六月のある日曜日――
 特になんの予定もない日。ふと思いついて、上村くんの家に遊びに行くことにした。もちろん、散歩の時間以外にもラッキーと遊びたかったという動機であって、けっして上村くんに会うのが目的ではない。
 電話してみたところ上村くんもラッキーも家にいて、特に用事はないということだった。これはもう行くしかない。
 一緒に散歩するようになるまで知らなかったけれど、上村くんの家は近所だ。最短ルートなら私の脚で徒歩約十分という距離。ただし、ぎりぎりで中学校の学区の境界を越えているので、一緒の学校になったのは高校生になってから。
 もしも同じ中学校だったら、もっと早くにラッキーと仲良しになれたかもしれないのに。
 暇な日には近所の犬を飼っている家を巡るコースの散歩をすることもあったけれど、さすがに住宅街の入りくんだ小路まですべて網羅しているわけではない。それにラッキーは室内飼いだから、外を歩いていても会える可能性は高くない。
 そんなことを考えながら歩いていると、ほどなく、見慣れた紅い屋根の家の前に出た。門柱に『上村』の表札がかかっている。
 そういえば、こんな風に訪問するのは初めてだ。普段の散歩では外で合流しているから、これまで、彼の家に来るのは散歩の帰りだけだった。
 携帯電話を取りだして時計を見ると、約束の時刻より少し早めに着いてしまったようだ。寄り道してお菓子を買う時間も見込んで訪問時刻を決めたのだけれど、ラッキーに会えるのが嬉しくて、無意識のうちに速足になっていたのかもしれない。
 少し緊張してしまう。私的に男の子の家を訪問するなんて、初めてだった。私の認識としては、ここはあくまでも『ラッキーの家』であって上村くんはおまけのようなものだけれど、それでもまったく意識しないわけにもいかない。
 高校生の女の子がひとりで男の子の家を訪ねるなんて、普通は恋人同士か、それに近いごく親しい間柄だけのことではないだろうか。上村くんのご家族には絶対に誤解されそうだ。
 電話をした時、「いま家族はいないから気楽に来ればいい」といっていたけれど、それはそれで別な意味で緊張してしまう。
 ラッキーも一緒だし、家族が留守の家に上がり込んだからといって上村くんが私に不埒な行いをするとは思っていないけれど、それでも年頃の女の子としては――過去の経験もあって――ほんの少し、本能的な警戒心を抱いてしまうのは致し方ない。
 深呼吸を一回、二回。
 呼び鈴を鳴らす。
「こんにちは……って、どうしたの、その格好?」
 玄関で私を出迎えた上村くんはTシャツに短パンというずいぶんとラフな格好で、しかも上下ともにびしょ濡れだった。
「ああ、ラッキーを風呂に入れてたんだ。まだ途中だから、上がって待ってろよ」
「うん」
 リビングに通される。
 ――と、いきなり山吹色の塊が飛びついてきた。水飛沫が顔にかかる。
 いうまでもなく、全身ずぶ濡れのラッキーだ。私の声に気づいて、お風呂場から飛び出してきたらしい。
 いつものようにばたばたと尻尾を振って、私の顔をべろべろと舐め回す。
 ラッキーはいつもハイテンションだ。私と会った時には特に。
 可愛い犬にこれだけ好かれるのは嬉しいことだけれど、じゃれつく時にはもう少しタイミングを考えてほしい。ずぶ濡れの長毛大型犬に密着されて、私もびしょ濡れになってしまった。
 上村くんが慌てて引き剥がす。
「このバカ! ……ごめん、委員長」
「いいよ、別に。ラッキーだって悪気があったわけじゃないんだし」
「濡れた服、乾燥機で乾かすから。えっと……とりあえず、乾くまでの間、姉貴の服でも……」
 そう言われたところで、いいことを思いついた。
「あ、だったら、ラッキーのお風呂の続き、私にさせてくれない? やってみたかったの」
 我ながら名案。
 可愛い犬をお風呂に入れて洗ってあげるのは、ぜひ一度やってみたかったことのひとつだ。乾燥機を使えば服はすぐに乾くだろうし、それまでの間、ラッキをお風呂に入れてあげるのは悪くない。
「ん、いいけど。でもけっこう重労働だぞ? こいつみたいな長毛の大型犬は」
「うん、頑張る」
 上村くんが用意してくれた新しいバスタオルを受けとって、ラッキーと一緒にバスルームヘ向かった。もちろん、上村くんはリビングで待機。
 濡れた服と下着を脱いで、乾燥機に入れる。ラッキーを洗い終える頃にはちょうど乾いていることだろう。
 そこで、ふと気になった。
 恋人でもなんでもないのに、男の子の家に遊びに来て、お風呂に入るというのはどうなんだろう。同世代の男の子の家で全裸になるなんて、冷静に考えてみればすごく無防備かもしれない。
 普段、恋愛沙汰に縁がないだけに、ついうっかりしてしまう。もう少し警戒した方がいいのかもしれない。
 冗談めかして「覗かないでね」と釘を刺しておくべきだったろうか。だけど、それはそれで変に意識しているみたいに思われるかもしれない。
 いずれにせよ、いまさら反省しても後の祭りだ。今はとにかく、早くラッキーのシャンプーを済ませよう。
 ラッキーの耳に水が入らないように真綿で栓をして、シャワーを出す。
 お湯の温度は人間の感覚ではかなりぬるめにセットして、自分の手首で確認。
 それから、ラッキーを洗いはじめる。
 初めての経験だけれど、イメージトレーニングはさんざん繰り返している。問題はない。
 ラッキーは気持ちよさそうにお湯を浴びている。お風呂やシャンプーを嫌がる犬も多いらしいけれど、彼は違うようだ。賢いラッキーのことだから、お風呂のよさをきちんと理解しているのかもしれない。
 置いてあった犬用シャンプーを手に取って、ラッキーを洗う。
 夢にまで見た展開。すごく楽しい。
 とはいえ、実際にやってみるとこれは確かに思っていた以上の重労働だった。
 人間ならシャンプーするのは頭だけだけれど、犬の場合は全身。しかもラッキーは大型犬で長毛種。洗う面積は人間の何倍あるんだろう。
 それでも、泡だらけで気持ちよさそうにしているラッキーを見ていると、私も嬉しくなってしまう。時間がかかるのも気にならない。むしろ、この時間をもっと長く楽しみたいとさえ思ってしまう。
 だけど、シャンプーを嫌がらないラッキーとはいえ、やがて退屈になってきたのか、じっとしていることをやめてしまった。
 立ち上がって周りの匂いをふんふんと嗅ぎ回ったり、洗っている私の手を舐めたり。
「こら、ラッキー。おとなしくしてて」
 一応、注意するけれど、素直に従ってはくれない。
 ラッキーは頭がよくて人間のいうことをよく理解するけれど、だからこそ、相手が本気で怒っているかどうかもわかっている。『賢い悪戯っ子』のラッキーは、本気で怒られるぎりぎりまで悪戯をやめないのだ。
 人間の怒りの度合いを窺うような、小狡い視線がまた可愛い。だから私も本気で怒ることができない。
 そうして、悪戯はだんだんエスカレートしていって……
「きゃっ! こらっ!」
 いきなり、胸を舐められた。
 先端の突起に興味を惹かれたのか、大きな舌が乳首を下から舐め上げる。
「やっ……こらぁ……、そんなトコ舐めたって、おっぱいなんか出ないよ」
 そう窘めてもおかまいなし。胸の膨らみ――特に乳首とその周辺をぺろぺろと舐め回す。
 人間よりもずっと大きくて、柔らかくて、器用に動く舌。
「や……ぁ、ん……、あ……っ」
 ラッキーに手や顔を舐められるのは大好きだけれど、それとはまた違う、くすぐったさとは異なる感覚が拡がっていく。
 じーんと痺れるような感覚は、やがて、じわじわと快感へ変わっていく。
 しかし、それも当たり前のこと。
 そこは、人間の男の子に舐められたって気持ちのいい部位。それを、大きくて長くて薄くて、人間よりもずっと器用に動く犬の舌に舐められているのだから。
 乳首を含む乳輪全体に張りつくような感覚。そこから、力強く舐め上げられる。舌先が乳首に引っかかる。
「やぁ……っ、ぁんっ! ……ん……ぅんっ!」
 いつの間にか、ラッキーを洗う手が止まっていた。胸から全身へ拡がる、痺れるような感覚に身を委ねてしまう。
 気持ち……いい。
 すごく、気持ち、よかった。
 もともと犬に舐められることは好きだけれど、それとはまったく違う気持ちよさ。
 それは明らかに、性的な快感だった。
「ん……ぅふっ……ぅうんっ」
 ぎゅっと唇を噛んでいないと、声が漏れてしまいそうだ。シャワーが出しっぱなしだから、よほど大きな声を出さない限りは上村くんに聞こえてしまうことはないだろうけれど。
 乳首が、固くなってくるのを感じる。
 つんと固く突き出た乳首は、なおさら刺激に対して敏感になってしまう。
 舌が動くたびに、身体に電流が走る。
 身体の芯が火照ってくる。
「あ……っ、あっ、……ぁんっ、んふっ……っん」
 気持ち、いい。
 とても、気持ちがいい。
 自分で触れるのとはまったく違う刺激。
 ずっと、こうしていたい。
 もっと、舐めて欲しい。
 ひと舐めごとに、身体から力が抜けていく。
 唇の隙間から漏れる声が、どんどん甘くなっていく。
 吐息の温度が上昇していく。
 いつしか私はタイルの上にぺたんと座り込んで、徐々に強まっていく快楽に身を委ねていた。
 そのままラッキーが胸を舐め続けていたら、私はいつまでもその快感に浸っていたかもしれない。
 はっと我に返ったのは、ラッキーが私の下半身に興味を示したから。不意に胸を舐めるのを中断し、ふんふんと鼻を鳴らしながら、頭を下げて女の子の部分に鼻先を近づけていく。
 敏感な部分に鼻息がかかる。
「ひゃっ! ……こ、こらっ! だめっ!」
 いくらなんでも、それは、まずい。
 胸でこんなに気持ちいいなら、そこを舐められたらもっともっと気持ちいいのかもしれない。
 だけど、さすがにそれはいけない。
 慌ててラッキーを引き離そうとしたけれど、向こうの方が力は強くて非力な私の腕では簡単には離れてくれない。
「だ……っ、めぇっ!」
 腕を振り回した拍子に、出しっぱなしだったシャワーがラッキーの顔を直撃した。びっくりしたラッキーが私から離れる。
 それでようやく、安堵の息をつくことができた。
 いくらラッキーが可愛くても、ラッキーのことが大好きでも、犬にエッチな部分を舐められるなんて許されるわけがない。
 だけど……
 心臓の鼓動は、相変わらず速いままだった。
 考えないようにしようとしても、考えずにはいられない。
 ラッキーの舌であそこを舐められたら……
 やっぱり、すごく気持ちいいのだろうか。
 人間の男の子に舐められるのよりも、もっと気持ちいいのだろうか。
 少し、残念だったかも。
 ちょっとくらい、試してみてもよかったかもしれない。
 ちらりとそんなことを考えてしまい、慌てて頭を振った。
 いくらなんでも、ダメ、そんなの。
 犬にエッチなことをされて悦ぶなんて、まるで変態みたいではないか。



 なんとかラッキーを洗い終えてバスルームを出ると、服はとっくに乾いていた。
 衣類を身に着け、上村くんがいるリビングへ戻る。
「ずいぶん遅かったな。やっぱり大変だったか?」
 そんなことを訊かれては、私としては曖昧な笑みを浮かべるしかない。
「あ、はは……ま、まあね」
 必要以上に時間がかかった本当の理由は、上村くんには絶対に絶対に知られるわけにはいかない。だから、笑って誤魔化した。
「で、でもさ、楽しかったよ? …………よかったら、また、させて」
「……だってさ。お前はどうだった?」
 上村くんが訊くと、ラッキーは尻尾をぱたぱたと振った。
「ラッキーも、またお願いしたいってさ」
「あ……あは」
 かぁっと、胸の奥が厚くなるのを感じた。
 また、ラッキーと一緒にお風呂に入って。
 また、今日みたいに舐められたりしたら。
 常識で考えれば、それはひどく変態的な行為。
 だけど、不思議と嫌悪感は覚えなかった。ただ、それを受け入れるには常識が邪魔をするというだけのこと。
 あれは、とても気持ちよかった。
 もう少し続いていたら、胸だけで達してしまったのではないかと思うくらいに。
 次もあんなことがあったら、その時は途中で拒めるだろうか。
 正直なところ、あまり自信はなかった。


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