「……ご主人サマ♪ ……えへっ」
「ん?」
「……ううん、ただ、呼びたいだけ」
人通りのない、夜の住宅地の路地。
私たちは腕を組んで歩いていた。
いや、腕を組むというよりも、ご主人様の腕にしがみついて支えてもらいながら歩いていたというのが正しい。
そのくらい、脚に力が入らない状態だった。下半身が自分のものじゃないみたいに感覚がない。
そのくらい、今日はたくさん、激しくしてもらった。
いっぱい、いっぱい、いっぱいしてもらった。
帰りは予定よりもずいぶん遅くなって、身体は疲れて切っていたけれど、すごく充実感があって嬉しくてたまらなかった。
ご主人様の家を出てから、何度こうして用もないのに呼びかけただろう。
いい加減、呆れられてしまうんじゃないかって思うけれど、だけどやっぱりそう呼べることが嬉しくてたまらない。
ああもう。あんなにいっぱいしてもらったばかりだというのに、今すぐ服を脱ぎ捨ててご主人様に抱きしめてもらいたくなっている。
でも、そう思うのも無理はない。
帰りが遅くなって、もう真っ暗で人通りも少ないからということで、今の私は耳と首輪をつけっぱなしなのだ。
しかもその首輪には、散歩用の長いリードがつけられている。
完璧に、ご主人様に散歩させてもらっている飼い犬の気分。
「えへへー、ご主人さま」
ぴょんと跳んで、頬にキス。
「そんなに嬉しいんだ?」
「うん!」
ああもう。今日の私ってばどうかしている。
学校の制服に耳と首輪とリード、これだけでも人に見られたら説明に困る姿なのに「尻尾もつけたままで来ればよかった」なんて思っている。
もう、根っからの犬だ。嬉しくて嬉しくて、尻尾をぱたぱた振りたくて仕方がない。
「ずっと、ご主人様のこと、ちゃんとそう呼びたかったんだもの」
「……いつから?」
「え?」
「いつから、『ご主人様』だったんだ?」
一瞬、返答に詰まった。
さすがに少し恥ずかしかったから。
だって……。
「……リカ?」
返答を促すように、ご主人様がリードを軽く引っ張る。
「んっ……」
身体が震える。首が締めつけられることさえ気持ちイイ。
「……ご主人様のペットにされたばかりの頃から、もう『ご主人様』だったの。だって、ペットなんだもん」
一瞬だけ驚いたような表情を見せると、ご主人様はくっくと笑った。
「リカって、根っからの飼い犬体質なんだ?」
「…………そうみたい」
今さらながら、赤面する。
これではまるっきり変態だ。自分でも否定できない。
だけどもう、彼の前では『真面目な優等生の長浜梨花』でなんていられない。『ご主人サマ大好き♪』な飼い犬の上村リカ、ご主人サマにされることならなんでも嬉しいマゾっ気のあるペットだ。
「ご主人様、大好き」
ぎゅうってしがみついて、今度は唇にキスする。
そのまま、腕にしがみついて歩いていく。
やがて、私の家が見えてくる。
ああもう。家までの距離がもっと遠ければいいのに。
そうすればもっと長く一緒にいられるのに。もっと長くご主人様と一緒に歩けるのに。
帰る時はいつもそう思う。……行く時は逆のことを思っているのだけれど。
玄関の前で首輪を外された時は、寂しくて、肌寒ささえ覚えてしまった。
ご主人様の服をぎゅって掴んだまま、離れることができない。
その手に、首輪が握らされる。いつもはご主人様が保管している首輪が。
「……え?」
「今度から、部屋で一人の時は着けておけ」
「…………、うん!」
表情がぱぁっと明るくなる。元気にうなずく。
そうだ。部屋に一人でいても、これを着けていれば「私はご主人様のもの」って実感できる。安心できる。
「また、明日な」
ご主人様にしては珍しく、唇にちょんと触れるだけの軽いキス。
「うん、また明日。ご主人様、今日はいっぱいありがとう」
お返しに、もう少し濃厚なキス。
「こっちこそ、いい思いさせてもらったよ」
さらに濃厚なキスが返ってくる。
舌を絡め合って。
お互いの身体をぎゅっと抱きしめて。
なごり惜しかったけれど、一分間くらいそうしていてから身体を離した。
玄関の扉を開ける。
やっぱり少し寂しいけれど、そうしなければ明日が来ないから。
そして――
首輪は外したのに耳は着けっぱなしだったことを忘れて、帰宅後、母への言い訳が大変だった――とか。
翌日、学校でついうっかり『ご主人様』と呼んでしまい、クラスメイトたちを凍りつかせてしまった――とか。
それは、また、別な話。
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