月羽根の少女
プロローグ


 六月の朝の柔らかな光がカーテンの隙間から射しこみ、くしゃくしゃになった毛布の上に、光と影のまだら模様を描いていた。
 外はよく晴れているようだが、まだ気温はそれほど上がってはいない。
「ふわ…ぁ…」
 大きな欠伸をしながら、さおりは身体を起こす。
 わずかに茶色味を帯びたセミロングの髪は寝ぐせだらけだった。
「もう、朝か…」
 半分眠ったような目をしてつぶやく。
 正確には、朝というよりも昼に近い。
 昨夜は遠慮なしの夜更かしをしてしまった。
 今日は、さおりの通う中学校の創立記念日。
 そして明日は土曜日だった。
 つまり、
「えへへ〜、今日から三連休か〜」
 無意識のうちに、顔がにやけてしまう。
 しかも、今回はただの三連休ではない。
「ママは旅行で留守だし、思いっきり羽が伸ばせるぞ〜」
 別に母親のことが嫌いなわけではない。
 それでも十四歳の女の子なら、たまには親の目を気にせず、好き勝手にすごしたいと思うものだ。
「んん〜っ」
 大きく伸びをして、ふぅっと小さく息を吐き出す。
 …と、
 バサッ!
 背後でなにか、大きな布でも広げたような音がした。
「ばさ?」
 首をかしげ、後ろを振り向く。
 羽根だった。
 純白の、翼。
 まるで朱鷺か白鷺のような…。
 部屋いっぱいに広がっていた。
 幸か不幸か、ベッドの上で身を起こしたさおりの正面には、全身を映せる大きな鏡があった。
 鏡に、さおりが映っていた。
 背中から羽根をはやしたさおりが。
 そう、さおりの背から翼が生えていた。
「羽根をのばせるって、比喩的な意味だったのにな…。なにもホントに羽根なんか出さなくたって…」
 どこか他人事のようにつぶやきながら、自分の背中を見る。
 間違いなく、さおりの背から生えていた。
 そのことを確認して、
 その事実がようやく飲み込めたところで、
「う〜ん…」
 さおりは、そのまま気を失った。



次章に進む>>
目次に戻る

(C)Copyright 1999 Kitsune Kitahara All Rights Reserved.