「あ……くぅ……んんっ!」
 どんなに抑えようとしても、唇の隙間から甘い声が漏れてしまう。
 だけど、大きな声は出せない。
 部屋の扉は締め切っているけれど、あまり大きな声を出したら両親の寝室まで聞こえてしまうかもしれないから。

 とある木曜日の、家族が寝静まった深夜――

 私は、久しぶりに自慰に耽っていた。
 本当に久しぶりだ。
 以前は日課のようになっていたひとりエッチも、ラッキー&上村くんと肉体関係を持つようになってからは滅多にしなくなっていた。

 理由は簡単。
 ――そんな必要がないから。

 今ではラッキーや上村くんと会わない日の方が少ないのだし、彼らとのエッチはとても激しくて気持ちよくて、ひとりエッチをしたくなるほど欲求が高まることなどそうそうない。
 とはいえ、何事にも例外というものはある。
 今がちょうどその例外の時期――学校の、定期テストの時期なのだ。
 さすがにテスト期間中は上村くんにエッチ禁止令を出していて、家を訪ねることもない。
 それは普段から優等生の自分のためというよりも、平均よりやや上の成績は主に一夜漬けの賜物という上村くんのためだった。普通のカップルであれば一緒に勉強という選択肢もあるのかもしれないが、私たちの場合、絶対に勉強どころではなくなるのは目に見えている。
 当然、性欲の塊みたいな上村くんは嘆いていたけれど、私だってけっこう辛い。普段なら、十日以上もエッチなしの生活なんてあり得ないのだから。

 だけど、テストも明日で終わり。
 明日の放課後は久しぶりに上村くんの家へ行って、テスト期間中にできなかった分を取り戻す約束になっている。
 なのにどうして、今夜ひとりでしているのかというと……
 
 ……ガマン、できなくなってしまったのだ。
 
 明日のテスト勉強を終えてベッドに入ったところで、ふと考えてしまった。
 明日は久しぶりにラッキーに逢えるんだな、って。
 テスト期間中はずっとエッチできなくて、ラッキーも上村くんも溜まってるんだろうな、って。
 だからきっと、凄く激しく何度も何度もされちゃうんだろうな、って。
 
 そんなことを考えていたら、いつの間にか身体が火照っていた。
 しばらくエッチできなくて溜まっていたのは、私も同じだったのだ。
 どうせなら明日まで我慢した方が燃えるのに――と思ってももうダメ。一度その気になってしまったら我慢できない。身体の芯が火照って眠るどころではない。
 早く寝なきゃならない、と思うほどに目は冴えてきて、ベッドの中で寝返りを繰り返しても徒に時間が過ぎていくだけ。
 つい、ちょっとだけ……と火照っている部分に触れたら、止まらなくなってしまった。
 その行為はたちまちエスカレートし、私は今、下半身裸でベッドに俯せになり、自分の中を指で激しくかき混ぜていた。
「はぁっ……あっ……あぁっ……ラッキー……らっきぃっ!」
 妄想の中で、後ろからラッキーに貫かれている。
 声を出しちゃダメと思いつつも、昂ってくるとその名を呼ばずにはいられない。
 最愛の彼の名前を呼びながら、深々と指を挿入する。だけど自分の細い指では、たとえ三本挿れてもラッキーの大きな瘤には遠く及ばない。
 そのことがちょっと不満。
 だけど、逆にそれがいい。
 ひとりエッチも確かに気持ちいいけれど、ラッキーにしてもらう方がずっとイイ――そのことが再確認できる。
 だから、明日には逢えるというのに今夜ひとりでするということは、溜まった性欲を解消するというよりも、むしろ明日への期待を高めるスパイスになっていた。

「ラッキぃ――っ! あっ……あぁ――っ!」
 一瞬、意識が飛ぶ。
 十日以上の禁欲生活のせいだろう、簡単に達してしまった。
 自分の指でこんな状態では、ラッキーや上村くんだったら挿入された瞬間にいってしまったかもしれない。
 視界が真っ白になる。
 身体から力が抜ける。
 大きく息を吐き出す。
 だけど、まだ止めない。
 まだ眠らない。
 まだ眠れない。
「……ぁ、ぅん……」
 一度抜いた指を、またすぐに挿入する。
 火照りの治まらない濡れた粘膜は、ぬちゃ……と湿った音を立ててその指を受け入れた。
 挿入と同時に、指を激しく抜き差しする。
「あぁっ! ……ぁっ、ご…………か、みむら……くぅんっ! そんな、いきな……り激しく……っ!」
 ……そう。
 二回目のオカズは、上村くんだった。
 上村くんはいつも、ラッキーとのエッチが終わるとほとんど間を空けずに私の中に入ってくる。
 ラッキーとのエッチと上村くんとのエッチ、これはもうワンセットなのだ。たとえ自慰でも、どちらか一方だけでは中途半端ですっきりしない。
 ラッキーにいかされて、上村くんにいかされて。私にとってはそれでようやくひと区切りついたことになる。
 一度始めてしまった以上は、上村くんを想いながらのひとりエッチも欠かせない。
「……ぁっ……、……み……むら、くぅん……っ!」
 ラッキーとの時と同じように彼の名前を呼びながら、激しく指を出し入れする。
 瘤の大きさを楽しむ一度目。動きの激しさを楽しむ二度目。
 ひとりエッチでもそのパターンは変わらない。
 
 ……だけど。
 
 最近……いや、けっこう以前から、違和感を覚えていた。
 上村くんの名前を呼ぶ時、一瞬、言葉に詰まってしまう。

 それは、私と上村くんの関係に、曖昧な部分があるから。

 私にとって、ラッキーは恋人だけれども、上村くんは違う。傍目には恋人のように映るだろうし、もちろん好意も持っているが、それでも恋人ではない。
 だから、ラッキーと同じに考えてはいけない。
 かといって、単なるセフレなどでもない。

 これまで、敢えて曖昧にしていた部分。
 それをはっきりさせなければならない。
 
 ……だけど。
 
 そのことを上村くんに告白するのは、少なからぬ勇気が必要だった。


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