「上村くんのバカぁ……ホントに死んじゃうかと思ったんだから……」
 上村くんの背中にしがみついて、私は涙目で言った。
 疲れ切って泥のようになった身体に、夜の冷たい風が心地よい。
 私は家までの道を、上村くんに背負われて帰っていた。



 意識が戻った時には、もうすべてが終わった後だった。
 ラッキーたち三頭は、罪のない幸せそうな顔で床に寝そべっている。
 汗と、涙と、涎と、精液と、愛液と、そして血で汚れてドロドロ、ぐちゃぐちゃだったはずの私の身体は、上村くんが綺麗に拭いて服も着せてくれていた。
 あそこの傷も消毒して、傷薬を塗ってくれたらしい。まだ、ヒリヒリズキズキと痛むけれど。
 私は心も身体も疲労しきっていて。
 腰が抜けていて、脚にも力が入らなくて。
 とても、立って歩くなんてできなかった。
 そんな私を見て、上村くんが送っていってくれると言った。


 秋の北海道は日没が早い。外はもう真っ暗だった。
 エッチしていた時間と気絶していた時間、合わせて四、五時間くらいだろうか。上村くんの家族が帰ってくる前に終わってよかった。たとえ扉を閉め切っていても、私の悲鳴は家中に響いただろう。
 そういえば、叫びすぎたせいか喉も痛い。
 それに、下半身がスースーする。
 上村くんは制服は着せてくれたのに、下着は着けさせてくれなかった。私は今、ノーブラ、ノーパンで上村くんにおんぶされている。
 これでは、いつなんの拍子にお尻が見えてしまうかわからない。なのに「それが楽しい」なんて言ってる。万が一のとき恥をかくのは、上村くんも一緒なのに。
 肉体関係を持つようになってから二ヶ月近く。
 よくわかった。
 上村くんって、すごくエッチで、サドで、そして鬼畜なんだ。
 それを受け入れてしまう私にも、ちょっとは問題があるかもしれないけれど。
 でも、嫌じゃない。
 痛いとか、恥ずかしいとか、苦しいとか思うことはあっても、本当に嫌だとは感じない。
 認めたくはないけれど、わかっている。私もかなりエッチで、そしてマゾなんだ。
 だけど別に、すすんで苛められたい訳じゃない。もしも上村くんが優しくエッチしてくれたとしたら、それはそれですごく感じると思う。もちろん、実際にはあり得ないことだけれど。
 上村くんの女性経験は、私で四人目だと聞いたことがある。私以外の人たちにも、こんなことしてたんだろうか。少なくとも、ラッキーとしたのは私が最初なんだけど。
 それとも、前の彼女とはノーマルなエッチに飽き足らなくなって別れたとか? ありそうな話かも。
 私はぼんやりとそんなことを考えながら、上村くんの背中で揺られていた。
 幸い、誰にも会わずに家に着くことができた。二人の家の間は徒歩五分。夜の郊外の住宅地なんて、人通りも少ない。
 門を入ったところで、ほっと息をついた。ここまで来れば、今いきなり突風が吹いたとしても大丈夫。
 家は、玄関の外灯以外の明かりが消えていた。父と母は留守のようだ。
 私は上村くんにおぶさったまま、制服のポケットに入っていた鍵を渡して玄関を開けてもらう。
 靴箱の上に、母が書いたメモがあった。
『今夜はパパと二人でで・ぇ・と。帰りは遅くなるから、勝手にごはん食べてなさい』
「……おまえの両親、仲いいんだな」
 メモに目を落とした上村くんが、少し呆れたように言う。
「娘が恥ずかしくなるくらい、ね」
 私は恥ずかしいのを隠すために、わざと冷たく言った。まったく、あの両親ってば。いい歳して、いつまでもラブラブなんだから。
 でも、今日に限っては好都合だ。まだ、ちゃんと立って歩くことはできないし、そのまま二階の私の部屋まで抱いていってもらった。
 私を寝かせて、上村くんはベッドの端に座る。
「そういえば、委員長の家に入るのって初めてだな」
「……そう、だね」
 いつも、上村くんの家だったから。だって、お目当てはラッキーなんだから。
 横になると、一気に疲労が押し寄せてきた。眠くて、口を開くのも億劫なくらい。
「今日はさすがに、無理させすぎたか?」
 そっと、髪を撫でてくれる。彼には珍しく、優しい仕草だった。
「ん……。ちょっと、ね」
 本当はちょっとどころではなくて、身体にはまるで力が入らないし、意識は朦朧としてるし、あそこもお尻もひりひりと痛いんだけど。
 でも上村くんが優しく撫でてくれているので、あからさまに文句を言う気もなくなってしまった。
 このまま、眠るまで撫でていてくれたら嬉しいんだけど。
 だけど。
 そうはならないところが鬼畜の上村くん。
「やっぱり、俺も我慢できないな」
 そう言って、私の上にのしかかってくる。
「え」
 いきなり、スカートをまくられた。下着を着けていない下半身が露わになる。脚を広げられて、上村くんはズボンのファスナーを下ろして……。
「え、ちょ……ちょっと! ……っ」
 なんの前振りも前戯もなしに、上村くんが入ってきた。それでも私のあそこはまだ潤いが残っていたらしく、比較的スムーズに彼を受け入れていた。
 そういえば。
 今日は、上村くんとはしていなかった。
 いつもなら、ラッキーと結合している間にたっぷりと口で奉仕させられて。その後、何度も何度もやられちゃうんだけど。
 今日は初心者が二頭いるということで、彼はサポートに徹していたのだ。
 だけど、エッチで精力絶倫の上村くんのこと、私があれだけめちゃくちゃにされているところを目の前で見て、我慢できるはずがない。
 今だって、前戯もなにもなしにいきなりなのに、彼のものはすごく大きくて、熱くなっている。
 こんなのを入れられたら、いつもは絶叫ものなんだけど。
 私は、なにも感じていなかった。
 今日は、もうだめ。
 やりすぎで、疲れ切っていて、麻酔が効いているみたい。「ああ、太いものが入っているんだな」ってのはわかるんだけど、あの、悶え狂うような快感が襲ってこない。
「だめぇ……今日は……もう……」
 力のない私の抗議をよそに、上村くんは激しく腰を揺すっている。
「委員長は寝てていいよ。勝手にやるから」
「勝手に、って……ばか。今日は、全然よくないっしょ? その、私の……緩くなってない?」
 あんなに何度もして、大きな瘤を入れられて、ちょっと裂けちゃって。
「全然。いつもと変わらず、柔らかくムチムチと包み込んでくるぞ」
「……そう?」
 それはちょっと安心、かな。
 そんな私にはお構いなしに、激しいピストンは続いている。入り口から奥まで激しく擦られ、行き止まりをずんずんと突かれる。
「痛いか?」
 って、そんな乱暴に腰を打ちつけながら訊かれても困る。彼の動きは普段よりも激しいくらいだ。
「ん……ちょっと、ね」
 私は微かに顔をしかめた。
 また、傷が開いたみたい。
 本当なら、大きな彼のもので激しく突かれる痛みと、傷の痛みとで、泣き叫ぶくらいのはず。だけど正直、今の私は痛みもろくに感じない状態だ。
 下腹部の奥に、鈍いズキズキとした痛みがあるだけ。
 それでも上村くんは、息を荒くしていっそう激しく腰を動かす。
「悪ぃ。ちょっと我慢しろよ」
「ん……、ぁ……、…………ん」
 いつもなら私の泣き叫ぶ声にかき消される音が、今日はいくつも聞こえる。
 結合部が立てる、かき混ぜられた愛液がくちゅくちゅと泡立つ音。
 上村くんの荒い息。
 軋むベッドのスプリング。
 その中に混じる、私の微かな吐息。感じているんじゃなくて、動きに合わせて肺の空気が押し出される音。
 そんな物音とは別に、なにか違和感があった。
 上村くんの顔が、目の前に見える。
 そこではっと気づいた。
 正常位でしている。
 これって、上村くんとは初めてだ。
 上村くんは私を犬扱いしているし、するのはラッキーが終わった直後だから、いつも後ろから、いわゆるわんわんスタイルだ。
 四つん這いか、膝だけ立てた俯せかの違いはあっても、それ以外の姿勢でなんてしたことない。
 それに今は尻尾はもちろん、耳も、首輪も付けていない。学校の制服を着たまま、下着だけ脱いだ格好で上村くんに犯されている。
 いつもの私は牝犬だけど、今、上村くんと初めて「人間の女の子」としてエッチしているのだ。
 そう考えると、なんだかドキドキしてきた。
 日常の一部となっているはずの上村くんとのエッチなのに、ひどく緊張する。
 初めて見る。私を犯している時の、上村くんの顔。
 きっと普通に正常位でしても、こんな冷静に観察することはできない。ほとんどなにも感じない、今だからこそ。
 上村くんはうっすらと汗ばんで、荒々しく私を貫いている。
 私はただ黙って、仰向けに寝て貫かれているだけ。
 あそこの中で、上村くんが暴れてる。すごく固くて、大きくて、熱い、彼の分身が。
 私の胎内をかき回している。
 動きが大きく、速くなっていく。
 もうすぐ、いくんだな。そう、冷静に考えることができた。
 あと、十秒くらいだろうか。
 九秒、八、七、六……
 秒読みする。
 心の中で「ゼロ」とつぶやいた瞬間、私の身体の一番深い部分で、彼が弾けた。
 びくっ、びくん!
 大きく脈打って、熱い精を吐き出している。
 数秒間、身体をこわばらせていた上村くんが、ふぅっと大きく息を吐き出した。
 彼は私の中から引き抜いたものを、そのまま口に押し込んできた。私はいつもそうしているように、白濁した粘液で汚れたそれを舌で綺麗にしてあげる。別に美味しいとは思わないけれど、その行為自体は別に嫌いじゃない。
「……ごめんね。私、なんにもできなくて。あまりよくなかったっしょ」
 汚れを綺麗に舐め取った後で、私は一応言った。彼が勝手にやったことなのだから私が謝る必要はないとは思うけれど、反応しない女の子相手に一生懸命になってる彼の姿がなんだか可笑しくて、上村くんもちょっと可愛いところあるかな、なんて思ってしまったのだ。
「いや、これはこれでちょっと面白かったな」
 上村くんも笑って言う。
「……ダッチワイフって、こんな感じかね?」
「な……っ!」
 私は絶句した。何も言えなくなった。
 初めて「人間の女の子としてエッチしてる」ってドキドキしてたのに、上村くんはダッチワイフ扱いしてたなんて!
 そりゃあ、私は毎日牝犬扱いされてる。だけど、あれは好きでやっていることだし。上村くんは、ペットには愛情を注いでくれるし。
 なのによりによって、ダッチワイフに格下げ? って、ひどすぎる。
「じゃ、俺帰るから。お休み」
「……まって!」
 やること済ませてさっさと帰ろうとする上村くんを、思わず呼び止めた。
「ん?」
 扉のところで振り返る上村くんを見て、私は考える。
 さて、なんと言ってやろう。
 ダッチワイフ扱いなんてひどい……と、面と向かって文句を言ったって、彼にはまるで堪えまい。
 だから、作戦を変えた。
「……、もうちょっと、いて」
 はにかむような、甘えた声で言う。上村くんが微かな笑みを浮かべた。
「一人が怖いのか?」
「ううん」
 私は首を振る。
「あの、さ。一時間くらい休めば、ちゃんとできると思うから……今晩、パパとママは遅いし……だから、その……」
 台詞の後半を言い淀むと、上村くんはさも可笑しそうに言った。
「まだしたいのか? 今日はあれだけしたのに、欲張りだな」
 呆れたような、私をバカにしたような口調。だけど、どこか嬉しそうでもある。
「そんなんじゃないもん」
 わざと、ぷんと膨れてみせる。
「……もうちょっと、一緒にいたいな。……それで、ちゃんと……したい」
 上目遣いに、縋るような瞳。
 まさか、私にこんなことができるなんて。
 これで、上村くんは騙されるだろう。私が上村くんのことが好きで、一人にされるのを嫌がってるって。
 だけど、違うんだよ。
 むしろ、逆。
 だって、悔しいじゃない。モノ扱いされて、それで終わりなんて。
 私にだって、女のプライドってものがある。
 見てなさい。もう二度と「ダッチワイフ」なんて言えないくらい、気持ちよくしてあげるんだから。
 めちゃめちゃ感じさせて、向こうから「もっと」って言わせてやるんだから。
 でも、そのためにはちょっと休息を取らなきゃね。
「……おねがい」
「ああ、いいよ」
 上村くんは優しく微笑んで、隣に横になった。私の頬を指先で突っつく。
「じゃ、一時間だけ寝かせてやるから。その代わり、後でたっぷりサービスしろよ」
「ん」
 私は上村くんに寄り添って目を閉じた。
 上村くんの体温、呼吸、鼓動を感じる。
 彼の腕枕で眠るのって初めてだけど、これってちょっと……、ううん。
 すごく、気持ちいいかも。


〜おわり〜


<<前章に戻る
目次に戻る

(C)Copyright 2001 Takayuki Yamane All Rights Reserved.