「あの子、沙紀さんの従妹だなんてウソだろ?」
 空手の稽古を終えてシャワーを浴びている時、隣の個室からそんな声が聞こえてきた。後輩の彩樹だ。
 不意うちに、私は必要以上に狼狽してしまった。
「な、なんでっ?」
 すぐに応えは返ってこない。隣の水音が止まり、扉が開く音がした。私も急いでバスタオルを身体に巻いて個室から出る。
 彩樹は全裸のまま、隠す素振りも見せずに濡れた髪を拭いていた。胸も小さく、女性らしいふくよかさのないすらりとした身体は、どこか中性的な印象を受ける。
「あの子いつも、ハート型の目をして沙紀さんのこと見てるじゃん」
 髪を拭きながら、彩樹がにやりと笑う。私の反応を楽しんでいるような目つきで。
「もう一目瞭然。見るからに『恋する乙女』って感じ」
「そ、そんなこと……」
 まさか、そんなことはないだろう。私と笙子は、別に恋人同士ではない。家出少女が他に行く当てがなくて、居候しているというだけのこと。
 ただそれだけ……のはずだ。
「それに、オレがあの子に手を出そうとした時の沙紀さん。あれは保護者じゃなくて恋人の反応だよ」
 私は、なんとか平静を装おうとした。しかし、顔が赤くなってきているのを自分でも感じる。
「それとも沙紀さん、百合だけじゃなくて従妹相手の近親相姦? 見かけによらずアブノだねぇ」
 からかうように言って笑う。
 だめだ、コイツには勝てない。彩樹は年下だけど、恋愛やセックスに関しては私よりもずっと経験豊富なのだ。但し、相手は同性限定だけど。
 私は、仕方なくうなずいた。
「……他の人には言わないでよ」
「言わないって。それにしても、沙紀さんも同類だったとはね。仲間が増えて嬉しいよ、オレは」
「仲間?」
 私は思わず顔をしかめた。
「仲間って、一緒にしないでよ。私はあんたみたいに無節操じゃないんだから」
「笙子ちゃん一筋ってわけ? 沙紀さんてば、かーわいい」
 ああもう、完全に子供扱い。遊ばれてる。私は真っ赤になって、何も言い返せずにいた。



 その夜。
 お風呂上がりの私は、濡れた髪もそのままに風呂上がりのビールを楽しんでいた。
 笙子は私の後にお風呂に入っていて、シャワーの水音が聞こえている。
 その音を聞いているうちに、鼓動が大きくなってくるのを感じた。
 考えまいとしても、シャワーを浴びている笙子の姿を思い浮かべてしまう。
 ふと、夕方の、彩樹の台詞を思い出した。
『あの子、ハート型の目をして沙紀さんのこと見てるじゃん。見るからに『恋する乙女』って感じ』
 本当だろうか。そんなことがあるのだろうか。
 だったら私たちは両想い。抱きしめたり、キスしたり、あるいはそれ以上のことをしたって問題ないはずだ。
 だけど、彩樹の思い過ごしということもある。強引にバージンを奪った相手を、好きになったりするものだろうか。
 ひょっとして、笙子ってマゾッ気があるのかも……。いやいや、まさか。
 だけど、嫌がりもせずに一緒に暮らしているってことは、実は少しは期待しているのかな。
 いや、でも……。
 私の頭は混乱する一方だった。
 もっと、笙子の傍に寄りたい。
 笙子に触れたい、抱きしめたい。
 そう思っている。
 だけどそれを拒まれたら、私はどうすればいいのだろう。
 かといって、いつまでもこんな中途半端な状態でいられる自信もない。
 空になったアルミ缶が、手の中でくしゃっと潰れる。それをゴミ箱に放り込んだところで、バスルームの扉が開いた。
 白いバスタオルを身体に巻いた笙子が出てくる。
 その姿を見た瞬間、私は心を決めていた。
 お風呂上がりの笙子は可愛すぎる。上気した肌も、濡れた黒髪も、これ以上はないくらいに私を挑発している。
 もうこれ以上、我慢したくない。それとも、我慢できないというべきだろうか。
 自分の気持ちを、はっきり言うべきだ。そうしないとこの先、笙子との関係がぎくしゃくしたものになりそうな気がした。
 「……笙子、ちょっとこっちに来て」
「はい?」
 半疑問形の返事をしながら、笙子がこちらに来る。
「ちょっと、隣に座って」
 笙子はバスタオル一枚の姿のまま、私の言葉に従った。
 どことなく訝しげな表情で、私を見ている。今のところ、怯えた様子や疑っている様子は見えない。
 私は、小さく深呼吸した。
「……なんですか?」
「前に、言ったよね? 前もって断れば、いきなりじゃなければ、抱きしめるくらいはしてもいいって」
「え……?」 
 一瞬驚いた表情を見せた笙子は、数日前の朝のことを思い出したのか、頬を真っ赤に染めて俯いた。
 何も言わない。ただ黙って俯いているだけ。
 顔だけではなく、耳まで真っ赤になっている。
 最初の一歩を踏み出した私は、自分でも驚くくらい積極的になっていた。笙子の返事を待たず、次の行動を起こした。
「嫌なら、そう言って。乱暴なことはしないから」
 笙子が何も言えずにいるので、沈黙は肯定の証と自分に都合のよい解釈をする。私は、笙子の身体に腕を回した。
 最初はそぅっと。そして少しずつ力を込めていく。
 顔を、笙子の髪に押しつける。
「いい……匂い」
 耳元で囁くと、笙子の身体が小さく震えた。 
 笙子の体温を感じる。二人を隔てているものは、一枚のバスタオルと、私が着ている薄いTシャツだけ。
 背中側に回した手を動かして、笙子の肩越しに頬に触れる。少し力を込めて、俯いていた顔をこちらへ向かせた。
 驚き。戸惑い。ほんの少しの怯え。照れ。
 様々な感情が複雑に入り混じった表情が見える。
「可愛いね、笙子」
 もう一度耳元でささやくと、長い髪を掻き上げて耳たぶにキスをした。そのまま、唇で軽く噛む。
「ん……」
 笙子が小さく声をあげる。それでもまだ、私を拒絶する言葉は出てこない。
 少しずつ、笙子に体重を預けていく。その分、笙子の身体が後ろに傾いていく。
 そのまま、絨毯の上に押し倒した。笙子が負担に感じない程度に体重をかけて、身体を重ねる。
 頬と頬が触れる。二、三度頬を擦り合わせてから、その部分にキスをした。さらに頬の上で唇を滑らせる。
「あ……そ……」
 開きかけた笙子の口を、私の唇が塞いだ。さすがに小さく身じろぎをしたが、私にしっかりと抱きしめられているために逃れることはできない。
 唇と唇が、重ねられている。柔らかな粘膜同士が触れ合っている。
 私は舌先で笙子の唇をくすぐり、そのまま口の中へと滑り込ませた。
 温かくて、柔らかくて、湿った感触。
 私の舌が、笙子の舌に触れる。一瞬逃げるように引っ込められた舌は、二、三秒後に元の位置へと戻ってきた。もう一度触れても、今度は逃げない。私は絡ませるように舌を伸ばし、笙子の唾液を味わった。
 一度舌を引っ込めて、また伸ばして。
 笙子の唇、歯、舌。それぞれの異なる舌触りを楽しむ。
 ゆっくりと唇を離すと、二人の間で唾液が透明な糸を引いた。
「笙子って、これまでキスの経験は?」
 訊くと、笙子は目を閉じたまま小さく首を左右に振った。すると、私がファーストキスというわけだ。その事実に満足感を憶えた。
 もう一度唇を重ねる。
 今度はキスだけではなく、左手をバスタオルの上から笙子の胸に乗せた。
 胸をゆっくりと揉もうとしたその手に、笙子の手が重ねられる。私の手を押さえるかのように、少し力が込められている。私は動きを止めた。
「どうして……」
 これだけ接近していても、ようやく聞こえるくらいの小さな声だった。
「なに?」
「どうして……ですか?」
 質問の意図はやや不明確だったが、私は「どうしてこんなことをするのか?」という意味に受け取った。ただ、それが拒絶の言葉なのか、単に疑問に思っただけなのかはわからない。
「どうしてもなにも。……笙子のことが、好きだから」
「え……」
 笙子の手から、一瞬力が抜けた。その隙に私は、手をバスタオルの中に潜り込ませた。
 絹のように滑らかな笙子の肌に、直に掌が触れる。
「好きだから抱きしめたい。触りたい。キスしたいの。笙子はまだ知らないかもしれないけど、好きな人と肌を合わせることは、本当に気持ちいいの」
 そう言って、私はバスタオルを取った。上気してほんのりとピンク色に染まった肌が露わになる。
 手も脚も、そしてウェストも、力を入れたら折れそうなほどに細い。ほくろの一つも見当たらない、滑らかで真っ白な肌。
「ヤダ……」
 笙子は両手で顔を覆った。
 しかし私は、その「ヤダ」を拒絶の言葉とは受け取らなかった。ただ、全裸を人目に晒すのが恥ずかしいだけだろう。
 ゆっくりと、笙子の身体を観察する。
 中学三年生としてもやや小振りな、しかし形のいい乳房。その先端の突起は周囲の肌に比べて、やや濃いピンク色をしている。
 そっと、指先で触れた。指はそのまま胸の膨らみを下り、お腹の上を滑る。お臍の横を迂回して、さらに下へと向かって行く。
 その部分もまだ未成熟で、ほとんど無毛に近かった。微かに色の濃くなった産毛が、ごく狭い範囲を覆っている程度でしかない。
 相手が、まだ本当に未成熟な少女なのだと実感する。すごく、いけないことをしているような気になる。
 だけど、止める気はなかった。
「私は、笙子のことが好き。それが私の片想いでしかないのなら、本当に嫌なら、そう言って。だけどただ恥ずかしいってだけなら、このまま続けるよ」
 笙子は手で顔を覆ったまま、小さく首を振った。
「嫌なの?」
 もう一度、同じように首を振る。
「じゃあ、どうして欲しいの?」
 真上から顔を覗き込むようにして訊く。すると突然、笙子の腕が私の首に回された。そのまま、ギュッと抱きしめられる。
「……こんなところで……ヤです。……せめてちゃんと、ベッドの上で……」
 私は小さく笑った。言われてみればその通りだ。経験豊富な相手ならば、たまにベッド以外の場所で気分を変えて……と思うこともあるが、まだほとんど経験のない笙子を、絨毯の上で押し倒してそのまま行為に及ぶというのは、ちょっとやり過ぎだろう。
 私は身体を起こして、軽い笙子の身体を両腕で抱き上げた。全女性の憧れである「お姫様抱っこ」の形になる。
 笙子は恥ずかしそうに、私の腕に顔を埋めるようにしている。できるだけそうっと、ベッドの上に降ろしてやった。
「それから……明かり、消してください。恥ずかしい……です」
 また両手で顔を隠して、笙子がささやく。だけど私は、その願いは聞き入れなかった。
「それはだめ」
「どうして」
「笙子の、きれいな身体を見ていたいから」
 私はベッドの縁に腰掛けて、笙子を見おろしながら応えた。
「ヤダ、だめ! 沙紀さんのいじわる!」
 慌てて胸を隠そうとする手を、私はしっかりと掴まえた。両手を開かせて、笙子の上に覆いかぶさる。
「いまさら言っても手遅れだよ」
 別に苛めたいわけではないが、笙子の恥ずかしがる姿は本当に愛おしいのだ。それに適度な羞恥心は、快感を増すスパイスでもある。
 私は身体を重ね、笙子の頬にキスをした。
「本当に、いい?」
 ようやく笙子は、こくんとうなずいた。やっぱり恥ずかしいのか、目を伏せて、私の方を見ようとしない。
「ただ……」
「ただ?」
「……優しくしてください。初めての時は、ちょっと乱暴でした」
「痛かった? ゴメン。今度はちゃんと……」
 そこでいったん言葉を切って、耳元に口を寄せた。
「うんと、気持ちよくしてあげる」
 笙子の顔が、かぁっと赤く染まる。
 その様子を見届けてから、私はもう一度唇を重ねた。

続く

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