私はぼんやりと、アルバムのページを繰っていく。
 何枚も何枚も、祐巳さんが写っている写真が出てくる。
 特によく撮れていると思った写真を、本人にあげたときのことを思い出した。
 一瞬、驚いたような顔をして写真を見て。それからにっこりと微笑んで「ありがとう」と、素敵な笑顔を見せてくれた。もちろんその表情もフィルムに収めたのだから、お礼を言いたいのは私の方だった。
 そうして祐巳さんのことを観察しているうちに、一つ気付いたことがあった。
 祐巳さんは、紅薔薇のつぼみ、小笠原祥子さまのことが好きだ、と。
 例えばほら、この、体育祭の時の写真。
 列に並びながら、よそ見をしている。
 視線の先には、長い髪をなびかせて走る祥子さまの姿がある。
 心ここにあらずといった表情で、祥子さまに見とれている。
 もちろん、祥子さまにはファンが多い。下級生に限らず。
 大富豪の令嬢で、文句なしの美人で、成績もよくて品行方正。そして紅薔薇のつぼみ。
 まさに、完全無欠。正真正銘のお嬢様。
 だけど私にとっては、あまり魅力を感じない相手だった。
 その表情が、本物に思えないから。
 なんと言えばいいのだろう。
 祥子さまの周囲には、見えない壁があるようで。
 常に、本心を隠しているようで。
 その美しい笑顔も、作り物のように感じてしまう。
 祥子さまは一見優しげだけど、実は意外と人付き合いの悪い人物だった。紅薔薇のつぼみとしての責務はよく果たしているだろうが、個人的に下級生に親しげに声をかけたりはしない。
 そういったわけで、私にとっては決して魅力的な被写体とは言えなかった。もしも祥子さまが心からの笑顔を見せたら、それはどんなに素敵だろう、と思ってはいたが。



 そんな時に撮ったのが、あの写真だった。
 自分でも溜息が出るくらい、いい写真だった。
 祐巳さんのタイを直しながら静かに微笑む祥子さまは、本当にマリア様のように神々しく、美しかった。
 そこにはなんの邪心も打算もなくて。ただただ親切心から、ふと目に留まった下級生のタイを直している。
 シャッターを押しながら、私は少し驚いていた。
 あの祥子さまが、祐巳さんの前ではこんなに素直に自然な笑みを見せるのだ、と。
 祐巳さんが祥子さまと親しいなんて、知らなかった。まるで姉妹のようではないか、と。その後すぐに、それが誤解だったとわかったのだが。
 だけど写真を見ると、やっぱり祐巳さんと祥子さまはとてもお似合いで。
 だから祐巳さんに頼んで、祥子さまに写真を文化祭で展示する許可をもらおうと考えた。
 そんなことを考えなければ、その後の祐巳さんと祥子さまの学園生活は、まったく違ったものになっていたのかもしれない。
 私が、二人が姉妹になるきっかけを作った。
 きっかけを、作ってしまった。
 それまで祐巳さんは、数少ない姉を持たない仲間だった。そのことで、ちょっとした連帯感も感じていた。
 なのに、私が祐巳さんに姉ができるきっかけを作ってしまった。
 そのことを、少しだけ後悔している。だけどそれ以来、祐巳さんと祥子さまのツーショットを撮れるようになったことは嬉しい。
 私はいったい、祐巳さんのことをどう思っているのだろう。
 ただのクラスメイト?
 単なる、魅力的な被写体?
 それとも何か、特別な感情を抱いているのだろうか。
 例えば、恋愛感情とか?
 実をいうと、わたしはこれまで初恋も経験したことはなかった。そういう意味で誰かを好きになったことはない。少なくとも、自分でそう意識したことは。
 だけど祐巳さんが、私にとってなんらかの「特別な存在」であることは確かだ。
 それでは私は、祐巳さんにとって特別な存在なのだろうか。あるいは、そうなりたいと思っているのだろうか。
 少なくとも、祐巳さんともっとも仲のいい友達のうちの一人ではあるだろう。文化祭の一件以来話をする機会も増えたし、相談を持ちかけられるようにもなった。
 そして私は、そのことを嬉しく感じている。
 誰かを特別な存在と考えること。その相手にとって特別な存在になりたいと思うこと。それは、恋愛感情とどこが違うのだろう。
 恋愛経験のない私には、よくわからない。
 ……それに。
 祐巳さんにとって一番大切な、特別な存在は他にいる。
 私はそのことを、少し悔しく感じていた。


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