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 豪華だが派手すぎない応接間には、3人の人物がいた。
 奈子と由維、そしてテーブルを挟んで向き合っているファージ。
 本来、この屋敷の主であるソレア・サハもいるべきなのだろうが、今はちょっとした用事で留守らしい。
 由維がこっちの世界に来るのは初めてなので、とりあえずファージには紹介しておくことになった。
 しかし――由維もファージも、どうも不満な顔をしていた。
 当然、転移してきた直後の出来事が尾を引いている。
 紅茶の湯気はまっすぐに立ち上り、張り詰めた雰囲気がその場を支配していた。
「……」
 ぶすっとした表情で、由維は横を向いている。
 一方、ファージといえば、椅子に足を組んで悠然と座っていた。ネコのような金色の目を細め、ポニーテールに結い上げた鮮やかな金髪を指でもてあそんでいる。
 二人の視線が交わることはない。どちらにとっても『恋敵』が現れたわけであるから、気に入らない。
 それに板挟みとなった形で、奈子は『困ったな……』と頭をかく。由維の脇腹をつつき、
「ほら、機嫌悪くしないでよ。あれは結局、アタシと間違えたってコトなんだからさ。別に本気で由維を犯そうなんて考えてないって」
「……そういう問題じゃないですよ」
 由維は頬を膨らませた。どうも、怒っている観点が違うらしい。だからといって、いきなり襲われたことを気にしていないわけではないが。
 由維の心情が読めないまま、奈子はなおも説得を続ける。
「だからさぁ。ああいうのはファージにとって挨拶みたいなもので、日常茶飯事的な――」
「――やっぱり! 奈子先輩、いつもあんなことされてるんですね!?」
 突如、由維は椅子を倒して立ち上がり、すごい剣幕で奈子を睨む。
 どうも、墓穴を掘ってしまったようだ。
「え!? いや、その……」
 鼻先に突き付けられた迫力の顔に、奈子は尻込みになる。
「許せない――」
 由維は次に、キッとファージを睨み付ける。
 その瞳には、恋敵を目前にした闘志の炎が燃え上がっていた。
「私の知らないところで、奈子先輩にそんなマネを……ぜったい、許さないんだから!」
 遠慮ない敵意を向けられ、ファージはつまらなそうに鼻を鳴らした――が。
 ニマリ。
 急に、唇を歪ませる。かと思うと、その唇を不満そうに突き出してみせた。わざとらしく自分の肩を抱きながら、
「だってぇ。しょうがないじゃん。奈子が『もっともっとぉ!』って、しつこくせがむんだもん」
「ちょ、ちょっとファージ!?」
 アセったのは奈子だ。そんなことを言ったら、由維の怒りに油を注ぐようなものだ。
 当然、ファージはそれが狙いである。
「ナコったら、スゴイんだよ? 性欲絶倫っていうのかな、私が『そろそろ止めようか?』って言うのに聞き分けがなくてさぁ。朝まで寝かせてくれないんだから。もう、コッチが疲れちゃってね」
「ファ、ファージってばッ!」
 奈子が制止の声をあげるが――実際、ファージの言うことはかなり事実なので、頭ごなしに否定することができない。
 由維は顔を真っ赤にして、体を震わせていた。怒っているのか恥ずかしがっているのか、あるいはその両方か。
 そして、ファージが追い打ちをかける。
「ナコってホント、守備範囲が広いよね〜。そんなペチャパイまでも好きなんて」
「ぺちゃ……!?」
「あ、むしろ大平原胸かな?」
「大平原……!?」
 由維は絶句した。
 たしかに、由維は年齢にしては発達がよくない。幼児体型とまでいうと可哀想だが、他人に誇れるような体でもない。
 痛いところを突かれ、由維の体が大きく傾く。
 しかし、ここで引くことはできない。由維は足を踏ん張り、拳を振り上げた。
「――十勝平野はジャガイモが採れるッ!」
 意味不明の言動に、他の二人はぽかんと口を開けた。
「つまり、真っ平らな場所でも開発の余地があるってこと! 果てしなく広がる大平原、それは大いなる希望の象徴! これから奈子先輩と激しくも艶めかしい夜を過ごせば、あっという間に大きくなるもん! それはもう、全国配送可能な夕張メロンに匹敵する勢いで! ――奈子先輩ッ!!」
「は、はいっ!?」
 いきなり話を振られ、奈子は思わず姿勢を正してしまう。
「この不況、成長株に投資するのは当然です! あんな熟れすぎた古株なんかに惑わされないで! 二人の明るい未来設計図を考えれば、私の将来性に期待した方がイイに決まってます! 奈子先輩、私の体を開拓する屯田兵になってください!」
「え、えーと……」
 奈子は理解しがたい主張に圧倒され、うまい反応を返すことができない。
 ファージは馬鹿馬鹿しいといったふうに、ため息をついた。
「はぁ……平たい胸だと、発言にまで山場がないわけだ」
「なによっ!? この淫乱ポニー! 破廉恥ポニー! ワイセツ物陳列ポニー!」
「……なんでポニーテールにこだわるかな」
「その髪型が悪いんだもん! そのまま馬になっちゃえ!」
「あ、ナコに馬乗りするのは好きだけど?」
「うわっ、オヤジギャグだ!? おやぢポニーだ!」
「わけわかんないし」
「サイアクっ! ファージのバカ! 馬鹿ポニーっ!」
 好き放題言って、由維はバタバタと部屋を出ていってしまった。
「ちょっと、由維ってば……!」
 奈子は追いかけようと席を立ったが、その手をすばやくファージがつかんだ。
「放っておけばいいよ、ナコ。そんなコトより、邪魔者もいなくなったわけだし……」
 ファージの唇が、奈子の唇に重ねられる。
「え、やだちょっと、昼間っから……!?」
 奈子はたじろいだが、振り払う隙は与えられない。
 柔らかくも激しい舌に、奈子は早くも翻弄されつつあった――
 バタンっ!
 突然、扉が開け放たれる。そこには、戻ってきた由維が憤然として立っていた。
「ほらっ、こんなことだろうと思った! ちょっと目を離すとこうなんだから! この金髪ポニー、奈子先輩から離れてよ!」
「なんだよ。ナコは私と遊ぶんだ」
「違うもん! 先輩は私の方がいいんだもん!」
「やるか、この真っ平らッ!」
「臨むところよ、乳だけポニー!」
 応接間で始まった取っ組み合いのケンカ。
 それを傍観する奈子は、急に胃が痛くなってくるのを感じた。
「アタシ、向こうに帰ろうかな……」
 ぽつんと呟いた言葉は、ケンカの喧噪の中に消えていった。



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