笙子がいた夏 3章


 少し、エッチな夢を見ていたような気がする。
 だけど具体的にどんな夢だったのか、まるで思い出せない。

 朝、目を覚ました時。
 私たちは、抱き合うようにして眠っていた。幸い、パジャマ代わりのTシャツはちゃんと着たままだったけれど。
 しかし。
 今は、八月なのだ。
 しかも私の部屋は東側に窓があって、朝陽がまともに射し込む。
 当然の結果として、目覚めたときは二人とも汗びっしょりだった。北海道の一般家庭で、クーラーのあるところは少ないし、さして裕福でもない女子大生の安アパートとなればなおさらのこと。
「シャワー、借りてもいいですか?」
 この状況、お嬢様にはさすがに耐え難いものであるようだ。きっと普段は空調の効いた部屋で、羽毛布団にくるまって寝ているのだろう。
「いいよ。私も続けて使うから、片付けなくてもいい」
「はぁい」
 昨夜も使ったバスタオルを手にした笙子の姿が、バスルームに消える。私は湿ったTシャツを脱いで、とりあえずそれで身体を拭いた。そのまま裸で、もう一度ごろりとベッドに横になる。
 バスルームからは、水音が聞こえている。
 私はぼんやりと、今日の朝食は何にしようかと考えていた。昨日がフレンチトーストで夜がステーキだったから、和食が食べたいと思う。だけど笙子は納豆なんて食べられるだろうか。鮭の切り身の塩焼きというのも、いまいち似合わない気がする。
 そうこうしているうちに水音が止んだので、私は立ち上がった。
 丸めたTシャツを洗濯物入れに投げ込むのと、バスルームの扉が開くのが同時だった。
「はぁ、気持ちよかった。沙紀さんも……、あ」
 バスタオルを身体に巻いて出てきた笙子は、何故かそこで口をつぐむと、真っ赤になって俯いてしまった。
「……? どしたの?」
「いえ……なんでも……」
 一度熱いお湯を浴びた後で、水を浴びたのだろうか。笙子の白い肌が、淡いピンク色に染まっている。笙子愛用の高級なボディソープとシャンプーの淡い香りが、媚薬のように私の鼻を刺激する。
「あ……」
 笙子が、小さく声を上げた。
 私はほとんど無意識のうちに、笙子の身体を抱きしめていた。
 ぎゅっと腕に力を込めて、笙子の髪に鼻を押しつける。
「……いい、匂い」
 決してきつすぎることのない香料の、柔らかな香り。洗ったばかりの髪の匂い。
 そして、湿った肌の匂い。
 身長差があるので、笙子は私の胸に顔を押しつけるような態勢になっていた。
 笙子は何も言わず、ただ黙って身を固くしている。小柄で華奢な身体つきだから、私の腕の中にすっぽりと収まるような感じだ。
 私はそのまましばらく、笙子の匂いと柔らかな肌の感触を楽しんでいた。
 腕の中で、笙子は小さく震えていたようにも思う。
「沙紀……さん」
 小さな、本当に小さな声で囁いた。
「……痛い……です」
「え! あ、ご、ゴメン!」
 その声で我に返った。自分で思っていた以上に、腕に力を入れていたらしい。
 もしかして、とんでもないことをしたのでは?
 私は慌てて、笙子を放した。
 手が引っかかったのか、身体に巻いていたバスタオルがはらりと落ちる。笙子は一糸まとわぬ姿で、私の前に立っていた。
「あ、ご、ごめん! 私ってば、つい……」
 笙子はバスタオルを拾おうとも、手で隠そうともせずに、その場に立ちつくしていた。突然の出来事に驚いて、身体が硬直しているのかもしれない。小ぶりな胸も、その先端にあるピンク色の突起も、そしてわずかに生えた恥毛も、すべてが露わになっていた。
 ウェストなんて、力を入れて抱きしめたら折れそうなくらいに細い。
「あ……あの……」
 笙子の声が、ほんの少し震えている。当然だ。しらふなら大丈夫と信用していた相手に、いきなりこんなことをされては。
 しかもこの時になってから気付いたのだが、先刻Tシャツを脱いだ私は、ショーツ一枚の限りなく全裸に近い姿だった。気ままな独り暮らしのクセが身体に染みついていて、ついいつも通りに行動してしまった。
 これでは、笙子を襲おうとしたと思われても言い訳できない。
「……沙紀さんって、やっぱり……?」
「……いや……その……、笙子の洗い髪がすごくいい匂いで、つい……」
 ああ、ぜんぜん言い訳になってない。
「……ゴメン。私、どうかしてた」
「……いきなりこんなことされたら、びっくりします」
「……ゴメン」
「せめて……先に一言断ってください」
「え?」
 私はびっくりして、笙子の顔を見た。この言い方では、まるで……。
「……断れば、いいってこと?」
「もしかして沙紀さん、エッチなこと考えてます?」
 あ、なんだか笙子の視線が白い。
「え? い、いいや。まさか!」
 一瞬きつい目で睨んだように見えた笙子は、すぐににこっと笑った。
「……いきなり脅かすようなことしないなら……、抱きしめるくらいはしてもいですよ」
「え? あ……いや、とにかく、ゴメン!」
 なんだかすごく居心地が悪くて、私はそのまま逃げるようにバスルームへ入った。



 まだ、心臓がドキドキしている。
 腕に、笙子の肌の感触が残っている。
 柔らかくて、吸い付くように滑らかで。
 そして、いい匂いがしていた。
(私ってば……)
 記憶の残滓を洗い流そうとするかのように、私は蛇口を一杯にひねって頭からシャワーを浴びた。顔が痛いほどの水勢だ。
 私は、同性愛者ではない。……はずだ。多分。
 なのにどうして、あんなことをしてしまったのだろう。
 頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
 バスタオル一枚の笙子が、とても可愛く思えて。
 気がついたときには、抱きしめていた。
 まるで、その姿に欲情したかのように。
(そんな……ばかな)
 確かに笙子は可愛い。しかしだからといって。
(……可愛かった)
 私の腕の中で、赤くなって震えていた笙子。
 思い出すだけで、胸の鼓動が激しくなる。
(笙子の裸を見て、笙子を抱きしめて、私、興奮していた……?)
 そんな莫迦な。認めたくない。
 だけど、否定できない事実が一つあった。
 私は、恐る恐る指を下腹部へ滑らせた。その事実を確かめるのが、怖かった。
 だけど。
(濡れて……る……)
 疑いようもない。人差し指と薬指で花弁を開き、少しだけ中指を潜り込ませる。
 そこには、普段の状態とは明らかに違う潤いがあった。熱く、とろけている。
(どうして……)
 そのまま、指を離すことができなかった。
 身体の芯が熱い。
 私の女の部分に、ぽっと火が点いた。
 こんなこと、いけない――頭ではそう思う。こんな朝っぱらから、シャワーを浴びながらの自慰行為だなんて。しかも、部屋には笙子がいるというのに。
 なのに私は、指を離すことはできなかった。それどころか、無意識のうちに指を小刻みに動かして、中へ潜り込ませようとしていた。
 ふと思いついて、シャワーを胸に当てる。水勢を最強にしたシャワーは、私の乳首を絶え間なく刺激した。
「ぁ……、ぅ……ぁ」
 声が漏れてしまう。指で触れてみると、そこはもう固く尖っていた。
(そんな……)
 私はこれまで、どちらかといえばスロースターターだと思っていた。一度その気になってしまえばそれなりに激しく反応するのだが、そのためには彼氏にたっぷりと時間をかけて愛撫してもらう必要があった。
 自慰だって、そう頻繁にする方ではない。その行為自体は決して嫌いではないのだけれど、本気で気持ちよくなるまで時間がかかるので、よほど時間に余裕があってエッチな気持ちになっているときにしか、する気になれないのだ。次に彼氏と会うまでの二、三日くらい、我慢してもいいと思ってしまう。
 なのに今日はどうしたことだろう。もうすっかり、止められない状態になっている。
 さすがに花弁に触れている指をすぐに挿入するのは躊躇われたので――もういつでも入れられそうではあったが――胸の方に意識を集中する。
 流水の刺激だけでは物足りなくなって、ノズルを直に押しつけた。プラスチック製のノズルと乳房の間で、乳首が押しつぶされる。そのまま小さな円を描くように動かすと、ざらざらとしたノズルに擦られて、水とは比べ物にならない強い刺激が味わえた。
「あ……はぁぁ……」
 気持ちいい。もともと私は、火がついた後は乳首がすごく感じるのだ。堪えようとしても声が漏れてしまう。
「うぅん……ぅ……ん……、いい……」
 部屋には笙子がいるのだから、大きな声を出すわけにはいかない。しかしシャワーの水音が大きいから、少しくらいなら気付かれることはあるまい。
 私は夢中になって、シャワーを胸に擦り付けていた。
 固いプラスチックの感触は少し痛い。だけどその痛みは、次の瞬間には快感へと昇華してしまう。
「あん……だめ……」
 こんな固い物をいつまでも擦り付けていたら、乳首が擦り剥けてしまうかもしれない。適当なところで止めないと……と思っても手が止まらない。
 右の乳首をしばらく愛撫して、痛みが強くなってきたら次は左へ。左の乳首も痛くなってきたら、また右へ。
 私は繰り返し、胸への愛撫を続けていた。
「……だめ……、これ以上は……ぁ」
 なんとか自分に言い聞かせて、シャワーを離す。見ると、乳首が赤くなっている。これ以上続けていたら、本当に擦り剥いてしまいかねない。
 だけどすっかり火照った身体は、代わりにもっと強い刺激を求めている。
「もう……」
 私は脚を広めに開くと、そこへシャワーを当てた。
「あぁっ! ……っ」
 一瞬大きな声を出してしまい、慌てて口をつぐむ。
 一杯に蛇口を開いたシャワーの水勢が乳首よりも敏感な部分に当たって、身体に電流が流れたように感じた。十五センチほどの距離を空けて、ゆっくりとシャワーを動かす。
「はぁぁ……あぁ……あぁ……」
 いい。
 すごくいい。
 こんなの初めて。
 脚から力が抜けていく。私はタイルの上にぺたんと座り込んだ。
「ひゃあぁぁっっ!」
 その勢いで、先刻からずっと第一関節だけを潜り込ませていた中指が、奥まで入ってしまった。突然の刺激に、思わず悲鳴を上げた。
「あ……あぁ……あ……」
 中は、すごく熱い。まるでインフルエンザにでもかかって高熱を出しているみたいだ。
 もうすっかり柔らかくほぐれて、自分の指をぴったりと包み込んでいる。
 濡れている、なんてもんじゃない。フライパンで熱したバターのように、中の熱さで膣壁が溶けだしているんじゃないかって、一瞬本気で思った。
「あぁっ、あぁん! あぁっ! あぁーっ!」
 一度入れてしまったら、もう指が止まらない。一本の指ではすぐに物足りなくなって、薬指も中に入れた。
 指を二本挿入すると、さすがに膣口が大きく広げられて、挿入されてるって実感がある。二本の指を交互に動かして、絡みつく粘膜をかき混ぜる。
「すっ……ごぉい……。いい……、いいぃ……」
 もう、今にも達してしまいそうだ。だけど心のどこかで、すぐにいってしまったら勿体ないって思っている。
 こんなに気持ちいいのだから、もっと楽しんでいたい、って。
「うんっ……あぁっ! うぅんっ! んっ、はぁぁ……」
 指を根元まで埋める。それでも物足りないかのように、ぐいぐいと手を押しつける。
 中指の先端は、一番深い部分まで届いていた。
 右手と腰が、タイミングを合わせてリズミカルに動いている。
 私は左手に持っていたシャワーを放り出すと、胸をギュッと掴んだ。指がめり込むほどに、こね回すように強く揉む。
 右手は、中指と薬指を中に入れたまま、人差し指と親指でクリトリスを摘んだ。指の腹できゅっと挟んで、軽く引っ張ったり、左右に転がしたり。
「あぁぁっ! あぁっ! あぁぁんっ!」
 いく。
 いっちゃう。
 もう我慢できない。
 だけど、もっと楽しみたい。
 もっと気持ちよくなりたい。
 ふと、笙子が使ったボディソープの容器が目に映った。私はそれをたっぷりと掌に取ると、ヌルヌルになった手で、胸と性器を強く擦った。
「あぁぁぁっ! はぁぁぁぁぁっ!」
 効果はてきめんだった。
 まるでローションのような滑り。
 そして心地良い香り。
 笙子の匂いに包まれて、私は快感の頂に達していた。



 当然の事ながら。
 バスルームから出た後、笙子の顔をまともには見られなかった。
 笙子をオカズにして……してしまった。
 すごく気まずい。
 目を合わさないようにして、冷蔵庫から烏龍茶を取り出そうとしたのだが、私の手は途中で止まった。
 笙子の身体に、目が釘付けになる。
 彼女は全裸のまま、ベッドに座っていた。
 バスルームから出た私を見ると、立ち上がってゆっくりと近付いてくる。
 私の目の前。一メートルくらいのところまで来て。
 黙って、無表情に私を見ていた。
「……どうですか?」
「ど、どうって、何が?」
 私はどもりながら訊き返す。
「わたしがこうしていたら、また襲っちゃいますか?」
 まったく隠そうともせず、腕を広げる。
「そ、そんなことするはずないでしょ!」
「本当に?」
「あ、あ、当たり前よ!」
「わたしが嫌がること、しません?」
「しないしない」
 首を左右に振りながら、私は頭の片隅で考えていた。
 もしもここで正直に「自信がない」なんて答えたら、笙子はどうするのだろう。怯えて、ここから出ていってしまうのだろうか。
「じゃあ、わたしはまだここにいていいんですね」
 にこっと微笑むと、笙子はベッドの方に戻って自分の下着を手に取る。その姿を見ながら、私は小さく安堵の息をついた。
 私は笙子に、ここにいて欲しいと思っていた。

続く

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