その日の私は、夢中で写真を撮っていた。中等部では、部活の時間以外でカメラを持ち歩くことなど許されていなかったから。
まあ、それをいったら、高等部でも許されているわけではないのだろう。ただ、黙認されているというだけのこと。
(ああ、志摩子さんが一緒のクラスなんだ。ラッキー)
ファインダーを覗きながら、思わず心の中で手を叩く。
藤堂志摩子さん。
まるでフランス人形のようなとびっきりの美少女ということで中等部の頃から有名だった彼女と、同じクラスになれた偶然に感謝しながら、シャッターを押す。
美しい。幻想的な一枚の絵のようだ。
志摩子さんを撮っているだけで、当分、被写体には困らないかもしれない。
そうやって、クラスメイトを中心にフィルムに収めていくうちに、ふと手が止まった。ちょうどシャッターを押して、次の被写体にレンズを向けようと思ったところで。
慌てて、その人物をもう一度ファインダーに収める。
別に、これといった特徴はない。
背はやや小柄、どちらかといえば幼児体型。黒いリボンで、髪を二つに結んでいる。
志摩子さんのように、目を見張るような美人というわけではない。強いて言えば、まあまあ可愛いといったところか。
「福沢、祐巳さん……だったっけ」
お互い幼稚舎からずっとリリアンにいるのに、これまで同じクラスになったことはない。それでも十年以上同じ学校に通っているのだから、名前くらいは知っていた。
何故、手が止まったのだろう。
何故、彼女が気になるのだろう。
無邪気な笑顔で、隣にいる友達と談笑しているその姿に、とりたてて変わったところはない。
なのに、何故。
よくわからないまま、私は祐巳さんの姿を何枚かフィルムに収めた。
*
それからも時々……いや頻繁に、私は祐巳さんを隠し撮りした。
そして、気付いたことがある。
祐巳さんは本当に表情が豊かだ、と。
表情がくるくると変わって、見ていて飽きない。何枚撮っても、同じ表情は二つとないほどだ
彼女は、考えていることが素直に顔に出る。
楽しい時には楽しい顔。
悲しい時には悲しい顔。
つまらない時にはつまらなそうな顔。
祐巳さん自身がどれほど表情を抑えようとしても、周りの者には一目瞭然だった。
それでわかった。
だから、祐巳さんの笑顔に惹かれるのだ。
祐巳さんは、考えていることがそのまま顔に出る。だから、笑顔を見せるのは本当に楽しい時。
作り笑い、愛想笑い、そして本当の笑顔。それがはっきりと区別できる。
祐巳さんの表情は、そのまま信じていい。他の人のように、本音を隠して笑顔を作ることができないから。
だから、祐巳さんの笑顔は素敵なんだ。
演技ではない、本物の表情。それこそ、私がもっとも惹かれるもの。
だから私は、いつも隠し撮りまがいのことをする。
モデルの笑顔は、作ったものだ。どんなに素敵に見えても、出来上がった写真には満足できない。隠し撮りで偶然撮れた、本物の笑顔には敵わないから。
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