「着いたよ」
どこをどう走ってきたのかわからない。でも、バイクは事故を起こすこともなく無事目的地に到着したらしい。知ってる限りのお祈り、何回リピートしたか知れない。
「まだ天国じゃない、……みたいですね」
少し気持ちに余裕が出てきたので、周囲を窺う。そこは、どこかの公園の駐車場のようだった。
「ここは?」
「そりゃ、今夜の集合場所でしょ」
集合場所、ということは……。
駐車場の真ん中に、一台の車と二台のオートバイがライトをつけたまま停まっている。ということは……。
「ごきげんよう、祐巳さん」
最初に声をかけてきたのは、令さまのオートバイの後ろに跨った由乃さん。二人ともお揃いの黄色い特効服をまとって、やっぱり『夜魔逝璃会』の旗を掲げている。
「ずいぶん遅かったじゃないの、聖。どこで遊んでいたのかしら」
真っ赤なスポーツカー――フェアレディZかな――の運転席に座っている紅薔薇さまは、危険な笑みを浮かべて白薔薇さまに聞いた。
深紅の特効服に身を包んだその姿は、この間祐麒に借りて読んだマンガに出てくる「天野瑞希」とかいう女の人にそっくり。だったら令さまはアキラ、白薔薇さまは性格的に遊佐かな。なんてことをぼんやりと考えていて、ふと思い出した。
「あれ? 令さまと由乃さん……箱根に行ってたんじゃ?」
「もちろん、箱根から走ってきた」
令さまはこともなげに言うけど、箱根からここまで、何キロくらいあるんでしたっけ。それをオートバイの二人乗りで? ちょっと待った。二人乗りのオートバイって、高速道路は走れないんじゃあ……。
いや、そんなことはどうでもいい……わけじゃないけど、それよりもっと重要な問題が目の前にあった。
駐車場に停まっているのは、三台のオートバイと一台の車。車は紅薔薇さま、オートバイの一台は令さまと由乃さん、もう一台は白薔薇さまと私。
そして、残るもう一台は。
「ごきげんよう、祐巳」
マリア様のようなそのお声。するとやっぱり、オートバイの横に立つあの人影は……。
「お、お、お姉さまっ!?」
ああ、何ということでしょう。それは紛れもない、最愛のお姉さまの姿。
だけど。
だけど……。
胸にさらしを巻いた上に深紅の特攻服を羽織り、手には木刀を持っている祥子さまの姿。
それは……。
(ああ。お姉さまってば、似合いすぎ……)
違和感のなさという点では、紅薔薇さまに勝るとも劣らない。格好が格好だけに、迫力は当社比五十パーセント増しといったところ。
「祐巳は、私の後ろにお乗りなさい」
祥子さまは、私の傍へ来て言った。
「あら、祥子ってばやきもち妬き? 密着してると暖かいから、このまま祐巳ちゃんを後ろに乗せておきたいなぁ」
「祐巳は私の妹なのですから、私の後ろに乗るのが当然でしょう? 温もりが欲しければ、ご自分の妹を呼べばよかったじゃありませんか」
祥子さまがきつい口調で言う。白薔薇さまに対するときはいつもこんな調子。それがちょっとしたやきもちだってわかっているから、私にとってはこの怒った顔はとても魅力的だ。
「あ、そういえば志摩子さんは?」
「志摩子?」
白薔薇さまは一拍間をおいてから、ちょっと眉を上げて私の言葉を繰り返した。
「志摩子ねぇ。あの子は誘ってない」
「どうして」
「理由はいろいろ。志摩子の家って、何かとお客さんが多いからね。お正月とか、家の手伝いしないといけないの。それに、あーた。あの敬虔なクリスチャンの志摩子が、こんな集会に来ると思う? 信仰心を乱しちゃ駄目よ」
「私はいいんですかぁぁっ!?」
「細かいこと気にしない」
「気になりますよぉっ!!」
だけど私の叫びは、鼓膜を激しく揺さぶる新たなエンジン音でかき消されてしまった。
見ると、一台の車が駐車場に入ってくるところだ。すごい勢いで迫ってきたその車は、私たちの目の前で急ブレーキをかけてその場で一回転し、アスファルトの上に黒々とタイヤの跡を残して停まった。ゴムの焦げる嫌な匂いが鼻を刺す。
それは、やたらと長いボンネットが特徴的な外車だった。祐麒が読んでいた車の雑誌でちらっと見た記憶がある。確か、シヴォレーとかなんとか、そんな名前のアメリカ車だったはず。
ボディの色は黄色。ということは、乗っているのはあの人しかない。
「お・ま・た・せー!!」
勢いよくドアが開いて、黄薔薇さまが下りてきた。いつもつまらなそうにしている黄薔薇さまなのに、今夜はハイテンションモードだ。
「黄薔薇さまっ! ハワイの別荘ではっ?」
「こっちの方が楽しそうだもの」
どうやら、ハワイへは行かなかったらしい。よかった。一瞬、令さまたちのように太平洋を越えてトンボ返りしてきたのかと思った。ハイテンションな黄薔薇さまならやりかねない。
「さあ。メンバーも揃ったし、行きましょうか」
紅薔薇さまの号令で、めいめい自分の車やオートバイに乗り込む。私も祥子さまの後ろに移動した。
それにしても知らなかった。
伝統あるリリアン女学園の山百合会の実態が、まさか、まさか、レディースだったなんて。
お母さんも、これは知らなかったろうなぁ。
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