鮮やかな金色の髪を揺らして、ひとりの少女が通りを駆けていた。
顔には満面の笑みを浮かべて、軽やかな足どりで。
歳の頃は十五〜六歳。身体つきはやや小柄だが、その割には発育の良い胸が揺れている。
腰近くまで伸ばした長い金髪が風になびく。やや赤みすら帯びた、濃い色の髪だ。
大きなはしばみの瞳は、喜びに満ちあふれている。
その顔はどちらかというと子供っぽく、身に着けている王立士官学校の制服とは妙に不釣り合いだった。
少女が走っているのは、街の西部の、貴族の屋敷が連なる区画。石畳の舗装がされた広い通りだ。
この区画に屋敷を構えられるのは上級の貴族に限られており、建ち並ぶ屋敷はどれも立派な建物ばかりだった。
その中でも特に歴史を感じさせる造りの建物に、少女は入っていく。広い庭にたくさんの樹が植えられた、落ち着いた雰囲気の屋敷だった。
門番をしている若者に手を振りながら、走る速度を少しもゆるめずに玄関に飛び込んだ。
そこで廊下の掃除をしていたメイドと衝突しそうになり、軽い身のこなしで避けて止まる。
一瞬驚いた様子のメイドだったが、こんなことは慣れっこなのか、静かに微笑んで頭を下げた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ね、お祖父様は? お祖父様はどこ?」
瞳を輝かせて、少女は訊く。
「中庭ですわ、お嬢様」
その答えを最後まで聞かずに、少女はその場から走り去った。
後ろ姿を見送っていたメイドはふっと小さな笑みを漏らすと、中断した掃除を再開した。
よく手入れされた芝生の緑が鮮やかな中庭。
枝をいっぱいに広げた樹々が初夏の日差しをさえぎって、気持ちのいい木陰をつくりだしている。
小さな丸テーブルと椅子が二脚置かれており、そのひとつに座って、膝の上で本を広げている老人がいた。
七十は過ぎているだろうか。髪は真っ白で、顔には深い皺が刻まれている。
軽く目を伏せて、一見、眠っているようにも見えた。
「お祖父様!」
少女が庭に駆けだしてくる。
老人の前で立ち止まると、息を整えて言った。
「いいお知らせがあります」
喜びと、誇りに満ちあふれた表情。
「私、ついに青竜の騎士の候補に選ばれたんです!」
「ほう…」
老人がゆっくりと顔を上げた。
「来週、最終試験がありますわ」
「相手は誰かね?」
「サントワ家の、エイシード・ファン。こう言ってはなんですが、正直なところ私の敵ではありません」
自信たっぷりに、少女は断言した。
試験に合格することを、微塵も疑ってはいなかった。
それだけ、自分の能力には自信があった。
「お前ならきっと、青竜の称号を受けられるだろう」
老人の口調は、いつもと変わりない。
しかし、その目元はわずかに笑っているようにも思えた。
「試験の時も自分を見失わず、レイシャ家の娘である誇りを忘れずに戦いなさい」
「ええ、もちろんです。お祖父様」
少女は素直にうなずいた。
祖父のことを、心から尊敬していた。
祖父のおかげで、ここまで来れたのだ。
真っ先に知らせて、喜んでもらいたかった。
「お前なら、いずれ青竜の称号を受けるのは間違いないと思っていたが、こんなに早くとは…」
嬉しそうに目を細めて言った。
「お前は、素晴らしい娘だよ、ファーリッジ」
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