私だけの笑顔




 休日の私はいつも、学校で撮りためた写真の現像と整理に追われている。
 なにしろ毎日、時間さえあればカメラを構えているのだから、一週間分ともなるとかなりの分量だ。
 昼休みは時間が限られているし、放課後は運動部を中心に被写体とシャッターチャンスに事欠かない時間帯だから、撮影が忙しくてゆっくりと暗室に籠もっていられる時間はほとんどない。
 だから学校で現像するのは、特別な場合だけ。とびっきりのいい写真が撮れて、一刻も早くその出来映えを確認したい時に限られる。
 例えば、あの時のような……。
 私は一冊のアルバムを取り出すと、ぱらぱらとページをめくった。目的の写真はすぐに見つかった。
 そこには、二人の人物が写っていた。校庭のマリア像の前で向かい合って立ち、タイを直している。
 小笠原祥子さまと、福沢祐巳さん。
 十年以上になる私の写真歴の中でも、三指に入る傑作だと自負している。
「祐巳さんはきっと、偶然だと思っているんだろうな……」
 そう考えると、ちょっと可笑しくなった。
 偶然通りかかって、これほどの写真が撮れるはずがないではないか。構図も、露出も、フォーカスも完璧なのに。
 そう、単なる偶然ではない。
 この写真はある意味偶然であり、ある意味必然である。
 もちろん私は、祥子さまが祐巳さんに声をかけるなんて知っていたわけではない。
 その意味では、偶然。
 だけど……。
 祐巳さんが写真に写っているのは、偶然ではない。
 そう。私はあの日、祐巳さんがマリア様にお祈りしている写真を撮りたいと思っていた。だから、祐巳さんが登校してくる頃を狙って待ち伏せしていた。
 そこへ、予想もしなかった人物が現れたというわけだ。
 私は開いていたアルバムを閉じ、別なアルバムを手に取った。高等部に進学してから撮った分だけでも、厚いアルバムが十冊以上になる。高等部に在籍している生徒の中で、これはという人物はすべて収まっているだろう。
 そして。
 注意して見ていくと、ある特定の人物の比率が不自然に多いことに気付く。
 特別、美人というわけではない。
 特別、スタイルがいいわけでもない。
 だけど、心惹かれる笑顔の持ち主。
 やや小柄で、どちらかといえば幼児体型で、髪を二つに結んでいる。
 彼女の存在をはっきりと認識したのは、高等部の入学式の日だった。


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