「……い、いいよ、やろうじゃん。別にこんなこと、なんでもないんだから」
 そう言うと、由起が微かに目を細めたような気がした。
「じゃあ、意見が一致したところで、始めましょうか」
「……ん」
 口では強いことを言ったけれど、もちろんこうしたことは初めてだ。しかしいまさら後には退けない。
 対して由起は、妙に余裕ありげに見える。
 経験済み、なのだろうか。
 しかし由起が誰かとお付き合いしていたなんて噂、一度も聞いたことがない。生徒数もたかがしれている田舎の高校、誰と誰が付き合っているなんて噂はすぐに広まる。他校の異性と一緒にいたらなおさら目立つ。誰にも知られずに、なんて考えられない。
 いろいろと考えて首を傾げていると、由起が立ちあがった。
「いくら土砂降りとはいえ、さすがに道路に面したここでは無理よね。この陰はどうかしら?」
 今まで自分が寄りかかっていた、コンクリート製の太い橋脚を軽く叩く。確かに、幅が数メートルはありそうな橋脚の陰にいれば、誰かがこの道を通りかかっても姿を見られることはあるまい。音は、この激しい雨がかき消してくれるだろう。
 由起は自転車に鍵をかけると、鞄を持って金網を乗り越えていく。本当に本気らしい。
 仕方なく杏も後に続いた。
 金網で仕切られた陸橋の下は、工事の資材とおぼしき鉄パイプやらセメント袋やらが積まれていた。その陰ならば、わざわざ回り込んで覗く者がいない限り、二人の姿を見つけることはできない。
 由起は剥き出しのコンクリートに腰を下ろすと、上目遣いに杏を見あげ、乾いたコンクリートをぺたぺたと叩いて隣に座るようにと促した。
 それに応えて腰を下ろす。ややぎこちない動作になってしまうことは致し方ない。
 もう、通りがかりの人に見られることはない。ここはコンクリートと豪雨で日常から切り離された、まるで子供の『秘密基地』のような空間だった。
 そこに、二人っきりで並んで座っている。
 肩が触れ合うほどの至近距離で。
 だんだん、鼓動が速くなってくる。
 改めて由起の姿を確認する。
 眼鏡を外し、髪を解いた由起の顔なんて初めて見るかもしれない。あるいは体育の着替えの時などに目にしたことはあるのかもしれないが、特に意識していたわけではないし記憶にも残っていないから、初めてといって差し支えないだろう。
 悪戯な笑みを浮かべて、由起が視線をこちらに向ける。
 意外と、目が大きいと気がついた。普段は地味なファッションと存在感の希薄さに隠されているが、こうして見るとけっこうな美人ではないだろうか。
 目を細めている。目が悪いためだろうが、そのために笑っているような表情になる。どことなく挑発的な、だけど可愛らしい笑みだ。
 どくん。
 さらに鼓動が速くなる。
 顔が熱くなってくる。
 緊張が高まって、呼吸をするのも苦しくなってくる。
 隣で由起が小さく首を傾げている。
「同性の場合って……やっぱり『攻め』と『受け』の役割分担を決めるものかしら? 三郷さん、どっちがいい?」
「……な、中川が言い出したことなんだから、まず、あんたがしてよ」
 この状況で自分から能動的に行動を起こすなんて無理だ。なにをどうすればいいのか、まったくわからない。
 実体験はなくとも、相手が男の子ということであれば、そうした場面を想像したことはある。しかし同性相手なんて、これまで考えたこともない。男子相手の想像だって、杏は基本的に受け身だ。
「私が『攻め』で三郷さんが『受け』? 容姿的には逆のような気もするけれど、それも面白いかもしれないわね。ええ、いいわ」
 由起は白い歯を見せてにこっと微笑むと、心の準備をする間も与えずに杏の肩に腕を回してきた。
 いきなり抱き寄せられる。不意打ちにバランスを崩して、由起に寄りかかるような体勢になってしまう。
 顔がすぐ近くにあった。ほんの数センチの距離。そしてさらに近づいてくる。
「あ……」
 唇が触れた。
 押しつけられる、柔らかく湿った感触。
 温かい。
 杏にとって、キスは初めてではなかった。中三の時に仲のよかった男子と経験ずみだ。
 ただし結局キス以上の関係に進展することはなく、その付き合いは卒業前に終わったのだが。
 しかし、唇が触れ合うだけじゃないキスは初めてだった。
 唇を割って、舌が入ってくる。口の中で舌と舌が触れ合う。
 由起が舌を伸ばしてくる。逃げ腰の杏の舌に絡みついてくる。
「……っ!」
 逃げてばかりではみっともない。負けず嫌いの杏は、思い切って自分から舌を伸ばしてみた。
 ふたつの舌が触れ合い、絡み合う。
 初めて体験する、不思議な感覚だった。
 くすぐったくて、温かくて、ぬるぬるしていて。
 そして…………
 なんだか気持ちがいい。
 その感触が心地よくて、いつしかしっかりと唇を重ねていた。
「ん……んんっ?」
 唇と舌の感触にばかり集中していたところで、不意に胸を触られてびっくりした。身体がびくっと震える。
 指先が軽く触れ、それから手のひら全体で包み込んでくる。
 優しく揉まれる。
 とても優しい触れ方。それは「気持ちいい」というよりも「心地よい」という感覚だった。
 嫌悪感なんて微塵も感じない。むしろ、ずっと触っていてもらいたい。
 最初はセーラー服の上から触れていた手が、脇のファスナーを開けて中に入ってくる。
 脇腹に、そしてお腹に直に触れられる。くすぐったいけれど、けっして不快ではない。
 その手は少しずつ上に移動してきて、ブラジャーの上から胸に触れてきた。手と肌を隔てている布が一枚減った分、より直接的な感覚になってくる。
 顔がかぁっと熱くなる。
 二重の意味で恥ずかしい。
 杏の胸は、クラスメイトたちと比べてお世辞にも大きくはない。本人、そのことを内心かなり気にしている。
 胸を触れられるという初めての体験だけでも恥ずかしいのに、コンプレックスを持っている部分の大きさを知られてしまうという恥ずかしさがそれに加わる。
 だけど露骨に嫌がるわけにもいかない。杏は今、由起とセックスしているのだ。その行為において、女の子が胸を触れられることは避けて通れないことだろう。そしてなにより、触れられることは恥ずかしくはあってもやっぱり気持ちいいのだ。
 濃厚なキスをしながら胸を愛撫される。その気持ちよさはたまらない。
「あ……」
 由起の手が背中に回される。その意図に気づいた時には、もうブラジャーのホックが外されていた。
 胸のしめつけ感がなくなり、直に触れられてしまう。由起の手のひらと杏の乳房が密着する。
 ブラジャー一枚があるかないか、たったそれだけでまったく違った感覚になる。より直接的で、より強く、そしてより気持ちのいい刺激。
「んっ……ふ、……ぅん」
 胸の膨らみを包み込んだ手が動く。手のひらの上で、乳首が転がされているような感覚だ。乳首という一点への刺激は、乳房全体への愛撫よりも一段上の快感をもたらしてくる。
 それはこれまでの『心地よい』という感覚とは違う。はっきり『性的快感』といえるものだった。
 ぴりぴりと痺れるような刺激。胸を愛撫されているのに、下半身がむずむずする。頭がぼぅっとする。
 できることなら、ずっとこの快楽を味わっていたい。
 しかし由起の愛撫は留まることなく、次のステップへと進んでいく。
 セーラー服がまくり上げられる。
 胸が直に外気に曝される。
 ずっと重ねられていた唇が離れ、由起の頭が下へ移動していく。
「ひゃっ……はぁんっ!」
 手のひらとはまた違った刺激。
 胸にキスされ、舐められた。
 乳首が口に含まれる。
 唇で優しく噛まれ、吸われる。
 最初はごく軽く、そしてだんだんと強く。
「やぁ……あっ、あんっ! んん……っ!」
 吸う力が強くなるに従って、快感が一気に高まっていく。その感覚が快楽から痛みに変わるぎりぎりのところで力が抜かれ、今度は舌で乳首を転がされる。
 唇と舌による、乳輪と乳首への愛撫。
 それは手でされるよりもずっと繊細で、ずっと気持ちがいい。刺激が加えられるたびに、思わず声が出てしまう。
「はぁ……ん、ふっ……ぅんっ! あ……ぁんっ!」
 自分の声とは思えない、少し鼻にかかったような、甘ったるい声。
 すごくエッチな声。
 信じられない。
 本当に、由起とエッチなことをしている。
 キスだけとか、軽く胸に触れるくらいのことなら、まだ冗談で済ませることもできた。女の子には珍しくない、ちょっとしたおふざけとして。
 だけどここまで来ると違う。これはもう、本当のセックスに限りなく近い行為だ。
 先刻まで橋脚に寄りかかるようにして座っていたはずなのに、いつの間にか杏の身体は横になっていた。その上に由起の身体が重なっている。胸の上に顔があって、愛撫を続けている。
 何度も何度も胸にキスして、唇と舌で乳首を愛撫している。
 手はもう一方の乳房を揉み、指先で乳首を刺激している。
 執拗に続く愛撫。
 どんどん、気持ちよくなってしまう。
 だけど、これで終わりではない。むしろここまでは前ふり、この先が本番だ。
 胸を愛撫していたのとは反対側の手が、身体を撫でながら下に移動していく。
 お腹、腰、スカートの上から太腿を撫でて、膝のあたりで止まる。
 そこで折り返して、太腿を撫でながら上へ移動してくる。そして、スカートの中に潜り込む。
「あっ……あの…………んんっ!」
 エッチな部分に触れられてしまう。そこは普段、絶対に他人には触れられることのない場所。スカートの下に穿いたスパッツの上からとはいえ、その恥ずかしさたるや言葉にならないほどだ。
「んっ……や、ダ……そんな……はぁンっ!」
 割れ目をなぞるように指が動く。
 時折、強く押しつけられる。
 胸とはまたひと味もふた味も違う刺激。正真正銘の性的な快感。
 指が動くたびに身体が震える。声が漏れる。
 割れ目の端から端まで、前後に滑る指。
 クリトリスの位置で強く押しつけられ、小刻みに震える。
 びりびりと、じんじんと、痺れるような感覚が身体の中に染みこんでくる。
「はぁっ……んっ、ぁんっ! あっ、やぁぁっ!」
 熱い。
 顔が。そして局部が。
 熱く火照っている。
 恥ずかしい。
 エッチな場所を触られて、いやらしい声を上げて。
 気が遠くなるほどに恥ずかしい。
 だけど、とまらない。拒絶できない。
 由起の指の動きに合わせるように、腰が勝手に動いてしまう。
「やァ……あっ、あんっ! あっ、あぁっ!」
 無我夢中で、由起の身体にしがみついた。
「気持ち……イイんだ? もっとよくしてあげる。ちょっと、腰浮かせて」
「う……ン」
 由起の意図はすぐに理解できた。それはすごく恥ずかしいことだったけれど、頭で考えるより先に身体が従っていた。
 腰を軽く浮かせると、由起の両手がスカートの中に挿し入れられた。ミニスカートで自転車に乗るために穿いていたスパッツと、その下のパンツをまとめて一気に膝のあたりまで下ろされてしまう。
 いちばん恥ずかしい部分が、普段は頑なに隠されている部分が、外気に曝される。
 実際の気温以上に、寒々とした感覚。
 不安感と羞恥心。
 そして……この先に起こることに対する微かな期待感。
 下着を膝まで下ろしたところで一度止まっていた手が、また動きを再開した。ゆっくりと、しかしとどまることなく下着を脱がし、脚から抜く。
 もう、下半身はソックスしか身に着けていない。本当に裸にされてしまった。
 由起の手が、足首から上へと移動してくる。手のひら全体で脚を撫でるようにして。
 ぞわぞわと、鳥肌が立つような感覚。しかしそれは不快なものではなく、むしろ、かつてない快感をともなっていた。
 手が上ってくる。
 ふくらはぎ、膝、太腿、そしてもっと上へ。
「……っ!」
 いよいよ核心に迫ってくる。そこを隠していた布地はもうない。妨げるものはなにもない。
 恥ずかしい。
 恥ずかしい。
 両手で顔を覆う。
 それと同時に、
「ひっ……ぁんっ! あぁんっ!」
 直に、触れられてしまった。
 ぬるりとした感触が伝わってくる。
 自分で触れなくてもわかる。そこが、ありえないくらいに濡れていることは。
 もちろん、指で触れている由起には瞬時にわかったことだろう。
 恥ずかしい。
 恥ずかしい。
 だけどその部分の潤いは増す一方だ。
 性器を他人に触れられるという、初めての体験。下着すら挟まずに、直に触れられている。興奮して、溢れるほどに蜜を滴らせている性器を。
「やっ……だっ! あっ……は、ぁぁっ! ぁんっ!」
 濡れた粘膜の上をつるつると滑る由起の指。その動きに合わせてくちゅくちゅと湿った音がする。
 スパッツの上から触れられていた時とは、桁がふたつみっつ違うような直接的な刺激。神経が焼き切れてしまいそうなほどの激しい快感。
 指が動くたびに意識が飛びそうになる。
「いィっ……ヤ……ダメッ! ひゃ……ぁんっ! んぁっ! くぅぅん……あぁっ!」
 割れ目の中で指が蠢いている。とろとろにとろけた粘膜をかき混ぜている。
 端にある敏感な突起を何度もつつかれる。その度に突き刺すような刺激が走る。
 指が往復するのに合わせて、コンクリートの上で杏の身体が小さく弾む。暴れる腰を押さえつけるように、由起の指がさらに強く押しつけられてくる。
 それは割れ目の中でなにかを探しているかのように蠢いて……
「……っ!」
 中に、入ってきた。
 膣内に。
「い……イタ……い……、イッ!」
 躊躇なく、奥まで挿入された。指が根本まで杏の体内に埋まる。
 溢れるほどに濡れていたためだろうか、初めてにしてはスムーズな挿入だった。
 そこは、自分でも触れたことのない奥深い領域。
 やっぱり痛い。
 当然だ。狭い膣内に異物を挿入されるなんて、初めての経験なのだ。指一本とはいえ痛くないわけがない。
 しかし、顔をしかめるくらいに痛いのは間違いないのに、不思議とそれが嫌だとか、やめて欲しいとかは思わなかった。
「は……あぁ……んっ、くぅん……ん!」
 痛い。
 少し苦しい。
 涙が滲んでくる。
 なのに、どういうわけかその痛みを拒絶することができない。初めて経験する膣内への刺激は、なんだか不思議な感覚だった。
 痛みをともなう刺激。だけど気持ちよくもあり、切ないけれどどこか甘美でさえある。
 膣内で指が動くと、一瞬、鋭い痛みに襲われる。息を止めて唇を噛んで、その痛みに耐える。
 少し痛みが引いたところで、大きく息を吐き出す。力が抜ける。
 痛いことは間違いないのに、それが不快じゃない。なんだか病みつきになりそうな感覚だ。
 もっと続けて欲しいとすら思ってしまう。あまり痛いのは嫌だけれど、でも、やめて欲しいとは思わない。
「あ……っ! ん……く、ぅ……あぁっ! あぁんっ!」
 膣口がさらに拡げられる。
 少し強引に、指がもう一本押し入れられる。
「く……ぅ……痛ぁ……あぁぁっ!」
 本当に、限界まで拡げられているような気がした。
 しかしもちろん、そんなはずはない。
 本来、それは子供を産むための器官。赤ん坊はもちろん、そこに挿入される男性器だって、女の子の指二本よりもずっと太いはず。
 だから、大丈夫。
 そう自分に言い聞かせる。
 それに、痛いのは事実だけれど、涙も滲んでいるけれど、それは不思議と辛い痛みではなくて、まるで激辛のスナック菓子のように、また欲しくなってしまうような刺激だった。
「はぁっ……は……ぁぁっ! ぅんんっ……く、ぅぅん……っ!」
 由起の指の動きが、だんだん速く、そして激しくなってくる。
 その分だけ、痛みも強くなる。
 なのに、
 それはやっぱり、どこか甘美な刺激だ。
 普通の意味での「気持ちいい」という感覚ではないけれど、それでもある種の『快楽』として受けとめてしまっている。
 不思議、だった。
 初めての性行為。
 それは本当に、不思議な感覚だった。
 だんだん、まともにものが考えられなくなってくる。
 頭の中が真っ白になってくる。
 無意識のうちに声を上げている。
 その声が、指の動きに合わせるようにだんだん大きくなっていく。
 最後は悲鳴のようになった喘ぎ声は、しかし、滝のような豪雨にかき消されていた。


<<前章に戻る
次章に進む>>
目次に戻る

(C)Copyright Takayuki Yamane All Rights Reserved.