「んー……」
書斎にこもって頭を抱えているのは、由維だった。
あれからソレアの家にはまめに遊びに来ているのだが、そのたびにファージとケンカになっている。
もちろん、奈子を独り占めする権利争いである。
テーブルで隣に座るのはどっちだとか、一緒にお風呂に入るのはどっちだとか、ベッドで添い寝をするはどっちだとか、目覚めのキスはどっちが先かとか、奈子が口を付けたティーカップを嘗めるのはどっちだとか、脱ぎたてとか濡れ濡れとか裸とか、上の口がいいか下の口がいいか、この際両方一緒にうんぬんかんぬん……。
とにかく、奈子をめぐって壮絶な闘いを繰り広げているのだ。
(もうっ! ファージさえいなければ、奈子先輩と楽しい異世界ツアーを満喫できるのにっ!)
なんとかファージに邪魔されないようにしたい。
「むむー……」
今、こうやって頭を悩ましているのは、別にファージのことだけではなかった。
こうして書斎に閉じこもっているのも、ちゃんとこの世界のことを勉強するためだ。
由維は見かけに寄らず勉強家なのである。
この世界の歴史。それから魔法の起源、その力の源についてなど。
由維の好奇心を刺激し、満たしてくれるだけの書物が、この屋敷には充分に揃っていた。
しかも質が高いため、勉強しただけ成果が上がる。
最近はこの書斎に入り浸りである。当然、ソレアの許可はもらってあった。
――と、扉が叩かれる。
「はい?」
カシャリ。
開いたドアから顔を覗かせたのは、そのソレアだった。
「ずいぶんと熱心ね。ちょっと一息入れたらどうかしら?」
微笑みかけてくる。手にしたお盆には、紅茶のポットとカップが乗っていた。
後ろ手に扉を閉めるのと合わせて、銀色の長髪がさらりと揺れる。
(キレイだなぁ……ソレアさんって)
思わず見とれてしまった。ファージの金髪も綺麗だと思ったが(なんか悔しいが)、ソレアの銀髪も負けないくらい綺麗だ。知的な雰囲気……神秘的でさえある。
(ファージと違って、ね)
心の中でそう毒を吐くと、由維は『すいません、わざわざ』と礼を述べた。
カップを手に取って、紅茶を一口。
書物を脇に一息ついてから、
「――ソレアさんとファージって、いつから友達なんですか?」
唐突にそう尋ねると、ソレアは少し驚いたようだった。
「そうね……」
指を唇に触れ、考え込む仕草をする。
「本当、いつからかしら。話し出したら長くなりそうだわ」
「仲良し、なんですか?」
「腐れ縁。どちらかというと、そっちに近いかもしれないけれど」
ソレアは微笑した。
なにかいろいろと事情があるのだろうが……そこまで深く尋ねようとするほど、由維は子供ではなかった。
「じゃあ、あえて聞きますけど」
由維はカップを受け皿に置いて姿勢を正し、真っ直ぐに言った。
「――ファージを倒すには、どうしたらいいんですか!?」
一瞬、ドキリとしたのはソレアの方だった。
ファージを、『倒す』。
それを本気を実行するとしたら、手段はひとつ、『あの方法』しかない。
しかし、由維が本気でファージを消滅させようなどと考えているわけではないだろう。倒すといっても、なんとか『ぎゃふん』と言わせたい、といった程度のことだ。
由維の真剣な目を数秒見つめ返して、……ソレアはそっと息を吐いた。
「そうね。ユイちゃんがそこまで言うなら……」
声のトーンを落とす。
「実は、ファージには秘密があるの。他人には教えられない秘密……そう、弱点がね」
ごくり。
由維は唾を飲み込んだ。
さすが高名な占い師。有無を言わせない迫力があった。
深い碧色の瞳で覗き込まれると、そのまま吸い込まれそうな気分になる。
神託を受けるような気持ちで、由維はソレアの言葉を待った。
「ファージの弱点。それは――」
ソレアはすいっと伸び上がり、そっと耳打ちする。
……耳に息がかかってドキドキしてしまったのはいいとして。
由維の目が驚愕に見開かれた。
――まさか、
「そ、そんな弱点があっただなんて!?」
「しっ。声が大きいわ」
ソレアに咎められ、由維は『あっ』と口を押さえた。
もごもごと口を動かしつつも、由維は教えられた内容を頭の中で確認する。
(まさか、ファージの弱点がそんなところにあっただなんて……言われてみれば、そんな気もしてきた……!)
ソレアは椅子から腰を上げ、くすっと微笑んだ。
「それじゃ、頑張ってね。勉強」
何事もなかったかのように身を翻し、ドアから出ていく。
銀髪の流れる後ろ姿を見送りながら、由維の頭の中はすでに別のことでいっぱいだった。
「勝てる……勝てるんだわ、あの魔性ポニーに!」
邪魔者を排除して。奈子先輩とラブラブツアー。
「ふふ……見てなさい、ファージ!」
『打倒・ファージ』に、由維は身も心も燃え上がっていた――カップの紅茶が沸騰しそうな勢いで。
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