五章 墓跡


「なんだ、ここは……?」
 奈子は、きょろきょろと周囲を見回した。
 まったく見覚えのない風景だった。
 いま立っているのは、石造りの大きな建造物の上。目の前には、草の一本も生えていない赤茶けた地面が広がり、数百メートル向こうには、都市の廃墟らしきものが見渡す限り広がっていた。
 もう一度、周囲を見回す。
 ちょっとした街のような、石造りの構造物が並んでいた。以前訪れたことのある、王国時代の神殿の遺跡にも少し似ている。
「なんなんだ、ここは……」
 ぼんやりと呟きながら、近くにあった低い階段に腰を下ろす。
 何が起こったかは見当がついていた。ソレアの家へ行こうとして、転移に失敗したのだ。
 問題は、ここがどこかということ。
 この世界で訪れたことがある土地は数えるほどだし、ここは、そのどれとも似ていない。
 つまりは「ここが何処なのか、見当もつかない」ということだ。
「あーあ……踏んだり蹴ったり」
 溜息をついて空を見上げた。
 空はどんよりと曇っていて、時刻もはっきりとしない。
 周囲に生き物の気配はない。ここも、古い遺跡の一つなのだろうか。
 奈子は、ソレアの家へ行くつもりだった。
 由維と喧嘩して、家に一人でいるのがいたたまれなかったから。
 誰かに、傍にいて欲しかった。
 それなのに、何処とも知れぬ土地でまた一人きりだ。
(何やってンだ、アタシは……)
 転移に失敗した理由もわかっている。
 元々、転移は非常に高度な魔法で、高位の魔術師にしか使いこなせないものだ。
 転移の際には意識を集中し、転移先をしっかりとイメージしなければならない。
 ちょっとした雑念が混じっただけで、目的地以外の場所に転移してしまうことも珍しくない。あるいは王国時代の神殿など、強い魔力を持つ場所の近くでも、その影響で転移の精度は下がる。
 ソレアやファージから、これまで何度もそう注意されていた。
 由維との喧嘩にショックを受け、自分の世界から逃げるように転移してきた奈子の精神状態では、上手くいくはずもなかったのだ。
 ファージから貰った転移魔法のカードは、この世界と奈子の世界の間の、次元転移のためだけのものだ。魔法のカードと、以前ファージに貰った指標となる紅い宝石のピアス。この二つの助けで、奈子は辛うじて転移を行っているに過ぎない。
 奈子自身はこの世界の中での空間転移はできないし、そのためのカードも持っていない。
 ソレアの家へ行くには、一度自分の世界に戻って出直すしかなかった。
 しかし。
「明日まで、このまま……か」
 転移は極めて困難な魔法だ。ファージやソレアのように特別に強い力を持った魔術師でもなければ、続けて何度も行うことはできない。
 魔法のカードの助けを借りて転移を行っている奈子の場合も、それは例外ではない。
 自分で転移する場合、一日以上間をおくこと――ファージはそう言っていた。
 無理に転移を行えば、奈子自身に負担を強いることになるし、精度はさらに下がる。一度失敗したからといってすぐにやり直すわけにはいかないのだ。
「でも……」
 奈子は思った。
 かえって良かったかも知れない、と。
 少なくとも、頭を冷やす時間はできたわけだ。
 石畳の上にごろりと横になる。少し背中が痛いが、気にするほどでもない。
『奈子先輩のバカァッ!』
 由維の最後の言葉が、いつまでも耳に残っている。
 由維の泣き顔が、目に焼き付いている。
 ぼんやりと考える。
(一体、アタシと由維の関係って何なんだろう?)
 物心ついたときから、ずっと一緒にいた。
 いつも、一緒にいるのが当たり前だった。
(由維は、アタシのことが好きだ。アタシは由維のことが好きだ。でも……)
 それはいったい、どういう『好き』なんだろう。
 単なる友情という言葉では、説明できないような気がする。
 しかし、高品に対して抱いていたような恋愛感情とも違う。
(……わかんないや)
 一つだけはっきりしているのは、何としても由維に謝らなければならないということ。
「はぁ……」
 深く溜息をついて、奈子は立ち上がった。
 いつまでもこうしていると、どんどん気持ちが暗くなってしまう。
 とりあえず気を取り直して、周囲の様子を見ておくことにした。
 ひょっとしたら、ファージにいい土産話ができるかも知れない。とにかく身体を動かしていれば、嫌なことも考えずに済む。
 そんなことを思いながら、奈子は歩き始めた。



 一キロちょっと歩くと、周囲の地形が大体飲み込めてきた。
 どうやら、周囲には広大な都市の廃墟が広がっているらしい。その中に、建造物もなく草も生えていない、直径一キロ強のほぼ円形の荒野がある。そしてその中心に、縦横数百メートルの、奈子がいる遺跡がある。
「都市のドーナツ化現象……違うか」
 荒野の向こうに広がる廃墟は、相当な規模があるらしい。その更に数キロ向こうに低い山並みが連なっているが、ひょっとしたらその麓まで続いているのかも知れない。
 どういった理由か、その中にぽっかりと円形の土地が開けているのだ。
 何か、手掛かりになるようなものはないだろうか。
 周囲を見回した奈子は、不意に、奇妙な感覚にとらわれた。
 どこかで見たような風景が、目に入った気がした。しかし、それが何なのかはっきりしない。
(何だっけ……?)
 奈子の周りに立ち並ぶ、建物か単なるオブジェかよくわからない構造物の数々をじっくりと見る。
 以前訪れた神殿の遺跡に少し似ているが、それが既視感の原因ではない。
 周囲に広がる赤茶けた大地も違う。
 その向こうに見える、崩れたビルの林のような廃墟でもない。
「……!」
 思わず、声を上げそうになった。
 廃墟の向こう、遙か遠くに見える山並みの中に、山頂部が奇妙に尖った、特徴のある形の山があった。
 その山の形に見覚えがある。
 それも、つい最近。
 しかし、それを見たのは――
 夢の中、だった。
 レイナ・ディ・デューンのマルスティア攻略の夢の中で、ちょうど夕陽が沈む位置にあった岩山。
 それはほんの数時間前のことだし、不思議なリアリティがあった夢なのではっきりと覚えていた。
「じゃあ……じゃあ……。ここはマルスティアの廃墟だっていうの?」
 何故、夢で見た岩山が実在するのか。
 まさか、まだ夢を見ているのだろうか。
 いっそ、夢だったらいいのに。奈子はそんなことを考えた。
 由維との喧嘩もみんな夢だったら、と。
 だが、そんなはずはない。少なくとも、いま見ている風景は現実だ。
 ここが王国時代のトリニアの王都、マルスティアの廃墟だとすれば、説明が付くことも多い。
 マルスティアは最盛期には百万以上の人口を持ち、大陸の歴史上最大の都市だった。周囲に広がる廃墟の規模は、他の都市では説明できない。
 トリニアとストレインの戦争の末期、マルスティアは完全に破壊され尽くして、以後現在までの千年間、誰も住む者はないという。そしてここにも、人が住んでいる気配はない。
 マルスティア攻略の夢を見て、それが意識の中にあったとすれば、ここへ転移した理由も納得がいく。これまで奈子は実際にマルスティアを訪れたことはないが、少なくとも地図上の位置は知っている。
 唯一わからないのが、奈子がいる場所がなんなのかということだ。荒野の向こうの廃墟と違い、ここだけは破壊の跡がほとんどない。
 ということは、マルスティアが廃墟になった時代より後に築かれたのだろうか。
 しかしトリニアの時代より後に、ここに住んだ者はいないはずだった。
 荒野の中心部に存在するこの遺跡、どうやらいわくありげな物らしい。
 奈子は、詳しく調べてみることにした。
 今まで遺跡と荒野の境界に沿って歩いてきたのを、九十度方向転換して遺跡の中心へと向かう。
 直方体や円柱形の構造物が立ち並んで真っ直ぐには歩けないが、とりあえず中心部付近だろうと思われる処まで来た奈子は、中へ入ることができそうな建物を見つけた。
 一段高い場所にあるその建物の側面には、入口が黒く開いていて、そこまで階段が続いている。
 だが、なにより驚いたのは、その入り口の前に二人の人間がいたことだった。
 まさかこんな処で人間に合うとは思っていなかったので、物陰からそっと様子を伺った。
 二人とも男で、年齢は多分三十より下だろう。腰に剣を差していて、まるで入口の番をしているような雰囲気だ。
(とにかく、話をすればここがどこかははっきりするか……)
 そう思った奈子は、二人の近くへ行くことにした。
 変にこそこそせずに、ごく自然な感じで歩いていく。
 階段を中程まで上ったところで、二人はこちらに気付いたようだ。明らかに驚いた様子が見て取れる。
 向こうも、こんな処で他人に会うとは思っていなかったのかも知れない。
「何者だ、お前……」
 男の一人が、警戒した口調で誰何する。
 こんな処で、いきなり正体不明の少女が現れたのでは無理もないだろう。そう思った奈子は、敵意がないことを示すために両手を軽く広げて笑って見せた。
「いえ、怪しいものではありません。実は、転移魔法に失敗して迷い込んで……」
 だが、男は最後まで聞いていなかった。
 いきなり剣に手をかけると、抜き打ちざまに斬りかかってくる。
「こいつ、マイカラスの騎士だっ!」
 奈子に斬りつけながら、相棒に向かって叫んだ。奈子は慌てて、一歩下がって男の剣を躱す。
(な、何っ? 何でいきなり? それにどうしてアタシが騎士だって……)
 驚いた奈子の目がふと、自分の左手を見た。
 もちろん今日はこの世界での普段着だったが、左手首には、マイカラスの紋章が彫られた白銀色に輝く金属の腕輪が填められている。
 それは、マイカラスの騎士の証だった。
(これか……)
 だが、騎士だからといってどうしていきなり襲いかかってくるのだろう。男が攻撃の手を休めないため、それをゆっくり考えている余裕もない。
 胴を狙ってきた剣を、左手で短剣を抜いて受け止める。そのまま踏み込んで右手の掌底で男の顎を打った。
 男がのけぞった瞬間、奈子は地面を蹴って男の鳩尾と顎へ二段蹴りを放つ。
 着地するのと同時に、もう一人が手を突き出して呪文を唱えてくる。奈子は反射的に、手に持っていた短剣を男に投げつけた。
 短剣を避けようとして男の気が逸れた一瞬の隙に、相手の懐へ飛び込んだ。男が放った魔法の炎が肩を掠める。
 奈子は相手の襟首を強引に掴むと、そのまま顔面に頭突きを叩き込んだ。男の鼻血が飛び散る。
「ヒュッ」
 短く息を吐きながら腰を低く落とし、とどめとばかりに一気に四連突きを打ち込む。手応え十分の突きに、男は倒れて動かなくなった。
「ふぅ……こいつら、いったい何者だ?」
 大きく深呼吸した奈子は、倒れている男たちを観察した。
 二人とも、良く鍛えられた身体をしている。
 幅広の剣。革と金属板を重ねた、胸や鎖骨を守る防具。どちらもこの世界では比較的ありふれた武具だ。紋章らしきものは見あたらない。
 傭兵か、それとも単なる遺跡荒らしか。
 事情はよくわからないが、取り敢えず、男たちが気絶しているうちにロープで縛り上げておいた。
「アタシがマイカラスの騎士だから、襲ってきた。……マイカラスと敵対する国の兵?」
 だが、現在のマイカラスは何処とも戦争状態にはない。
 クーデターの残党という可能性もあるが、それにしてもマルスティアの遺跡にいる理由がない。偶然にしては出来過ぎている。
 マイカラス王国。
 トリニアの王都マルスティアの遺跡。
 正体不明の戦士。
 そして、男たちが護っていたこの建物。
 手がかりになりそうなキーワードを、頭の中で反芻する。
「……まさか……ね?」
 ひとつ、気になることがあった。しかし確証はない。
 奈子は、遺跡の入り口へと向かった。
 中を調べれば、はっきりする筈だった。



 遺跡の内部へ通じる通路はけっこう広かった。幅五メートルくらいはあるだろうか。
 数歩進んでから、明かりの魔法を封じたカードを取り出した。オレンジ色の光が頭上に出現し、周囲を照らし出す。
 空気は乾燥していて、ひんやりと冷たい。
 物音は何も聞こえない。
 奈子は、周囲に気を配りながら慎重に奥へと歩いていった。
 三十メートルほど進むと、下へ降りる階段があった。階段は長く、ビル四、五階分くらい降りたところでやっとまた水平な通路になる。
 通路を進もうとした奈子は、不意にただならぬ気配を感じた。反射的に床に伏せる。
 ヴンッ!
 鈍い音と共に、頭上に紅い光が疾り、肌が灼けるような熱気が伝わってくる。
 顔を上げると、通路の前方にひとつの人影が見えた。
「誰っ?」
 立ち上がりながら、奈子は叫ぶ。
 人影は、ゆっくりと近付いてきた。
「いやぁ、さすがはマイカラス王国の騎士。よくかわしたね」
 若い男の声だった。
 歳は二十歳前後だろうか。体格は中肉中背、顔には人懐っこい笑みを浮かべている。そして、鮮やかな赤毛が特徴的だ。
「何者よ、あんた」
 その答えは予想できていた。それでも奈子は尋ねる。
「アルワライェ・ヌィ。君は可愛いから特別に、アルと呼んでも構わないよ。でも、本当は人の名を尋ねる前に、自分が名乗るのが礼儀じゃないかな?」
 馴れ馴れしい口調で男は答えた。
 姿を見た瞬間から予想していたことだったが、それでもアルワライェの名前に奈子はぴくりと反応する。
「いきなり魔法で攻撃してくるようなヤツに、礼儀もクソもあるか」
「うーん、痛いところをついてくるね? 君の言うことももっともだよ、ナコ・ウェル。でも不意打ちは戦いの基本だから」
「……、アタシの名前を?」
「そりゃあ、このところずっとマイカラスのことを調べていたし、最年少の騎士として君は有名だしね」
 ああ、やっぱりそうか。
 奈子は心の中でうなずいた。
 間違いない。こいつが、マイカラスの王宮に侵入して、ファージに怪我を負わせた男だ。
 この男がいるということは。
 それで、ここがどこか確信が持てた。
 やはり、そうだったのか……と。
「あんたが犯人か」
「それにしても、よくこんなに早くこの場所がわかったね。あと半日くらいは余裕があるかと思っていたけど。それとも、あの文献は以前から解読済みだったのかな?」
 心底感心した様子で、アルワライェは言う。
 奈子は勿論、転移のミスで偶然ここへ来たことは黙っていた。
 偶然?
 いや。本当に偶然なのだろうか。
 しかし、今は個人的な疑問は後回しだ。目の前の男の正体と目的を暴くことが先決だった。
「いったい、何が目的なの? レイナ・ディの墓所に、何があるというの?」
「いったい何があるのか……それを調べに来たんだよ。レイナ・ディは竜騎士の中でも特に強い力を持っていた。彼女に関しては謎も多い。その力の秘密の一端でもわかれば、それは素晴らしいことじゃないか」
「それは、あんたの個人的な目的? それとも、どこかの国が動いているの? あんたはいったい、何者よ?」
 矢継ぎ早に質問を発しながら、奈子はアルワライェに気付かれないよう、じりじりと僅かずつ間合いを詰めていった。
「そこまで教えるわけにはいかないなぁ。こっちにも事情がある」
「なら、力尽くで聞き出すまでさっ!」
 奈子は床を蹴った。
 一瞬でアルワライェの懐に飛び込むと、正拳で相手の顔面を狙う。
 しかし拳が触れる寸前、アルワライェの姿はふっと消え、拳は虚しく空振りした。
 と同時に、背後に気配を感じた。奈子は振り返りながら飛び退く。
 目の前、ほんの一〜二センチのところに、短剣の切っ先があった。
「うんうん、大したもんだ。これはファーリッジ・ルゥもかわせなかったのに」
 その口調が地なのか、アルワライェは相変わらず人懐っこい笑みを崩さない。
 奈子は、背筋が冷たくなるのを感じた。
 ほんの一瞬の差で、命を落とすところだった。アルワライェの戦法についてファージから話を聞いていなければ、間違いなく傷を負っていたはずだ。
(そう、これが実戦だ……)
 今さらながら、実感する。
 当たり前のように命のやりとりが行われる世界に、奈子はいるのだ。
「キル・アィ!」
 アルワライェの手から、光の矢が立て続けに飛び出してくる。奈子は慌てて、横に飛んでそれをかわした。アルワライェは続けて魔法を放ち、追い打ちをかけてくる。
「オサパネクシ! エクシ・アフィ・ネ!」
 かわしきれないと見た奈子は、普段はカードの中にしまっている魔剣を呼び出した。
 アルワライェが放った光は、炎の魔剣を包む青い炎に当たって消える。
「……おや」
 アルワライェが、気の抜けた声を出した。
 奈子は剣を構え直す。
「イメル・ア・ク」
 アルワライェの手から放たれた稲妻のような光を、また剣で受け止める。そのまま、次の魔法を放たれる前に、剣が届く間合いまで飛び込んだ。
 奈子が剣を振り下ろそうとする瞬間、アルワライェはまた姿を消す。
(また後ろ? じゃない、右だ!)
 何の根拠があったわけではない。
 ただ、そう感じただけだ。
 直感を信じ、右に向き直りざま剣を振る。
 狙い違わず、アルワライェはそこにいた。
(勝った!)
 奈子の剣は、相手の脇腹を貫いた……はずだったのに。
 次の瞬間、膝を着いていたのは奈子の方だった。
 剣を持っていた手が、妙に軽い。
(どうして……)
 徐々に、下腹から灼けるような痛みが広がる。手を当てると、ぬるっとした、生暖かい感触が伝わってくる。
(どうして……アタシが勝った……はずなのに、どうして?)
 見ると、手が真っ赤に染まっていた。
 赤い、鮮血に濡れていた。
 視界が暗くなり、身体から力が抜けていく。
 奈子はゆっくりと、俯せに倒れた。
 床の上に、何かが散らばっているのが見える。
 銀色に輝くそれは、剣の破片だった。
(そ……んな……)
 何が起こったのか、理解できない。
 はっきりしているのは、自分は倒れていて、アルワライェはまだ立っているということだけだった。
「さすがにマイカラスの騎士は質が高い。まさかあれが読まれるとはね。大したもんだ、危うく殺されるところだったよ」
 アルワライェは片手で脇腹を押さえながら、相変わらず笑みを浮かべて言った。
 その指の間から血が流れ、脇腹から太股にかけてを赤く染めている。
 相打ち、だった。
 だが、アルワライェは傷つきながらも立っており、奈子は無様に倒れている。
「君はすごい素質を持っているよ、ナコ・ウェル。残念だね、もう少し長生きできれば、超一流の騎士になれたに違いないのに。じゃ、さよなら」
 アルワライェの気配が消える。
 周囲は静寂に包まれる。
 なんの物音もしない。
 奈子は、身体を動かすこともできずに倒れていた。
 意識が、遠くなっていく。
(死ぬ……? 死んじゃうの、アタシ……)
 もう、何も見えない、何も聞こえない。
 傷の痛みも感じない。何も感じない。
(駄目……まだ……死ねない……。由維に……会わないと……)



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