女の子が泣いている。
まだ幼稚園か、せいぜい小学一年生くらいの小さな女の子。
住宅地の中の小さな公園。
その中の砂場の横で。
服や膝が、すこし汚れている。
両手を目に当てて、ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
その声をかき消すように、公園の周囲の樹ではエゾハルゼミがさかんに鳴いていた。
泣いている女の子の隣には、もう少し年長の少女が立っている。
小学校の三〜四年生くらいだろうか。
「もう大丈夫だよ」
少女は大人びた口調で言いながら、泣いている女の子の頭をやさしくなでた。
その手や顔に、いくつかの真新しいあざが見える。
「あいつら、みんな逃げちゃったから」
少女の視線の先には、泣きながら公園を出ていく、同じ年頃の三人の男の子たちの姿があった。
「またいじめられたら、アタシに言いつけなよ。かたきをとってあげる」
「なこちゃん…」
泣いていた少女が、涙目で見上げる。
ちょっとタレ目気味の大きな目。
年長の少女は、ズボンのポケットからハンカチを出して涙を拭いてやる。
「大丈夫、アタシがあんな連中に負けるはずないっしょ。アタシ今度、空手を習うことにしたんだ。もっともっと強くなって、由維のこと守ってあげる」
目を覚ましても、見ていた夢のことははっきりと憶えていた。
(なんだ、そうだったのか…)
奈子は心の中でつぶやく。
部屋の中は暗い。
まだ、夜中の一時か二時くらいだろう。
カーテンの隙間から差し込む街灯の明かりで、それでも室内の様子をぼんやりと見ることはできた。
(そうだったのか…)
奈子はもう一度つぶやく。
いままで、すっかり忘れていたこと。
空手を習いはじめた理由。
たしかに、小さい頃から格闘技は好きだったけど…。
(由維のため、だったっけ…)
体が小さくて、泣き虫で、近所の男の子にいじめられることの多かった由維を守るのは、いつも奈子の役目だった。
だから、強くなりたかった。
「…あんたのせい、だったんだね」
となりで眠っている少女を起こさないように、小さな声でささやいた。
奈子の横では、由維が静かに寝息を立てている。
遊びにきた由維が泊まっていくのはいつものこと。
大きな奈子のシャツを、パジャマ代わりにして。
しばらくその寝顔を見おろしていた奈子は、そっと、由維の頬に唇を寄せた。
かすかな、触れるようなキス。
もちろん、そのくらいでは由維は目を覚まさない。
今度はもう少し大胆に、唇を重ねる。
それでも目覚める様子がないのを確かめた上で、由維が着ているシャツのボタンに手を伸ばした。
そぅっと、静かに。
ひとつずつボタンをはずしていく。
そうして、由維の小さな胸があらわになる。
暗い部屋の中で、肌の白さがひときわ目立つ。
由維の鎖骨のあたりにキスした奈子は、そのまま唇をすべらせた。
奈子の唇が胸のふくらみを登り、その頂上に達しようとしたとき。
「こら、奈子先輩のエッチ!」
突然の声に、奈子はぱっと飛び退いた。
くすくすと、笑い声が聞こえる。
「…! あ、あんた、起きてたのっ?」
「ふつう起きますよぉ。こんなコトされたら」
片目を開けて笑いながら、由維は言った。
もっともな意見だ。
由維は別に怒っているわけではない。
悪戯な笑みを浮かべている。
シャツの前ははだけたまま。
ひかえめなふくらみが覗いている。
「眠ってる女の子にイタズラするなんて、いけないんだ〜」
「え、いや…その…」
奈子は口ごもる。
いくら言い訳しようとしても、弁解のしようもない。
だから、開き直ることにした。
「あ、あんたが、無防備に寝てるから悪いのっ!」
「あ、そう。じゃあ、帰って寝ようかな」
そう言うと、由維はベッドから抜け出そうとする。
「ま、待ってよ!」
奈子はつい反射的に、その手をつかまえる。
勝ち誇ったような表情を見せる由維。
その顔を見て、奈子は自分の負けを悟った。
「どうしてもって言うんなら、いてあげてもいいですけど?」
「う〜」
奈子は悔しそうにうめき声を漏らす。
一瞬考えて、そのまま、由維をベッドに引き倒した。
由維の上に覆いかぶさり、耳元でささやく。
「…いて、お願い」
そのまま由維の耳にキスをする。
次に、頬にキス。
そして、唇を重ね合わせる。
「ん…ぅん」
由維の口から、小さく声が漏れる。
甘ったるい声。
奈子の手が、まだ未成熟な由維の胸を包みこんでいた。
先端の小さな突起を指でつまむ。
「…奈子先輩の…えっちぃ…」
そう言う由維の口を、もう一度キスをしてふさぐ。
二人の舌がからみあう。
「ん…ふぅ…ん…」
由維の胸を愛撫していた手が、ゆっくりと下へ滑っていく。
お腹の上。
そして、さらに下へ…。
「だぁ〜め!」
かすかに笑みを浮かべながら、しかし由維は下着の中に滑り込もうとしていた手を押さえつける。
「奈子先輩、向こうで浮気してたでしょ。だから、ダ〜メ! 私、まだ怒ってるんだから」
「う…」
奈子は思わずたじろぐ。
由維の台詞は事実だった。
昨日、風呂上がりに由維に見られてしまった、胸に残ったキスマーク。
向こうに行ったとき、ファージにつけられたもの。
「これは…不可抗力よ! ファージが無理やり…」
とりあえず、そう言っておく。
実際のところ、それは事実ではないのだが。
もちろん、由維はちゃんと見抜いていた。
「どうだか。最近の奈子先輩、すごくエッチだしぃ〜」
「…あ、あんたが人のこと言えるの? だいたい、前は由維の方が積極的だったじゃない。それなのに、アタシがその気になったら今度はおあずけだなんて、ズルイよ!」
すねたように言う。
「…アタシじゃ、ダメなの?」
「そんなことないですよ」
由維は小さく笑う。
「私、奈子先輩のこと大好きだよ。昔から決めてたもの、バージンあげるのは奈子先輩だって」
「だったら…」
奈子がもう一度、由維の身体に手を伸ばそうとする。
その手を押さえつけて、
「でも、今はダメ」
にっこりと笑って、しかしきっぱりと言った。
「私の初めての人は、奈子先輩じゃなきゃダメなの。だけど、いまの奈子先輩は、ホントの奈子先輩じゃないから…だからダメ」
奈子には、由維の言わんとする意味が理解できなかった。
きょとんとした表情で、首をかしげる。
「…? なにそれ? どういうこと?」
アタシが、ホントのアタシじゃない…?
どうして?
由維ってばいったい、なにを言っているの?
しかし由維は奈子の問いには答えず、ただチェシャー猫のように笑っているだけだった。
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