青い顔をして教室に入ったあたしは、隣の席の真澄も同じような顔をしていることに気がついた。
「……どしたの?」
「聞いてよー、ハト。今朝、痴漢に遭っちゃってさー」
「あらら」
ここにもお仲間が一人。
「あんなの初めてだけどさ。すっげー気持ち悪い!」
うんうん、そうだろう。
何度も痴漢に遭っているあたしだって気持ち悪いのに、慣れていない真澄ではなおさらのこと。
真澄は、怒っているような泣いているような、複雑な表情をしている。
「あんなに気持ち悪いものとは思わなかった。ハトに同情するわ。あーもう! 思い出しても鳥肌立つ!」
「よしよし、真澄ちゃん。私が慰めてあげましょう」
「きゃあっ!」
こーゆーことは聞き逃さない聖さんがどこからともなく現れて、背後から真澄に抱きついた。
さりげなく胸の上に手を置いている。
「ちょ、ちょっと聖さん! こーゆーことはハトとやってよ。私はそんな趣味ないんだから」
「なんであたしに振るの? あたしだってそんな趣味ないよ」
「あ、冷たい言葉」
聖さんはわざとらしく傷ついた振りをした。
「でもさぁ、どうしてあんなに気持ち悪いのかね、痴漢って?」
「痴漢ってそーゆーものでしょ?」
「だってさぁ。彼氏に同じことされたら、すごい気持ちイイのに」
「そりゃあ、愛があるからでしょ」
ぷぅっと膨れている真澄の頬を、聖さんが指でつつきながら笑う。
「彼氏のは、あんたを愛するための行為。痴漢は、ただ自分の性欲を満たすための行為。そこで違いが出るんじゃない?」
「そうかなー? うん、そうだよね。私、行雄に愛されてるから」
「今度はのろけかい」
聖さんは肩をすくめて、興味の対象をあたしに移してきた。
ぎゅうっと抱きついてくる。
「私のは気持ちいいよねー、ハト? 溢れんばかりの愛があるもん」
「やぁん、もぉ、聖さんてば」
「んー、可愛い可愛い」
あたしの胸に顔を埋めるようにして頬ずり。
そんな聖さんの頭をぽかぽかと軽く叩きながら、あたしは今の台詞について考えていた。
愛しているから、気持ちいい。
そんな聖さんの言葉が事実だとしたら、どうしてあの人に触られるのはあんなに気持ちがいいのだろう。
他の痴漢は比べるまでもない。そして、自分の指でするよりも気持ちいいのだ。
(聖さんの言うことだもんね。あまり真に受けない方がいいのかも)
愛する彼氏に触られるのが、本当にそれほど気持ちのいいことなのかどうか。
彼氏イナイ歴十六年のあたしには、真実はわからないことなのだ。
<< | 前章に戻る | |
次章に進む | >> | |
目次に戻る |
(C)Copyright 2000-2002 Takayuki Yamane All Rights Reserved.