡谷の中では、竜姫の短距離レーダーはもちろん、白鳥自慢の高性能レーダーも役に立たない。自分の目だけが頼りだ。しばしば、岩の影を敵機と間違えてしまう。こちらが高速で飛行しているので、動いているように錯覚してしまうのだ。
 右、左。
 絶え間なく首を巡らす。全神経を視力に集中する。
「いた!」
 思わず大声を上げた。
 見間違いなどではない。四機からなる小編隊が、谷底を一列になって飛んでいる。
「八時方向、敵機四。双発の攻撃機です」
『そっちはシェルに任せた。こっちに戦闘機がいる。これはアタシが抑えておくから』
「了解」
 鼓動が速くなる。
 こんな峡谷の中での実戦は初めてだ。それも単独で。敵機だけではなく、岩壁にも注意を払わなければならない。訓練では何度も飛んでいる場所だが、実戦となると勝手が違う。今日が好天でよかった。山脈上空の風もいつになく安定している。
 敵はまだ、こちらに気づいていないようだ。シェルシィは太陽を背にして、斜め後方から接近していく。
 四機とも同じ機種。ややずんぐりとした機体が特徴の双発機、複座の対地攻撃機〈グリフォン〉だった。
 戦車の装甲も撃ち抜く四○ミリ砲と、大量の爆弾やロケット弾で武装した強力な攻撃機だ。速度は遅いが、重武装重装甲が自慢で、対地攻撃を極めて高い精度でこなす。戦車や小規模な地上基地にとって天敵ともいえるグリフォンは、目の前の四機だけでも、クリューカ基地の貧弱な施設に致命的な損害を与えるのに十分な火力を持っていた。
 本来、北極航路を越えて攻撃ができるほどの航続距離はないはずだが、接近してみて謎が解けた。両翼の下に不自然なほど大きな外部タンクを吊り下げている。
 十分に接近したところで、シェルシィはスロットルを全開にして進路を変えた。敵編隊の側面上方から襲いかかる。グリフォンは後席に防御用の旋回機銃を備えているから、後方から攻撃を仕掛けるのはかえって危険だ。側面あるいはやや前方からの攻撃が鉄則である。
 接近するまで太陽を背にしていたので、敵はこちらに気づくのが遅れた。先頭の機が回避行動を始めた時には、シェルシィの指が機関砲のトリガーを引いていた。
 四門の一六ミリ機関砲が一斉に火を噴く。
 四本の火線が先頭の機に突き刺さる。
 対地攻撃専門のグリフォンは下面装甲が強化されており、小銃弾程度は軽く跳ね返すといわれているが、上部は並の航空機でしかない。高初速を誇る竜姫の一六ミリ機関砲弾は、グリフォンのジュラルミン外板を紙のように突き破り、燃料を満載していたタンクを破壊した。
 敵機は一瞬で大きな火球に変わる。その上をかすめるように飛び越えて宙返り。次の敵を真上から狙う。対地攻撃の性能を突き詰めたグリフォンは、空中戦での機動性に特筆すべき点はない。空戦のためだけに生まれた竜姫の敵ではない。
 二機目の敵も、たちまち大空に散った。残った二機が、慌てて回避行動を取っている。よほど狼狽していたのか、あるいは突風に煽られたのか、一機は狭い峡谷内で操縦を誤り、岩肌に激突して炎上した。
 残った一機が反転して逃走する。しかしグリフォンの速度は遅い。シェルシィは追撃してとどめを刺そうとした。
『シェルちゃん、逃げた敵は追わないで。まだいるわ』
「え?」
 シェルシィの後方で周囲を警戒していたスワン01からの通信だ。
『四時方向下方、攻撃機六。これもグリフォンよ』
 言われた方向へ視線を向ける。
 いた。谷底を這うように飛ぶグリフォンの編隊。
「これもあたしがやります。エリコ大尉は、他に敵がいないか警戒してください」
 これで終わりのはずがない。小規模とはいえ航空基地をひとつ潰すつもりなら、攻撃機が一○機だけということはあるまい。
 スロットル全開のまま敵編隊に追いすがる。向こうも気づいて速度を上げる。
 慌てる必要はない。竜姫とグリフォンでは速度が違いすぎる。それにシェルシィは訓練で慣れているが、向こうはこんな迷路のような峡谷を飛ぶのは初めてだろう。いくら低高度での操縦性に優れるグリフォンとはいえ、慣れない者が狭い谷底で全速飛行できるはずもない。事故を避けるためには高度を上げるしかない。
 シェルシィは無理に追わず、敵機が上昇してくるのを余裕を持って待ちかまえた。また側面に回り込み、発砲しながら敵編隊の真ん中を突っ切る。グリフォンの旋回機銃も竜姫の速度には追いつけない。
 強引な攻撃に編隊が乱れた。散らばった敵を、シェルシィは一機ずつ狙っていく。鈍重なグリフォンのこと、怖いのは密集編隊で火力を集中されることだけだ。ばらばらになったグリフォンは、身軽な戦闘機にとっては狩りの獲物でしかない。
 瞬く間に二機撃墜。残った敵機の動きに戸惑いが感じられる。初めて見る竜姫の性能に恐れをなして、強引に突破するか尻尾を巻いて逃げ出すか、迷っているのだろう。
 先頭を飛ぶのが編隊長だろうと見当をつけた。他の三機を無視して襲いかかる。尾翼を吹き飛ばされたグリフォンは、きりもみ状態で墜ちていった。
 そのまま、敵編隊の進路を塞ぐように前に出る。それで諦めたのか、残された三機は反転していった。シェルシィは内心、ほっと安堵の息を漏らした。こちらは燃料も弾薬も残り少ない。この戦闘の目的はクリューカ基地を護ることなのだから、戦わずに敵が引き返してくれるならそれに越したことはない。
『シェルちゃん、手が空いたらこちらを手伝って。そこから三時方向に六キロ』
 エリコの声に、即座に転進する。
 乱戦になっているようだった。ざっと見たところグリフォンが六機。そして、アルキア空軍の主力戦闘機〈ガーゴイル〉が四機。
 ソニアが一機で、四機のガーゴイルの相手をしていた。その隙をついてスワン01がグリフォンを攻撃している。白鳥の機関砲が火を噴き、グリフォンのエンジンが炎に包まれる。シェルシィは短く口笛を吹いた。
「やるじゃん。ユーキは初スコアだね、おめでとう」
『ま、私もその気になればこのくらいはね』
 グリフォンが相手なら、身軽な白鳥は十分に戦闘機としての役を果たすことができた。白鳥の速度が遅いとはいえ、グリフォンはさらに鈍重なのだ。運動性能、火力ともに優れた主力戦闘機ガーゴイルを相手にするのは辛いだろうが、無理はせず、そちらはソニアに任せている。そしてソニアは、たった一機で四機のガーゴイルを翻弄していた。
『シェル、エリコたちを手伝ってやれ』
「了解」
 背後の不安はなかった。数では劣勢とはいえ、ソニアに任せていれば間違いはない。シェルシィは目の前の敵にだけ集中した。戦闘機はどうでもいい、攻撃機は一機たりとも山脈を越えさせてはならない。
 それにしても増援はまだだろうか。竜姫の速度なら、基地からここまではあっという間の距離なのに。
 ちらりと時計を見る。交戦を開始してから三分と経っていない。体感では、もう三○分は戦っているような気がする。
 時計の針は遅々として進まないのに、残燃料と弾薬は目に見えて減っていく。機関砲弾は全門合わせても五○発も残っていない。燃料だって、基地に帰還できるぎりぎりのところだ。
 もう、限界かもしれない。そんな思いが強くなってきた頃、ようやく待ち望んでいた声が届いた。
『リリィ02よりリリィ01、これより離陸します』
 補給を終えたサラーナの声だ。
 シェルシィは大きく息を吐きだした。もう大丈夫。空にいる限り竜姫は無敵だ。グリフォンが何十機いようと敵ではない。
『アタシらの仕事は終わりだな。燃料も少ないし、引き上げるか』
『じゃあ、このグリフォンを仕留めて終わりかな』
 尾根を越えようとしていた二機のグリフォンに、スワン01が向かっていく。シェルシィもそれに続いた。
 速度で勝る竜姫は、あっという間に白鳥を追い越した。敵機を照準に収め、トリガーを引く。機首にある二門の一六ミリ機関砲が弾切れになった。しかし目標は主翼を撃ち抜かれて墜落していく。
「ユーキもうまくやったかな?」
 背後を振り返る。白鳥はちょうど、もう一機のグリフォンを射程に捉えたところだった。機関砲が火を噴く。
 その瞬間――
「ユーキ! 後ろっ!」
 白鳥の背後に、灰色の影が迫る。
 いったいどこに潜んでいたのだろう。ガーゴイルだ。
 水メタノール噴射で瞬間的に出力を増したガーゴイルは、小鳥を狙う隼のような速度でスワン01に襲いかかった。
「ユーキっ!」
 四門の二○ミリ機関砲から放たれる火線が、白鳥の胴体を貫く。
 沈むことのない夕陽に照らされた山肌に、白い破片が雪のように降り注いでいった。



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