八月上旬のある日、私は初めてラッキーと結ばれた。
その翌日も、そのまた翌日も、毎日、毎日、逢瀬を繰り返した。
早朝、まだ涼しいうちに上村くんの家へ行き、短い散歩の後でラッキーに朝ごはんをあげる。
その後、一度自宅に戻って自分も朝食を食べ、勉強などを済ませて、午後にまた上村くんの家へ行く。
それから夕方までは、ずっとラッキーと一緒にベッドの上で過ごす。
いっぱい舐めてもらって。
うんと感じさせてもらって。
ラッキーのことも気持ちよくしてあげて。
腰が抜けるまでセックスして、数え切れないくらい絶頂を迎えて、そのまま力尽きて夕方までお昼寝。
夕方、涼しくなってから朝よりも長めの散歩に行って、帰宅後に晩ごはんをあげる。
――それが、毎日の日課だった。
すっかりラッキーの虜になっていた。
彼とのセックスはありえないくらいに気持ちよくて、すごく興奮させられてしまう。
普段が真面目な分、こういうことがあるとのめり込んでしまう性格なのかもしれない。思い起こせばあの二年前の夏だって、ほとんど毎日のようにデートとセックスを繰り返していた。
真面目な自分が嫌いなわけではないけれど、多少のコンプレックスを抱いていることも事実だ。だから、セックスにのめり込んでしまう。
セックスしている時、私は解放される。〈真面目な委員長〉から、ただ本能のままに行動する牝犬になれる。
それは一切のしがらみのない、自由な時間だった。
ラッキーとの爛れた通い同棲生活は、上村くんたちが旅行から帰ってくるまで一週間続いた。
ずいぶん日焼けした上村くんにお礼を言われ、お土産をもらって、これで夏休みの一大イベントは終わり。
少し、寂しい気もする。
この先、当分はラッキーとセックスする機会なんてないだろう。あのめくるめく快楽を再び味わえるのは、いったいいつになるだろう。この体験もまた、二年前と同じようにひと夏の想い出で終わってしまうのだろうか。
作り笑顔でお土産を受け取りながら、内心「シルバーウィークや冬休みも上村くんが旅行に行けばいいな」なんて考えてしまう。
――だけど。
嬉しいことに、次のチャンスは思っていたよりもずっと早くに訪れたのだった。
夏休みも残り少なくなったある日――
普段よりもずいぶん早い時刻――昼食を終えてすぐ――に上村くんの家を訪れた。
夏休みの宿題を写させて欲しい、と頼まれたから。
まるまる一週間沖縄で遊んでいた上村くんは、当然、宿題は片づいていない。根が真面目な私は、愛欲まみれの日々を過ごしながらも宿題はきちんと終わらせてある。
上村くんがノートを写している間、私はベッドの上でラッキーとじゃれ合って遊んでいた。
もちろん、上村くんがいる部屋でエッチなことはできない。それでもキスしたり、抱きつくふりをして胸を押しつけたりしているだけでもけっこう楽しいものだ。
それだけで、あの一週間の記憶が鮮明に甦ってくる。
一週間、このベッドの上で激しく乱れ続けていたのだと想うと、顔が熱くなってしまう。余談だけれど、シーツや枕カバーは上村くんが帰ってくる前にちゃんと洗濯ずみだ。
ふわふわの毛皮に頬ずり。心地よい感触を楽しむ。
長い舌が私の顔を、そして口元を舐める。私も舌を伸ばす。
利口なラッキーは、ちゃんと状況を理解しているのだろう。この場ではそれ以上のことはしてこない。
口元に、悪戯な笑みが浮かぶ。上村くんには内緒の、私とラッキーの秘密。秘密を共有する共犯者の表情。
やっぱり、また、したいな――強くそう感じる。彼とのセックスは、本当に素敵な行為なのだ。
そんなことを考えていると、不意に電話が鳴った。
上村くんの携帯電話ではなく、家の電話。
「はい、上村……あ、姉貴?」
どうやら、お姉さんかららしい。OLをしているお姉さんは、電車で数駅のところで独り暮らしをしていると聞いた覚えがある。
「……え? ああ、届いてる。……ああ、仕方ない、持ってってやるよ」
電話を切った上村くんは、面倒くさそうに頭を掻いた。
「……ちょっと、姉貴のところに荷物届けなきゃならなくなった。たぶん、一時間以上かかると思うけど……」
「あ……だったら私、留守番してようか?」
上村くんの言葉に、がばっと身体を起こした。
「いいのか?」
「うん、どうせ、夕方また来るんだし」
もちろん、今日も夕方の散歩は一緒に行くつもりだ。
私は、心の中で歓声をあげていた。
「上村くんが戻ってくるまで、ラッキーと遊んでるよ」
「そっか、じゃあ、頼む」
「別に、無理に急がなくてもいいからね」
むしろできるだけゆっくり帰ってきて――というのが本音だけれど、もちろん声には出せない。
通販の荷物らしき箱を持って上村くんが出かけたところで、私はまたベッドに横になった。
少し、気になったことがある。
私が「留守番してようか?」と言った時の上村くん、微かに、嬉しそうに笑みを浮かべたように見えたのだけれど、気のせいだろうか。
上村くんは、私がここにいることが嬉しいのだろうか。
だけど、どうして?
そういえば上村くんは、私のことをどう思っているのだろう。
上村くんと私の関係って、いったいなんなのだろう。
毎日のように遊びにくる私のことを、いったいどう思っているのだろう。
もしかしたら、ラッキーとの散歩が〈口実〉だなんて思われていないだろうか。
これまで、深く考えたことのない命題。いや、考えないようにしていたというのが正しいのかもしれない。
犬に対しては――それがラッキー以外であっても――ほぼ無条件に好意を向ける上村くんだけれど、人間相手には感情表現が希薄で、なにを考えているのか読めないところがある。それは私以外のクラスメイトに対しても同様で、むしろ私と一緒にいるのはプライベートな時間のためか、学校にいる時よりもいくぶん接しやすい印象だ。
本当に、上村くんは私のことをどう思っているのだろう。
少なくとも、毎日ラッキーとの散歩にくっついてくる私に対して、迷惑そうなそぶりを見せたことは一度もない。
とりあえず、信頼はされているはずだ。そうでなければ、大切なラッキーを一週間も預けるなんてありえない。
だけど、私のことを異性として意識――それ以前に異性として認識しているのかどうかは定かではない。
客観的に見て、上村くんの容姿は悪くないと思うけれど、無口な性格もあってか、学校でも特に女の子と親しくしているという記憶はない。散歩の時の姿を見ていると、女の子よりも犬の方が好きなんじゃないかと思ってしまう。
そして――
私は、彼のことをどう思っているのだろう。
これまで、あえて考えないようにしてきたこと。
私にとって、上村くんはどういう存在なのだろう。
クラスメイト。
ラッキーの飼い主。
犬好き仲間。
外見は少し怖い雰囲気があるけれど、不思議と、警戒心を抱かずに一緒にいられる男の子。
そういう意味では、私にとっては少し特別な男の子なのかもしれない。
そっと、自分の首に手をやる。
指先が、首に巻かれた革のチョーカーに触れる。
仔犬のように可愛くデフォルメされたシーサーのペンダントトップが付いたそれは、上村くんにもらった沖縄のお土産。顔に似合わず可愛らしい選択だと思ったけれど、おそらく私の好みを考えた結果なのだろう。
革のチョーカーなんて、私も首輪を着けているみたいで、少しドキドキしてしまう。
今日、これを着けてきたのは正しい選択だったろうか。
異性からアクセサリや服などを貰ったら、会う時にはそれを着けていくのが礼儀――と思っているのだけれど、気を遣いすぎだったかもしれない。上村くんは、恋人でもなんでもないのだから。
親しい友人ではあっても、彼に対して恋愛感情を抱いているわけではない。それは断言できる。
だけど、高校生の男女が毎日のように校外で会って、頻繁に家にも上がっていたら、傍目には付き合っているように見えるだろう。
事実、上村くんの家族にはそう思われているようだし、クラスメイトの間では、上村くんと私が付き合っているらしいというのは、すっかり共通認識となってしまっている。
先日、貴音たちに会った時にもこのネタでからかわれた。私がどれだけ「ラッキーの散歩につきあわせてもらっているだけ」と言い張っても、ゴシップ好きの女子高生には信じてもらえない。
おそらく、クラスメイトたちの感性の方が普通なのだろう。
では、上村くんは今の状況をどう思っているのだろう。
冷やかすクラスメイトの声は彼の耳にも届いているはずだけれど、少なくとも私の前ではなんのリアクションも見せない。だから私も、なにも気にしていないふりをする。
本音をいえば、少し、意識している。
だけどそれは、上村くんに対して特別な好意を抱いているからではないと思う。周りが騒ぐから、それに引きずられてしまっているだけのはずだ。
なんといっても、ラッキーとはセックスしたいと思っても、上村くんとそうしたことをしたいとは思わないのだから。
とはいえ、今日のように彼の部屋で二人きりでいて、なんの警戒心も抱かないのは我ながら不思議ではある。二年前の夏以来、私にとって同世代の男子というのは、常に警戒の対象だったはずなのに。
その理由が「上村くんはそんなことをしない」と信じているからなのか、それとも「そうなってもいい」と思っているなのか、それはわからない。
「んー、わかんないや。ね、君はどう思う?」
ラッキーに抱きついて訊いてみても、言っていることがわかっているのかいないのか、私の顔をぺろぺろと舐めるだけ。
「や……ぁん、くすぐったい!」
本気ではない私の抵抗を無視して、ラッキーがのしかかってくる。
すっかりその気になっているらしい。利口なラッキーのことだから、上村くんの外出がなにを意味しているのか、ちゃんと理解しているのだろう。
もちろん、私もそのつもりだ。身体は、いつでもラッキーを受けいれられる状態になっている。
上村くんは「一時間以上かかる」と言っていた。それだけの時間があれば充分だ。めったにないこの機会を逃す手はない。
時間が惜しかったのと、万が一上村くんが戻ってきた時に誤魔化しやすいように、服は脱がないことにした。今日はミニスカートだから、下着だけ脱げば問題ない。
ショーツを足首まで下ろして、ベッドに仰向けになった。
スカートをまくり上げて、脚を開く。
「……きて」
既にすっかり潤っている部分を指で拡げ、ラッキーを誘った。
鼻先が押しつけられる冷たい感触に、身体がぴくりと震える。
「んっ……ふっ……ぅん……っ、ぁっ……はぁっ、ぁ……っ」
軽く舐められただけで、たちまち燃えあがってしまう。
襞に絡みつくような、長くて、大きくて、柔らかい、器用な舌。
この感覚。
何度舐められても、いい。
むしろ回数を重ねれば重ねるほど、病みつきになってしまう。
身体中の神経が痺れるよう。
久しぶり――といっても最後にしてからまだ十日も経っていないのだけれど――だからだろうか、すごく感じてしまう。
ひと舐めごとに、頭の中が真っ白になる。
快楽の頂に向かって、一気に登りつめていく。
両脚に力を込めて腰を突き上げ、ラッキーの舌を一ミリでも奥へと導き挿れようとする。
「はぁっ! あぁぁっ! あぁっ! あぁんっ! あんっ! あぁぁぁ――っ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」
下着を脱いでから、おそらく三分も経っていない。その短い時間で、簡単に達してしまった。
「……はぁ…………あ、ぁぁ……」
大きく息を吐き出す。
もったいない。こんなに簡単にいっちゃうなんて。
もっと、もっと、いっぱい長く楽しんでいたいのに、ラッキーの愛撫は気持ちよすぎて、あっという間に達してしまうのが困りものだ。贅沢な悩みではあるけれど。
少しでも体力を回復させるために、大きく深呼吸。
もちろん、これで終わるわけにはいかない。もっと楽しい、もっともっと気持ちのいいことが待っているのだ。いつまでも休んではいられない。
上にのしかかってきたラッキーが、盛んに腰を振っている。
私は身体の向きを変えて俯せになり、ラッキーが入ってきやすいように膝を立ててお尻を持ちあげた。
「……あっ、あぁぁんっ!!」
ラッキーは簡単に中へ入ってきた。一週間、毎日セックスを繰り返して、私もラッキーもずいぶん慣れて上手になっていたから。
大きな異物が挿入される。
膣が痛いくらいに引き伸ばされる。
その刺激だけで、達してしまいそう。
機関銃のような勢いで、打ちつけられる腰。
潤滑液は溢れるほどに分泌されているはずなのに、激しく擦られる膣壁は燃え出しそうなほどに熱い。
「あぁっ! あっ、あんっ! はぁっ、あぁぁ――っ!!」
深く突き挿れられるたびに、ぎりぎりまで引き抜かれるたびに、短い悲鳴が上がる。早すぎる腰の動きに、呼吸が追いつかない。
すごく、いい。
たまらない。
これが欲しくてたまらなかった。
この、津波のように押し寄せる快感。
背中に感じるラッキーの重み。
お尻に打ちつけられる腰。
膣内で、むくむくと大きくなっていくペニス。
なにもかも、気持ちいい。
「あぁっ……ん、んぅ……ぁんっ!」
瘤が、押しつけられる感覚。
私はもう、それを受けいれることになんの躊躇いもなかった。
指で自分自身を大きく拡げて、膨らみつつある瘤を強引に膣中へと押し込んでいく。
「んっ……んくぅんっ、……んんんっ……んあっ、あぁぁ――っっ!!」
何度も何度も経験したことなのに、いちばん大きな部分が膣口を通り抜ける瞬間は、いまだに痛みのあまり悲鳴をあげてしまう。
だけどその一瞬の痛みさえ、今の私にとっては快楽の源だった。
痛いことが気持ちいいなんて、初めて知った。
完全に膣内に収まった瘤が、中で大きくなっていく。
まるで、お腹の中いっぱいに膨らんでいくような感覚。
大きな丸い塊が、身体の中に在るのを感じる。
少しでも腰を動かせば、快感が頭のてっぺんまで突き抜けるよう。
「あっ、はぁっ……あぁんっ! んっ……んぅぅっ……はぁぁぁっ!」
気持ち、いい。
気持ちよくて。
気持ちよすぎて。
……頭がおかしくなりそう。
私は無我夢中で腰をくねらせていた。その結合部から、さらに少しでも多くの快楽を搾り取ろうとするかのように。
お腹の中では、射精がはじまっていた。
人間のものに比べると粘性の低い、さらっとした感触の熱い液体が子宮へと注がれている。
「うくぅぅっ! んっ……んぁぁぁっ! あぁぁぁぁ――――っっ!!」
子宮が満たされていく感覚の中で、簡単に今日二度目の絶頂を迎えてしまう。
頭の中が真っ白になる。
全身から力が抜ける。
ベッドに突っ伏して、荒い呼吸を繰り返す。
その間も、ラッキーは私の中に精を放ち続けている。
おかげで、胎内で燻る残り火は、すぐにまた炎を上げそうな雰囲気だ。これだけ感じてしまったのに、私の肉体はまだ満足してはいなかった。
だけど――
「あの真面目な委員長が、悦んで自分から犬とセックスしてるとは……」
朦朧とした意識の中に、割り込んでくる声。
それは、聞き慣れた男の子の声。
「――っっ!?」
まさか。
驚いて顔を上げた私の視線の先に、上村くんがいた。
「……話には聞いていても、実際にこの目で見なきゃとても信じられんな。正直なところ、こうして見ていてもまだ信じられないんだが」
腕組みをして部屋の入口に立っていた上村くんは、妙に感心したような口調でつぶやいた。
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