七月――
 北国もずいぶんと夏らしくなってきた、とある土曜日の夕方。
 いつもと違って、私はひとりでラッキーを散歩させていた。
 日課の散歩にはまだ少し早い時刻に、上村くんから電話があったのだ。夕方にちょっとした用事があって家を空けられないから、代わりにラッキーを散歩させてやってくれないか――と。
 考えるまでもなく、当然のようにふたつ返事で引き受けた。
 こんな気持ちのいいお天気の日にお散歩なしなんてラッキーが可哀相だし、私としてもラッキーに会えないのは残念だったから。
 とびっきり可愛い犬との散歩の機会、たとえ一日だって減らしたくない。
 普段より少し早めに上村くんの家へ行ってラッキーを預かり、そのままいつもの散歩コースである河川敷へ向かった。
 土手の草むらも、いちばん緑の濃い季節を迎えている。
 一面の緑の絨毯。
 背丈の伸びた草をかき分けて、ラッキーがぐいぐいと私を引っぱっていく。
 ラッキーは、散歩コースはその日の気分次第で自分で決める。私はただ後をついていくだけ。基本的にラッキーの行きたいように行かせておく。
 どのみち、体格のいい上村くんと違い、小柄な私ではラッキーの意思に反して引っぱっていくことなどできはしないのだ。体重で勝っている四つ脚の獣を相手に、力比べで勝てるわけがない。
 気分屋のラッキーは、同じ河川敷であっても毎日のように歩くコースを変える。今日の目的地は、向こうに見える雑木林のようだ。
 そんなに大きな林ではないけれど、中に入れば入り組んだ迷路のような獣道や、小魚や両生類が棲む小川など、周囲の住宅地とは別世界のような空間が拡がっていて、子供にとっては格好の冒険の場だった。私も、小さな頃にはここで遊んだことがある。もちろん、ラッキーにとっても楽しいところだろう。
 林の中に入って陽射しが遮られると、外よりはいくぶん涼しく感じた。実際のところ気温はそれほど変わらないのだろうが、空気がひんやりとしているような気がする。
 樹と、落ち葉と、土の匂い。
 蝉の合唱に混じる、小鳥のさえずり。
 静かな、気持ちのいい時間が流れている。
 ラッキーはまるで警察犬のように、地面の匂いを嗅ぎながら好き勝手に歩き回っている。私は相変わらず、引きずられるように後をついていく。
 しばらく歩いて、小川のほとりに出たところで立ち止まった。
「ちょっと、休憩」
 体力底なしのラッキーや上村くんと違い、私は少し疲れてしまった。普段なら上村くんにリードを預けることができるけれど、今日は私ひとり。休憩しないと身体がもたない。
「少し、ひとりで遊んでて。あまり遠くに行っちゃだめだよ」
 そう言い聞かせて、リードを外してやった。周囲に人の気配はないし、ラッキーはその気になればいくらでも行儀よくなれる子だし、少しの間、自由にしてやっても問題はないだろう。
 小川から少し離れた乾いた地面の上に、座るのにちょうどいい大きさの石が転がっていたので、上にハンカチを敷いて腰を下ろし、ひとりで遊んでいるラッキーの姿を目で追った。
 ラッキーは地面近くを飛んでいたモンシロチョウを追いかけている。十メートルほど追いかけて、危険を感じた蝶が高く舞い上がって逃げてしまうと、諦めて戻ってきた。
 自然と、口元がほころんでしまう。
「……君って、狩りの才能はないみたいだね」
 だけどそんなところも可愛い。
 きょとんとした表情で私の顔を見あげていたラッキーは、突然なにを思ったのか、スカートの中に鼻先を突っ込んできた。
「きゃっ……ちょっ、なにっ!?」
 犬の動きは、運動があまり得意ではない私の反射神経では対応できないくらい疾かった。座っていた石が丸い形をしていたこともあって、突然のことに驚き慌ててスカートを抑えようとしたところで、バランスを崩して後ろに転んでしまう。
 脚を拡げて、仰向けになった体勢。
 スカートの裾がまくれ上がる。
 露わになった下着に、鼻先が押しつけられる。
「や……っ! ちょっ、ためっ! ラッキーってば!」
 牡の犬が、人間の女性に興味を持つことがあるのは知っている。下着の匂いを嗅いだり、マウントしてきたり。
 この前のお風呂場でのこともあるし、ラッキーもやっぱり年頃の男の子なんだ……なんて、落ち着いて考えている場合じゃない。
「……だ……め、や……っ!」
 女の子の、いちばん敏感な小さな突起に、鼻先が押し当てられた。それだけで、電流が身体を通り抜けたようだった。
 一瞬、呼吸が止まる。ラッキーを押しのけようとする腕から力が抜ける。
 ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたラッキーが、その部分をぺろっとひと舐めした。
「ひゃぅっっ!?」
 ビクンッ
 身体が大きく痙攣する。
「や……あっ、……あっっ!!」
 二度、三度。
 ラッキーは繰り返し舌を動かす。
 その度に、私の唇からはとぎれとぎれの悲鳴が漏れた。
 鼻にかかった甘い声に誘われるように、舌の動きが激しさを増していく。大きな舌が、下着の上から女の子の恥ずかしい部分を舐め回している。
 初めて経験する、すごい刺激だった。
 そして……認めることに抵抗はあったけれど。
 
 ……気持ち、よかった。
 
 先日、胸を舐められた時よりも、ずっと。
 あの時、あそこを舐められたらどうなるんだろう、と想像したのよりも、もっと。
「はぁっ……あっ、ぁあっ! ラッキぃ……ィっっ!!」
 ビクッ、ビクッ
 激しい痙攣が、何度も身体を襲う。
 いけない。
 こんなこと、しちゃいけない。
 犬に、女の子の大事なところを舐めさせるなんて。
 それも、まだ明るい野外でなんて。
 それがどれほど異常な行為か、わからないわけじゃない。
 今すぐ、やめさせなきゃいけない。
 だけど、抵抗できずにいた。
 抵抗、しなかった。
 いけないことだと頭ではわかっていても、やめて欲しくなかったから。
 やめて欲しくないと思ってしまうくらい、気持ちよかったから。
 こんなの、抗えるわけがない。
 この気持ちよさを知って、拒絶できるわけがない。
 そんなことが出来るほど、私の意志は強くない。
 いや、私に限らず誰だって無理に違いない。
 ラッキーの舌は、そのくらい気持ちいいものだった。
 ひと舐めごとに、理性がとろけていく。
 もう、なにも考えられなくなりそう。
「ぁんっ! あっ……っ、ぁ……、ぁんっ!」
 どんなに抑えようとしても、声が漏れてしまう。
 だけど、これで終わりじゃない。まだ、先がある。
 もっともっと、気持ちよくなれる。
 そのことに気づいてしまった瞬間、自制心なんて吹き飛んでしまった。
 異常?
 変態的?
 アブノーマル?
 それが、なに?
 そんなこと、どうだっていいじゃない。
 だって、こんなに気持ちいいんだもの。
 理性のタガは、完全に外れてしまっていた。
 焦点の合わない目で、周囲を見回す。
 夕方の、そろそろ薄暗くなりはじめた林の中。もちろん、誰もいない。
 私は意を決した。この機会を逃したら、いつまたこんなチャンスが訪れるかわからない。だったら、今だけなら、とことんまで楽しんでしまおう。
「ら……っきー……、ちょ……、ちょっと……だけっ! 待……って……」
 股間に鼻先を押しつけて熱心に舐め続けるラッキーを、身体を捩ってなんとか少しだけ引き離す。
 すぐにまた襲いかかってこようとするけれど、そのわずかな隙に下着に手をかけて膝上まで下ろし、なんとか片脚を引き抜いた。
 ――そう。
 直に、舐めてもらうのだ。
 下着の上から舐められてあれほど気持ちいいのなら、直に舐められたら、中まで舐められたら、いったいどれほど気持ちいいのだろう。
「ら、ラッキー……舐め、て……」
 まるで恋人に甘えるような声で、ささやいた。
 脚を開いて、少しだけ腰を浮かせるようにして、自分の指で女の子の部分を拡げる。
 私にこんな大胆なことができるなんて、自分でも驚きだった。
 すぐに、ラッキーが顔を近づけてくる。
 熱い息が直に当たる。
「――っっ!? はぁっ、ぁぁうっ! ふあぁっっ!?」
 ぴちゃ……
 ふたつの濡れた粘膜が触れ合う湿った音は、短い悲鳴にかき消された。
 全身が仰け反る。
 呼吸が止まる。
 それはある意味、幸運だった。林の外まで聞こえるような大きな悲鳴を上げずに済んだ。
 最初の衝撃が通り過ぎたところで、慌てて両手で口を押さえる。
 まさか……
 こんな……
 こんなにも、いいなんて。
 絶対に気持ちいいと予想していたけれど、その予想をはるかに超える快感だった。
 これを経験してしまっては、ものすごく気持ちいいと思っていた先刻までの感覚も、布越しのもどかしさを覚えてしまう。まるで、剥き出しの神経を直に舐められているような鋭い刺激だった。
「はぁぁっ! ……あぁっ! ぁ……っっ!! あ……んんっっ!!」
 ピチャピチャ、ペチャペチャ。
 ラッキーがミルクを飲んでいる時のような水音。
 それくらい、濡れていた。
 これほど濡れてしまうのは、初めての体験だった。
 長い舌に、割れ目の中を舐めまわされている。
 ラッキーの舌はとても大きくて、長くて、しなやかで薄いから、ぴったりと貼りついてくるみたい。
 その上、人間の舌よりもずっと速く、器用に蠢く。
 柔らかな毛皮が内腿に触れる感覚も、少しくすぐったくて、気持ちいい。
「あぁぁっ……ぁんっ! あぁっ、は……ぁぁんっっ!!」
 すごい。
 すごい。
 気が遠くなる。
 頭の中が、真っ白になる。
 ラッキーは一心不乱に舐め続けている。
 この熱心さも、人間には望めないものだ。
「んんっ、んふぅっ! ぅんん――っっ!! ぁ……はぁぁっ!」
 できるだけ声を出さないように――と唇を噛みしめても、津波のように押し寄せてくる快感には抗えない。
 誰に聞かれるかわからない野外だから、声を出さないように――そんな意識すら薄れてしまう。
「はぁぁっ……、いい……、いいぃ……っ! あぁっ!!」
 もう、無我夢中だった。
 腰を浮かせて前に突き出すようにして、自分の指でいっぱいに拡げる。
 もっと、舐めやすいように。
 もっと、奥まで舐めてもらえるように。
 長い舌が、膣内に入ってくる。
 人間の舌では到底届かない、奥深くまで。
 身体が、内側から、舐められている。
「はぁぁっっ! あぁぁっ! あぁぁっっ!! あぁぁぁ――っっ!!」
 視界が真っ白になる。
 気が遠くなる。
 大きく体を仰け反らせて、絶頂を迎えた。
「あ…………ぁ……はぁぁ…………」
 イって、しまった。
 ラッキーに――犬に――舐められて、達してしまった。
 人間の尊厳が問われるような、変態的な行為。
 だけど、これまでに経験したなによりも感じてしまった。十七年弱の人生で最高のオーガズムだった。

 だけど……

 まだ、終わらない。
 まだ、止まらない。
 ラッキーは変わらない勢いで舐め続けている。
 一度弛緩した私の身体も、またすぐに反応しはじめてしまう。
「や……だ、めぇ…………そんなに……あぁぁっ!」
 激しすぎる。
 小柄で、お世辞にも体力があるとはいえない私の身体には、激しすぎる刺激。
 快楽の坂を一気に駆け上っていくような感覚。
「ぁ…………あぁぁっ! はぁ……ぁんっ! あぁぁっ! ぁ……ぁああっっ!!」
 ぴちゃぴちゃ
 くちゅくちゅ
 私の嗚咽の伴奏となる水音。
 どんどん、ヴォリュームが上がっていくみたい。
 こんなに、濡れるなんて。
 まるで失禁したみたい。
 なのに、まだまだ途切れることなく溢れ続けている。
 ラッキーがどれだけ舐めとっても、新たに分泌される量の方が多いくらい。
「はぁ……ぁぁぁっっ! あ……ぁぁっ、あ…………」
 もう……
 もう……だめ。
 もう……限界。
 二度目の絶頂は、私の体力と精神力を最後の一滴まで搾り尽くして。
 視界が暗くなって……
 
 そこで、意識が途切れた。



 我に返った時には、もう空は群青色に染まりはじめていて、朱色の夕陽は西の空にわずかに残っているだけだった。
 本当に、意識を失っていたらしい。
 いつの間にかラッキーも舐めるのをやめていたようで、気がついた時には私の顔を覗きこんでいた。
 慌てて、時計を見る。
 まずい。
 普段の散歩よりもずいぶん遅くなってしまった。
 急いで戻らないといけない。
 それでも、遅くなった理由を上村くんに説明するために、なにか理由をでっち上げる必要があるだろう。
 立ち上がって急いで戻ろうとして、下着を脱いだままなのに気がついた。
 膝に引っかかっていたパンツを慌ててはき直す。
 同時に、羞恥心が襲いかかってきた。
 顔が熱くなる。
 いま鏡を見たら、きっと、不審なくらい真っ赤に染まっていることだろう。
 とんでもないことをしてしまった。
 ラッキーにあそこを舐められてしまったなんて。
 ……いや、「舐められてしまった」ではない。「舐めさせてしまった」のだ。
 自分の意思で。
 自ら、脚を開いて。
 ラッキーに舐められて、悦んでいた。
 二度も、イってしまった。
 それも、野外で。
 野外で、下着を脱いで、犬に舐めさせていた。
 そして、これまで経験したことがないくらいに感じてしまった。
 なんということだろう。こんな、変態的な行為をしてしまうなんて。
 自分が、そんな変態だったなんて。
 思い返すだけで、また失神してしまいそうだ。
 頭を振って、恥ずかしい記憶を振り払う。
「ら……ラッキー、帰るよ!」
 とにかく、早く帰ろう。遅くなりすぎて上村くんに不審に思われる前に。
 ラッキーの首輪にリードを繋ぎ、歩き出す。
 自然と、早足になってしまう。
 まだ鼓動が速い。恥ずかしさと興奮とで、頬が紅潮しているのを感じた。
 雑木林を出て、いつもの散歩コースである河川敷の公園を通り抜ける。陽が沈んで薄暗くなっても、公園の中にはまだ少し人の姿が残っていた。
 私は逃げるように公園を後にする。
 みんなが、私とラッキーを見ているような気がした。私とラッキーが、林の中でなにをしていたのかを知っているのではないかと思ってしまう。
 もちろんそれは気のせいで、被害妄想だとわかってはいるけれど、それでも冷静ではいられない。
 公園を出て、周囲に人影がなくなっても、まだ激しい鼓動は治まらなかった。
 こうして住宅地を歩いていると、本当に信じられない。
 ちょっと前まで、あんなことをしていたなんて。
 うたた寝をしていて、夢でも見ていたのだと思いたい。
 あんな夢を見てしまうのもどうかと思うけれど、実際にしてしまうよりはましだろう。
 
 それでも――
 
 濡れてひんやりと冷たくなった下着の感触が、あの出来事が夢でも妄想でもない証だ。
「……ラッキー、か、上村くんには内緒だからねっ?」
 わざわざそんなことを言う必要もないとわかっていても、そう釘を刺さずにはいられなかった。


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